第一話 盗賊ってそんなに悪いか? 1 便利くん、転生しちゃう
どうしてこういう事になるんだか……。
――とは思うのだが、今日も俺は残業中。後輩の東くんを手伝って、時間はもう午後8時。
定時の5時帰社? それっていつの話だっけ……? 遠い昔過ぎて判らん。
というか、そもそも何で俺がこの部署で? っていう話なんだよね。
俺はそもそも営業で、得意先回りとか普通にしてたわけ。
けど、なんか総務課から雑用みたいな事をちょいちょい頼まれるようになったのね。で、これを気安く引き受けたのが始まりだった。
どうも「頼み事しやすい人」認定されたらしく、社内で色々、頼まれごとするようになる。書類上の問題を周りが抱えるのを手伝って事務課と直接話してるうちに、何故か事務課の仕事も手伝うようになり、なんか知らんが呼ばれるようになった。
は、いいのだが、今度はその書類の経理上の不備と問題とか目について、経理と相談してるうちに、経理の方も手伝ってくれと頼まれるようになった。
挙句、経理のシステム状の改善点とかをシステムの方と相談してるうちに、システム部にも呼ばれるようになる。
で、新しいシステムの提案とともに、新しい商品開発のアイデアとか出してたら企画部に声をかけられるようになった。
――のは、いいんだけどさ。
あ、俺の名前は御厨頼人『みくりや らいと』。名前の通り人に頼られるのは、いいんだけどさ。俺もね、時間に限界があるわけだよ。
けどそこを押してあっちこっちに顔出すんだけど、基本的にそれは俺の『手伝い』で、本業じゃない。ので、全然、給料には反映されてないのね。
いや、そこもまあ我慢してもいいよ。金が欲しいから手伝ってるわけじゃないし、比較的大きな会社なのに基本、親族経営が主体のこの会社で出世を期待してるわけでもない。
たださ……本当に休みがないんだよ。各部署が「頼人くん、今週末、助っ人頼めるかなぁ」とか言ってきて、「ああ、いいですよ」とか答えるでしょ。そうすると、その部署は、一ヶ月に一回だけ週末出勤頼んでると思ってるのね。
けどそれが四、五部署とかになるとさ、毎週、土曜日出勤なわけよ。で、日曜日はくたびれきって、一日寝てる。そんで気が付いたら月曜日――
ああ、俺のお休みは!? というか、個人の時間は?
まあ結局、『便利くん』として、いいように使われてるんだろうけどね。
自分の撒いた種とはいえ、ちょっと休みが欲しい……
「――できました、先輩! ありがとうございます!」
東くんが、嬉しそうに声をあげる。事務課の東くん、色々ミスちゃってテンパってたから、つい手伝ったんだよ。
だって、泣きそうな顔で「これが明日までにできないと、オレ、大変なことに……」とか言われたら、『判った――やってみよう』って笑うしかないだろ。
「よかったな。じゃあ、帰るか」
「あ、先輩! ――あの、よかったら、メシ食っていきませんか?」
なんか、こっちを覗き込む感じの眼だ。は~ん、なんか話があるわけか。
「いいよ、じゃあ行こうか」
俺は笑って、東くんと駅前の居酒屋に行った。
形通り乾杯して、しばらく酒も食も進んだ頃、東くんが話を切り出してくる。
「実はですね、頼人先輩。オレ……結婚することになりました!」
「お、そうか! そりゃあ、おめでとう!」
俺は笑ってみせた。なんで彼が、俺にそんな話をするか?
それは東くんが抱えてた案件を、経理に相談しに行ったその先に、彼女と知り合ったんだね。相手の水木さんと、知らんうちに仲良くなって、しばらくしたら「つきあい始めた」報告があったわけ。
……この野郎、仕事はともかく恋愛は素早いな。
「いやぁ……なんか彼女と知り合ったのも先輩のおかげですし――最初に報告したいと思ってたんです」
「そうか、まあ時間の問題だとも思ってたけど、よかったな。大事にしてやれよ」
俺は笑った。チクショー、俺は忙しくて彼女とか作る暇なんて全然ないのに!
この後輩の東くんは、ヘラヘラしながら己の幸せをゲットしてる。
あ~……俺、どっかでなんか間違えたんだろか?
「あの……それで相談があるんですが――」
なんだ、仲人か? けど、それはもうちょっと上司の方が――
「彼女の後輩に、朝霧みなみさんてコがいるんですけど……そのコが、頼人先輩に興味があるらしくて――」
なに!? そんな案件か!?
「――できたら、最初、彼女とも一緒に四人で飲み会したいなって彼女が言うんですけど……どうでしょう?」
「いいじゃないか!」
俺はつい声をあげた。あ、いかんいかん、冷静になれ、俺。
「あ、いや、いいよ、うん。俺に興味持ってくれるなんて嬉しいけど……その子、水木さんの後輩なんだろ? 俺とは結構、年齢差あるけど、いいのかな?」
「あ、先輩の年齢は知った上での話ですよ。そうですか、よかった。それじゃあ、この話オッケーってことで、進めときますね」
「ああ。よろしく頼むよ」
キタキタキタ! やっと来たかもしれん、俺の春が!
俺はその日、東くんと別れて上機嫌でうちに帰った。
まったく自分の時間がとれない俺にも、唯一の趣味がある。
それがネトゲの『アザルド・ファンタジー』だ。
どんなに遅くても疲れてても、必ず一日一回はログインする。
まあ、キャラ名だけど、俺はそこそこのプレイヤーとして、その内部では結構知られる存在だ――と、思う。
「彼女も作らずネトゲ三昧とかいうけど――いやいや、今度はその朝霧さんとナニかあるかも……」
俺はちょっと考えて、水木さんの傍にいた朝霧さんを想い出そうとした。
――あ、いたかも。水木さんの傍に、おとなしく座ってた眼鏡かけてた子。
あの子かぁ……。あの子が俺に感心があるって?
俺はパソコンの前に座ったその数秒の間に、妄想を凄まじい勢いで展開した。
「実は先輩のこと、最初に見た時から気になって――」なんて言われて、週末デートの約束する。
なんか映画見たり、遊園地いったりのデートした後は、お互いの日常とかちょっと知るようになって……
――でもって、遂にデートの帰り道、恥ずかしがる彼女に俺は、ここぞという顔でカッコイイ事言って、キスをする。
それで二人はやがて抱き合って、もにょもにょな関係に……
「ウォーッ! 俺にも春が来るかもしれん!」
俺は酔った勢いでちょっと叫ぶと、イヤホンを耳に着けた。ネトゲする時は、これが俺のスタイル。
フフ……ネットの向うの友人どもよ。俺はもしかしたら、君らとは別のリア充な世界に転生するかもしれん。残念だが、楽しかったよ……
とか思ってログイン画面を眺めてると――ふと、俺の視界がグラグラする。
あれ? なんだ、酔いすぎたか?
……頭が痛い。ちょっと、これマズいやつか――
俺は立ち上がって救急車を呼んだ方がいいかも……と思ったが、その瞬間、視界がばたりと横になる。
――あれ? 俺、倒れた!? まさかこのままログアウトならぬ……ブラックアウト――
※ ※ ※ ※ ※
と、思ったら、黒じゃなくて白の世界だ。
真っ白。ホワイトアウトだよ。けどよく見たらそこに文字が浮かんでる。
『職業を選択してください: 』
あ~、職業選択ね――って、なんだ、これアザルド・ファンタジーの初期画面じゃん!
なんだこれ、どういうこと? ……もしかして俺、キャラの初期化とかしちゃった!?
ぎゃーっ!! 今までの苦労が!
――とか、一瞬思ったけど……
まあ、いいか、それはそれで。新しくやり直した方が、無駄なく最強のキャラ作りできるかも。
そう気を取り直して、俺は職業を選択した。
『職業:盗賊』
そうそう、これこれ。現実で器用貧乏な俺だけど、どうもやっぱりそういう性格なのか、あれこれできる盗賊を選択しちゃう。けど、この職業でも強くなる方法はあるからさ。
『説明を聴きますか、転生しますか? 説明or転生』
説明? ああ、チュートリアル的なやつね。もう、このゲームは散々やりつくしたから、今さらチュートリアルはいいや。
――っていうか、『転生』? なんだ、今度のバージョンは、ログインのことをそう呼ぶようにしたのかな?
そう疑問に思いながらも、俺は『転生』を選択する。
と、音声案内の女性の声がした。
「それではただいまより、転生を開始します」
そう言われた途端に、俺の白い視界がギューッと縮んでいく。なんだ、何がどうなってる!? 視界は全くなくなって――
そして次に俺が見たのは――まったく、知らない風景だった。
何処か聖堂のような場所。そして俺はその広間の――魔法陣が描かれた床の上。
「ようこそいらっしゃいました。転生勇者様」
そして目の前に立ち、俺にそう声をかけたのは白金の髪をロングストレートにした美女。
そのいでたちは高貴にして可憐。どうみてもこれは――
「お姫様?」
「はい、そうです。わたくしはこの国の王女、キャサナ姫です」
そう言ってキャサナ姫は、にっこりと微笑んだ。
――と、キャサナ姫は俺の前に近づいてくると、いきなり俺の腕をとる。
「ようこそ異世界へ。そして我が国タイラニアへ」
手を取られるまま、俺は呆然とする。
――は? なんて言った? 異世界――アザルド?
そりゃ、ゲームの中の話だろ。
「あの……転生勇者? って何ですか?」
「貴方様のように、異世界からこの世界に来られた方のことですわ」
キャサナ姫は笑顔のまま、俺にそう言った。
――異世界転生? あのやたら流行ってる、あれ? ……妄想だろ?
「おい、お前、前の世界で死んだ自覚ねーのかよ」
不意に男の声が飛んできた。
姫の後ろから、黒髪を逆立ててバンダナを巻いた、ファンタジーアニメの勇者風の男が歩いて来る。
「死んだ……? 俺が?」
「そうだろ? オレなんかトラックに轢かれたから、すぐに死んだって判ったぜ。他も概ね、似たようなもんだよ」
勇者風の男はそう言って、後ろを顎で示す。その後ろには、魔導士風の女性と僧侶風の女性が立っていた。
「皆さま、貴方様より先に来られた転生勇者様ですわ」
俺はパソコンの前で倒れたけど――あれって、ヤバい症状だったのか……。
で、俺より先に、この世界に来た人もいる、と。
「ま、お前は四人目ってわけだ。オレはアーサー・ブラック。剣士だ。アーサーって呼んでくれ」
勇者風の男はそう名乗る。で、後ろの紫のボブカットの女性が口を開く。
「魔導士のフーリンよ」
「わたくしは治癒士のセイエですわ」
その隣に立つ緑のロングヘアの女性がそう名乗る。ちなみに、二人ともなかなかの美女だ。そしてアーサーが口を開く。
「で、お前の名前は?」
「あ――御厨頼人だけど」
「そりゃあ、前世の名前だろ? まあ、こっちでどう名乗るか考えといた方がいいぜ、ライト」
そ、そういうものか。僕が戸惑ってると、アーサーはにやりと笑う。
「まあ、そんなことよりよぉ。ジョブ――職業選択だよ! 見ての通り、もうこのパーティーは剣士・魔導士・治癒士と揃ってるわけだ。お前がどういうジョブ選択したいかってのもあるけど、被らないように――それにパーティーの中で役に立つ選択をしてくれよ」
アーサーはにやにや笑いながら、そう言った。
っていうか、友好ムード出してるつもりかもしれないけど、全然、選択肢に制限を与える強制的な話じゃん。
ちょっとムッとしたので、俺はすぐに言い返してやった。
「職業選択なら、もうしたよ。俺は『盗賊』だ」
――その瞬間だ。
空気が一変した。
「なんですって……」
キャサナ姫が、信じられないものを見る眼付きで、俺を見てる。
よく見ると、周囲にいる人々にも、何かざわめきが起きていた。
「は? バカかお前! なに勝手に盗賊とか選んでんだよ! そりゃお前――犯罪者の奴だろ」
「違う違う! シーフはファンタジーゲームによくある職業の一つだ。別に本当に盗みをする訳じゃない」
僕はそう言ったが、驚きから絶望、そして怒りの眼になったキャサナ姫の暗転は戻る気配はない。
「盗賊ですって……」
憤怒を堪えるように、キャサナ姫が口を開く。
「恥を知りなさい、この泥棒が!」
「だから、泥棒でも犯罪者でもありませんってば」
参ったな、まさか俺の職業、盗賊がここまで言われなければならんとは。
「何にしろ、誇り高き王国勇者団に盗賊などというおぞましい職業の者はいりません! あなたは不必要です――処刑なさい!」
キャサナ姫は、いきなり周囲にそう命令をくだした。
「おいおい! 処刑ってなんだよ!? 勝手にそっちで呼び出しといて、何の盗みもしてないのに、いきなり処刑? 俺は何の罪で裁かれるんだ、言ってみろよ!」
俺は頭にきて、キャサナ姫に怒鳴った。言い返されたキャサナ姫が、ぐっと詰まって周囲を見る。俺はさらに言ってやった。
「盗賊ってのは、よくある職業だって言ってんだろ! それを選択しただけで処刑とか――あんた言ってることおかしいだろ!」
「貴様、姫に向かって無礼だぞ! 姫に敬意を払え!」
いきなりアーサーが俺に怒鳴る。なんだこいつ、転生者のくせに姫の方の味方なのかよ。
「ちゃんとした判断をする姫なら敬意も払うさ。けど、いきなり何もしてない人間を処刑するのは、単なる権力をかさにきて圧制を強いる独裁者だろ! そんな奴に敬意なんか払えるか!」
「貴様、王家に対する不敬罪だけでも死に値する! オレがこの場でたた斬ってやるぜ!」
アーサーはそう言って、腰の剣に手をかけた。
マジか、こいつ。姫が正論で負けたからって、本気で俺を斬るつもりなのか?
「――お待ちなさい!」
キャサナ姫の声が響く。そこでアーサーは、柄にかけた手を止めた。
キャサナ姫は、魔導士と治癒士の女性たちの方を向く。
「あなた方に訊きます。『盗賊』というのは、本当に転生者によくある職業なのですか?」
「職業選択肢の一つであることは、間違いありません、姫」
魔導士の方が答えると、治癒士もそれに続けた。
「まあ……あまり実際に選択してる人は見たことありませんけど――定番職業の一つではあります」
治癒士がそう答えると、キャサナ姫はため息をついた。
「そうなのですか……盗賊などという汚らわしい職業が、選択の一つ……。仕方がありません、この場で処刑するのはとりやめにします」
ほっ、よかった。とりあえず、いきなり殺されるのだけは免れたらしい。
「けど、栄えある王国勇者団に盗賊などという汚らわしい職業の者はいりません。その者を即刻、追放なさい!」
「しかし姫、オレたちのパーティーはもう一人欲しいところですぜ。特に、オレの前に立って壁になる前衛職――重騎士とか戦士とか欲しかったところなんですよ。――おい、お前! 今から転職とかできねえのか!?」
アーサーが偉そうに俺に言う。そんな偉そうな態度なら、できてもやるかってんだ。
「すぐはできないだろ。確かジョブチェンジはレベル10ごとのはずだ」
俺はそっぽを向いてそう答えてやった。と、初めてキャサナ姫が俺に同意する。
「そうです、一度決めたジョブはすぐには変更できません……ですからこの者を早く! 王宮の外に追い出しなさい!」
そう声をあげると、いきなり両側から兵士が来て俺の腕をとった。
と、俺を無理やり俺を引きずって、その場から退場させる。
姫の怒りを含んだ眼。そして嘲りを含んだアーサーと、憐れな者を見る魔導士と治癒士の眼。ああ、そういう事……俺はここでフェイドアウトってことね。
広間から出されて廊下に来ると俺は兵士に言ってやった。
「おい、いい加減に離してくんないかな。別に逃げたりしないからさ」
「黙れ、この犯罪者が!」
「俺は何もしてねえって言ってんだろ!」
俺がそう怒鳴った時、俺の背後から声がした。
「その人を放してあげてください」
掴まれたまま振り返ると、ブラウンのロングヘアの女性が立っている。
兵士たちは慌てて、俺の腕を離した。――なにこの人、偉い人?
「どうも失礼しました。わたしは侍女長のアガサです」




