第7話 私だけが知っている心
ドアのノックが聞こえ、ドアを開けると美味しそうな料理が運ばれてきた。
欅でできたテーブルに並べられる様々なご馳走に、2人は目を輝かせながら待っていた。
「すごいよ紫伊香! 本当に美味しそう!」
目を輝かせている琳寧の顔を見られてとても嬉しく感じた。
「うん! すごい豪華で美味しそうだね!」
煮物、茶碗蒸し、天ぷらやお吸い物など、メイン以外にも豪華に並んでいて、2人は写真を何枚か撮った。
「どれから手をつけて良いか迷うけど、やっぱりまずはこれだよね!」
琳寧は好きなものを1番最初に食べるタイプであったので、ウキウキしながらすき焼きに箸を伸ばしていた。
「どう? 美味しい?」
「すっごく美味しいよ! 紫伊香も食べて!」
琳寧の幸せそうな顔をみているだけで、食事が何倍にも美味しくなるように感じた。
「うん、すごく美味しいね! 口に入れた瞬間消えちゃうレベル!」
「本当に歯使わなくても食べれちゃうね」
「こっちのお刺身も新鮮なうちに食べよ!」
「そうだね食べよ!」
「――んっ〜! 伊勢海老ってこんな濃厚な甘味あって美味しいんだ!」
ずっと食べてみたかったためあまりの美味しさに紫伊香は感動していた。
「確かに、いつも食べるエビより味が濃くて美味しい」
紫伊香は急に立ち上がり冷蔵庫から何かを取り出してきた。
「じゃ〜ん! この地域限定のジュース買ってたんだよ!」
「さっき1人で抜け出してどこか行ってたと思ったらそういうことか」
「ここの地域で採れた果実とか、スパイスで作ったクラフトコーラなんだって!」
「クラフトコーラって普通のコーラに比べて、自然な甘さとかスパイスによる風味とかあって美味しいって聞いたことある」
「じゃあこれも一緒に飲みながら食べよ!」
「それがいいね。買ってきてくれてありがとう!」
クラフトコーラを飲み、一息ついて琳寧が真剣な目を紫伊香に向けた。
「――今私達2人だけだから、大事な話がしたいんだ」
琳寧の表情と言葉にドキッとした。
「な、何?」
「この旅行が終わったらしばらく会えないかもしれない……」
急な言葉に紫伊香は頭が真っ白になった。
「――急に……どうして?」
「実は――」
琳寧が何か喋ろうとしたのと同時に、隕石でも落ちてきたかのような轟音が鳴り響き、立っていられないほどの振動が伝わってきた。
「ごめん紫伊香、私もう行かないと!」
「待ってよ……」
紫伊香の言葉を聞かず、琳寧は出て行った。
顔は見えなかったがどこか寂しさや怒りを感じ取れる背中で追うことはできなかった。
あの轟音や地震はあれきりで何もなかったかのように時は進んだ。
急いで部屋から出てスタッフの人に聞いたり、インターネットで調べても何も起こっていないように見えた。
「なんなのこれ、せっかく2人で楽しく旅行に来たのにさ……」
私は琳寧が何も言わず再びいなくなり、さっきの出来事を誰も認識していない事に不安や苛立ちを感じていた。
こんな風に考えているうちにおかしいのは私の方なんじゃないかと思い始めた。
「もういい、今日は寝るか」
明日になれば良くなる事を信じ眠りについた。
肌寒さと雨音で朝を迎えた。
「うわ〜めっちゃ降ってんじゃん」
この雨の中一人で帰るの嫌だなと思いながら布団をたたみ、部屋を片付け、ヘアセットや、メイクを済ませチェックアウトに向かった。
「チェックアウトお願いします。 205の風山紫伊香です」
ルームキーを渡し、チェックアウトをしようとした。
「昨日受け取った金額なんですが、間違って2倍受け取ってましたので返却します」
「え? そんな事ないと思うんですが、2人で10万じゃ……」
「2人? 1名様となってますし、料理提供も1セットのみの提供となってます」
「なんでですか! 琳寧って友達と来たんですよ!」
受付の人は困った表情をしていた。
「表記上どうすることもできないので、これを受け取りお帰りください」
厄介者を追い払うように5万円だけ返され、外にでた。
「何あれ! 琳寧の名前も書いて予約したし、昨日2人でご飯食べたし!」
昨日、今日と不可解なことの連続で疲れた。
私は琳寧がどこに行ったのか分からなかったため、メッセージを送り確かめようとしたがどこにも琳寧のアカウントがなかった。
それどころか琳寧と撮った写真に琳寧の姿はなく、私だけが写っているだけであった。
今までのこと全てと、突然の現実にスマホと傘を落とし、アスファルトに膝をつけ大粒の滴を流し続けることしかできなかった。
この日琳寧は世界に対してだけでなく、私に対しても存在がないものとして消えてしまった。
それだけでなく追い打ちをかけるように嫌な想像をしてしまった。
もし私の中にある琳寧の記憶や思い出、琳寧に対しての気持ち全てが消えてしまったらと考えていると胃がむかつき、胃酸が喉を逆流し、昨日の食事全てが出たかもしれない程に足元を汚してしまった。
直前で動けたため人が通るであろう道を避け、裏路地の茂みに出せたのが絶望の中での唯一の救いであった。
絶望に比べれば些細なことではあるが、こんな姿は誰にもみられたくないし、誰かに不快な思いをさせたくなかった。
少し落ち着いた後口をゆすぎ不快感を取り除き、水を1口のみ深呼吸をした。
「これからどうすればいいの。というか私1人で2日目楽しめないよ。琳寧のばか……」
2日目は市街の方を観光して帰宅する予定であったがこんな天候で、こんな状況になるとも知らなかったため何をしていいか分からなかった。
とりあえず駅の近くに向かい、汚れてしまった服を買い替えるのと雨宿りを兼ねてショッピングセンターに入った。
東京ほどの店の種類や華やかな店は少なかったが、可愛い服は沢山あり少し気分が良くなった。
「結構可愛い服売ってる店あるんだ」
色んな店で服選びや試着をしたかったが、汚れた服で歩き回りたくなかったのでとりあえずシンプルなパーカーを1つ買って、服選びに戻った。
私は服を選ぶ時自分にどんな服が似合うかよりも、琳寧がどんなのが好きかとか、琳寧にはどんなのが似合うのかとか、基本的には琳寧ベースで考えていた。
琳寧がいなくなった今も琳寧にどうみられるかでしか服を探していなかった。
誰にも頭の中を見られるわけではないが少し恥ずかしくなってしまった。
けどこの心に嘘をつくことはできなかった。
――”私は琳寧のことが好きだ。友達としてではなく、恋愛対象として”――
この気持ちに嘘はつきたくないし、消させるわけにはいかない。




