第6話 水を求めた先の結末
シャーマ様と別れた後、俺は天井から落ちる水滴と岩の隙間を通り抜ける風の音だけが聞こえる、静かな洞窟でこれからの行動を考えていた。
まずは生きるために水と食料の確保が最優先。その後に鉱魔獣を殺す方法を身に着ける。ただ隠れて過ごすだけでは駄目だ。
普通の動物や自生している果物、川があるとしても鉱魔獣が徘徊している森のなかでは受け身のまま過ごしていては、二年という時間を生き抜くことは出来ない。
「まずは洞窟から出て近くに何かあるか見てみるか」
洞窟の外から漏れる光は段々と落ち着いてきているし、夜になったら探索どころじゃ無いからな。
よっと声を出して座っていた身体を起こして出口へと向かう。
靴が硬い岩を踏みしめるコツコツとした音を鳴らしながら歩いていると洞窟の外に繋がる穴が見えてきた。
外は木が沢山生えていて奥に何があるかもわからない。ただ、葉の間から太陽の光が差し込んで土の魔力を吸った石である魔鉱石を照らしている。
洞窟に転がりこんだときには景色を楽しむ余裕なんて無かったが、改めて見ると結構綺麗な場所なんだな。
「眺めてるだけじゃ駄目だな。えーと、近くに食べれそうなものは」
木の近くまで行って見上げると見たことの無い果物が生えているのが確認できた。
今は採りにはいかないが、食べられそうなものがあることが大事。
「少量でも近くに食べ物があるのは助かる。後は、水か」
ぐるっと周りを見渡して危険が無いことを確認してから、耳を澄まして音を探ってみる。
木に隠れた空の遠くから、微かに聞こえる鳥の鳴き声に地面を駆ける獣の足音、それに風で葉が揺れる音が響いている。
俺はそこから更に集中力を高め、小さな音も見逃さないように聞き分けていく。
奥にある山から落ちた石がコロコロと落ちる音、何かが枝を踏んだ音、水が勢いよく流れる音......これだ。
「右の方角か......ってなんでこんなに音が聞こえたんだ?身体もぽかぽかしているし」
身体の謎を知るために自身の内側へ意識を向けてみる。すると、何か熱いものが管を通って身体のなかを流れていることがわかった。
俺のものじゃない不思議な力が全身を駆け巡っている。今ならどんなところへも行けると勘違いしそうなほどだ。
力はどこから流れているのかと出所を探ってみるとシャーマ様が言っていた心臓の反対側にある魔力貯蔵器官から出ていることがわかった。
「ということは、この感覚が魔力を使うってことなのかな。魔力操作スキルを持っていたから無意識でも強化できたってことか?」
謎の力を不思議に思っていると俺の頭の中に無機質な声が響く。
『魔力操作アーツ:肉体強化を獲得しました』
なるほど......スキルはこういう感じで手に入る......と。魔力操作が出来るなら、この流れを止めることも出来るはず。
今まで垂れ流すように内側を駆け巡っていた魔力に栓をするイメージで胸に手を当ててみる。
最初は変化が無かったが、段々と身体を流れる魔力の勢いが落ちていき最終的に平常時と同じくらいの感覚に落ち着いた。
「魔力が尽きるのかわからないが、常に肉体強化を出来るわけ無いからな。それなら皆使い続けてないとおかしいし」
こんな危険だらけの森で魔力が尽きたらと思うと血の気が引く。いざという時のために余力を持って動かないと。
「音のした方へ行ってみるか......食べ物は後一日二日食べなくても生きているだろうけど、水はそうもいかないし」
それから俺は先の見えない森の影を踏みしめた。
木の陰に身を寄せて、音を立てないよう足を運ぶ。水の音が聞こえた方角へ、一歩ずつ。
時間感覚も無くなるくらい歩いた頃、いつ敵が出てくるかわからない森の中を警戒しながらの移動は俺の精神をすり減らしていく。今、自分がちゃんと息をしているのかもわからなくなってきた。
風で木の葉が揺れる音さえも、鉱魔獣の足音のように聞こえてくる。不快感と脱水による意識の混濁で幻聴が聞こえているのだろうか。
「これは......まずいな。こんな状態で鉱魔獣にあったり、怪我するだけでも致命的だぞ......」
極限の精神状態のなかで水の音が聞こえたことを心の支えにして足を無心で動かす。
カサカサになって干からびた唇が裂けて、滲んできた血が口内に広がる。村に居た頃であれば辛い、疲れたと文句を垂れて泣いていただろう。
だが、俺にはシャーマ様に再び会うという目標がある。
試練を突破するために、こんな道半ばで倒れるわけにはいかない。シャーマ様は俺を見てくれていると言っていた。なら、無様でも醜くても倒れるな。
「恐怖心を捨てろ、俺にはシャーマ様がくれた力がある」
まだ、何も成し遂げていない。シャーマ様にせめて一度くらいは胸を張れる姿を魅せたい。それだけ考えて足を動かせ。
「シャーマ様......非力な俺に力をお与えください。心の強さという力を......」
心からシャーマ様を、そして人を信じられていない俺の祈りに意味があるのだろうか。
それでも口は勝手に動く。
誰もいない森の中でブツブツと呟きながら祈りで幻聴を上書きしていく。大丈夫だ、確証は無いが鉱魔獣たちが活発に動いていたのは夜のはず。音を出さずに進めば必ず辿り着ける。
多くの苦痛に耐えながら、音を頼りにただ前に......
そんな想いが届いたのだろう。今、目の前に川がある。望んでいた水だ!
「ああ......!!やっぱり、やっぱり想いは届くんだ!」
偶然か必然かなんて関係ない。シャーマ様に祈って、川が目の前にある。それだけで十分だ。
俺は川の近くに跪き、手で流れる水を掬って口に運んだ。久しぶりに飲んだ水は身体の渇きを潤して朦朧としていた意識を鮮明にさせていく。心なしか身体も熱くなってきたような......
「がっ......!?な、なんだ?」
喉が焼けるような感覚に襲われる。そこから搔きむしりたくなるような熱さと痛みが身体全体へと広がっていく。
「な、なんでこんな......まさか、水!?」
あまりの痛みに意識を失いたくても失えず、その場で悶えながらのたうち回ることしかできない。
「川の水に、何か流れてるのか......魔力か、鉱魔獣のせいか......」
原因はわからないけど、魔力の熱さと少し似ているかもしれない!
「シャーマ様......俺は、耐えて......みせます!!」
俺は原因が魔力にあると当たりをつけて、体内の魔力を操作することで肉体強化を発動させ、魔力を発散させていく。
ただ、どれだけ魔力を消費したとしても一瞬だけ楽になる気がしただけ。すぐに熱が戻ってきてしまう。
俺の感じている熱さは収まることは無く、次第に日も落ちる森の中で俺が小さく呻きながら力無く、地面に倒れる音だけが静かな夜空に響いた。
......
――『殺した貴方は夢を魅る《メメント・ソムニス》が発動します』
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