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49 アイリックの過去 その5

49


その日、街は月の女神を称える祭りの準備で、皆忙しくしていた。力作業もあった為、私は弟を連れて街を訪れた。民は最初、弟の事を一歩引いて見ていたが、テキパキと作業をこなす弟を、次第に頼りにし手伝う様になった。

幸い、例の暗殺未遂の件は民には伝わっていないようだった。父がしっかり口止めしてくれたのだろう。


夕方近くまで作業は続き、その頃には街の者も積極的に弟に話しかけるようになっていた。弟は強くて優しい。この様に交流を持てば、皆もっと弟の魅力に引き込まれるに違いない。


その時、私の頭上で何か音がした。


「兄上!」


突然弟が私に覆いかぶさり、次の瞬間、大量の木材が私と弟の頭上に降って来た。


「キャーーーー!!」


「大変だ!!」


私と弟は倒れ込み、木材の下敷きになった。弟は、のしかかってくる木材を背中で必死に受け止めていた。


「あ、兄上! 今のうちに……」


「バルダー!」


弟の頭からポタポタと血が滴り、私の頬を濡らした。


「は、早く……」


私は木材の隙間から民に引っ張られ、抜け出すことができた。しかし弟はそのまま下敷きになり、自警団が協力して木材をどけていた。


「バ、バルダー! バルダー!」


私も必死でそれを手伝った。弟は何とか木材から抜け出したが、酷い怪我を負っていた。


「矢倉に積んでいた木材のロープが切れたんだ」


「炎竜の髭で作った丈夫なロープだぞ? 鋼の剣でも切れないのに、なぜ……」


野次馬が集まり始め、その時、誰かがポツリと呟いた。


「呪いのせいじゃないのか?」


その言葉に、民は救出された弟を例の目で見つめた。


「やめろ! これは事故だ!」


私は野次馬を一喝し、弟の手当てや事故後の処理を素早く指示した。

民は不安な表情を浮かべながらも、私の指示に従いその場は事なきを得た。



しかしその日から、街では不可解な事故が相次ぎ、民はそれを呪いのせいではないかと噂するようになった。そして民が弟を見る目は、日に日に冷たくなっていった。


弟はそんな視線よりも、私の身の上を心配していた。実はここ最近、私の周りでも、私を狙った不可解な事故が起こっていたのだ。

幸いどれも命にかかわる様なものではなかったが、弟はそんな私を守ろうと、常にそばにいるようになった。

しかしその行為は周りの者にとっては逆効果で、弟が私のそばにいるから、私に呪いが降りかかっているのではないかと噂されていた。


これはまずい流れだ。どうにかして、この流れを食い止めなくてはならない。


そんな時、ハラルドにひとりの男を紹介された。

白い髪に銀色の瞳、滑らかな肌に桜色の唇は、相手が男だとわかっていても心を奪われるような美しい容姿をしていて、清らかな容姿とは真逆の、禍々しい魔力を身にまとった悪魔だった。


「何者だ、その男は」


私は警戒を強めてその悪魔を見た。


「初めましてアイリック。ぼくはアスタロト。煉獄から来たんだ」


アスタロトと名乗ったその男は、子供のように無邪気な笑顔を向けた。


「煉獄!? ハラルド! まさか貴様、悪魔に魂を売ったのか!?」


ハラルドには魔力が無い。ヤツが煉獄の悪魔を召喚するには、人間の様に魂と引き換えにするしかないのだ。


「ええ、ここ最近、妙な事故が多いでしょう? ワタシと部下だけでは手が回らないのでね、悪魔にも手伝ってもらう事にしたんですよ」


「馬鹿な事を……! 死んだら悪魔に魂を食われるんだぞ!?」


「だから何だと言うのです? 大袈裟ですよ王子。いくら魂を売ったとはいえ、ワタシは寿命まで生きられるんですよ? 貴方もご存知の通り、人間との混血とはいえ、ワタシは長命です。魂を捧げるのは、老いぼれになってからでしょう。契約の時に、きちんと確認しました」


悪魔は人間と契約する時、寿命を告げなければいけないという制約があった。悪魔を召喚し、たとえその人間の願いが叶っても、すぐに死んでしまっては召喚した側にとって意味がないからだ。


そして悪魔に魂を食われる時、人はとてつもない苦痛に襲われ、恐怖と憎悪を延々と味わうと言われていた。そうまでして叶えたい願いがある人間は、ある意味危険だ。


私はハラルドに対して、初めて恐怖を感じた。この男は、権力を手にする為ならば、何でもやるに違いない。というか、一連の街での事故も、私の身に起きている不可解な事も、呪いへの恐怖を煽っているのも、全てこの男の策略なのではないか。この男が、アスタロトとかいう悪魔にやらせているのではないか。


「貴様が悪魔を召喚した事、父上に報告するぞ」


私は背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、ハラルドを睨みつけた。


「ええ、どうぞ」


ハラルドはニヤリと笑みを浮かべた。悪魔という兵器を手に入れた奴に、もう怖いものは無いのかもしれない。


(恐ろしい……この男は危険すぎる)


私がハラルドの部屋から出ると、バルダーが待っていた。


「兄上、どこへ行くのですか?」


「ついて来るな!!」


私は、後を追ってくる弟に怒鳴った。弟は驚いて足を止めた。


「私に構うな。貴様は貴様の仕事をしろ」


私はそう言って弟を突き放した。父上に弟には近付くなと言われてはいたが、正直ここまで邪険にしたのは初めてだった。だが私といては、弟に危険が及ぶ。全てがハラルドの策略だとすれば、私がそばにいる事は、弟にとって弊害でしかない。


私は急いで父の所へ行き、事の重大さを訴えた。

父は目を伏せ、苦しげな表情を浮かべながら口火を切った。


「ずっと考えている……。これから話すわたしの()()は、お前やバルダーに辛い思いをさせると……。だが、悪魔を召喚したハラルドは脅威だ。わたしは北の国を……お前たちを守りたい。その為には、痛みを伴うこの道を選ぶしかないのかもしれん」


「計画……? 何の事ですか? 父上」


「全て話す。バルダーを守りたければ、お前も覚悟を決めろ」


父は、北の国とバルダーをハラルドの悪意から守る為の計画を立てていた。父の計画を聞いて、私は一瞬頭が真っ白になった。なぜなら、その計画を遂行する為に、バルダーを北の国から追い出すという事が不可欠だったのだ。


バルダーがこの計画を知れば、必ず反対し、私と父、そして北の国の為に、自らを犠牲にする道を選ぶであろう事もわかっていた。そんな事は望んでいない。

弟の呪いを払拭したかった。共に、北の国を変えたかった。けれど私の中で優先すべきは、弟の命。


私は、必ず弟を守ると、母に誓ったのだ。


「……父上、私は覚悟しました。しかし、ひとつだけ変えて欲しい部分があります」


私は父の計画の一部変更を求めた。父はその事を猛反対したが、私は断固として折れなかった。

最終的に、私は父を無理矢理納得させた。


かくして、その()()は動き出した。その為にまず私がやることは、弟を突き放す事だった。この計画の第一歩は、弟を城から追い出し、二度と北の国に戻って来ようなどと思わせない事だった。弟を、“呪い”とハラルドの悪意から守る為には、もうそれしかないと思った。


同じ頃、ハラルドは私に、弟は王家に悪影響をもたらしていると説き伏せてきた。私は、その事を上手く利用しようと思った。少しずつ、怪しまれない様にその言葉を受け入れ、弟に対して冷たい態度をとるようにした。まるで、洗脳されているかのように。


正直、心がえぐられるように辛かった。私に冷たくされる度、悲しい瞳をする弟に、全てを打ち明けてしまいたいと何度も思った。


弟は辛抱強く、健気だった。私の事を心から信じている。どんなに冷たくしても、弟の心が折れる事はなかった。まるで“王子と犬”の様だ。そして私は、ダヴィード王子の様に、愚かで自分勝手な“王子”を演じなければならなかった。


私の身には常に不可解な危険が及び、弟はそんな私を守る為に絶え間なく怪我を負っていた。

このままでは、父の言う様に弟は命を落としかねない。私の為に。

もしくは、私が本当に暗殺などされようものなら、弟はその罪を被せられる。そうすれば、弟は処刑されてしまうだろう。


もう時間がない。私は、弟を無理矢理追い出す決断をした。



私は、山賊が山を荒らしていると嘘をついて、弟を連れ出し雪山へ登った。


「兄上、どこまで調査をしに行くのですか? さすがに、この険しい雪山に、山賊が潜んでいるとは思えません」


「目撃情報があったのだ。貴様は黙ってついて来い」


「しかし兄上……兄上は、最近変です! もっと状況をよく見て下さい!」


「うるさい! 口答えするな!」


私はわざと口論する流れを作った。


「私が変だと? よくもそんな事が言えたな」


そして私は、遂に弟を絶望させるような一言を放った。もう二度と、弟がこの北の国に戻って来ようなどと思わない様に。私や、北の国に希望を持たぬ様に。


「だとすればそれは、貴様の“呪い”のせいだ。貴様がこの北の国にいる事自体が、悪影響を及ぼしているのだ!」


「……っ!」


私は、言葉を失っている弟にゆっくりと近付いていった。


「この国の為にも、貴様はいなくなった方がいい」


私は弟の肩を強く押した。私の言葉に衝撃を受けていた弟の体は、簡単に地面を離れた。


私は、この手で弟を雪山から突き落とした。

あの時の弟の顔を、私は一生忘れない。


弟の体は山肌の新雪に転がり、その衝撃ですぐに雪崩が発生した。


雪崩に巻き込まれた弟の体が山吹色に光り、弟は真っ赤なウサギに変身して、雪崩の中から飛び出て来た。その時は流石にホッとした。このぐらいの雪崩では、弟は死なないと思っていたが、万が一という事もある。弟が生き埋めになりそうだったら、私はきっと迷わず助けに行っただろう。弟はウサギ姿のまま雪崩を横断し、近くの森へ逃げ込んだ。


私は、安堵すると同時に酷い吐き気に襲われた。弟を突き落とした自分の手がぶるぶると震えていた。

その手をもう片方の手で押さえ、その場にうずくまり動けなくなった。


大好きな可愛い私の弟。どうか、この呪いというくだらない信条にまみれた北の国ではない何処かで、幸せに暮らして欲しい。こんな形でしか貴様を守れなかった私を許して欲しい。

……いや、やはり許さず、一生恨んでくれても構わない。私は貴様が生きてさえいてくれれば、それでいいのだから……。



月・水・金曜日に更新予定です。

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