養蜂家の息子10
クロードは強い風に襲われ、結界で覆う。
結界がパリンと壊され、目の前に振り下ろされる剣を短剣で薙ぎ払う。
「きちんと訓練しているようね」
「おかえり」
「自由に生きるには強さがいる。守りたいものが増えればさらに。後悔しないために強さを求めるのは大事なことよ」
笑顔のシーラはクロードに斬りかかる手を緩めない。シーラの軽くても速い剣撃をクロードは受け止めるので精一杯。クロードが全身に汗をかき、砂まみれになってもシーラは息一つ乱さない。防戦一方のクロードにシーラは笑い、ようやく剣を鞘に納めた。
「そろそろ帰ろうか。クロード、当たり前なんて何もないのよ。自分の心に目を向けるのを忘れないで。大事なものは失ってから気付くことがないように」
「母さん?」
「クロード、ずっと傍にいたい人が見つかったら家族になるのよ。家族は血のつながりはなくても特別な絆で結ばれる。家族になろうは魔法の言葉よ」
シーラは無自覚で鈍いクロードの手を繋ぎ最愛の夫との出会いを話しながらロンドを迎えに行く。
「シーラ、帰ったか。お帰り」
「ただいま。ロンドのご飯が恋しくて」
クロードは笑顔でロンドに抱きつくシーラを見つめる。
出会った瞬間に体が沸き立つほど熱くなり、心のままに求婚したシーラが襲われた熱はクロードにはわからない。身を焦がすほどの恋も。
いつまで経っても仲の良い両親を見ながら隣人夫婦を思い出す。フォンとリアンはいつも楽しそうに話しているが抱き合ったり口づけるのは見たことがなかった。
クロードはロンドの作った料理を口に運びながら好き嫌いの多い隣人夫婦を眺める。リアンが嫌いなトマトを口に当てられ無言で食べているフォンを。
「おじさんもおばさんを見て熱に襲われたから家族になったの?」
「熱?ここの村は厳しくないが、一般的には男女で一緒にいるには関係が必要なんだ。リアンと一緒に研究するには結婚するのが一番簡単だった。まぁいずれわかるよ。ゆっくり大人になりなさい」
「クロード、父さん達もおじさん達も変わっているんだって。よくわかんないけど」
「恋は私が教えてあげるよ。リアン達はお子様だから」
フォンとリアンは探求心の塊のような人間である。
縛られることを嫌い、成人と共に強引に婚姻して家を捨てた過去を持つ。
気になれば利益に関係なく最後まで調べないと気がすまない二人の理解者はいなかった。
子供を取り上げる欲求に駆られて誰にも邪魔されないように夫婦だけで出産をするような夫婦である。
パチンとウインクするシーラにレティがニコリと笑い膝の上にレオを抱き上げる。
「レオ、一緒に教わろう」
「いや」
「おばさんのお話は勉強になるのよ。部屋で本を読むだけがお勉強ではありません」
「クロード、代わって」
「抱っこしてあげようか」
「違うよ。姉さんを抱っこして」
「そういえばクロードを抱っこしたことないね。抱っこしてあげようか?」
「潰れるからいいよ。抱っこしてもらう年でもないし」
「クロードもお年頃ね」
楽しそうに笑うレティと苦笑するクロード、呆れた顔のレオ。
シーラが帰ってくると家の中はさらに賑やかになる。
クロードにとって母親がいないのはいつものことだった。
シーラからの宿題をして、庭の手入れをして、帰ってきたロンドと一緒に家事をして眠りにつく。
シーラがいなくなり、母親のいない生活に必死に慣れ、余裕が生まれてすぐに賑やかな研究一家に出会った。毎日レティと顔を合わせて食事の用意をして一緒に食べる。レオが生まれてからは3人で過ごすようになり、賑やかでも穏やかな時間が続くと思っていた。
「レティ、お帰り」
「ただいま。お役人さんとお話があるからご飯の用意は」
「レオと二人でするよ」
「ありがとう」
村に出かけたレティは役人といつも一緒に帰ってくる。役人がいる時はレティはクロードの家を訪ねない。
「クロード、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「ふぅん。クロードも鈍いね」
レオに意味深な顔で見られながら、クロードは野菜を切る。いつもは三人で夕食の支度をするのにレティがいないことに違和感を覚え、窓の外から役人に手を振って見送る姿にクロードはシーラの言葉を思い出す。
***
弓を持ったレティが庭に顔を出す。
「森に行くけどお使いある?」
「一緒に行くよ。レティ、王都に行くって本当?」
「うん。ここよりも王都のほうが研究できるから。お役人さんも好条件で、きちんと二人が生活できるように世話人を付けてくれるって」
新しい生活について楽しそうに話すレティをクロードは寂しそうに見つめる。クロードにとって変わらない日常が変わることを実感しポツリと呟く。
「早く大人になりたい」
「どうして?」
「そしたらお嫁さんになってって言える」
「その言葉が流行ってるね。クロードが私より大きくなって、いい人がいなかったらね。おばさんのかわりにお誕生日をお祝いするよ」
「え?」
「クロードが母さん達をそこまで好きだったなんて嬉しいな。時々帰ってくるし、寂しかったら会いに行けばいいよ。そんなに寂しがらないで」
クロードは楽しそうに笑っているレティが繋いだ手をぎゅっと握り返す。王都に行けば自分のことを忘れてしまうだろう人の名前をすぐに忘れる幼馴染に寂しさを覚えながら。もうすぐいなくなる幼馴染みと手を繋いであと何度歩けるのかと思いながら森への道を進んだ。口に出さないクロードの寂しさを鈍感なレティは気づかない。クロードは寂しさを隠しながら研究一家との最後の時間を過ごしていた。
隣の家に馬車が止まっているのを見つけロンドとクロードは外に出た。
「父さん、母さん、行ってらっしゃい!!きちんとご飯食べてね」
「いいなぁ。俺も研究三昧の生活したい」
「レオは駄目。大人になってからよ。父さん達がいなくて寂しい?」
「ううん。父さん達が部屋を自由に使っていいって。あの部屋は俺が使っていい?」
「きちんと掃除するならいいよ」
「やった!!父さん、母さん、行ってらっしゃい!!面白いものがあったら送って!!」
馬車に乗って旅立つ両親を笑顔で手を振り見送るレティとレオを見てクロードは自分の勘違いを知る。
レティが11歳、レオが4歳の時に子供達に後押しされてフォンとリアンは王都に引っ越した。
「父さん、おじさん達だけが行くの?」
「ああ。レティとレオなら大丈夫だろう。今までとあまり変わらない」
「そっか」
ロンドは最近落ち込んでいたクロードが明るく笑う顔を見て、頭を撫でた。
フォン達が旅立ってからレティとレオは朝食もクロードと一緒に食べるようになった。
レティは朝食の片づけをしていると爆発音が聞こえ、動きを止めた。嫌な予感がして家に帰り、二階の両親の部屋の扉を開けると無傷なレオと爆発した鍋の残骸と壊れた窓があった。
「レオ!?何してるの!?」
「温度変化を間違えた。思ったより小規模な爆発でつまらない」
「爆発させるなら結界を使って。この部屋、どうするのよ」
爆発音を聞いてクロードが隣家に飛び込むとため息をつくレティとつまらなそうな顔のレオ。無傷の二人を見て安堵の笑みを浮かべる。
「クロード、ごめんね。気にしないで」
「自分で片付けるよ」
「それならいいけど、危ないことはやめてよ。怪我したらすぐに教えて。約束できる?」
「怪我したらすぐに言うよ。姉さん、邪魔だから出てって。まだやりたいことが」
「片付けてからよ」
レティはため息をつき、クロードは苦笑しながら家の修復を手伝う。
フォンに魔法を習ったおかげでクロードも得意だった。
フォンとリアンが王都に引っ越してから変わったことは、定期的に隣の家が爆発すること。それでもクロードとロンドだけは何度体験しても爆発音に慣れることはなかった。




