14 孤児
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「結局クロエにも、この地図の事はわからなかったなぁ……」
温泉から戻った優里は、テントの中で地図を見ながら呟いた。
元盗賊のクロエに、この様な地図を他で見た事ないかと尋ねたが、見た事がないとの事だった。念の為、鑑定士のスキルで確認してもらったが、高値が付くような代物でもないことが判明した。
(クロエには、星のマークはついてなかったし……もしかして、男性にだけ付くマークとか? でも、最初に私がスキルを発動してしまった男性には、ついてなかったよね? 森にあったマークは、シュリさんだったわけだし……)
あらゆる側面から分析しようとしたが、何せ情報が少なすぎた。優里は諦めて、地図をポーチにしまった。
「ユーリ、入るぞ」
シュリの声がして、優里は顔を上げ答えた。
「あ、はい! どどどうぞ」
優里の返事を待ってから、シュリがテントに入って来た。
(う……どうしよう。なんか無駄に緊張してきた……!)
優里は、温泉で自分はシュリに対して欲情しているのではないかと思った事で、シュリを直視する事ができなくなっていた。
(お、落ち着け~! 落ち着け~)
自分自身にそう言い聞かせ、深呼吸した。
「そろそろ休もう。明日は鉱山の街まで行く」
「あー、そ、そうなんですね。クロエの言った通りです」
優里は、なるべく普通に接しようと、先程温泉でクロエとした、地図以外の会話のことをシュリに話した。
「鑑定士か。中々上位のスキルを持っていたんだな。魔力の制御も上手そうだし、使い魔として、これからもお前の役に立つだろう。成り行きとは言え、結果的にはクロエがユーリの使い魔になって、よかったと思っている。 彼女は人生経験も豊富そうだし、お前の相談役にもなってくれるだろう」
(人生経験……確かに、何でも知ってそう。サキュバスという種族について、もっと話を訊けばよかった! 好きでもない人に欲情する事があるのか……とか)
優里は少し顔を赤らめ、チラリとシュリを見た。
「お前、顔が赤いな。のぼせてるんじゃないのか?」
自然な仕草で優里の頬に触れたシュリから、慌てて飛び退いた。
「のっ、のぼせてません! 私、シュリさんにのぼせてません!」
「何を言っている? 温泉に浸かり過ぎたんじゃないのか?」
「あっ、そ、そーゆう意味……」
(だ、ダメだーーーー!! どうしても意識しちゃうよーーーー!)
優里はシュリと距離を置いて、ベッドの隅で縮こまった。
さすがのシュリも優里の異変に気付き、伸ばした手を引っ込めた。
「一体どうした? わたしに抱かれるのが嫌なのか?」
「だっ……だから、抱かれるとか……そういう言い方しないで下さい! あと、そういう問題じゃないんで!」
(私ひとりが勝手に意識してるだけで、シュリさんは何とも思ってない。そんな事はわかってるのに……)
優里はなぜか胸がギュッと苦しくなり、俯いて、抱えた膝に顔を埋めた。シュリはそんな優里を見ながら、口元に手を添えて考えた。
「そういう問題じゃない……そうか、わかった。では今夜は体位を変えよう」
「た……」
優里の赤い顔はさらに赤くなり、反論しようとしたが、言葉が出て来ず口をパクパクさせた。
「わたしは最近お前を後ろから抱いているが、今日は前からにしよう。たまにはこうして体位を変えないと、お前も飽きてしまうのだな」
「いやいやいや、飽きるもなにも……てゆうか、そ、そーゆう意味で言ってる事じゃないです! あと、何度も言ってますけど、誤解するような言い方しないで下さい!」
「誤解? 何がだ? 間違ったことは言っていないはずだが……」
不思議そうな顔をしているシュリを見て、優里は頭を抱えた。
(シュリさんって天然なの!? 昨日は変な事言って私の事からかったくせに……今日の発言は本気!? なんかもうよくわかんないよ! う、後ろからとか前からとか、したことはないけど、知識だけは無駄にある自分が恨めしい……!)
結局その日優里が、シュリに対する感情が何なのかに気付く事はなかった。
一方、テントの外では、焚火の前で本を読んでいたミーシャが、耳をピクピクさせていた。
(あいつら……一体何の話してんだよ……)
少し呆れながらも、ミーシャは顔を赤くした。
そんな様子のミーシャに、同じく焚火に当たっていたルーファスが声をかけた。
「どうしたの、ミーシャ君? 熱いかい?」
ミーシャの顔が少し赤かったので、ルーファスは焚火に木をくべようとた手を止めた。
「あ、いや……大丈夫だ」
ミーシャはそう言ってルーファスを見た。そして、水浴びに行く途中で耳にした会話について、思い切って尋ねた。
「なぁ、お前……もしかして、孤児院で育ったのか?」
ルーファスは驚いてミーシャを見たが、すぐにおちゃらけたように言った。
「ひどいなぁ、盗み聞きしていたのかい?」
ミーシャは少しムッとしたそぶりを見せ、そっぽを向いた。
「別に、聞きたくて聞いてたんじゃねーよ。お前らの声がでかすぎるんだろ」
「獣人族は、やっぱり耳がいいね」
そう言われたミーシャは、ルーファスに向き直り、話を続けた。
「本当の親のことを覚えてるか? ずっと……孤児院にいたのか? 里親はいないのか?」
矢継ぎ早に質問してくるミーシャを、ルーファスの真紅の瞳が捉えた。
そしていつもとは違う、低く静かな口調で答えた。
「そんなことを訊いてどうするの? ボクに興味があるのかい?」
ルーファスの瞳に捉えられたミーシャは、ハッとして口をつぐんだ。
辺りは急に静かになり、パチパチと焚火の音だけが響いた。ミーシャは俯いて、再び口を開いた。
「オレも……孤児だったんだ」
下を向いたまま、小さな声でそう言ったミーシャを、ルーファスは驚きながらも静かに見つめた。
「5歳の時に……たぶん、親に捨てられた。森を彷徨ってる所を、狩人に拾われて……孤児院に預けられた。それから……2年ぐらい孤児院にいて、7歳の時にヴォルコフ家の養子になった」
話しながら反省したのか、ミーシャは顔を上げ、ルーファスを見てから頭を下げた。
「だから、同じような境遇のヤツの話が聞きたかったんだ……。いきなり失礼だったよな。ごめん……」
耳と尻尾をしゅんと下げたミーシャを見て、ルーファスはひとつ息をついてから話し始めた。
「ボクは、赤ん坊の時に教会に捨てられてたんだ。孤児院も兼ねている教会だったから、よく子供が置き去りにされていた。ボクもそのうちのひとりだ」
そう言ったルーファスに、ミーシャは身を乗り出して訊いた。
「里親に引き取られたりしなかったのか? 兄弟みたいに育ったヤツはいたのか? 今もつながりはあるのか?」
またもや質問攻めになってしまっていたミーシャを制するように、ルーファスは淡々と答えた。
「教会の神父様が親みたいなものだった。一緒に育った孤児達が、ボクにとっては兄や姉で、弟や妹だった。でもみんなもういない。死んだよ」
ミーシャは、真っ直ぐに自分を見つめていたルーファスから、思わず目を逸らした。上げた腰をゆっくりと下ろし、少し震えた声で謝った。
「ごめん……」
ルーファスは、そんなミーシャから視線を逸らさなかった。
「キミは、今の両親に、何か負い目を感じているのかい?」
ミーシャは、ルーファスにそう言われ、息をのんで胸元のブローチを握りしめた。
「オレ……オレは……」
何か言葉を発しようとしたミーシャだったが、ギュッと唇を結んで黙り込んだ。
ブローチを握りしめた手が、小さく震えていた。
「別に詮索するつもりはないよ。誰にだって、言えないことのひとつやふたつあるだろう?」
ルーファスはそう言うと、焚火に木をくべた。勢いを増した炎が、ルーファスの真紅の目に映り、より赤く光った。その瞳に見据えられ、ミーシャは背中がぞくりとした。
まるで、詮索しないかわりに、こちらにも足を踏み込むなと言われたような気がした。
「この話は、もうやめよう。ところでミーシャ君は、本が好きなの?」
張り詰めた空気を変えるように、ルーファスが明るい声で、ミーシャが読んでいた本を指差しながら言った。
「え? あ、ああ。今は、この冒険ものにハマってる」
ミーシャが持っていた本を見せると、ルーファスが目を見開いた。
「あれ? その本……ボクが書いたやつじゃないか」
「え?」
ルーファスの言葉に、ミーシャはキョトンとした。
「ほら、著者ルーファス=ロシュって書いてある。嬉しいなぁ~! ミーシャ君が、ボクの本を読んでくれていたなんて!」
ニコニコと喋るルーファスと本を交互に見ながら、ミーシャは驚きを隠せなかった。
「え……ええーーー!? マジかよ!? お前、作家だったのか!? オレ、ホントにこの勇者シャルルの冒険シリーズが好きなんだ! 主人公シャルルは弱くて泣き虫なんだけど、芯は強くて絶対にへこたれなくて、色んな困難に打ち勝っていく展開に、毎回すげーワクワクするんだ!」
興奮した様子のミーシャに、ルーファスはうんうんと相槌を打った。
「でも、勇者シャルルって、ちょっと言い難いよな。なんでこの名前にしたんだ?」
ミーシャの素朴な疑問に、ルーファスは一瞬言葉に詰まった。
「古い……友人の名前を借りたんだよ」
そう言って焚火に目をやった後、再び明るい声でミーシャに言った。
「……ところで実は今、それの最新版を書いてるんだ。その本の途中で、シャルルが闇の鏡に吸い込まれて正気を失いそうになっただろう? それを助けたあの謎の光の正体が……」
「待て待て! だっ、駄目だ! 言うな! それを言うのは反則だ!」
ミーシャは耳を両手で抑えて、首を左右に振った。
先程までの重たい空気は和らぎ、ふたりは時折笑顔を覗かせながら、夜遅くまで本の話で盛り上がった。
次の日、急に仲良くなっているミーシャとルーファスを見て、優里は不思議に思いながらも、微笑ましい気持ちでふたりを見つめるのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




