第19話 煙
グレイス家の一件の数日後、レザールは事務所の奥のデスクで椅子に座って煙草を吸っていた。デスクの真後ろにある窓は全開に開け放たれており、煙草の煙はその窓の外へ逃げていく。室内に残るのはヤニの臭いくらいだ。
レザールは一つの鍵を掲げてぼんやり眺めている。蛇皮のリボンが付いた鍵。そう、レオンの兄であるレパードが持っていたものだ。
「レザール、今日レオン来ないの? 」
来客応対用のソファに深く座り込んでいるエリスが聞いてくる。顔は向けずずっとチャームを触っている。
「アイツは葬式で来れないんだってよ。なんでも親族一人が亡くなったとか」
グレイス家の人間の葬式と聞くと碌でもない死因なんだろうと家業を知る者は過るだろう。
「悪魔にやられちゃったとか? ホント世の中物騒ね」
「なんでピンポイントで悪魔が出てくるんだよ。殺人とか事故とか病気とかいろいろあるだろうが」
レザールが言うものの、グレイス家の人間で事故の線は殆ど無い。悪魔の線も無くはないが、あの家系の人間を見ると殺人が最も腑に落ちる。真実は当人たちにしか分からないだろうが。
そんなこんなでダラダラと過ごしていると、デスクの上に置かれたパソコンに一通のメールの受信通知が入った。差出人はコブラだ。レザールは煙を吐いて灰皿に煙草を押し付ける。
「エリス、仕事だとよ。そこさっさと片付けろよ」
エリスは間延びした返事をして応対用のソファから離れて行く。二階へ上がって持ってきたのは水に濡れた布巾だ。コブラとはいえ一応客人だ。その客人が来る前にローテーブルの上を拭いておくのも社会常識の一端と言えるだろう。
レザールの下にメールが入って数分後、二人の男が騒がしく扉を蹴破って入って来た。コブラとジャックだ。最早恒例ともなってきたこの登場にレザールは呆れてこめかみを押さえる。
「よお。依頼持ってきてやったぜ」
「はぁ、メールで済ませばいいだろうが。なんで空メールなんだよ」
ローテーブルを挟んで対面でソファに座る。コブラは茶封筒から書類を取り出してテーブルの上に置いた。いつも通りの光景だ。
コブラは煙草を咥えてマッチの火で点火する。そして仕事の話の前に煙を吐いて一服する。再び深くフーッと吐いて切り出した。
「最近は複数体同時ってのが多くてな。例の戦争を起こす云々に関係してるんだろうよ」
依頼書をレザールに差し出した。
「二箇所か。それで悪魔の等級は分かってるのか? 数は? 」
依頼書に書かれた出現場所は二箇所あった。一箇所はシルバークロウ市、もう一箇所はメイズスターリング市だ。二箇所とはいえ場所はそう離れておらず、割と近めに出現しているようだ。数と等級も前者は七体の内一体は中級で他は下級、後者は九体全て下級だとコブラの調べで判明している。どちらを選んでもそう変わりはない掃討難易度と言えるだろう。
「まー、そっち三人なんで中級が居る方は任せまさぁ。オレは下級九体の方やりやすんで」
「いやいや待てジャック。今日はレオン不在で二人だぞ」
「一般人一人増えようが減ろうが戦力は変わらんだろ。寧ろお前一人で十分過ぎるくらいだ」
「それはそうだが」と声にならないぐぬぬ顔でコブラを睨む。そんな悔しそうな表情のレザールを鼻で笑うとやれやれと肩を竦める。
この仕事はレザールとジャックで分担して行う。エリスは無論レザール側に付くのだが、エリスは実戦経験が浅い。経験を積むいい機会ではあるものの、一体の中級悪魔が不安要素となる。
レザール一人ならシルバークロウ市でもメイズスターリング市でも大差無い仕事内容だったが、エリスが居る事によってメイズスターリング市の方が良いという判断になるのだ。中級悪魔が居ることを念頭に置いて戦う必要が出てくるからだ。下級悪魔なら一種のチュートリアル感覚で簡単に手助けも出来るが、中級悪魔ではそうはいかない。エリスが狙われれば無傷で済ませられる保証が無くなる。守りながら戦うことが強制されるということだ。
「おいジャック、お前が中級悪魔行けよ」
「あー聞こえない聞こえないー。つーわけで、ダンナ頼んますわ」
レザールが静止する前にジャックは耳を押さえながら事務所を出ていく。
ジャックが出ていったのを見てコブラも立ち上がる。
「ま、そういう訳だからシルバークロウの悪魔はよろしくな」
レザールの肩に手を置いて碌に人の話も聞かずコブラはジャックの後を追っていく。事務所内は嵐が去った後のような静けさで満ちる。あまりの早さにレザールは呆然としていた。
レザールが仕事の支度に動き出したのは、コブラが去って数分後のことだった。両太腿にハンドガンが入ったホルスターを付けて腰ベルトに刀を差す。二丁のハンドガンそれぞれのチャンバーチェックを済ませ黒いコートを羽織る。
一方エリスはレザールの動きを見ながらチャンバーチェックをしていた。慣れないせいか、その手つきは覚束ない。レザールの見様見真似でなんとなくでチャンバーチェックをしていく。その様子を見てか、レザールはエリスに話しかける。
「チャンバーチェックは出来たか? 」
いきなりの質問にビクッと肩を揺らす。何のことだか分かっていないのか、頭上にハテナを浮かべている。
「……チャンバーチェックってのはな、薬室に銃弾が入ってるか確認する作業のことだ。いざという時に撃てないようじゃあ、最悪こっちが死ぬからな。撃つ前と銃を拾った時、他人から銃を受け取った時は必ずやれよ」
レザールからの忠告とも言える解説にエリスは息を呑む。「薬室」というのがエリスには理解できていないが、レザールの真似をして勝手に納得をしている。
レザールはエリスにマガジンを四つ渡す。マガジン一つで十四発。今ハンドガン本体に装着されている分含め五つある為、総弾数は七十発となる。レザールにとっては十分過ぎる弾数だが、エリスはまだ銃に慣れていない。倒すべき下級悪魔が六体しかいないものの、何が起きるか分からないのも事実。予備は多めに持ち歩くに限るだろう。エリスはその予備マガジンを尻尾形のポーチに仕舞う。
「お前のそのポーチには妖術で使う例の液体は入ってねえのな」
「あたしは毒に耐性がないもの。毒を慣らす訓練の時はいつもお兄があたしの分まで飲んでたから」
毒を身体に慣らす訓練があるということは、エリスの家も多少特殊な家柄であることが伺える。そんな家系で訓練の参加を避けていいものなのかは当人にしか分からないだろう。そうして支度を終えた二人はシルバークロウ市内の掃討ポイントへ向かう。
今回の現場はシルバークロウ市と言ってもメイズスターリング市に近い南西側の場所だ。先に事務所を出たコブラやジャックに合流をしようと思えば出来るくらいの距離感になる。
レザールは左耳のイヤーカフ小型無線機の超音波索敵機を起動する。悪魔の種類を聞き出す前にジャックが飛び出して行ったがために特徴が分からないでいた。分かっているのは全体数と等級のみだ。超音波索敵機でちまちまと周囲の反応を探る他無い。
「依頼書に書いてあった住所的にこの辺りなんだがな」
大通りを二人並んで歩く。人通りはそれなりに多いが、索敵機が反応しないということはこの辺りの通行人に紛れている訳では無いようだ。指定された場所近辺に人に紛れていないという点で人型悪魔の線は消えた。レザールは近くの路地を覗き込む。索敵可能圏内に反応は無い。視覚にもそれらしいものは無い。
この悪魔を探すという地味な作業に痺れを切らしたのか、エリスは退屈そうにレザールのコートを引いて声を掛ける。
「ねえ、手分けしない? その方が絶対効率良くない? 」
レザールはそんなエリスを一瞥してすぐに索敵に戻る。
「お前を一人に出来る訳ねぇだろうが。効率が悪かろうとリスクヘッジを優先する」
「悪魔を探すってだけで何がリスクになるって言うのよ」
エリスは納得いかない様子でハムスターの様に頬を膨らませる。レザールは心底面倒臭そうに額にデコピンをして痛がるエリスを余所に言葉を続ける。
「自己防衛能力が乏しいノーコン娘が何言ってんだ」
大通りの端で喚くエリスを放置してレザールは悪魔の捜索を続ける。
数分近くを歩き回っていると超音波索敵機のレーダーに赤い点が現れる。ついに悪魔を見つけたのだ。壁に背を向けゆっくり路地へ顔を向ける。そこには蝙蝠型が六体いた。例の中級悪魔の姿は無い。レザールはエリスに向き直り、手を出す。手のひらを上に向けているそれは、来いというよりは何かを要求している手だった。
「エリス、ハンドガン貸せ」
意図が分からず首を傾げるが、言われた通りにレザールに手渡す。ハンドガンを受け取ったレザールは銃口に何かを取り付けた。筒状の長い何かを。
「え、なにこれダサい」
「うるせぇ。これはサプレッサー、発砲音を抑えるものだ。弾を外したところで銃声が抑えられてるから気付かれにくくなる」
「なにそれ、このだっさい筒そんなに凄いの? 」
ダサいダサいと言いながらもサプレッサーというガジェットの効果に感心している。エリスのハンドガンを握ったままレザールは蝙蝠型の悪魔一体にその銃口を向ける。パシュッと気の抜けた音を発した後、レザールたちから一番近い位置で飛んでいた蝙蝠型を撃ち落とした。着弾位置は頭。誰が見ても見事なヘッドショットだ。
レザールはハンドガンをエリスに返すと「今度はお前が撃ってみろ」と言わんばかりに顎で示す。差し出されたハンドガンを受け取ると自信無さげにゆっくり構える。狙いを定め引き金を引くと銃弾は比較的近い位置に飛んでいる蝙蝠型の胴を掠めた。その蝙蝠型は周囲を警戒し始める。レザールは蝙蝠型の動向を確認しながらエリスのアシストに入る。
「そのまま体感で五ミリ銃口を上げろ。次は二発連続で撃て。間髪入れずにな」
レザールはエリスの銃を持つ手を下から支えて蝙蝠型とのタイミングを計っている。
体感では一分だろうか。実際は数秒程度の時間が流れ、レザールは「撃て」と指示を出す。そうして放たれた二発の弾丸は真っ直ぐ蝙蝠型に向かって行き、一発目は顔面に、二発目は少し下がって胴に当たった。
「まあ、こんなもんだろ。残りもそんな感じでやっていけ」
レザールが顔を向けた先にはまだ四体の蝙蝠型が飛んでいた。二体がやられた事によって警戒したのか、動きが活発になっている。レザールたちは一度建物の陰に身を隠す。超音波索敵機を起動して蝙蝠型の動向を確認しながら様子を伺っている。
「エリス、当たらなくてもいいからハイドでやってみろ」
エリスは困惑している。それもそうだろう、専門用語を言われたところで通じるのはその道の人間か、その類のオタクだけだ。一般人は知らなくて当然だ。
ハイドというのは、隠れるという意味の言葉だ。つまるところ、隠れて優位なポジショニングに着いた状態で攻撃をするということだ。今回の場合、大通りという現状安全圏から建物の陰に隠れながら撃てという指示になる。レザールは端からエリスの射撃能力に期待はしていない。今回の仕事でエリスには経験を積ませることを主目的としている。
エリスの射撃は六回に一回当たればいい方の腕前だ。当たり前だが精度にブレがある。目前まで敵が迫れば命中する。分析すればこんなものだ。実戦での初銃撃と考えれば、まあまあやれているレベルと言っていいだろう。
三体目に銃弾が掠ったところで周囲の悪魔は全員こちらに気付く。レザールも右手で銃を握りエリスの様子を伺いながら応戦する。エリスは驚きながらも銃弾を二発ずつ撃ち込む。襲いかかる蝙蝠型に焦りを感じている様だが間近に迫った敵に当てている為、初めてにしては上出来と言える。エリスが撃ち漏らした蝙蝠型はレザールが始末をして依頼内容であった下級悪魔は全滅した。残りは中級悪魔だ。
レザールは一層警戒して周囲を見渡した。気配は無い。だが、近くに居るのは確実だ。
「エリス、お前に中級悪魔はまだ早い。大通りで待機しーー」
言いかけた時、レザールたちの頭上から鋭く尖ったものが飛び出して来る。レザールはエリスを抱えて半歩後ろへ下がって被弾を免れたが、あと少し反応が遅れれば串刺しになっていただろう。
「レザールあたしのことはいいからアイツの戦闘に集中して! 」
「言われなくてもそうする」
レザールは刀の柄を握り、左手で鯉口を切る。そして攻撃が飛んできた方へ顔を向ける。そこには爬虫類型の悪魔が居た。いつの日か戦ったものと同じ見た目で別個体の悪魔だ。
再び悪魔の尻尾が鋭く突いてくる。レザールは居合抜きの逆袈裟斬りで受け流し、更に袈裟斬りで尻尾を斬り落とす。壁に張り付いていたであろう悪魔は地面に落下し、ついに真面に対面することになった。レザールは左手でハンドガンを持ちマガジンを取り出す。そして銃本体を咥えて懐から出したマガジンを装填する。
じりじりと互いに様子を伺っている。どちらかが動けば本格的に戦いの火蓋は切られるのだ。目の前の爬虫類型の悪魔は尻尾を再生させた。最初に動いたのは爬虫類型の悪魔の方だった。爬虫類型は突進と共に長い爪で引っ掻く。レザールは後退して爪を避けて、左手の銃で二、三発撃ち込む。弾丸は手に着弾し、その瞬間腕丸ごと消し飛んだ。再生する様子は無い。いや、再生出来ないのだ。今レザールが撃ち込んだ弾はシルバーバレットだったからだ。レザールはすぐに刀を振り下ろし爬虫類型の右頬から左脇にかけて斬る。悪魔の声が路地中を響かせた。爬虫類型は形振り構わずといった様子で暴れだす。突き放った尻尾はレザールの腹部を狙うが、刀でいなして機動を逸らした。尻尾は壁に突き刺さった。引き抜こうとするも抜けない。
レザールは刀を握り直して爬虫類型へ間合いを詰める。悪魔は狭い路地の中、魔力の光弾のようなものを飛ばして抵抗を見せた。足止めのつもりだろうがレザールには関係がなかった。接近するその足は早く、光弾は必要最低限被弾するものだけ弾く。そして壁を蹴って足を踏み込み爬虫類型の背後へ回った。レザールは刃を右手側上空に構えて足で爬虫類型の尻尾の根本を踏みつける。
「終わりだ」
そう一言残し袈裟斬りで悪魔を両断した。血は大量に噴き出し、身体は崩れ始めている。仕事が終わり、レザールは刀を振って鞘に収めた。
エリスは悪魔が全滅したところを見て近寄ってきた。その目線は刀にある。
「レザール、それはなんなの? 何の意味があってやってるの? 」
エリスは不思議そうな顔で尋ねる。要領を得ない質問にハテナが浮かぶ。そんな様子で質問が伝わってないと分かるとジェスチャーを交えて言葉を繰り返した。
「ああ、血振りだな。刀身に血が着いたままだと錆びるからな。納刀前には必ずやる」
子どもの好奇心故なのか、エリスは刀を使わないのにも関わらず気になったことを聞いてくる。それ自体は悪くないが、エリスに教えたことと同じ事を後日レオンにも教えないといけない為「また言うのか……」と少し面倒臭くなっている。レザールとしては同じタイミングで伝えたかっただろう。
不意にエリスはレザールの前で手を振った。手を開けている状態ではない。三本指を折った状態でだ。
「……なにしてんの」
「これ、何本か分かる? 」
「二」
「おー! 今日は見えてるのね! 」
わざとらしいテンションで鬱陶しいくらいのだる絡みをしてくる。言葉の端々から察するに、能力を使って目が見えなくなった時があったからその確認なのだろう。こんな確認をしてくるくらいだ、当時は相当驚いたことだろう。仕事の度にやられるのは鬱陶しい以外の何ものでもないが、こうなっているのはレザールが撒いた種だ。レザールはバツが悪そうに首を掻く。
「今日は魔力弾三発と刀身補強くらいだからな。ホワイトアウトしかかっているが、見えない程じゃない」
「ホワイトアウトってことは、近視みたいにぼやける訳じゃないのね。こう、光に飲み込まれるーーみたいな感じ? 」
一瞬レザールの目が見開かれる。
「その例えは頭悪そうだが、まあ、概ねそんな感じだな」
エリスが言った、レザールの能力の反動の言語化は的を射ていた。ホワイトアウトと聞いて浮かべたイメージがそれだったという話だろうが、「反動がどんなものなのか説明しろ」と問われた時にはこの上なく分かりやすい例えだ。言う人が言えば馬鹿だと感じるだろうが。レザールはフッと息を吐く。それが笑って出た息なのか、溜息なのかは分からない。
同県メイズスターリング市ではチェーンソーのエンジン音と笑い声が鳴り響いていた。ジャックの口角は吊り上がり、瞳孔が開いている。誰が見ても一目で正気ではないと察することができるくらいの狂気が孕んでいた。
人型悪魔の血肉が飛び、返り血が顔や手、服に付着しても気にせず楽し気にチェーンソーを振り回している。ジャックの勢いに気圧されてその場から逃げ出そうとする個体すら現れる。
「影槍刺突」
焦点の合っていない目で悪魔を捉えて影から伸びた槍で首筋から額へかけて串刺しにした。そしてすぐ背後に迫った悪魔の気配に気付いたジャックは、その悪魔を一瞥してチェーンソーの刃を悪魔の頭部に突き刺し、回転するソーチェンで血を撒き散らしながら頭部を裂いた。そして身体を回転させチェーンソーを勢いのまま悪魔の胴を切断する。誰が見てもわかるオーバーキルだ。
ジャックは逃げ出そうとする人型悪魔三体の後ろ姿を焦点の合っていない目で捉える。
「影移動三回行」
そう発してジャックの体は足下の影に消え、瞬く間に一番近い距離に居た人型悪魔の背後に出る。チェーンソーで頭を斬り飛ばして影に消える。今度は悪魔の目の前に影から飛び出し腹部にチェーンソーを突き刺し振り上げた。悪魔は真っ二つに引き裂かれる。ジャックは影に潜り込むと三体目の真下から蹴り上げる形で飛び出した。ジャケットの内側からコンバットナイフ一本を取り出し、人型悪魔の頭部へ狙って投擲する。投擲したナイフは狙い通り頭部へ突き刺さり悪魔は動かなくなった。
下級悪魔九体を倒し切りジャックは壁に凭れて膝を抱えて項垂れている。
「お疲れ。お前にしては手際良かったんじゃねぇの」
コブラがジャックを見下ろして仕事の終わりを告げる。
「……お疲れっす。いやー今回は能力をセーブしてたんすけど駄目っすね。いつも程では無いにしろ、気持ちわりぃ……」
特異能力を二度使用したことによって反動で酔いが来ているのだ。コブラは周囲を見渡して、相変わらずの連続殺人現場の様な惨状に苦笑いをする。
周囲に人は殆どいない。居てもこの惨状を見て足早に立ち去っていくような人ばかりだ。ジャックの目に親子が映る。母親と女児二人が手を繋いでこの場から離れようとしている、そんな様子だ。その親子の背中が見えなくなるまで目で追っていた。コブラは魔力石を拾い集めてジャックに向き直り「帰るぞ」と一言残して歩き出す。ジャックもコブラを追うように立ち上がってフラフラと後ろを歩く。
「……家族、か」
誰にも聞こえないくらいの声量で呟いた。その顔はまるで懐かしいものをまた見たいという穏やかさと決意が込められていた。ジャックの口は今度ははっきりとコブラに聞こえるくらいの声量で言葉を発した。
「オレ、数日休みまさぁ。なに、有給休暇っす。会社員の権利でさぁ」
ジャックの数日休むという言葉に驚いたのか、コブラは一瞬足を止めた。そして、やれやれと嘆息をしながら再び歩を進める。コブラが何を思ったかは誰にも分からないが、少なくとも好意的でないのは確かだろう。ジャックがそれを感じ取れたかは知る由もない。
仕事終わりにレザールはブレインの店「Crow Toys」へ足を運んでいた。武器屋として明確な用事があった訳ではない。ブレインがいる店の奥の工房の椅子に座って煙草を吸っている。そんなレザールの様子を眉を顰めて見ていた。
「最近は煙草を控えてたんじゃないのか」
「気軽にガキの前で吸えるかよ。コブラじゃあるまいし」
ブレインは「それはそう」と頷きながら自身の作業にとりかかる。レザールの話は片手間に聞こうという意思表示だ。
「で、何だ? 何か言いたいことでもあるんじゃねぇのか」
付き合いが長いからなのか、ブレインはレザールの様子がいつもと違うことに気が付いているようだ。煙草に火をつける。レザールはブレインに目を合わせることは無く話し出す。
「……レオンのことなんだが」
「ああ、あの殺し屋の家の坊主か」
「俺そんなこと言ったか? 」
レオンのパーソナル情報がブレインに知られていることに焦りを見せる。が、ブレインはすぐにこれを弁明する。
「いや、アイツのナイフを見れば大体分かるんだよ。あれは間違いなくオーダーメイド品。刃の切れ味は人斬り包丁と称するに値する代物だ。そんなものが必要な人間は自ずと限られてくるってもんだ」
ブレインの説明に納得しながらも疑問は出てくる。切れ味の良い刃物を持っているだけなら悪魔退治を目的としていてもおかしくはないからだ。
「悪魔を殺すための武器ならわざわざリーチの短いナイフを使う意味は無い。まあ、ジャックみたいな物好きもいるが、あれはオーダーメイドじゃない。つまりは、オーダーメイドまでして悪魔退治用のナイフを作るメリットが無いってことだな。色々言ったが、第一にお前が悪魔退治の武器を見繕いに来た時点でその線は百無いわな」
そう言われればそうだ。レザールとしては護身用程度にしか気に留めていなかったナイフだが、当時の数々の小さな情報をブレインから見ればナイフの用途は見当がつくのだろう。
ブレインは話しを戻すようにレザールに促す。レザールが言いたいことがこれではない事は分かっている様子だ。レザールが言いたいこと、それはレオンをこのまま弟子として付かせていいのかどうかだ。先日、レオンの兄であるジャグアルに言った「悪魔の中には元々人間だった個体がいる」という情報から、これを知ったらレオンは後悔するのではないかという懸念がレザールの中にはあるのだ。この事実がレオンを苦しませる可能性があるのであれば潔くレオンをレザールの下から切る他無い。いざという時に尻込みをしてしまえば死亡するリスクすらある。切るなら早い方がいいというのがレザールの考えだ。
ブレインはレザールの話を静かに聞き、話が終わったタイミングで一つのアドバイスを投げかける。
「そいつは本人と話し合いな。その話を坊主たちに言うつもりだったのかはお前の裁量だから知らんが、何事も勝手に決めるよりか言った方がいい。報連相は社会常識だって言うじゃねぇか」
尤もな意見だった。これ以上無いくらいの正論だ。いつものレザールならこれくらいの判断は出来ていた筈だった。これが最も合理的だからだ。レザールは溜息と共に煙を深く吐き捨てると天井を仰ぐ。右手を額に当て、眉間にシワを寄せる。
「……余計な事に思考割かれて正常に判断出来て無かったんだな」
ブレインは余計な事の中身については触れなかった。触らぬ神に祟りなし、レザールが言わないならわざわざ突付く必要は無い。あくまで静観の姿勢でいるつもりのようだ。
レザールは煙草の火を擦り消して店を出ようと踵を返すが、ブレインによって呼び止められる。「良いことを教えてやる」とだけ言ってなかなか話を切り出さない。痺れを切らしたレザールは怪訝な顔で聞き返す。ブレインは作業台に凭れかかってレザールを真っ直ぐ見据える。
「レオンのあのナイフな、昔グレイス家からの依頼で打ったんだよ。俺の兄、もといお前とコブラの師匠がな。お前のその刀や銃と一緒だ」
レザールは言葉を失った。レザールは刀の柄を握り締めた。ブレインはそんなレザールを満足気に眺めて遠い目をしていた。
「……何の巡り合わせなんだか。トカゲがまだ兄貴を大切に思ってくれてるだけで俺はあの人の家族として嬉しいよ」
ブレインはレザールの肩をポンと叩く。それには慰めるような生暖かい温もりがあった。レザールの視線が足下に落ちて立ち尽くしていても決して追い出す事は無かった。ブレインもまた感傷に浸っていたのだろう。先程までとは打って変わって室内は静まり返っていた。




