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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第78話 裏切りの記憶と、死期の刻限

 王都の郊外にて。


——あの子、気を付けないと死ぬよ。

 死相が出ている。

 あの子を狙っている奴らがこの国でうごめいている


 あの子——ローゼル・イースティリアのことだ。


 老婆からの話は、エレナもクロフォードも、黒リス小次郎を激しく動揺させた。


「とりあえず、エレナ。

 クレインバール卿に今の話、報告してこい」


 クロフォードが言うと、エレナは一瞬躊躇(ためら)った。


「え、でも……」


「いいから。

 こういうのはイースティリア女官の親友から聞くのが一番いい」


「そういうもの?」


 おどおどとエレナがクロフォードの顔を見上げた。


 顔面蒼白。

 このままここにエレナがいても動揺が激しくなるだけだ。


(俺ですら驚いたんだ。

 しかも、まだ指先が震えてるし)


 クロフォードは自分の指を見た。


 小刻みに、恐怖に慄いている。

 ぎゅっと指先を握りしめた。


「ああ、そういうものだよ。

 ほら、行って」

 

 クロフォードは平然を装う。

 エレナは「分かった」と言って、ポケットの中に黒リス小次郎を忍ばせ、飛行魔法で王城へ飛び立った。


 その姿をクロフォードは見送りつつ、昨日の昼下がりを思い出す。


 王宮サロンで、彼女を交えたお茶会。

 目的は情報収集だったけれど、何気に楽しかった。


 そんな彼女を奴らは幾年にも渡り、手に入れるために、その内側をじわじわと蝕んでいった。

 やがて、その布石は芽吹き、彼女は——


 その凄まじい執念深さにクロフォードは、心底不気味さを覚えた。


 エレナはローゼル・イースティリアとは入省当時から仲がいい。

 休日を合わせて、わざわざ王都の評判のお店でお茶会を開くほどだ。


 クロフォードは女の友情ってものを信じていない。

 なにせ、お年頃の可愛い令嬢が揃えば大体自然と打算が働くものだ。

 自分が優位に立てるように、「お友達」を平気で悪く言い、貶め、蹴落とす。


 けど、あのふたりに関しては、そんな気配が全然ない。

 ふたりだけで、ふたりが完結しているというか、しっかりふたりだけの空間を楽しんでいる。


 だからこそ、老婆からの話はショックだった。

 エレナの受けた衝撃は、クロフォードのとは比でない。


 クロフォードは、店じまいをし終えた老婆に視線を戻した。


「あれ? 

 もう店を閉めるのか?」


「ああ。

 今からお客さんとの打ち合わせさ」

 

「ふうん。

 婆さんのお客様はどこの誰?」


「あんたもしつこい男だね。

 無料ただで儂が答えると思うかい?」


 露店から外に出てきた老婆は、陽射しが眩しいのか深緑色のローブを頭から羽織った。


「さっき、話してくれたじゃんか」


 不貞腐れたような顔つきでクロフォードは老婆の顔を覗き込む。

 老婆は、そんなクロフォードを無視して、露店に侵入者が入らないよう丁寧に目張りをし、鍵を掛けた。


「なあ、婆さん」


 クロフォードは食い下がった。


「……さっき、黒リスを連れたあの子がお買い物をしていってくれたからね。

 しかも倍額で。

 だからだよ。初回のお客様限定価格で教えてあげたんだよ」


「そりゃあ、親友の危機だからなぁ。

 エレナは……、彼女は友達に関することなら金に糸目はつけない良い奴なんだよ」


 クロフォードは頬をポリポリ掻いていると、ふと、老女の肩がかすかに震えた。


「友達――儂にはこの言葉がどれほど忌々しかったことか」


 低く呻く老婆の顔が歪んだ。

 クロフォードは目を瞬いた。


「友人は素晴らしい、必要な存在。

 良き友人は大きな喜びをもたらす。

 そう親も周囲も言うが、果たして本当にそうなのか。

 いつでも暗転する可能性を秘めた不確かな存在だと思うがね」


 苦々しい老婆の台詞せりふにクロフォードは首を傾げた。


「なんだよ、婆さん。

 随分とセンチメンタル発言じゃないか。

 え? なに? 

 友達だと思っていた奴から裏切られたことでもあるのか」


「……まあね。

 皇国の奴隷に儂を陥れたのは、友人と呼んでいた幼馴染だからね」


 老婆は肩をすくめた。


 その目には苦悩、憤怒、苛立ち。

 様々な負の感情が滲んでいた。


 何かとこの老婆にも苦悩続きの人生があったようだ。


「へえ、そうなんだ。

 俺も女の友情ってのは信用してないから、その辺、同じだな」


「フン、一緒にせんでくれ。

 男のあんたには分からんさ」


 老婆は鼻を鳴らした。


「そりゃあ、そうだ。

 そんなもの分かりたいとも思わない。

 女なんて面倒臭いし、所詮、男とは別の生き物だ。

 あっ、でも、俺も『友達』って言葉嫌いだぜ。

 無邪気に良い言葉に聞こえるくせに、陳腐で安っぽい、そんで嘘くさい」


「ふっ。確かに、お前さんに『友達』ってもんはできなさそうだ」


 老婆の口角が上がった。


「うるせぇよ」


 クロフォードは痛いところを突かれ、口を尖らせた。


「それにしてはお前さん、あの子たちのことを気にかけていたね。

 さっきのローブの子と、死相の子」


「死相の子って。言い方……。ひでぇ」


「仕方ないじゃろ。

 そのとおりなんだから」


「まあ、そうだけどさぁ」


 クロフォードは自分が持っている紙袋に視線を落とす。


「ほら、あの子、このランプを買った御仁の大切な女性だろ。

 それに見た目に反して割とギャグみたいで面白いんだよ。

 魔力の塊の黒リスもあの子を気に入っているし」


「ほう……」


 老婆は急に黙り込み、杖をつきながら歩き出した。

 クロフォードも隣に並んで歩き出す。


 気まずい沈黙が降りる。


「それにしても、よくあの黒リスが見えたよな」


 クロフォードは老婆の顔色を窺うように、そっと話し出す。


「あれ、相当魔力が強くないと見えないんだぜ。

 しかも、強い魔力で形成された生命力だと言い当てた。

 婆さん何者?」


 いつの間にかクロフォードの中で、この老婆への不安は純粋な好奇心に変わっていた。


 なにせ、さっきエレナと共に聞いた話。

 あれは、マリュード皇国でもトップレベルのごく限られた者しか知らないことだ。


 それを知っているということは、この老婆は――


「あんたも随分と危険な呪術がかけられているね。死相も出ているよ」


 老婆はクロフォードの質問を無視して、探るような目つきでこちらを見た。

 また互いに腹の探り合いのような空気が流れる。


「ふうん。

 やっぱ、そういうの、婆さんなら分かるもんなのか?」


 クロフォードは頭の後ろで両指を組んだ。

 嫌悪感を示すように、老婆は顔をしかめ、皮肉めいて言う。


「そりゃあね。

 あんたの呪いは皇国最高峰の呪術師ウェンデリア・ヴァンドゥームから受けた呪いだ。

 これまた厄介な匂いがプンプンするねぇ」


「すげぇ。俺に呪いをかけたのが誰がなのか分かるのか。

 さすがマリュード皇国から逃亡して来た呪術師様だ」


 おどけてクロフォードが笑うと、老婆はますます怪訝そうな表情を浮かべた。

 だが、否定しない。

 自分が呪術師であることを。


(ほら、やっぱりね)


「ちなみに、その死相が出ている子と俺。

 どっちが死期が近い?」


 興味を持ってクロフォードは身を乗り出しながら尋ねた。

 老婆はしばらく答えなかった。


 なんとなく二人で横並びに歩き続けていた時、ぼそっと老女が呟く。


「……あの子だよ」


 重々しい口調。

 その声には残念でたまらない、そんな響きが含まれていた。


「それは、作為的に死期を早められているから?」


 さり気ないクロフォードの問いかけに、老婆は頷いた。


「ああ、そうだよ。

 ()()()はあの子が確実に自分のモノになるよう時間をかけ、策略し、外堀を着実に埋めている。

 あの子から漂っていた魔力がそうだった――」


「そこまでして、彼女を手に入れたいというのは、やはり彼女が婆さんの言う正統な血統だから?」


「そうじゃ」


「ふうん。

 とはいえ、俺の死相はどうしようもないけど、あの子の死期を遠ざけることは可能。

 だから、俺たちにさっき話をしてくれたんだろ?」


 確認するようにクロフォードは、老婆の顔を覗き見ようとした。

 だが、老婆はローブをさらに深く被り直す。


「――さぁ。あんたがどう感じたのかは知らん。

 ただ、水晶ひとつにしては、高額な支払いだったから、そのお釣りに見合った話をしただけだよ」


「んじゃあ、俺も何か買えば教えてくれるか? 

 例えば、『あの方』の正体や婆さんがやり取りしている闇組織のこととか」


 クロフォードは、すでに遠く小さくなりつつある露店に視線を投げた。


「モノによるな。

 あと、どれだけ坊やが儂に支払ってくれるか次第だね」


「なんだよ。

 結局カネ次第かよ」


 クロフォードが不貞腐れると、老婆はくすっと小さく笑う。


「もちろんじゃよ。

 儂も慈善事業をやっているわけじゃない」


「だから、いくらでもカネは払うって。

 金貨十枚、どうだ?」


「胡散臭い坊主だね。

 モノを買うといいながら、モノを見ずに値段交渉かい? 

 野暮だねぇ」


「それだけ、さっきの情報に価値があったんだよ。

 だから、先に値段を提示した。

 いいぜ、『あの方』の情報だったら婆さんの言い値で支払うぜ」


 クロフォードは手を広げた。


(きっとその情報なら、俺じゃなくてクレインバール卿が支払うだろうしね)

 

 ルシアンは、驚くほどローゼルにベタ惚れだ。

 何が何でもローゼルを守るだろうし、そのためなら手段を選ばない。


 ある意味、ローゼルに目をつけた『あの方』は、この国の軍師を――この国の武装魔法使いの精鋭部隊、魔法騎士団を敵に回した。


「――悪いが、『あの方』についてはどれだけカネを積まれても話す気はないよ」


 毅然と拒絶する老女の声は、随分と醒めきっていた。

 クロフォードは、なんとなく閃く。


「ひょっとして話すと死んじゃう契約でもしているのか?」


 老女は口ごもった。クロフォードから視線を逸らして、真っすぐ進む方向を見た。

 感情の読めない沈黙が流れる。


 この調子だと、さては、案の定、秘密保持の契約魔法に近い約束事を交わしているな。

 クロフォードはそう感じた。


 契約魔法――呪術大国のマリュード皇国なら呪術契約と呼ぶべきだろうか。

 ある事項について口を開けば、命を落とす。

 もしくは、それにまつわることは一切話せない術式だ。


「坊主。このまま私についてくるというなら、その分、カネを取るよ」


 老女がそっけなく言った。

 どうやらこれ以上、クロフォードに深追いされたくないらしい。


「いいよ。

 けど、どこへ俺が行こうが俺の自由だろ。俺の行きたい方向にたまたま婆さんがいる。

 それだけだ。

 あっ、それとも俺に後をついてこられると困るのか? 

 やっぱ、ヤバい奴と繋がっているというのは本当か?」


 クロフォードはニヤニヤ笑いながら、老婆をあおる。


「まったく可愛くない坊やだね。キレイなのは顔だけかい」


 老婆が苛立たしげに言い捨てた。


「顔がキレイなだけでも、結構人生有利なんだぜ?」


 クロフォードが勝ち誇るように笑うと、老女は呆れ果てたような顔を浮かべた。


「ああ、そうかい」


「で、どこに今から行くんだ? 

 誰に会うんだ? 

 俺、なんなら護衛としてついて行こうか。

 結構魔法の腕は天下一品なんだぜ。

 もちろん、カネはいらない。

 代わりに情報を……」


「はっ、魔力をダダ漏れになっとるあんたを護衛?」


 老婆はクロフォードの言葉を遮って、鼻で嘲笑った。

 そして、クロフォードをギロリと睨む。


「そんなのごめんだね。さぁ、散った散った。しっしっ」


 老婆は手を振った。


「チッ、なんだよ」


 クロフォードは舌打ちした。

 渋々、適度に距離をあけて老婆の後を追うことにした。


(おかしいなぁ。

 魔力は制御しているし、そう簡単に気取られないはずなんだけど)


 クロフォードは首を捻る。


 いままで色んな敵国の術師と対峙したけれど、制御している魔力を気取られることはなかった。

 それに、ここまで過敏にクロフォードにかけられた呪いに気づいた者もいない。


 けれど、この老婆は呪力というものに反応し、術師まで言い当てた。

 しまいには、制御している魔力まで見抜いている様子。


(俺の魔力制御は、この国で権威のある魔法使いの一人、師匠のマインラート・ソシュール様直伝だ。

 簡単に看破されるはずがないのにな……)


 ますますあの婆さん、油断ならねぇ——。


 老婆の深緑色の背中がちらちら揺れている。

 クロフォードは見失わないように、縫うように群衆の中を歩く。


 十中八九、老婆はもともとマリュード皇国で名の知れた呪術師だったんだろうな。

 けど、友達と思っていた奴に裏切られて奴隷という地位まで落ちた。


 それから逃亡し、この国に流れ着いた。


 大通りから逸れた路肩に数人の人相の悪い男たちがいた。


 彼らが老婆に視線を投げると、そっと手を上げて軽い挨拶を交わす。

 老婆は静かに頷くと、つかつかと歩き進めた。


(ふうん、事前調査通りだな)


 クロフォードはそれとなく路肩にいる男たちを観察する。


 老婆の店を訪れる前にエレナたちと聞き込み調査をした。

 それによると、彼女は裏社会ではそれなりに名の知れた仲介商人だというのが分かった。


 その筋の裏社会の商人に、違法ではないがグレーな商品を横流ししている。


 その時、老婆が唐突にこちらを振り返った。


 クロフォードはさっと物陰に滑り込んだ。

 老婆は、しばらくじっと周囲をジロジロと見ては、次に何事もなかったように歩き出す。


(うわぁ、焦ったぜ。警戒心が強い婆さんだ)


 なんとなくだが、クロフォードは老婆が今からそれら裏社会の取引先と打ち合わせしに行く、そう直感した。

 そして、その問題の商品は、あの「廉価品」の値札が貼ってあった魔剣だ。


 勘のいい老婆のことだ。

 先日のナイトマーケットでルシアンの身分に気づき、目を付けられたことも察しているはずだ。 


 この国の魔法騎士団は優秀だ。

 彼らに目を付けられたら、そうそう逃げられない。

 

 逃亡者の彼女としては、目立ちたくないはず。


 だからこそ、こういう手合いの商人は足のつきそうな商品はさっさと手放すはずだ。


 クロフォードは目を凝らして影のように人混みの間をすり抜け、老婆を目で追い続ける。


 けれど、様々な人とすれ違うたび人々はおもむろに振り返る。

 白シャツにグレイのカジュアルなパンツ、シルバーのバングルも洒脱で、いかにも気品溢れる貴公子という風情だ。当然目立つ。


(これじゃあ、尾行の意味がねぇな。

 ローブを羽織って来るべきだったぜ)


 しかたない。


 クロフォードは小さく詠唱し、隠匿魔法を施した。

 自分の魔力、そして知らぬ間に発している呪いの波動を消すイメージで発動させた。


(できれば、これは使いたくなかったんだよな。魔力の消耗が激しいっていうか……)


 でも、これだけ大勢人が行き来している通りなら、さすがの老婆でも感知するのはこの上なく難しいだろう。


 やがて、老婆は王都の古本屋や魔法のアイテムショップが立ち並ぶ商店街に入っていく。


 一体どこへ向かっているんだろうか。


 かれこれ、一時間近く歩いている。

 景色も移り変わり、王都の南部地区から中央地区に差し掛かっている。


 その時、慌てた様子の女性と老婆がぶつかりそうになる。


「あっ! 

 すみません」


 クロフォードはぎょっとした。


(おいおい、何でここにいるんだよ。

 今日は出仕日のはずだろ?)


 目の前にいる女性は、クロフォードにとってあまりにも想定外の人物だったからだ。

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