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十月になった、気温が落ち着いてきたことが分かりやすい変化だった。
私と心の方は特に変わりはないけど羽根さんと姉は順調に仲良くやれているようだ。
というのも、家でやればいいのに違うところで二人でこそこそしているから完璧に把握することは無理だった。
「そっち持って」
「ええ」
いまは掃除の時間で他の子と一緒にやっている状態だ。
だから考え事をしている場合ではないけど隙間時間ができてしまってその度に考えてしまっていた。
もし心と同じクラスだったらいま以上に酷くなっていただろうからそのことには感謝をしつつ、一緒にやってくれている子には内でだけ謝っておいた。
「ねえ、あの子って加藤さんの友達?」
「え? ああ、そうね」
「なんかさっきから凄く見られているんだけど……」
「気にしなくていいわよ、それよりごめんなさい」
結局直接謝ることになったけど。
そんな何時間も設けられているわけではないから十五分ぐらいが経過した頃に終わりになって教室に戻ってきた。
そこからは変わらない、言ってしまえば掃除の時間とかも変わらないから今日も平和な一日だったことになる。
「真綾」
「掃除はちゃんとやらないと駄目じゃない」
約束なんかはしていなくてもどうせ私にはなにも用がなくてこうして放課後に話せるのだからやらなければいけないことはちゃんとやるべきだ。
そんなことが繰り返されていけば真面目にやっていても信用してもらえなくなる、あとはそんなに幼稚な教師はいないと思いたいけど敵的な存在ができると面倒くさいことになるから自分のためにやっておくのだ。
「あ、あれはたまたまだから、新たに道具が必要になって移動した先に真綾がいただけだよ」
「ふふ、どうだかって言いたくなることね」
「ほ、本当だから」
別に反応を見て遊びたいわけではないから終わらせておいた。
「あ、そういえばまなみはもう帰っちゃったよ」
「そうやってすぐに学校から帰るのにどこで仲良くしているんでしょうね」
姉の帰宅時間が不自然に遅くなる日がある、なんてこともないから不思議だ。
家の前を必ず通るようにしてもらって時間を作ってもらっている……とかだろうか?
「尾行、してみる?」
「しないけど気になることではあるわね」
「ちゃんと友達だと思ってくれているなら教えてくれるだろうから待っておけばいいか」
だけどその場合だと彼女には教えてもこちらにはないと思う。
そして彼女がそういう大事な情報をぺらぺら喋るわけがないから一生知らないまま終わるのかもしれない。
「帰ろ」
「どこかに寄っていきましょう」
「それなら無料でワンちゃんが見える場所があるよ」
「ふふ、それならそこに案内してもらおうかしら」
「任せて」
あれだ、いまはなんでもいいから家に来てもらいたいのだろう。
だからそのつもりで歩いていたのに何故かペットショップにいて困ってしまった。
「わ、わんたんに会わせるつもりじゃなかったの……?」
「わんたんは最近、よくお昼寝をしているから起こしたら可哀想かなと思って」
「そ、そう、それなら色々と見て回りましょうか」
犬や猫だけではなくイグアナとかカブトムシとか色々な昆虫、魚、動物が存在しているから見ていて飽きはしない。
「小さくて可愛いわ」
「昔、こういう子を飼っていたことがあったんだけど結構早いところで死んじゃって泣いたよ」
「難しいわよね」
そういう子達には申し訳ないけど小さい頃に大した知識もないのに捕まえてきて死なせてしまうのはあるあるではないだろうか。
「イグアナとかって格好いいよね」
「温かくしなければならないからわんたんがいたらそこでずっと寝ていそうだわ」
一緒の空間にいられて少しだけでも触れることができればそれで満足できる。
ついでに心の頭なんかも撫でられたらもっとよかった、たまには逆にしてもらうのもいいかもしれない。
いちいち頼んで姉や両親にしてもらうのは恥ずかしくてできないから、いま甘えられるのは彼女しかいないのだ。
「それなら私も寝ちゃいそう、ぐー」
「ここではちゃんと立っていてね」
「それなら家ならいい?」
まあ、それなら誰に迷惑をかけるわけでもないし、こちらに寄りかかってこられても彼女なら軽いから気にならない。
「私、カブトムシは少し苦手、友達が虫かごから出したときにこっちに飛んできて泣いたぐらいには苦手だよ」
「私も触ることはできないわ」
「だから格好いいな、可愛いな程度で済ませておくぐらいがいいんだよ……」
「はは、なにもそんな顔をしなくても」
心配しなくても意識して向かわなければこういう生き物には会えない。
ここなら絶対に出てこないから一メートルぐらい離れているのに涙目になる必要はなかった。
「あ、羽根さ――」
急に目の前でぴょんぴょん飛び跳ね始めたら言葉が出なくなることを知った。
しかもこちらには気づいていないからか「さやかさん最高すぎだろ!」とハイテンションだ。
これはこのまま話しかけてはならないことが分かり、なるべく静かに離れようとしたところで「お、加藤か」と気づかれてしまった。
今度はこちらが背を向けていた状態だったからかなり心臓に悪かったけど……叫ばずには済んだ。
「ご、ごめんなさい、別に盗み見たかったわけじゃないの」
「ん? ああ、こんなところでテンションを上げていた私が悪いんだから気にするなよ。あといまから心を呼びにいくところだったから一緒にいこうぜ」
「ええ」
大人な対応だ、私では絶対にできないことをしている。
「あ、今日はまなみとセットか」
「そう不満そうな顔をするなよ。それより一人になると暴走してしまうかもしれないから付き合ってくれよ」
「それならまなみにわんたんを見せてあげよう」
「お、マジか、中々犬って見ることはできても触れないからありがたいな」
別に空気を読んで逃げようとしたりはしていないのにがしっと手を掴まれてしまった、しかも心からではなくて彼女からだからその差にやられた。
しかもそのままなにも言わずに続けたという、だから私だけ言うことを聞かない子どもみたいな状態になっていた。
まあ、それはいいとしてもお昼寝をしているはずなのに大丈夫なのだろうか?
「はい、わんたん」
「相変わらずもふもふだなあ……はよかったけどなんか眠そうだな」
確かにそうだ、目がとろんとしている。
まだ暖房をつけたりはしない時期だけどつけていたら間違いなく寝ていたことだろう。
「うん、今日は偶然起きていただけで最近はこの時間に寝ているから」
「そうか、ありがたいけど申し訳ない気持ちになってくるな」
「大丈夫、数秒真綾を見ればこの通り」
「わ、急に活発的になったな。加藤はなんでこんなに気に入られているんだ?」
「前にも言ったと思うけどただ立っていただけだから理由が分からないの」
なんだろうか、臭い……とかではなければいいけど。
「こんなに気に入っているなら加藤の家に住めばよかったのにな」
「無理ではないけど私では駄目よ」
この子をどうしても飼いたい、それぐらいの気持ちにはなれなかったから最初からありえなかった。
あと意識を向けてくれているだけで最初のときだって柚木家に入ってあっという間に落ち着いていたわけだから取ることなど不可能だった。
「あーまたそういうのか。おい心、加藤に自信をつけさせろよ」
「多分、まなみは勘違いをしているだけだと思う」
「じゃあマイナス思考じゃないって?」
「うん、わんたんのことを考えているからこそじゃないかな」
「なるほどなー」
な、なんか勝手に悪い方に考える人間みたいな扱いになっていることが気になる。
彼女の前でマイナス発言をした覚えはない、姉から色々聞いた結果なのだろうか。
「よし、じゃあわんたんも見られて落ち着けたから帰るかな」
「送ったりはしないけど気を付けて」
「心に送られたりなんかしたら心が終わるからそもそも求めたりしないよ」
「ふふ、心だけにってやつだよね」
「加藤、この不思議ちゃんを頼むぞ」
頼むぞと言われてもと困りながらもええとだけ答えておいた。
とりあえず私はなにかいいことがあったみたいに元気になっているわんたんを捕まえるところから始める。
抵抗されるかと思えばそうではなく、私の腕の中でじっとしているわんたん。
「わんたんは私と真綾の子ども」
「それならどっちがお父さんなの?」
「え? この世界では同性同士からも子どもができるからお父さんなんか必要ないよ」
「そ、それをお父さんの前で言うのはやめてあげてちょうだいね……」
頑張って働いて家庭を支えているのに家族である彼女からそんなことを言われたら多分泣いてしまうと思う。
「そもそもお父さんはすぐに部屋にこもっちゃうから」
「疲れているのよ」
「お母さんだって働いているけどちゃんといてくれるよ?」
「じゃ、邪魔をしたくないのよ」
あとはやはり体力が回復するように休もうとしているのだ。
「ふーん、じゃあ今日残るように言ってみる、それで聞いてくれなかったらやっぱりお父さんは――」
「ほらわんたんを抱いてあげて!」
小さな子どもではないのだから悪く言うのはやめてあげてほしかった。
暴力を振るっているとか、ギャンブルで散財ばかりとかだったらいいかもしれないけどそうではないのだから。
前に泊まらせてもらったときに早織さんみたいに優しくしてくれたからそういうのを聞きたくないのだ。
「まさかお父さん狙いなの?」
「はぁ……流石に呆れるわ」
「その顔はやだ、やめるから真綾もやめて」
「あなたが変なことを言わなければやめるわよ」
せっかく一緒にいられているのになんでこうなったのか。
少しの間はどちらも黙っていて微妙な空気になっていた。
でも、変えたいと考えたのかわんたんを下ろしてから急に抱きしめてきた彼女がいる。
「真綾は私のだから」
「あなただけが求めてくれているものね」
「いい……?」
「ええ」
これってそういう流れなの?
このまま任せていたら告白をされて関係が変わりました……みたいな感じに?
「真綾が好き、これは人としてじゃないからね」
「ふふ、ありがとう、私も心のこと好きよ」
うん、なんかもっと慌てることになるかと思ったけどそうでもなかった。
直前に盛り上がりかけてそのまま維持されている状態で、暴走状態にもならず、冷静でいつつもいいレベルだった。
「こうなったらさやかに自慢する」
「それならご飯を作りたいから向こうにいきましょ」
「うん。わんたんは待っててね」
おりこうさんだ。
緩くお喋りをしつつご飯を作って待っていたら姉は今日もいつもと同じ時間に帰ってきてくれた。
「な、なん……だと? 真綾ちゃんと付き合っちゃったの!?」
「うん、真綾が受け入れてくれた」
「おめでとう! いやー真綾ちゃんがこうなるとはねー!」
「く、苦しい……」
「あ、ごめん心ちゃん。だけどこうなったら早織さんを呼ばないとな!」
結局すぐにいつものメンバーになって(羽根さんは心が呼んだ)、最初から集まっておけばよかった気すらしてきた。
「あーあ、おめでたい話だけどこうなると真綾ちゃんに相手をしてもらえなくなるなあ、何故か一緒にいようとすると心に連れ去られるし」
「お母さんは流石に出しゃばりすぎた」
「ねえ聞いたっ? はぁ、娘が酷いなあ」
「私に対しても似たようなものですよ、真綾ちゃんなんて心ちゃんにしか意識がいっていませんからね」
わいわい賑やかだ、あと私は一緒にいたいと考えているから勘違いしないでほしい。
「そう言うさやかだってまなみにしか意識がいっていないでしょ?」
「べ、別にそんなに相手をしてもらってないぞ!」
「え、まなみちゃん……」
「そ、そんな顔をするなよ……」
敬語をやめさせているのもあって仲のいい友達同士の会話にしか聞こえなかった。
三人だけで盛り上がり始めたから心の手を掴んで廊下まで連れていく。
「真綾は大胆だね、私が言うのもなんだけどお母さんが拗ねるよ?」
「みんなで集まれるのはいいことだけど関係が変わったばかりだから大事にしたいのよ」
「それなら二人でいまからお出かけしよう」
「流石にそれはできないけど少しここで話しましょ」
落ち着いたら廊下に来てくれればいい。
いまは作ったのにも関わらずご飯を食べたい気分にはならないからなのもある。
「ふふ」
「ん?」
「あ、わんたんがいなければこうはなっていなかったのよね、こんなことを言うのもあれだけど恋のキューピットみたいな感じじゃない?」
「確かに、あと誓って言うけど自作自演とかじゃないから、本当に捕まえて連れ帰ろうとしたのに走り出しちゃって困っていたの」
「ははは、疑っていないわよ」
もしあの日より前から飼っていたのならちゃんと犬用の設備があったはずだ、だけどあの日にはなかったからそんなことはないと分かっている。
「正直、二日目の時点からあなたもわんたんみたいに可愛くて仲良くなりたいと思ったのよ」
「そんなにもふもふしてる?」
「私からしたらふわふわしていて可愛かったわね」
「はは、そうなんだ? ――わ、急に抱きしめてきてどうしたの?」
「こ、これが本当はあの日にしたかったことなのよ」
「え、出会って二日目だったのに?」
頷いたらまた笑われてしまった。
かあと熱くなりつつも顔を見られたくなくて離せない自分がいる。
「ありがとう真綾」
「え、ええ」
「あと、みんなが見ているけど気にしないようにしようね」
「え゛」
結局、三人の方が大人で叫ぶことになったのは言うまでもない。
とにかく、私だけが恥ずかしい時間となったのだった。




