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十九話︰『天才』を超える時

 

 俺のそばには『人間の魔物』がへたりこんでいる。

 つい一分前に記憶を打ち込んでやったとおり、彼はすでに俺の支配下。

 『僕は今〇〇を行おうと考えている』という記憶を刷り込んでやることで、一挙手一投足を自由自在に操れる状態だ。


 ゆえに、俺は命令する。


「い、いけーっ『人間の魔物』!!『ノンディアさんの魔力を消し飛ばせぇっ』!」

「はいっ!!」


 彼の行動は迅速だった。元々魔物は人より魔法が上手い。

 不可視の魔法『魔力消失』が、音より何百倍も早い速度でノンディアさんの身体を包み────彼女は蚊ても追い払うように軽く手で払う。


「────ひぃぃっ!!?」


 瞬間、隣にいたはずの『人間の魔物』が消えていた。

 振り返ると八〇メートル後方にぐちゃぐちゃに歪んだモニュメントが凍りついている。ノンディアさんの氷魔法が『人間の魔物』をぶっ飛ばしのだ。


 まあそれは別にいい。ノンディアさんの魔法がだいぶ強めなのは既に知っている。


 問題は、ノンディアさんが魔法を放ったのが『魔力消失』を喰らった後だということ。

 彼女の魔力は一瞬たりとも揺らがなかった。

 ノンディアさんの『ダメージ遮断』が、『魔力の消失』を『ダメージ』と認識し、無意識に魔法を弾いたのである。


 薄々察しはついていたが、彼女の魔法は『ダメージ』の判定がとんでもなく緩い。

 彼女の肉体に傷をつけない行為であっても駄目となると、彼女の不利益になりうる現象は全て弾かれると見ていいだろう。

 俺は簡単な魔法なら色々使えるが、『炎撃』『雷撃』『氷撃』『風撃』『毒物生成』、あらゆる手段を用いても彼女の行動を妨げることはできないということ。


 となると、『奪う』ほうはどうだろうか。

 酸素、圧力、温度、水、栄養──生物が生命活動に必要な要素を奪うことで無力化するという手段だ。


 無駄である。というか現在進行系でやっている。

 人間の魔物の『魔力消失』と同時に俺自身も魔法を使い、半径一〇〇メーターの酸素を全て追い出し、まっとうな生物なら気絶するレベルまで空気を薄めた。

 が、ノンディアさんは気がついてすらいない。酸素を奪ったはずの大気が彼女の半径三〇センチにまで近づくと変質し、無から酸素が生み出され、空気が正常な酸素濃度へ回復しているのが視える。頭がおかしくなりそうだ。


 おそらく『酸素が薄い』という『状態』を遮断し、正常な空気へ戻して呼吸していると考えられる。


 クソである詐欺である話が違う。これができる魔法を『ダメージ遮断』と称していいわけがない。

 彼女が噓をついているのでなければ、ノンディアさんは自身の魔法を誤った形で認識しているのだ。『ダメージ遮断』はダメージに限定せず全ての不都合を防ぐ『あらゆる不幸の遮断』だった。


 総括。

 誰が何をやってもノンディアさんにマイナスの形で干渉することはできない。この人は無敵だ。


「あぁぁ゛あぁズルすぎる……!卑怯と言っても差し支えないだろ……!?誉れというものはないのかよ……!?」


 こうしている瞬間も一歩ずつ歩いてくるノンディアさん。

 凍りついた彼女の表情が恐ろしくてたまらないもう駄目だ。


「ま、待ってください話し合いましょう!人間は言葉を通じてわかり合うことができるんですよ素敵ですね!ノンディアさん話し合いましょう!」

「話し合い?いいよ。ダアスちゃんが私の記憶狂わせたの?」

「違います!!俺じゃありません!!そもそも俺が貴女の脳みそ弄る理由がないでしょうビティをいい子だと誤解させて俺になんの得があるというのですか普通に考えてあんな糞女をフォローするわけがありません俺は無実だぁ!!」

「…………それじゃあ私がビティを殴り飛ばしても文句ないよね?魔法で人を傷つける輩は私の街なら無期懲役なんだけど、ビティを塀の中に入れるの協力してくれる?」

「ぁぁああ駄目ですぅ!!やめてあげてぇ!!」


 あまりにも惨めな命乞いを前に、ノンディアさんは俺の嘘を容易く看破したようだ。


 彼女は跪き、掌で地面にそっと触れ──結果、瞬く間に大地が凍った。

 ノンディアさんを中心に魔法の冷気が広がり、半径5キロ程度の地面が瞬時に丸ごと凍りつく。


「ひっ!??」


 俺は反射的に空を飛び回避、到達地点は上空一〇〇メートル程度。

 急加速と高山病で死にかける体を回復魔法で癒す。

 遠くに見える地面が薄っすらと白く染まっている。一秒前からの急激な変化が恐ろしい。


「ひぃぃっ!?危ないですよそんなもの人に向けっ──」


 と、地上の白色がぐんと伸びてきた。

 ノンディアさんの放つ冷気が急速に氷の柱を形作り、天にまで届き俺の腕を掠める。


「わ、わァぁあ!?わああああああァ!!?」


 そこから先はジリ貧である。


 無数に飛んでくる氷柱、冷気の風、氷の網。

 複雑怪奇で巨大な氷魔法が息づく暇もなく飛んできて、俺は回避に精一杯だというのに、ノンディアさんとの距離は狭まっていく。

 彼女の足元から氷の大地が盛り上がる。足場そのものを高くすることで彼女も急速に上昇しているのだ。


「ぎゃあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ助けてぇええぇぇっ!!」


 飛んで躱して逃げ回り、必死に上へと飛んでいるのに逃げ先を誘導されているのがわかって、どんどん上空へ上がってくるノンディアさんから逃げ切れないことをじんわり悟る。

 はじめ一〇〇メートルあったはずの間合いが徐々に縮まっていき、八〇メートル、六〇メートル、四〇メートル、二〇メートル、


「あああ!!ひゃあぁァ!?み゛ぃぃあ゛ぁァァァァ゛ぁ゛引っかかったな……?」

「────!??」


 全ては布石。

 見苦しい俺の錯乱は八割がた嘘である。

 俺は人心を操る『幻想術士』。実はそこまで怖がっておらず、けっこう冷静沈着で、醜態の大半が彼女をおびき出すための演技であった。


 俺の豹変にノンディアさんが気づくがもう遅い。

 彼女へ指を弾き最大火力の『炎撃』を放つ。


 ノンディアさんへの『記憶改竄』が解除されている現在、残った疲労を計算に入れても、俺の魔力は平時の三割くらいには快復している。

 地平線全てを焼き払う熱の塊が弾け飛び、ノンディアさんがこれまで生み出した氷塊全てが跡形もなく蒸発した。


 無論、無敵のノンディアさんは火傷一つ負わない。暑いとすら感じていないようであるが、ここは上空三〇〇メートルなのだ。

 氷の足場を喪った彼女は自由落下を始める。


「なっ……!?」

「これで『詰み』です。ノンディアさんって空飛べないんでしょう?街に来たのも徒歩だったし、野鳥もわざわざ走って追いかけてたし、ここに現れた時はジャンプだし、貴女には空中で動き回る手段が一切ない」


 来るとわかっている冷気は見てから躱せる。

 大気中の水分は俺の魔法で追い出した、新たに氷を生み出し足場を形成するのは不可能。

 これで地面に到達するまでの一〇秒程度、彼女は全くの無防備となった。


 直接流し込めば、ノンディアさんにも『ビティはいい子』を刷り込めるのは確認済み。おそらく彼女の安全管理に無関係な記憶の改竄には、『遮断』の防壁が甘くなるのだろう。

 つまり、冷気を掻い潜ってワンタッチすれば、『ビティとダアスはいい子』を刷り込んでやれる。チャック仲良し作戦にも支障はない。全てをリセットしてやり直せる。


 失敗する要素は見つからない。


「見たかァノンディアさん!!これが人間の知性の力だッッ!!どんなチートが相手だって工夫と努力はそれを乗り越えるんだ!ズルして無双してた貴女の怠慢をほんのちょっとだけ嘆くがいい!!」


 適当な言葉で煽りながらも、愚直に正面からは突っ込まない。

 ノンディアさんの周囲をぐるぐる飛び回り手早く加速、人間の動体視力の五倍程度の速度に達したところで、ノンディアさんの死角で旋回し突撃。


 人間の眼が物理的に追いつかない速度に、彼女が追いつける道理はない。

 ノンディアさんへ伸ばした手が、ぱんっと軽い音を鳴らした。









 嘘である。

 音を鳴らしたのは俺の掌ではなく、ノンディアさんの掌である。


 俺の手が彼女に触れる直前、自由落下していたはずの彼女の体が不自然にぐるりと廻り、俺の手を避け、ついでに俺の目の前で掌をぱんっと叩いた。


 ノンディアさんは風魔法を使い、自身の身体を動かしていた。

 彼女は空を飛んでいた。


「ふぁ!??」


 『できない』と断じていたはずのノンディアさんの飛行、躱された右手、唐突な猫騙し。

 俺の全身を一瞬驚愕が包み、一瞬生まれた自覚できる程の大きな隙、風魔法の竜巻が俺の身体を飲み込んだ。


「────わぁァ!??」


 ぐるぐるぐると世界が回る。

 強烈な縦横斜きりもみ回転を繰り返し、こみ上げる吐き気。


 胃腸の内容物をぶちまけそうになるのを必死に堪え、堪え、堪えていると、いつの間にか地上まで降りてきていた。


 動けない。指一本さえ動かせはしない。

 下半身と両腕、背中が氷塊に飲み込まれており、地面に固定されてびくともしない。魔法で溶かそうとしても砕こうとしても何故か無反応。


 正面にはノンディアさんが立っていて、じっと俺のことを見つめている。


「……………………あっ、えっと、あの、ノンディアさん空飛べるの隠してたんですか?飛べないのはブラフだったんです?」


 震える声で尋ねてみる。

 彼女は数秒沈黙したのち、何故か自嘲気味に苦笑する。


「………………いや、ダアスちゃんの予想通り。魔法で風を起こすの自体今のがはじめてだよ。ぶっつけ本番でダアスちゃんの真似してみたらなんかできちゃった」


 俺は絶叫した。

 怯えるためではない。目の前の理不尽に抗議するため、俺は叫びを上げたのだ。


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