4、
彼女の部屋の清掃担当になってから、私にそれを任命した神父とも何度か彼女のことを話す機会があった。
その話によれば、神父が赴任する前から彼女はこの教会の地下にいたそうだ。もっと言えば、私たちが生まれるどころかもっと遥か前、この教会が建てられたときからずっといるらしい。さらに古く歴史を辿れば、暦が記録される前からこの地上にいたのだとか。
そしてその間ずっと、教会は彼女の存在を秘匿してきたのだとか。
「公にしていればよかったのではないでしょうか」
と、私は言ってみた。
「そうしていれば、今のように無神論者が世を席巻することはなかったのでは?
少なくとも神の御使いの実在が証明されているわけですから」
「しかしねえ、今の人々が、今の彼女を見て信仰心を取り戻してくれるだろうかねえ。
彼女はその……見目麗しいというにはどう見ても太ましいし、いつも酔いつぶれているし、後光を別にすれば神々しくもないし……」
まあ確かに教会で見仰ぐよりは飲み屋で見かけるのがふさわしいだろう、と私は思った。
もっとも私自身の感想を言えば、ぽっちゃり美人というやつで愛嬌はあると思っていたが。
いや、ぽっちゃりよりはもっと、ずどんと重さがありそうか。それとも天使に体重は無かったりするのだろうか? そういえば、あの羽はあの体型でも役に立つのだろうか。ちゃんと飛べるのだろうか。
実際、存在が公にされていたとしても、この世紀の人々が気にするのはまずそんなことだったかもしれない。信仰を取り戻すことではなく、現実的な観点から、そして科学的な解明へ。あの羽は飛べるのか。飛べるならばどのような力学がそれを可能にするのか。無限に湧き出るワインと後光の出所を科学的に説明するにはどのような理論が必要か。あるいは彼女そのものを解剖してどこまで超自然な存在かを調べることもしたかもしれない。
その先に宗教への回帰があったとはあまり思えない。
内心で私はそんなことを考えていたが、表向きはとりあえず、神父の言葉を肯定するだけに留めた。「確かに、人々は彼女の神聖さを信じないかもしれません」
神父は頷いた。
「昔の人も、そう思ったんだろうね。
それに彼女自身も、表に出ることを望まなかった。
昔からずっと、時代時代の音楽を耳にすることだけを望んできたと記録にある。
それでも無理矢理、表に出そうという案ももちろん出たらしいがね。
しかし……」
少しためらった後、言った。
「神への信仰心は人が自ら取り戻すべきもので、天使の手を煩わしてはむしろその怒りに触れる、と、そういう結論になったそうだよ」
「怒り?」
神父は肩をすくめた。
「彼女が常に持っているラッパ、あれ、なんだと思うね」
ラッパ。
気にはなっていた。いつも大事そうに手を触れているのに、一度も吹き鳴らすのを見たことはない。
とてもシンプルな、ピストンもない、金属の管をぐるりと一回巻いただけの構造のラッパ。
「あれはね」
と、神父はおごそかに言った。
「黙示録に予言された、終末をもたらすラッパだよ。
彼女が神から託されたラッパ。
世界の終末を告げるラッパ。
彼女があれを吹き鳴らしたとき、この世界は終わるのだ」