ユイ12
タカツカサさんの件だろう。
キムラくんとコダマくんが病院から、失踪した話を彼にしていた。
彼も警察が尋ねて来ているのは、そのことだと分かっているようだ。
「お話したいことがあるんですが、内容が内容なんでドアを閉めてもいいですか?」
「会社の仲間と彼女が居ますが玄関の中ならいいですよ」
私、キムラくん、コダマくんが玄関まで行った。
「ここに居る人間は鷹司の件は知っています。宜しければどうぞ」
神妙な面持ちの2人の警察官は、静かに口を開いた。
「タカツカサは本日21時40分、病院からの通報により、病室から失踪したことを確認しました」
「ええ。店から報告の連絡がありました」
「先ほど4時10分頃、神奈川県にあるゴルフ場が管理する駐車場で、残念ながら遺体となって
発見されました。死因は一酸化炭素中毒です」
「え?」
彼だけではない。
そこに居合わせた人間が絶句した。
私は、大きくため息をつくと両手で顔を押さえ、その場にしゃがみ込んでしまった。
タカツカサさんの話は、彼からよく聞いていた。
キムラくんやコダマくんのように、彼の認める数少ない人間だ。
その彼の先輩が死んだ。
警察は持ち物から本人であると、ほぼ断定していた。
警察は通報者でもあり、事情を詳しいと思われる彼を身元確認者として選んだのだった。
「それは俺達じゃよろしくないですか?彼の彼女をこんな状態で1人にしておきたくないんで。
俺達の会社の上司でもあるんですよ」
私のことを思ってくれてのことだろう。
キムラくんとコダマくんが身元確認をしてくれると言い出した。
「悪いな。2人とも頼むよ」
「いいって。ユイちゃんの側に居てやってくれ」
その彼達が警察車輌で向かってから、小一時間経過した頃、電話が鳴った。
「分かった」
報告によると自殺として間違いないらしい。
助手席の足元には、使用済みの注射器があり、腕には新しい注射痕があったという。
排気を車内に取り込んでの、一酸化炭素中毒。
「惨めだな…」
兄貴と慕う弟分が3人も居て、信頼できる社長も居たはずなのに。
彼は電話を切ると一言つぶやいた。
「ユイ…」
「はい」
『どうしてこうなっちゃったんだろうな…お前らの前でカッコ付けていたかったよ』
最後に逢ったとき、タカツカサさんは彼にそう言い残したという。
こんなとき、良い女というのは彼をどうやって支えるのだろう。
何も思いつかなければ、上手な言葉も見付からない。
部下と上司に裏切られ、果ては自殺。
彼のダメージは計り知れないだろう。
ここで私が彼の足手まといになるのだけは避けたかった。
私はそんな彼のそばを離れなかった。
彼は、1度も涙を見せることはなかった。
私や周囲の心配とは裏腹に、彼はとても気丈だった。
1ヶ月ほど経った頃、彼の表情から曇りが無くなる。
「いつまでも立止っててはいけない。これからずっと走り続けていく」
彼は私に力強く語った。
社長と飲みに行くと言っていた。
そこで何かキッカケをもらえたのかもしれない。
今回の件で、私が無力だったことに落胆した。
『私は彼の為に何も出来なかった』
そんな想いがどんどん膨らんでいく。
彼のことを想う気持ちが大きいほど、悩みも大きくなった。
悪い想像を膨らませれば、膨らませるほど落ち込んだ。
彼と別れる夢を何度も見ては、泣きながら彼に抱きついた。
眠れない夜が何度もあった。
彼の寝顔を見ながら、何度も涙した。
この世で一番愛している人の役に立てない私とレッテルを貼った。
「ユミさん、相談があるの…」
「ユイ?どうしたのアンタ、その暗い声は?」
「もうどうしていいか、分かんない」
ユミさんは、すぐに時間を取ってくれた。
「なるほどね」
「ユミさん、どうしたらいい?」
「アンタがそうやって悩むことで、あの子の負担になったらどうすんのよ?」
「だって…」
「ユイってそんな繊細だったのね」
「今、茶化されてもそれに乗れない…」
「きっとマナブは、アンタの異変に気が付いてるわよ」
「え?」
「あの子の眼って、半端じゃないからね」
「そんな…」
「ユイが言ってくるのを待ってるか、タイミングを計ってるかどっちかだね」
「迷惑掛けていることを彼が気付いてる…」
「バカ。あの子に全てを委ねなさい。私が保証するから」
「あ、はい…」
「その前にマナブを信じてればいいのよ」
「そうですよね…」
しばらくして、ユミさんの予言は的中する。
「ユイ、最近元気ないな」
「ううん。大丈夫よ」
ユミさんの言うとおりだった。
その頃、私の頭部に500円硬貨くらいの円形脱毛症が出来た。
これを知ってのタイミングかどうか分からなかったが、私が打ち明ける寸前だった。
私は恥を忍んで、彼に打ち明けると病院へ付き添ってもらえるよう、頼んだ。
「ユイにもそんな心配掛けてたとはな…。ごめんな」
「私の方こそ、ごめんなさい。何も力になれなくて、何も言えなくて」
「ユイはずっと俺のそばに居るだけでいい。存在こそが俺の支えなんだよ」
私は彼の言葉に、涙が止まらなかった。
力になれず、彼と離れるのだけは絶対に嫌だった。
泣き止まない私を、彼はそっと抱いてくれた。
「ずっとそばにおいてね…」
「ああ、運命をそう信じてるよ」
通院した翌日から、彼は特別な優しさは無かった。
彼はいつもどおり、私に接してくれた。
私の円形脱毛症を特別扱いしない、彼の優しさが嬉しかった。
それはすぐに完治することとなった。
彼はどんなときもストレートに表現してくれる。
喜怒哀楽も私の前だけ、ストレートだ。
殻に閉じこもっていたのは、私かもしれない。
彼を愛している、信じているというセリフは、キレイことだった訳じゃない。
その気持ちは、誰にも負けることはない。
しかし目に見えて、成長していく彼を見て、焦ったのかもしれない。
私は、彼相応の良い女になることを決意した。