第一話 喫茶でトリック勉強会
似ている作品があれば直ぐに消しますので報告よろしくお願いします。
西園蜜花、十九歳大学生
嫌いな言葉───密室
「あぁー!!もう分からない!」
オレンジ色の日差しが差し込む夕暮れ時の静かな喫茶店で大きく響き渡る声はエプロン姿でカウンター席に座っていた蜜花からだった。
ミステリーや推理小説で溢れかえる「喫茶ブルーム」の店員として働き始めて早半年。蜜花は休憩中に本を読むのが日課となっていた為、よく来ているお客はいつものことかと暖かい目を向けながら騒がしい店内を楽しむ。
そんな中、蜜花の席から一つ空けたところに座っていた一組の老夫婦が声を掛ける。
「どうしたの?蜜花ちゃん」
「まーた解けなかったのかい?」
その声に顔を上げ、分かりやすく萎れた表情を晒すと店内のことを考えてなのか声を抑えながら笑う白石俊夫とその妻の冴子の姿があった。
ブルームの常連で初日の蜜花にも優しくしてくれた白石夫妻はよくこうして頭を抱える蜜花に話しかけ「どんなトリックだったか聞かせて」と話しかけてくれるのだ。
「聞いてくださいよ!この密室トリック、全く解けないんですぅ……」
そう言って読んでいた本を見せると冴子が受け取り、軽く中身を捲る。
「この本、見たことないけれど新しいやつ?」
「あ、いやーそれは私でも分かると思って自分で買ったやつです」
店内に置いてある本は専門用語ばかりで蜜花には難しく、理解ができない物ばかりだった。その為、月一で書店に通い子供用の謎解きや推理漫画を買ってこうして休憩中に読んでいるのだが、いかんせん蜜花の脳みそは硬く答えに辿り着いた試しが一度も無い。
「どれ、今回も爺さん達に聞かせてはくれないか?」
「もちろんです!えっと、これはアサガオ荘っていう二階建ての建物でルームシェアをしている五人に起きた事件のお話です」
そう言って蜜花は本の内容を読み上げていく。
事件があったのは六月八日。にアサガオ荘一階に住んでいる岡本和真、二十七歳男性のエンジニアが鍵のかかった部屋で毒殺されている所を発見された。唯一開いていたのは換気用で高い位置に設置された猫一匹が通れるぐらいの突き出し窓のみで部屋の鍵はその下に置いていた棚の中。合鍵はあるが管理室の金庫に保管されており、パスワードは管理人しか知らず開けられた様子も無く、ピッキングの跡も無し。
「自殺じゃないのかい?」
「それじゃあ推理小説の意味ないじゃないですか!それに、机の上にワイングラスが二つ置かれていて明らかに誰かと会っていたみたいなんですよ」
「部屋に招かれた人物が犯人てことよね」
冴子の言葉に蜜花は頷く。その日、訪問者は誰一人居らず、アサガオ荘の鍵は住人しか持っていないことから外部からの殺人ではない。となると一体誰なのか、容疑者となるアサガオ荘の住人について蜜花は話し出す。
一人目はアサガオ荘の管理人であり第一発見者の秋山健輔、二十七歳男性で農家をやっている。岡本和真とは昔ながらの友人で発見された日に出かける約束をしていた。しかし、いつまで経っても来ないので様子を見に行ったところベッドに仰向けで倒れているのを発見した。だが、最近ではルームシェア解消の件で揉めていたらしい。
二人目は東山悠子、二十六歳女性で保育士。秋山健輔とは大学時代の友人でお金に困っている時に、ルームシェアの話を持ち掛けられた。助けてくれた秋山健輔に対し恩義と恋心を抱いており、最近お付き合いを始めたそうだ。秋山健輔がルームシェアを解消したがっていたのは東山悠子と同棲をする為。
三人目は井上小百合、二十五歳女性で和裁士。こちらもお金に余裕がなく、困っている所を友人の東山悠子がアサガオ荘を紹介してくれた。岡本和真に好意を寄せられており、まとわりつくような不快な目線で見られていることに嫌気が差している。
そして四人目は最年少の田村真雄、二十一歳男性の医大生。秋山健輔の親戚で大学が近いからと紹介された。井上小百合に恋心を抱いており、岡本和真が井上小百合に不快に絡んでいるのをよく思っていない。見かけた際には井上小百合を守るように庇っていた為、岡本和真からは嫌われているようだ。
「なるほど、年齢も皆近いしこれだけじゃさすがに犯人はわからんのぅ」
「流石にこの時点でわかったら超人ですよー」
現場状況と名前と職業、そして殺人に繋がりそうな動機だけではやはりまだ誰も犯人には辿り着きそうになかったので続きを話そうと目線を本に戻した瞬間、「なるほど」という声に三人は声の主に目線を向ける。
「マ、マスター……まさかもう分かったんですか?!」
カウンターに立って注文の珈琲を淹れている喫茶ブルームのマスターである榎本阿乱だった。常に落ち着いた様子の紳士で推理や謎解きが好きな三十九歳の男性。
今の話だけで本当に分かったのか穏やかな笑みを浮かべながら淹れたての珈琲を運んでいってしまった。続きを聞かないのかとも考えたが榎本はまだ仕事中なので付き合わせるわけにもいかないと考え、続きを話す。
「死後硬直からして死亡推定時刻は深夜の一時半ぐらい。その時間帯にアリバイがあったのは井上と東山の二人だけだったそうです」
井上小百合はコンビニで飲み物やお菓子を買いに出かけており、レシートもあった。防犯カメラにも姿が映っていた為、間違いなくアリバイは証明される。東山悠子もその時間は保育士の仲間と通話をしながら仕事をしていたようで、電話相手からも確認が取れていることからアリバイが立証されたが田村真雄と秋山健輔は部屋に居ただけでアリバイを証明してくれる人は一人もいなかった。
「どうです?犯人と密室のトリックわかりました?」
「うーん、怪しいのはやっぱりアリバイのなかった二人かしら?」
俊夫と冴子もイマイチ閃いていないのか首を傾げながら考えている。二周しても何も閃かない蜜花は戻ってきていた榎本に意識を向ける。未だ穏やかな表情を変えずに洗い物をしている姿を見ているとその視線に気が付いたのか目が合い会話に参加してくる。
「もう一つ、証言はなかったですか?」
「え?……あ───っ!」
再度読み直していくとヒントとなる証言をがあることに気がつく。蜜花の慌てぶりに榎本は笑いながらもそれを話すよう促す。
合鍵を使った秋山健輔は中に入った瞬間に感じたことがあったそうだ。「その日は対して暑くなかったのに室内がひんやりと冷たかった」と。
「もしかして冷房がついていたんじゃないかしら」
冴子の言葉に俊夫も「なるほど」と納得した様子だったが蜜花はなんのことかと理解不能だった。対して暑くなかったとしてもその人次第でただ岡本和真が暑がりだっただけなのではないかと考える蜜花に榎本が手を拭きながら言う。
「死後硬直、ですよ」
「死後硬直ってドラマとかで見る……体が固まって動かなくなるってやつですよね?」
死後硬直は死亡推定時刻を判断する一つで死後二から三時間ほどで徐々に体が硬直していくが、それが遺体の体温を変えることで硬直を遅らせたり早まらせたりすることができる。
「冷やしていたということは、死後硬直を遅らせていた……」
そうなると死亡推定時時刻が変わり、二人のアリバイも崩れたことになる。つまり推理のやり直しということだが蜜花は冷房のことにすら気付いていなかったのであまりダメージはない。すると、榎本が今度はカップを拭きながら蜜花達三人を見て口を開く。
「皆さんは今のところ誰が犯人だと考えているんですか?」
その問いかけに俊夫と冴子が管理人で揉め事をしていた秋山健輔と答え、蜜花は毒薬が手に入りやすい医大生の田村真雄だと答える。
「死因が毒薬なら医大生が犯人と考えるのが妥当じゃ無いですか?」
そう答える蜜花に俊夫と冴子が異論を呈する。
「毒なら農家でも手に入りやすかったりするぞ?」
「強力な殺虫剤とかね」
残念でしたとでも言うかのように笑う二人に蜜花は肩を落とすと、「二人は犯人ではないですよ」と榎本に言われる。しかし、これ以上納得のいく答えが出ない三人は潔く降参をし、答えを求める。
「消去法で考えてみてください」
そう言う榎本に蜜花はもう一度考えると新たにヒントを寄越してくる。
「まず、部屋に置いてあったワイン。蜜花くんはどんな時にワインを出しますか?」
榎本の問いにワインという洒落たものを毎日飲む習慣が無い蜜花は「特別な時に出す」と答えてから「あ、」と何かに気が付いたのか声をあげる。
岡本和真は蜜花と同じ考えで、特別な時だったのでは無いだろうか。そう考えるとお互い嫌い合っている田村真雄と交友関係が記載されていない東山悠子とでは特別と思え無いのでは無いだろうか。例え部屋に招いたとしてもワインではなく水かお茶ぐらいだろう。
となると残るは友人の秋山健輔と好意を持たれていた井上小百合となるが先程榎本は秋山健輔ではないと言っていたので答えは「井上小百合」になる。
「消去法で井上が部屋に居たことは分かりましたけど、あの密室トリックはどうなんですか?」
「和裁士などの生地を扱う職種には長さのある生地を取り扱うことが多いんです」
その生地を細長く巻き取った物を反物と言い、巻きつける為の円筒状の芯を紙管という。今回の密室はその紙管を使ったトリックだと榎本は言う。
まず、飲み物に毒を入れ死を確認した後、冷房をつけて突き出し窓と棚を開ける。部屋を出て鍵を掛けたら外に行き、あらかじめ開けておいた突き出し窓に紙管を差し込んで開けた棚にセットする。後は紙管の中に鍵を入れ、棚の中に入ったのを確認したら紙管の先で引き出しを押して閉める。
「使った紙管を処分して死亡推定時刻となりうる時間帯にアリバイを作り、他の住人に擦り付ければ完了です」
榎本の解説を聞いた三人は素晴らしいと拍手をする。
「でも、毒は一体どこから?」
「恐らくですが田村も毒殺を目論んでいたんだと思いますよ」
蜜花の疑問に榎本が答える。そんなまさかと思い続きを読むと榎本の言った通りで、我慢の限界が来た田村真雄が岡本和真から井上小百合を救う為、毒殺しようと目論んでいたが後少しすればルームシェアは終わる。そう考えた田村真雄は殺意を押し殺し、いつものように身一つで守ろうと決意。
しかし、そんなことを知らない井上小百合は何らかの方法で田村真雄が毒を持っていることを知り、くすねて殺害を決行したがもちろん捕まりたくはない。そう考えた井上小百合は毒が手に入りやすい田村真雄か管理人の秋山健輔に罪を擦り付けようと密室を作ったが、捜査が進むにつれ赤い染みが付着した井上小百合の靴下が部屋から発見される。鑑識に回した結果、岡本和真の部屋にあった毒入りのワインと一致。結局言い逃れができなくなってしまった井上小百合は「ワインが出てくるなんて思わなかった」と言い捨て逮捕された。
全てを自供した井上小百合は以前に岡本からお金を借りており、返さなくても良いからと関係を持ちかけられたらしい。一度だけならとその考えに乗ったが、それ以降も迫られ続けた井上小百合は借りたお金を全て返済。それで関係は終わったかと思いきや、行為をした隠し撮り写真を見せられ「ネットに晒されたくなければ」と脅された。それが犯行に及んだ動機だったようだ。
「筒状の物を使ったよくある密室トリックの一つですね」
よくあるトリックと軽く言われたが、何一つ自力で解けなかった蜜花は脱力しながら机に項垂れる。
「疑ってた私が言うのもなんですけど田村が一番可哀想ですね」
愛していた人を守ろうとしていたのにその人物に疑いを掛けられるよう仕向けられていたと考えると心苦しくなる。そんな切ない気持ちのまま顔を上げると休憩時間が後一分を切っていることに気が付き、急いで片付けてカウンターに戻ると冴子が蜜花に話しかける。
「そういえば蜜花ちゃんはどうして推理小説を読んでるの?」
今更そんな質問が飛んでくると思っていなかった蜜花は「へ?」と気の抜けた声をあげてしまう。それに対し、失礼なことを言ってしまったと勘違いした冴子が慌てた様子で両手を振り、言葉を付け足す。
「ごめんなさいね!悪い意味じゃないのよ?ただ、謎解きやミスエリーが好きなようには見えなくってね」
「確かに、解けた謎は一つも無いしのぉ」
冴子の言葉に俊夫は揶揄うように笑いながら注文していた紅茶の入ったカップに口をつける。
「一つも無いは余計ですよ!まあ、確かに好きという訳ではないですけど……この喫茶店はたくさん推理小説が置いてあってお客さんの皆さんも大好きじゃないですか?」
だからこそ、自分もこの雰囲気に合う人間になりたいと蜜花は笑って答える。すると、冴子と俊夫は嬉しそうに「いつでも協力する」と言ってくれた。
「そういえば密室トリックってやっぱりまだまだいっぱいあるんですか?」
不意に思った疑問を横にいる榎本に投げかけると片付けている手は止めずに答えが返ってくる。
「いっぱいかは分かりませんが私が知る限りではまだありますよ」
「じゃあ───」
蜜花が言葉を続けようとした瞬間。カランカランと来店を知らせるドアベルがなり、榎本と蜜花は瞬時に「いらっしゃいませ」と声を揃えてお客に目を向ける。すると、
「榎本さん!捜査協力お願いします!!」




