研究者の娘9
辺境の村で魔力持ちの認定を受けたのはレティだけだった。
レティは村長の腰を揉み終わると若長に呼ばれた。役人と若長が話し込んでいる客室に案内され不思議に思いながらも手招きされてローブのフードを脱いで礼をして若長の隣の椅子に座る。
「レティは魔力があるだろう。入学試験の勉強を教えてくださると」
「お気遣いありがとうございます。学園に行くつもりはありませんので」
「家族のためではなく自分のためを考えるんだよ。両親と弟の世話をして一生を終えるなんて、勿体ないほどお前は才能があるんだよ」
「私は賢くないよ。それに幸せだよ。いけないの?」
「お前の両親はおかしいだろう?」
「父さん達は変わってるよ」
変わり者の両親の所為で苦労をしているレティを不憫に思い興奮して熱弁する若長と変わっている両親の何がいけないかわからず不思議そうに話すレティの止まらない言い合いに役人が口を開きレティの瞳を見つめる。
「落ち着いてください。レティ、瞳の色が深いほど魔力は強いと言われているんだよ。レティもきっと強い魔力を持っている。ご両親は魔導士かい?」
「研究者ですが魔法を使えます」
「やはりか。魔法が使えるなら学園のある王都でも職は見つかるよ。私が紹介してあげよう。家族と離れるのが寂しいなら心配しなくていい」
「父さんと母さんは研究者です。ここで楽しそうに研究してます」
「王都は国で一番設備も整っているし優秀な研究者も多い。才能があるなら尚更王都のほうがいい。入学試験の本をあげるから、ゆっくり考えてみてほしい。もしご両親にも見込みがあるなら推薦してあげよう」
「わかりました。ありがとうございます。失礼します」
レティは役人に礼をして本を受け取り退室する。
食事の誘いは丁重に断りぼんやりと考えながら帰路につく。両親の部屋に入るとレティに気付かずに草を見て楽しそうに語り合っている両親の顔をレオに呼ばれるまでずっと眺めていた。
村を訪ねる商人や学園を卒業している若長に王都の話を聞きながら時々考え込むレティに気付いているのはディーネだけ。
若長はレティがようやく学園に興味を持ったので父の治療を終えたレティをお茶に誘い喜々として語った。特にレティを午後からの来客に会わせたかったので帰らせないようにさらに熱が籠っていた。
「王都は賑やかで、美味いものに溢れている。行儀よくしないといけないがレティなら大丈夫だ」
「おじさん、レティとのお話終わった?お茶に連れてっていい?」
「ああ。遊んでおいで。レティ、ゆっくりしていけ」
「失礼します」
若長はレティを遊びに誘う姪に笑って譲る。レティを着飾らせて遊ぶ妻達を知っていたので好都合だった。少女はレティの手を取り玄関に向かって足早に歩く。
「レティ、おじさんは気にしないでいいよ。早く帰りたいんでしょう?」
「ありがとう。うん。レオが待ってるから」
「明後日は旅商人が市に来るって。おじい様は明後日の朝が暇よ」
「明後日の朝に来るね。またね」
レティは友人に元気に手を振り帰路につく。
村長の家では富豪の役人とレティを取り持とうとする若長と役人の心を射止めたい娘と孫による争いが起きていた。
役人を巡って娘と姪による熾烈な争いが起きているのに気付いているのは村長と女性陣だけである。そしてこの後訪問予定の役人をもてなす準備の傍ら女の戦いが催されていた。若長はレティの帰宅を知りがっかりしていたが誰も慰めなかった。
村長の腰を揉み終わった帰りにレティは旅商人の店を訪ねる。
「おじさんの夢は何?」
「世界に名を残す」
「良い環境が大事なのかな?」
「どんなに実力があっても、環境とめぐり合わせがないと掴めない世界がある。時には家族よりも優先したい夢が男にはあるんだ。俺みたいな男は夫にするには向かない男だ。まだ子供のレティには難しいか」
二カッと男らしく笑う商人がサービスにくれた棒つき飴を舐めながらレティは頷く。
「うーん。研究所を持てる研究者ってどんな人?」
「パトロン持ちの研究者か。研究で有名な一族がいるが有名なやつは独り身ばかりだ。研究に集中するために人生を捧げるような気が狂ったやつが多い」
「ふぅん。家族はいないほうが専念できるのかな。研究は生きる糧。うん。決めた!!ありがとう。今日はね」
レティは買い物を済ませて、研究者を調べるために図書館に行く。
研究者の生涯についての本を開いて真剣に読み始める。亡くなってから研究が認められた研究者や子供の頃から天才として名を轟かせ数々の発明を残した研究者。志半ばで砕けた研究者。
レティを心配したクロードが探しにくるまでずっと本を読んでいた。
「レティ、帰ろう。もう真っ暗だよ。本なら借りて帰ろうよ」
「あれ?クロード、どうしたの?」
「レオはおじさん達といるよ。村に行ったのに帰って来ないから探したよ」
「ごめん。ありがとう。片付けるね」
二人は協力して本を片付け手を繋いで真っ暗闇の中を歩き出す。
「レティ、何も借りなくて良かったの?」
「うん。クロード、お願い!!父さんと母さんの研究で人の役に立ちそうなもの一緒に探して」
「今日は遅いから明日。父さん達が酒盛りしてるだろうな」
「今日はご馳走かな」
翌日レティはクロードと一緒に書庫に行き両親の論文を読むも専門用語ばかりで全くわからない。真顔で唸っているレティとゆっくりと論文を読んでいるクロードをレオが見つけた。
「姉さん、何してるの?」
「人の役に立つ論文を探してるの」
「ふぅん」
レオはクロードと話しながら3つの論文をレティに渡す。
「これ」
「物は試しよね。ありがとう」
レティは二人にお礼を言い論文を胸に抱えて村長の家を目指す。
12歳から入学試験に受かれば優秀な者は王都の学園に無償で通える。国の役に立つ優秀な者に学ぶ機会を与える役目を担う村長は10歳で治癒魔法が使える腰を揉んでいるレティに今日も同じ言葉をかける。
「レティ、王都に行かないか?魔法の勉強ができる」
「村長、そのお話はもういいよ。レオも小さいしお勉強嫌いだから行かない。でも母さんと父さんのこの論文はお役人さんに渡して欲しいの。きっと役に立つと思うの」
レティは両親が書き上げた論文を村長に渡して帰路につく。役人から話を聞いてずっと悩んでいた。国に認められれば研究環境が整えられ今よりも自由に研究でき、研究所を持つという両親の夢への一歩になるかもしれないと。もし駄目なら仕方ないかと思いながらも商人が話しためぐり合わせを信じてみることにした。
役人は村長から送られた論文を読んだ翌日に村を訪ねレティへの面会を求めた。
探し人がレティと気付いた役人は学園に通わせるための撒き餌として研究の話を出した。趣味のお遊びていどの研究者だと思っていたため、予想外の収穫に笑みを深めてレティを出迎えた。
「レティ、これはご両親が書いたのか!?」
「はい。他にもたくさんありますが変わったものが多く」
「これなら推薦できるよ。素晴らしい人材だ」
「本当ですか!?生活能力が皆無なんです。研究に夢中になるとご飯も脅かさないと食べるの忘れて」
「研究者にはよくあるから敏腕の世話人をつけるよ。費用も全て国が負担しよう」
「ありがとうございます!!両親に話します」
「私が直接話しに行くよ」
「うち変わってますが大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
学園を卒業すると優秀な者として周囲に認められる。
田舎の村娘を嫁に迎えるのは反対されるが学園卒業生だと見る目が変わる。役人はローブで隠されている美しい顔立ちのレティなら卒業資格さえとれば両親にも認められるとわかっていたので学園に通わせたかった。
レティの顔は両親の好みで会わせさえすれば歓迎される自信もあった。目の前でニコニコ笑う少女が美女に育つ確信も。
両親の研究が認められて上機嫌なレティは役人を連れて家に帰り、椅子に案内して両親の部屋に駆け込んだ。
「父さん、母さん、お役人さんが研究者のスカウトに来てくれたよ!!下で待ってるよ」
フォンはレティの言葉に驚き、穏やかに笑って頷いた。
「わかったよ。もてなしは私がするからレオの面倒を頼むよ」
「わかった。レオ、行こう」
レティはレオの手を繋いで、隣家に行き夕飯の支度を始める。
嬉しそうなレティを見て、クロードは刃物を持たせないことを決める。はしゃいでいる時とぼんやりしている時にレティに刃物を持たせると指を切ることを知っていた。
レティとレオはクロードとロンドと夕食を食べ、役人が帰ったので料理を持って家に帰る。
「父さん、母さん、おめでとう!!」
「まだ決めてないよ」
「え?なんで?夢が叶うんでしょう?」
「雇われ研究者はしがらみが多く、研究者の家族は危険なんだ」
苦笑しているフォンにレティがニコッと笑う。本を読んできちんと研究者について学んだので研究者の潰し合いも知っていた。
「レオは私が守るよ。いざとなればおじさんもクロードもいるし」
「レティ、王都にはクロード達は行かないよ」
「父さん達のお世話してくれる人も付けてもらえるから安心して行ってらっしゃい」
「レティは行かないのか?」
「うん。ここが好きだから。私は父さん達に夢を叶えてほしい。ご飯さえきちんと食べてくれれば大丈夫だよ。レオは私がきちんと育てるよ。寂しくなったら会いにいくし、何も心配いらないよ。夢を叶えてよ。研究は生きる糧なんでしょ?」
レティは両親の邪魔はしたくない。
夢を叶えて欲しいと笑顔で熱弁されフォン達はスカウトを受けることを決めた。
王都から遠く離れた辺境の村なら研究者の足の引っ張り合いが起こってもレティ達が巻き込まれる心配はないかと。
いつも自分の背中で眠っていたのにいつの間にか成長したレティを見てフォンとリアンは祝杯を挙げ始めた。
そして酔っ払い空に花火を打ち上げひと騒ぎさせるのはすぐ後のことだった。




