第1話 新作ゲームの発売日だったのに
小説家になろうには初投稿です、カクヨムに他作品も掲載していますのでよろしければご覧ください
店の硝子に、立ち止まった自分の姿が映っていた。
青い髪に銀色の目。上着を着込んでいても、背丈は隣に飾られた大人用の義手の展示台と大して変わらない。
146センチ。背伸びをしても、夜遊びを見逃してもらえる歳には見えそうになかった。
僕、アレックス・ジクストは12歳。
家を出る前は、徹夜くらい平気だと思っていた。けれど、すれ違う大人と目が合いそうになるたびに、つい店先の広告を眺めるふりをしてしまう。
向こうから来た男の人の首筋には、青く光る魔導回路が埋め込まれていた。機械の指に挟んだ煙草から、細い煙が立ち上っている。
その人が通り過ぎるのを待って、また歩き出す。
頭上を行く飛行艇の灯りが、建物の隙間をゆっくりと横切っていく。
真鍮の配管が這う時計塔は、文字盤だけが白く浮かんでいた。午前0時まで、あと少し。
こんな時間に外を歩くのは初めてだ。
イスカティア帝国の上層は、深夜になっても明るい。
街灯に照らされた白い石畳。その両側には硝子張りの店が並び、閉店後のショーウィンドウでも魔導広告が動き続けている。
銀色の義手が指先で硬貨を踊らせ、その隣では人工眼の瞳が次々と色を変えていた。
もっと器用に。もっと美しく。
広告の文字に誘われて値札を見ると、思わず自分のお小遣いの残りを確認してしまう。
この街では、身体だって買い替えられる。
でも、今夜のお金の使い道は決まっていた。
今日は、ずっと待っていた新作ゲームの発売日だ。
朝になってから来たんじゃ、売り切れているかもしれない。そう考えると落ち着かなくて、とうとう家を抜け出してきた。
両親には、もちろん内緒で。
2人とも海外出張中だから、玄関で呼び止められる心配はない。留守の間の食事も洗濯も、家事代行オートマタがやってくれる。
ただ、夜中に出かけるところを見つかったら、両親に連絡がいくかもしれない。
だから玄関の扉は、できるだけ静かに閉めてきた。
……帰ったときも、うまく入れるといいけど。
歩道の脇から、しゅう、と蒸気が噴き出す。
足を止めると、靴の先を白い靄が流れていった。街灯の光をぼんやりと滲ませながら、夜風に薄れていく。
昼間なら気にも留めない音なのに、夜だと少しびっくりする。
高架の上を魔導列車が走っていった。明るい窓が連なり、建物の壁を照らして流れていく。車輪の響きが遠ざかると、今度はどこかの店から音楽が聞こえてきた。
まだ、こんなに起きている人がいる。
僕が1人増えたって、大丈夫だと思う。
そんな言い訳を考えているうちに、目当ての看板が見えてきた。
新作ゲームの広告に照らされた店先。閉じたシャッターの前には、もう何人か並んでいる。
よかった。まだ、そんなに長い列じゃない。
最後尾に腰を下ろすと、石畳の冷たさが服越しに伝わってきた。腕の端末に触れて画面を開く。
開店までは、まだ何時間もある。
画面に映った新作ゲームのロゴを見ていると、さっきまで気になっていた寒さが、少しだけ薄れた。
イヤホンをして音量を上げ、何度も見た紹介映像を最初から再生する。
朝になったら、これで遊べる。
そう思うと、今夜は本当に眠らなくても平気な気がした。
◇
このBGM、かっこよすぎる……。
画面の中で繰り広げられる戦闘に合わせて、重低音が響く。何度も見た紹介映像なのに、ここに来ると、つい音量を上げてしまう。
大音量で聴いていたせいで、周囲の異変に気づくのが遅れた。
画面の端を、誰かの足が横切る。
続いて、また1人。
顔を上げると、並んでいた人たちが荷物を抱えて走っていた。置き去りになった飲み物が石畳に倒れ、中身をこぼしている。
いつの間にか、店の前にいるのは僕1人になっていた。
イヤホンを外した途端、乾いた破裂音が耳に飛び込んでくる。
魔導銃の銃声。
間を置かずに鳴り響くクラクション。その向こうから、エンジンの唸りが迫ってくる。
大通りを、トラックが猛スピードで走ってきた。
すぐ後ろには、分厚い装甲板や剥き出しの配管を継ぎ足した、ゴテゴテした車。左右に張り出した車体が街灯の光を弾き、トラックとの距離を詰めていく。
トラックは、既に火を吹いていた。
荷台から噴き出す炎が、走る勢いに煽られて長く尾を引いている。
逃げなきゃ。
石畳に手をつき、立ち上がろうとした。
その瞬間、荷台が膨れ上がった。
閃光。
続いて、轟音が夜の大通りを叩き潰す。
砕けた金属が四方へ飛び散り、熱い風が全身を打った。硝子の割れる音も、クラクションも、耳の奥に残る甲高い音に呑まれていく。
「え?」
胸元に、何かが当たった。
ゆっくりと目を落とす。
上着を突き破って、尖った何かが胸に深々と刺さっていた。
どうして。
これ、抜いた方がいいのかな。
手を伸ばそうとしても、指がうまく動かない。
急に寒くなった。
すぐそこで炎が上がっているのに、身体の内側から冷えていく。息を吸おうとしても、胸がほとんど膨らまない。
痛みすら感じないまま、膝から力が抜けた。
傾いた景色を引き戻せず、そのまま仰向けに倒れる。
夜空を飛ぶ飛空艇と、鮮やかなネオン。
……まだゲーム遊んでないのに。
空に浮かぶ灯りが滲んで、見分けられなくなっていく。
死にたくないよ。
買ったゲームを持って帰るはずだった。朝になったら家に帰って、誰にも気づかれないうちに部屋に入って。
それだけだったのに。
……人生ってコンティニュー出来る?
背中に触れていた石畳の冷たさも、胸に刺さった何かの重みも、もう分からない。
身体の感覚が完全になくなる。
◇
「……おい、……少年……」
声がする。
女神様?
……じゃなさそう。
低くて、少し掠れた、おじさんの声だ。
「……起きろ!」
お願いだから新作やらせてください。
「目を覚ませ!」
「うわっ!」
身体が跳ね起きた。
目の前の景色がものすごい速さで動き、背後で金属が激しく軋む。
「動くな!」
すぐ近くから声が飛んできた。
作業台らしいものの脇に、黒い肌のおじさんが立っている。手には血のついた器具。その向こうには、工具やガーゼが散らばっていた。
知らない場所だ。
天井から下がった照明が眩しい。壁際には配管が走り、どこかで低い機械音が続いている。
「僕……」
自分の声に、言葉が止まる。
低い。
今しゃべったの、僕?
喉に触れようとして、視界に入った手を見つめた。
白銀の指。
指先から手首まで、細かな金属の部品が隙間なく組み合わさっている。
……手袋?
指を曲げる。
微かな駆動音とともに、金属の指が掌へ収まった。
開こうと思えば開く。1本ずつ動かすこともできる。
でも、指の腹にも、掌にも、皮膚がない。
「なに、これ……」
腕を覆っているのは、白銀の装甲だった。継ぎ目の奥に紺色の骨格が見えて、青白い光が走っている。
反対の腕も同じだ。
肘を曲げるたび、装甲の下で部品が滑らかに動く。
胸に手を当てた。
さっき、何かが刺さった場所。
そこには傷口も、上着もなかった。
指先が硬い装甲板に触れる。重なり合った白銀の板の中央で、青白い光が脈打っていた。
この中に、僕の胸があるの?
両手で確かめようとしても、触れるのは金属ばかりだった。
腹も、腰も。
作業台の端から下りた脚は、見覚えがないほど長い。膝の脇に丸い機構がつき、足先まで重厚な装甲に覆われている。
足首を動かすと、その通りに金属の足が動いた。
誰かの身体を眺めているみたいなのに、動かしているのは僕だった。
「僕の身体、どこ……?」
おじさんはすぐには答えなかった。
その沈黙が怖くて、顔へ手を伸ばす。
指先が頬に触れた。
ここには感触がある。
冷たい指も、それに押される頬も分かる。唇に触れると、息が漏れた。
けれど、そのすぐ上には硬いものがあった。
目元を覆い、頭の方まで続いている。
外そうと指をかけても、どう外せばいいのか分からない。
「無理に引っ張るな」
「これ、脱げないの……?」
腕の継ぎ目を探る。
袖口も、留め具もない。装甲の下には、また別の機械が詰まっているだけだった。
これは着ているんじゃない。
指を動かす。足を動かす。
そのたびに、魔導機械が僕の意思どおりに動く。
「僕……機械になってる……?」
胸の光が、白銀の指の隙間を青く照らしていた。
「俺にも何が何だか分からん」
おじさんの目も、僕の腕と胸の間を行き来している。
「少年が倒れていて、慌てて治療しようとしたら、身体が突然魔導器に置き換わっていったんだ」
じゃあ、おじさんがこうしたわけじゃないんだ。
胸を押さえたまま、自分の脚を見下ろす。作業台から垂れた足は、床についている。いつもの僕なら、こんな高さから足は届かない。
「……鏡を見てみろ」
おじさんが示す先に、鏡があった。
作業台の縁から身体をずらすと、両足に重みがかかる。立ち上がった途端、おじさんの顔がさっきよりずっと近くなった。
目線が高い。
背が伸びたら、こんなふうに見えるんだ。
歩こうとした足が思ったより先へ出て、慌てて踏みとどまる。金属の靴底が床を鳴らした。
鏡に映った姿を見て、それ以上進めなくなった。
白銀と蒼の、機械の騎士が立っている。
額当て状の白銀装甲、外に出ている青い髪、バイザー越しに見える銀色の瞳。
鼻の下から顎までは、装甲に覆われていなかった。
その口が、ぽかんと開いている。
僕が口を閉じると、鏡の中の口も閉じた。
……これ、僕の顔?
頬に指を添えると、鏡の中の騎士も同じ場所に触れる。
頬が細くなって、顎の形も変わっていた。12歳には見えない。あと何年かしたら、僕もこんな顔になるんだろうか。
肩も胸も、白銀の装甲に覆われている。
胸の真ん中には青白く光る魔導機関。その光が、装甲の隙間に沿って腕の方まで伸びていた。
少し肘を曲げてみる。
濃紺の骨組みの上を装甲が滑り、手首や指の小さな部品までぴったりついてくる。
すごい。
こんなに機械があるのに、どこも引っかからない。
腰は細く、その下から長い脚が伸びている。膝の横には丸い魔導駆動装置。脛も足先も分厚い装甲で覆われていて、履いていた靴は見当たらなかった。
ゲームに出てくる騎士みたいだ。
ちょっと、かっこいい。
そう思ってから、胸に刺さっていたものを思い出した。
これ、元に戻れるんだよね?
家に帰って、この手で玄関を開けたら。家事代行オートマタは、僕だと分かってくれるんだろうか。
鏡の中の顔を、もう1度見る。
見慣れた自分の顔は、どこにもなかった。
「……これ、全部……」
白銀の手を胸に当てる。
鏡の中でも、同じ場所に金属の指が触れた。
「全部、僕なんだ……」
嫌だ、戻して、これじゃ帰れない。
そう思った途端、胸の光が強くなった。
「え……?」
白銀の指が縮んでいく。
指先から装甲が内側へ沈み、その下から肌が現れる。さっきまで関節に詰まっていた小さな部品も、身体の中へ吸い込まれるように消えていった。
腕も、胸も、脚も。
魔導器になっていた身体が収縮し、鏡に映る背丈がどんどん低くなる。
床が近づいてくる。慌てて踏ん張ると、今度は履き慣れた靴の感触があった。
額を覆っていた装甲とバイザーが消え、青い髪が目元に落ちる。
変化が止まったとき、鏡の中には、血のついた服を着た元の僕が立っていた。
銀色の目も、丸みのある頬も、いつもどおりだ。
両手を見下ろす。
肌がある。爪もある。
指を曲げても、もう機械の音はしなかった。
「……戻った」
自分の声だった。
胸元の服には穴が開き、その周りに血がべったりとついている。
怖々と穴に指を入れると、下にあるのは自分の肌だった。
痛くない。
さっきまで、ここに刺さっていたのに。
もう1度、鏡を見る。
血だらけの服は怖いけれど、そこにいるのは、ちゃんと知っている僕だった。




