3、
それから私は、毎日一定の時間を彼女の部屋の掃除にあてた。
長い地下への階段と廊下を抜けて、部屋に入り、彼女に挨拶をし、部屋にある種々雑多な品に毎日少しずつ積もっていく埃を払い、テーブルや床を拭き上げ、テーブルクロスやその他の洗濯が必要な品を定期的に入れ替えて洗濯場へと運んだ。
その際に毎回少しずつ、彼女と話をするようになった。
彼女の様子はだいたいいつも似たようなもので、ヘッドフォンから盛大に音漏れるする音楽の中で、膝の上にラッパを乗せ、テーブルの上に上半身を突っ伏しながら、体を時々起こしてグラスの中のワインを飲んだ。まるで自棄になったように盛大にあおることもあれば、ちびちびとすするように口をつける場合もあった。
何日目かに、ふと気づいた。
グラスは常にワインに満たされていて、それを補充するボトルやそういったものは見当たらない。
そして減る様子もない。
私が不思議そうに見ていると、彼女は言った。
「欲しいのかしら?
飲んでみる?」
「いいえ。
それ、どうなっているのかと」
「ああ、手品にでも見えたのかしら。
これはただのグラスよ。
タネも仕掛けもありません。
私がワインを足しているだけ」
「どこからです?」
「さあ。
神の子が水をワインに変えられるのですもの。
私が無からワインを生み出せても、おかしくないでしょう?
あ、でも味にはそこまで期待しないでね。わたし、味にはそこまでこだわらないものだから。飲めて酔えればいいの」
それは教義的にどう考えるべきだろう、と思ったが、ともかくこの肥満女性が超自然的な存在なのだと改めて実感した。もっとも、厳密に言えばそんな超自然的な力はもっと前から見ていたが。この部屋には電灯の一つもないのに、彼女の後光のおかげで常に明るかった。
「飲んだワインはどこに行くんです?」
「あら、何を聞きたいのかしら」
「つまりですね、えっと」私はつい口に出てしまった疑問を続けるのに少々羞恥心を覚えたが、言い出してしまったので言葉を続けた。「この部屋を出た様子が全く見当たりませんし、この地下階には近くにトイレもないので。不便ではないかと思っていたんですよ。しかし、もしかすると……」
「ああ」面白がるように彼女は言った。「しませんね。人間のような排泄行動はわたしにはありません。天使ですから。聖なる水を垂れ流すようなまねはしません。人間って不便ですよね。それともそれを快楽にすることすらあることを考えれば、逆によく出来ているのかしら」
私はコメントを差し控えた。




