1、
おそらく、彼女がラッパを吹き鳴らす時は来ないのだろう。
私はそれが残念でならない。
世界の終わりは来ない。
今。自分の人生が突然に終わる直前になって、私は彼女と過ごした時間を思い返している。
彼女に初めて会ったのは今から六年前、21××年。
出会った場所は、この『最後の教会』。宗教という形での信仰をほとんどの人間が失った私たちの時代に残った、最後の教会。
それまで十年以上の間、私は盲目のごとく、教会の清掃だけをしてきた。私には何の才能もなく、大それた望みももう無かった。若い頃には分不相応な野心も持っていたが、心折れてその道を外れてからは、ただささやかな信仰を満たすため教会への奉仕だけを生き甲斐にしてきた。
私は幸福だった。誰に何を言われようが。
世間の多くの人々は、私を含めた教会に集まる人々を馬鹿にしていたが。
そして正直な話、私自身も神の実在を信じてはいなかったが。
それでも自分を捨てて何かに奉仕することが、私に残された唯一の幸福だった。
そんな私は、どうやら特に敬虔な信徒として見られていたようだ。
十年以上続けた奉仕活動の中で、いつの頃からか神父や信徒たちの多くから親愛の目を向けてもらえるようになっていた。
彼女に会うことを許されたのも、そうした評価の結果なのだろう。
その日、私は自分よりずっと前から教会に奉仕してきた一番古株の清掃係に呼ばれ、教会内の一室に案内された。そこでは年長の神父が待っていて、言った。
「君は天使を信じるかね」
神を、ではなく、天使を?
私は内心で首をひねった。神を信じているかと聞かれたことは何度もある。だが天使について聞かれたことはあまり覚えがない。天使の役目は神と人との橋渡しであって、天使単独で存在を信じるかどうかというものではなく神に付随するものだからだろう。
聞かれた質問の意図に疑問を抱きつつ、私は答えた。
「私は、私の目の前にあるものを信じるだけです。
かといって、見たことのないものを頑なに否定する者でもありません。
天使を見たことはないので信じているとはいえませんが、否定する者でもありません」
神父は何やら神妙な顔をしていたが、言った。
「この教会に天使が実際にいるとしたら、どう思うかね。
実は君に、天使がいる部屋の掃除担当をお願いしたいんだ。
ずっと彼一人に任せてきたのだが、彼ももう年だからね。そろそろ引き継ぎたいという話になったんだ」神父は古株の清掃係に視線を向けた。
清掃係は頷いてから、私を見た。
私は言った。「神の御心に従います」
私が受諾したことで具体的に引き継ぐ作業内容の話に移る段になったが、その前にどういうわけか、神父と古株の清掃係の二人は妙に何か渋った顔をした。
私が待っていると、神父が言った。
「ただ……君の思っている天使の姿とはだいぶ違うかもしれない。
ああ、はっきり言うとだ、幻滅しないでほしい。
彼女はとても俗な女性だ」
これから目にする天使のことを他人には口外しないようにと改めて念を押されてから、私は神父と古株の清掃員に連れられて教会の地下階へと降りていった。
その存在は知っていたが、用途は知られず、教会でも一部の人間にしか立ち入りを許されていなかった区画へと。
長い階段と廊下を抜けて、その部屋に入った。
部屋には、天使がいた。
他の何者でもない。背中に羽根を持つ、神々しい後光を備えた存在。
彼女は、後光の中で、
部屋の中央に置かれた円形テーブルの前の椅子に座り、
膝の上に金色のラッパを乗せていて片手をそれに添えながら、
もう片方の手は紫色のワインが入ったグラスを手にして、
音漏れのするヘッドフォンからひどい音量のロック音楽を垂れ流しながら、
テーブルの上で豊満な胸部を潰して、飲んだくれの肥満女性としか言いようのない様子で突っ伏していた。