第1章 黒目秋人 5
「その犯人が冴子の事件に関わっている可能性はかなり高いわ。だからそれを暴いた方が早く冴子にたどり着けるかもしれない。」
白石はゆっくりと田中を立たせた。その足に受けた傷を気にしながら田中は苦悶の表情を浮かべ、白石に訴えかけるがそれを無視する。
「それで他には誰がいるの?いるんでしょ?仲間が。」
「それが、居るはずなんだが…いないかもしれない」
「なにそれ?」
「おれも知らされてないんだ。…ていうか、黒目はどうしたんだ?アイツと一緒にいたよな?」
白石は少しだけ悲しげに目を伏せた。
「ええ、途中で幽霊に出くわした跡に帰ったわ」
少しの間、田中は足の痛みを忘れて目を点にした。
何を言ったんだ、という顔はかなり歪んでいて猿がゴリラになったようだった。
「え、幽霊?」
「ええ。童子の廊下で2人の子供がでたわ」
「そ、そんな、そんなこと、あ、あるわけ」
「…?」
白石は小首を傾げ、何ともないという表情を浮かべている。逆になぜそんなに慌てているのかと疑問符をあげた。田中は驚く。幽霊がいることをごく自然と考えている様子に。
こいつは少しズレている。
白石が学校を転向してからやってきた田中には今見ている白石のギャップはそれほどではないにしても学校でみた白石のイメージは清楚でいて凛とした綺麗な女性。誰かのために涙を流し流せる心優しい女性。そのように感じていた。
しかし、目の前にいるのはそんな人ではない。
むしろこの白石という女性こそ犯人では無いのかと。しかし、それでは自分を襲わせたことになるとその考えはすぐに否定する。
「…田中くん」
「はい?」
思考を1度停止して、初期化した頭で白石に振り返る。
「なにか来るわ。」
「え、なに?」
白石はライトを消し、扉脇に田中を寄せ自分は反対がわに逃げた。
白石が感じたのは悪寒。音が聞こえたということではない。いわゆる五感が訴えかけたものだ。
何か来ると。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
最初に聞こえたのは鉄と鉄をすりあわせたようなとても不快な音。何かこの音楽室の暗さがさらに淀んでまっ暗闇に沈んでいく感覚。
さっきまで立っていたはずの地面が急に不安定になったような不思議な感覚に気持ち悪さを覚える。
音が近づくにつれこの音が扉の外から聞こえているものでは無いときづく。
まっ暗闇で互いの顔はわからないが荒い吐息とカタカタとなる壁の音から極度の恐怖に田中が陥っているのを感じ取った。
「田中くん。落ち着いて。」
押し殺したような声に大して、その声に酷く反応した田中が「うあ!」と、声を上げる。
「ヤバい、ライト付けてくれよ。なんかまずいよ!これ!」
「まって、ライトがないわ。さっきまで持っていたのに…」
「おいいいい!何処だ!どこに、あ、あった!」
田中は地面を手探りでかき分けるうちにライトを見つけ、スイッチを入れた。ライトで照らすとまず扉が見えた。その光を真後ろに照らしてみる。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
そこには真っ黒な髪の毛を下に何重にも重ねた女の姿があった。床が髪の毛で埋まり肌が真っ赤を通り越して黒い色で、首に縄が結んであり吊り上げられていた。プラーンと垂れ下がった胴体は浮かんでいて生気はまるでない。
恐ろしいほどに真っ黒な眼窩はギョロっと田中を見ていた。
息を飲む。いままでこんな感じたことのない恐怖を味わうことになるとは思わなかった。
赤黒い女は首に締められた縄と同じ形状の首つり縄をその細くて長い手に掴んでいた。
田中は必死に叫んだ。人生で1度も出したことがないほど大きな声量で。叫びに叫び抜いた声は虚しくも周りに聞こえることなくその縄を首に結ばれ物凄い力で引っ張られる。
「うぎぃー、」
潰れた悲鳴が小さく出て、ズルズルと引きづられて見る天井はいつしかピアノに変わって、その先は奈落に繋がっているかのようにガクンっと田中の体を飲み込み、滑り落ちて行った。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
「田中くん!どうしたの!?なにがあったの?」
不快音が響く中、まっ暗闇で視界を支配され何も見えずにさまよう白石は、下手に身動きを取れずにいた。
地面を何かが這うような音に身の毛のよだつものを感じながらこの異常事態にたちまち悪い予感が先程から頭を巡っている。
「まずい。これは何かあったわね」
不快音が途中なりやんだかと思うと急にまっ暗闇がほの暗い程度に戻った。まるで闇が通り過ぎたかのように。
「田中くん?」
田中がいた方を覗けば、そこには覆面とライトが地面に落ちていた。
そのライトを拾い、明かりを付ける。
周りを照らすとバラバラに乱れていた音楽室が元通りになって、元通りに戻っていた。何もなかったかのように、
「まずい。」
「お姉ちゃん」
白石はばっと勢いよく振り向く。
そこは音楽室の扉があるだけだ。
白石はゆっくりと扉を開き、廊下にでる。
すると、先程見た幽霊を目撃する。しかし、今回は片割れだけだ。
幽霊の少女は物憂げな表情で白石を見つめている
「お姉ちゃん。に会っちゃったね。」




