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研究者の娘8

10歳になると国民登録と魔力測定を受ける義務がある。

10歳の子供は村の広間に集められる。神殿から派遣された神官が持つ水晶に手を当てた後に名前の入った身分証明書のメダルを受け取る。水晶が光れば魔力持ちであるが辺境の村で魔力を持つ者はほとんどいないので流れ作業のように進められていく。


10歳になりこの儀式を受けるとフラン王国民として認められる。大人への一歩であり無事に育ったお祝いの意味もあり着飾る少年、少女も多い。神官と役人により取り仕切られる儀式で見初められればお金持ちの妻である。村の男と違い清潔で整った容姿を持つ役人達は村の女性に大人気。イケメンに見惚れたり、お金持ちとの結婚に夢見る少女達の中で、一切興味のないローブを着たレティは自分の番になり水晶に手を当てると青く輝く。


「水の精霊ウンディーネ様の加護を」

「なんだと!?」

「これで終わりですね。失礼します」


レティは盛り上がる神官に礼をして立ち去り役人からメダルを受け取る。村長をはじめ裕福な村人達が大人への階段を昇り始めた子供達のために宴を用意していた。興味のないレティが帰ろうとすると友人に腕を掴まれる。


「レティ、知ってる?お役人さんは美味しいゼリーを作れるお嫁さんが欲しいんだって」

「今日も作って持って来たの。渡せるかな?レティの分もあるよ。食べてみて!!」


レティは笑顔で友人にゼリーを渡され口に運ぶ。甘みの強いゼリーにしょんぼりした顔をする。

小さい村は噂が流れるのは早く、村を訪ねるイケメンの役人が美味しいゼリーを作る人が好みと聞いた村娘達はゼリー作りに熱心だった。


「どう?」

「あんまり好きじゃない」

「こっちは?」


レティは友人達の話しを聞き流しながら次々と渡されるゼリーを食べていくがレティが好きなゼリーは一つもない。話題に興味はなくてもお付き合いは大事とトメに教わっていたので笑顔で聞いているフリをしながらゼリーを口に運ぶ。突然友人が頬を染め、ぼんやりしたのでレティが首を傾げると後ろから声を掛けられた。若い役人に声を掛けられレティはゼリーを食べるのをやめて礼をする。


「レティは君かい?水の魔力を、ああ。本当だ。綺麗な水の瞳を持っている。魔力を持つ子は12歳になったら試験を受けて学園に通う。魔力のある子の試験は簡単だから心配いらないよ」


レティは学園について説明を始めた役人の話を村長直伝の真剣に聞いているフリをして聞き流し、ようやく言葉が止まったので口を開く。


「学園は通わないといけないんですか?」

「強制ではないよ。ただし魔力を持つものは魔力を扱えるようになる訓練を受けないといけない。魔力は危険なものだから」

「わかりました。失礼します」


レティは饒舌な役人の話が終わるのを待ち、渡された資料を受け取り礼をして立ち去る。役人に夢中でゼリーを差し入れしようとする友人達に手を振り、帰路につくと年上の少年に声を掛けられる。


「レティ、おめでとう!!これから宴だろう?」

「ありがとう。レオが待ってるから帰る」

「レオも連れてくればいいのに。今度食事に行かないか?」

「レオは好みがうるさいの。栄養に気をつけないとだからうちが一番」

「料理上手な嫁かぁ・・。いいよな。俺もいつか料理上手な嫁が欲しい」

「頑張って。じゃあね」


レティは照れ笑いを浮かべる少年に手を振って別れを告げて家に向かって歩き出す。村を出るまでに同じようなやりとりを3回して首を傾げながらも足を進める。

家に着くと庭で焼き芋の用意をしているクロードとレオを見て、役人からもらった書類を両親の書き損じた紙と一緒に火の中に投げ入れる。


「お帰り。今年はおじさん達の書類は少ないんだね」

「ただいま。うん。去年はもっと多かった」

「姉さん、俺は父さんのところがいい」

「駄目。今日はお外で過ごすの。子供は外で過ごすものよ」


レティは家の中が好きなレオが逃げないように抱きしめ、燃えている書類を眺め友人達の奮闘を思い出す。


「クロードのゼリーが食べたい」

「姉さん、食い意地張ってるよね」

「レオは知らないけど、クロードのお菓子は絶品よ」

「姉さんのお菓子は美味しくないよね。いつも黒いし、誕生日の贈り物は酷かった」

「昔の話よ」

「芋が焼けたよ。食べよう。熱いから気をつけて。ゼリーはまた今度作るよ」


喧嘩を始めた姉弟にクロードが笑いながら焼き芋を渡す。

レティはお付き合いの村の宴の席の料理よりも3人で並んで食べる焼き芋のほうが美味しいとニコリと笑う。トメがレティのために用意した服はレティの手に渡る前に姪の手に消えていた。トメの姪はレティと同じ歳である。ライバルになりそうなレティを役人に会せないように手を回していたが、レティにとっては自分が早く帰れるために協力してくれる親切な友達と思われていた。




***

フラン王国で医療の専門家と呼ばれるのは治癒魔導士と医務官と医師。

王都の学園を卒業し高度な治癒魔法を使える者は治癒魔導士。高度な治癒魔法は使えなくても魔道具を使った治療を専門にする医務官。一切魔法を使わず治療する医師。数が少ない治癒魔導士は高待遇の王家や領主に仕える者がほとんどである。治癒魔導士の次に王都で需要が高いのは医務官。魔法に頼らず知識と経験で活躍する医師の需要が高いのは魔法を使わない住民が多い田舎である。


辺境の村には医師が一人だけ。

村で唯一の老人医師は足腰が悪く家を訪ねる者しか治療できない。そのため、若長に頼まれ時々レティが手伝いにいく。


「レティ、前に倒れたお役人さんがゼリーのお礼をしたいんだって。一度だけ会ってくれないか?」


レティは役人が誰のことかわからなかったがゼリーのお礼と聞き、自分が仲介を頼まれていると思い込み首を横に振る。


「若長、お家が好きだから」

「一度だけ。お嫁さんにならなくてもいいから」

「お嫁さんにはなれないよ」

「そんなことない。愛は身分も種族も年齢も全てを超えるんだ。悪い話ではないんだよ」


レティは視線を合わせ、真剣な顔で熱弁する若長を不思議そうに見ながら必要なお付き合いかと勘違いして頷く。


「ふぅん。難しい話はよくわかんないけど、会ったほうがいいのはわかったよ。村長のおうち?」

「明日の昼にうちで待ってる」


レティは豪快に頭を撫でていつもより多めにお土産のパンをくれた若長に手を振って別れ、隣家を訪ねる。


「レティ、お帰り。ゼリーができてるよ」

「ただいま。おやつにしよう!!お茶を淹れるね」


レティはパンを置いて満面の笑みを浮かべて魔法でポットに水を入れて火にかける。お茶は魔法の水で飲むのが一番美味しいので水だけはいつも魔法を使っていた。

レティは蜂蜜とレモンで作られた綺麗なゼリーにニッコリ笑いクロードの向かいの椅子に座る。スプーンでゼリーを突っつきプルンとした触感を楽しむと、サッとスプーンを突き刺し一匙掬う。ゆっくりと口に入れて目を閉じる。


「クロードのゼリーが一番美味しい。この甘さとつるんとした感じが」

「おおげさだよ。レティのお茶も美味しいよ」


自分の料理を幸せそうに食べるレティに笑いながらクロードはお茶に口をつける。

レティはクロードの作ったゼリーを食べ終わるとようやく伝言を思い出す。


「クロード、明日の昼に若長に呼ばれてるよ」

「え?」

「一緒に行ってあげようか?」

「なんだろう。いや、大丈夫だよ。明日はレオを外に連れ出す日だろう?」

「そうだった。レオは放っておくと部屋から出ないから・・」


クロードとレティは危なっかしいレオを二人で協力して育てていた。

翌日、外で遊ばされて迷惑そうなレオと笑顔のレティに見送られてクロードは帽子を被り、瞳の色を変える腕輪をはめて久しぶりに村に向かう。クロードが村長の家を訪問すると門の前で若長が待っていた。


「すみません。遅れましたか?」

「レティはどうした?」

「レオと家にいますよ」

「レティを呼んだんだけど、どうして」


クロードを凝視している息子と困惑しているクロードを見かねたスズラが近づく。


「クロード、どうしたんだい?」

「母さん、レティを呼んだのになぜかクロードが」

「レティを何て言って呼んだんだい?」

「ゼリーのお礼がしたいと。レティは治療のお礼は絶対に受け取らないだろう?」

「間違ったのはあんたよ。ゼリーを作ったのはレティじゃないもの。レティはお菓子は作れない」

「は!?」


村長夫人は何度目かわからない話を息子にする。役人は苦しむ自分を助けてくれた、額に当てられた小さくも優しい手の持ち主を探していた。おぼろげな記憶にあるのは絶品のゼリーを食べさせてくれたことと手の感触。最初はずっと付き添い看病していたと言う村長の娘かと思ったが、触れた手にひんやりとした魔力を感じなかったので違うと気付き探していた。


「お役人のお嫁になりたい子は多くてもレティは興味ないんだからやめなさい。それに年の差もあるし、きちんとお断りしなさい」

「母さん、村娘が富豪に嫁入りだ。10歳差は珍しくない」

「断りなさい。クロード、悪かったわね。これ、お土産に」

「わかりました。失礼します」


クロードは自分は関係ないとわかりパンを受け取り、村長の家から帰路につく。義務がない限り村を訪ねない帽子を深く被っているクロードに近づく者はいない。


庭で敷布を広げ食事をしていたレオとレティがクロードを見つけて手を振る。


「おかえりなさい。早かったね。クロードはお嫁に行くの?」

「姉さん、何言ってるの?」

「クロードのゼリーに夢中でお嫁にしたい人がいるんだって。愛は種族を超えるのよ」

「おかえり。クロードも食べる?」

「ただいま。うん。もらうよ。勘違いだよ」

「良いお話らしいよ。よくわかんないけど」

「お金持ちの役人の妻なら贅沢三昧だよ。姉さんも立候補すれば?」

「嫌よ。ローブを着れずに、毎日笑顔で生活なんて。村のみんなはよく着れるよね。寝る前に着替えるのが普通でも着る服は自分で選びたい。ザラザラするしスースーするし気持ち悪い」


クロードはレオに用意された食事を口に運ぶ。料理上手な嫁が欲しいとレティを口説く村の少年の言葉を勘違いし何人もの少年を紹介されたクロードがレティの勘違いを早めに訂正しないといけないと学んだ始まりの日だった。

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