ユイ13
とある営業が終わって、店の送りを待っていた。
彼からポケットベルが鳴る。
「電話貸して」
スタッフが子機を持ってきてくれた。
「もしもーし」
「俺、今日暇か?」
「どっか行くの?」
「あーこの前のママのとこだよ。営業中に電話掛かってきてさ」
「分かった。じゃそっち行くね」
「電話ありがと!」
「ユイちゃん、彼から?」
「うん、送り要らない」
「分かりました」
「じゃ、お疲れ様!お先ね」
私が働いている店から彼の店までは、駅を挟んで10分ほど。
私の足だと15分くらいの位置関係にある。
彼の店に着くと、ドアをノックして入った。
「お疲れ様です。ユカさんやっほー」
「おお、ユイ!」
送り待ちだろうか。
ユカさんがソファに座っていた。
「ユカさんごめん。仕事終わるまで相手お願い」
「すっかり元気になったみたいね」
「ユミさんから聞いたんだ。もう大丈夫ですよ」
「マナブが何とかしたでしょ?」
「うん。ユカさん、今日暇?」
「店長と出掛けるの?」
蘭三郎のことを話した。
「いいわよ。久しぶりにからかいに行こう」
私達は、ユカさんと彼の部下であるイシハラくんと蘭三郎へ向かった。
「いらっしゃいませー」
素晴らしいバスボイスが聞こえる。
「4人入れる?あとママはいる?」
「ママは少し遅れて来るわ!何か問題ある?」
「顔近いって!」
彼が後退りしている姿を見て、私とユカさんは笑った。
ユカさんは『久しぶり』と表現していた。
ユカさん、ユミさんとママは私の高校の先輩だ。
2人は店に来たことがある雰囲気だった。
彼が飲み物を頼むと、私達は乾杯した。
「あら、店長来てたの?後で顔出すわ。ホレ飲んでて」
しばらくするとママがやってきた。
「あら、ユカとユイも居たの?輝きが無いから気がつかなかったわ」
「相変わらずね、ママ」
ユカさんは、ママの嫌味にもサラッと受け流していた。
「ユイはこの前に逢ったから知ってたけど、ユカさんもママと知合いなの?」
「高校の同級生よ」
度重なるユカさんのサラっと言ったセリフに彼達は大笑いした。
さらに同級生でもある、ユカさんとママのやり取りは続く。
「この2人が同じ高校に居たんだ?ってことはユミさんも?」
彼は興味津々で、ママに聞いた。
「あーあのブスね。1年と3年のとき同じクラスだったわよ。ムカつくのよ、ユミとユカは。
あの頃から良い女でね。今でこそこんなブサイクに大暴落してるけどね」
「あの頃はママ、普通の男だったからね」
「気持ちは女だったわ」
彼とイシハラくんは、この手の店は初めてなのだろう。
お腹を抱えて大爆笑していた。
「ママこの前のお礼に何かボトル入れてよ。何ある?」
彼は義理堅い。
この前のお礼を忘れずにいた。
「とりあえずXOデラックスでももらおうかな?」
「アンタ安いの入れるわねー。店長やって儲かってるんでしょ?」
「じゃヘネシーある?」
「はい!ヘネシー1本頂きました!」
ママはヘネシーをゲットすると、ドスの聞いた声で言った。
このようなやり取りを私が店出やると、二度と客は来ないだろう。
でもこの手の店では、高い確率で笑いが取れる。
「しかしユイのおっぱい小さいわね。アンタ本当に女なの?」
「うるさいなー。どうせママなんか食塩水でしょ?」
「シリコンよシリコン!」
その夜の彼は、本当に楽しそうにしていた。
「チェックお願い。あとタクシーを3台頼んでくれない?」
「もう帰るの?まだ5時よ」
「いやみんな明日も仕事だからさ」
「また来なさいよ」
「分かった。また来るよ」
チェックシートを彼が受け取った。
ユカさんが彼に一万円札を差し出す。
「いくら?私も出すよ」
「いやユカさんは俺らが誘ったからいいよ。イシハラもいい」
私は彼に耳元でこそっと話し掛けた。
「私が半分出すよ」
「タクシー代頼むよ。俺も8万ちょうどしか持ってない。大入りの後で良かったよ」
私とユカさんが居るのにも関わらず、この金額にはカチっときた。
帰りのタクシーの中で、彼もいささか憤りを感じているようだった。
「いくらなんでも高過ぎるよな?」
「うーん。私も客のアフターで何回か行ったことあるだけでお金払った事無いから」
「お礼して、筋は通したからもうだろ」
確かに彼が怒るのも無理ない。
彼は筋を通しに行っただけなのだ。
しかし彼は接客や営業について、かなり勉強になり収穫があったと言った。
常に情報のアンテナを張っており、収集することに長けている。
これが彼の成長の源なのだろう。
自分でも情報過多がちょうど良いと言っていた。
彼は知らないものがあるのを嫌う。
だからどんな場面でも、貪欲に情報収集をしようとする。
店の女の子からの相談も親身になる。
これらの全てが自分の礎になると考えているからだ。
彼から発する年齢不相応な言葉は、この膨大な情報量から来るのだ。
また彼の逸話で面白いものがある。
テレビなどを見ていても、彼はコントを嫌う。
コントはストーリーこそあるが、キャラクターなのだそうだ。
だから彼は漫才を好む。
漫才の独特なテンポと間が接客業にとって重要だという。
過去にあった漫才ブームでの、高速なやり取り。
現在、数少なくなった漫才のダラダラしたやり取り。
彼はどちらも素晴らしいと絶賛する。
彼曰く、漫才はネタ半分、テンポと間が半分だという。
この話は私にとっても、興味深かった。
「私の接客も人によってはああいう感じになるときあるよ」
「そなの?俺と初めて逢ったときはそうじゃなかったじゃん?」
「胸がキュンとなってそれどころか話も出来なかったもん」
「可愛いじゃない」
彼にキスをしたとき、タクシーの運転手と目が合った。
「あのーどちらまで?」
行き先をまだ言っていなかった。
2人がイチャイチャし、キスをしたのも一部始終、運転手に見られていた。




