37.家に帰るまでがクエストです
グオオオオオアアアアアッッッ!
憤怒の咆哮を上げた子鬼王が、棍棒を振り上げ突進してくる。
俺はその一撃を、ヤミを抱えて後方にジャンプしどうにか避けた。
――その一秒後には、ドガアアアン! と棍棒が直撃した地面がクレーターの穴を空けている。
「……これだと手がいるな」
ヤミを下ろした俺は、自分の魔法鞄の中身を漁る。
すぐに目当てのものを取り出すと、俺はそれを勢いよく地面にぶちまけた。
それは――ただの水が入った瓶だ。
「ウンディーネ! ヤミの守護を頼む!」
少量の水からあの愛らしい上級精霊が正体を現しつつある間にも、手は休まず鞄を漁る。
次に取り出したのは、エランダンジョンに入る前に拾っておいた新緑色の葉っぱ三枚である。
その葉を空中に飛ばしつつ、
「シルフ、ゴブリン薙ぎ払うの手伝ってくれるか!」
ここに来て手は抜いていられない。
あとは、と地面の土をいくらか握りしめ、それもばらまいてみる。
「ノーム! お前も来てくれ!」
――よし。
俺の呼び掛けに呼応して、三体の精霊が出現する。
水の身体を持つ水魚精霊。
ウサギのような外見の風雲精霊。
モグラに似た土気色の土塊精霊。
「ま、またマオが……トンチンカンな振る舞いを……」
ヤミは頭を抱えているが、水魚精霊が労るようにヤミの周りを回ってみせると、それだけでぽぽっと頬を紅潮させていた。だいぶチョロいな。
「よし、じゃあシルフとノーム! ――ゴブリンたちをブッ倒してくれ!」
『キューッ』
『ウルルッ』
俺の指示に応じた二体が、子鬼の群れへと突撃していく。
縦横無尽に薙ぎ払われていく子鬼たち。その内の何体かは包囲網を抜け、ヤミへと飛びかかるが、
『っ……!! ……ッ』
迎撃した水魚精霊が、すかさず子鬼を水の檻へと閉じ込める。
そこにヤミが高々と、
「ダークシャドウ!」
容赦ない攻撃を加えていく。……うん。この調子なら心配なさそうだ。
などと、俺も余所見ばかりしている暇ではなさそうだった。
「よっ」
再び振り下ろされた棍棒をバックステップで避ける。
子鬼王は苛立ったように顔を大きく歪める。――だがそんな仕草の一つ取っても、隙だらけだった。
一旦、距離を取っていた俺はしかし、一気に全速力でその距離を詰める。
『グガッ?!』
目を剥く子鬼王の、その太い腕を駆け上がると、眉間めがけて片手剣を鋭く突き出した。
ザシュッ――!
肉の裂ける、凄まじい音。
しかし惜しいところで身動ぎされたせいで狙いは外れ、片手剣の切っ先は眉間ではなく、子鬼王のこれまた巨大な左の眼球へと突き刺さっていた。
……うーむ、結果オーライか? 固くてまったく貫通できてないけど。
『グ、オ、オオオ――ッッ』
痛みのあまりか、轟くような叫び声を上げる子鬼王。
腕からは棍棒を落とすものの、悶絶した子鬼王は無我夢中、がむしゃらに両腕を振り回している。
「うわわっ、と」
振り落とされかけながらも、俺は眼球に刺さったままの剣にぶら下がる形でどうにか落下を免れる。
振り切った腕の直撃を避け、そいつの頬に片足をつけた俺は、何とか剣を引き抜くことに成功する。
大量の血飛沫が溢れ出てくる眼球を子鬼王が抑えているうちに、大きく跳んで地面へと着地した俺は、右手を胸の前に構えた。
「ウィンドカッター!」
突進が怖いので、まず風魔法で敵の足を封じる。
関節を切りつけられた子鬼王はしゃがみ込むか、それでもやはりダンジョンボスというべきか、落ちていた棍棒を力任せにブン投げてきた。
それが目の前にぶつかる瞬間、
「シールド」
防御の壁を魔法で創り出し、攻撃を遮断。
勢いよく吹っ飛ばされた棍棒は子鬼王の背後の壁へと突き刺さり――そしてその顔が、動揺に歪む。
俺は手を緩めず、トドメの一撃を放った。
「ライトニング……セイバーッ!」
中級光魔法――【光裁剣】。
子鬼王の頭の上に生まれた、無数の光る刃が――突き刺さる。
『グッ、ガ……ガアアアアッ!』
一斉に。縦横無尽に。微塵の容赦もなく。
その巨体を貫き、肉を裂き、切断していく。
走る裁きの剣からは、何人たりとも逃れることはできないのだから。
『ア、ア、ア…………』
全身から凄まじい量の血を迸らせながら。
数十秒後、子鬼王はゆっくりと――地面に向かって倒れていった。
再び、地面が大きく揺れる衝撃。
俺はそれでもまだ、しばらく右手を構えたままにしていたが……子鬼王はそれ以降、少しの身動ぎもしない。
「よし、ゴブリンキング片づけたぞー」
振り返ると同時だった。
喚び出していた二体の精霊、水魚精霊と風雲精霊が消滅する。
無論、ゴブリンたちに与えられたダメージが強大だったわけではない。単に時間切れだろう。
土塊精霊はといえば、触媒として使った土の量が他の精霊よりは多かったおかげか、地面に潜り込んでは奇襲し、残ったゴブリンを仕留める――という連撃を繰り返している。
その中心地では、魔力切れか集中力切れのためか、ヤミがブンブンとニャー杖を振り回していた。
残りの魔物の数は両手で数えきれるくらいに減ってはいるが、距離を取られているせいで攻撃がヒットしていない。
「もう、しつ、こいっ……!」
しかもヤミはぜえぜえと息切れしている。体力不足も深刻そうな様子だ。
駄目押しとばかりにそこで土塊精霊が姿を消してしまったので、俺は慌ててそんなヤミに駆け寄ろうとした。
そのときだった。
――ドゴォンッッ。
何か壁から変な音がした。爆発音みたいな。
俺は思わずヤミの背後の壁に目を向ける。そこに立っていたのは――
「……え? シスカか?」
「あ――ま、マオさんっ! それにヤミさんもっ!」
うるうるうる、とシスカが涙ぐんでいる。
しかし明らかに、ただの壁から突然、土埃まみれのメイド服が姿を現したので俺は内心けっこうびびっていた。
そんな俺の心情を察してか、シスカはてくてくとこちら側に歩いてくる。
「たくさんのゴブリンに襲われて、それはヴェインさんが倒してくれたんですが……あたしたちの進んだ道は行き止まりだったので」
説明しながらも、奇声を上げ襲いかかってきた子鬼の一体を、「てぇいっ」とシスカがスコップで殴りつける。
――そう、スコップで。
「だ、ダンジョン掘ってました……このスコップで!」
ダンジョン掘ってた!?
つまり、ダンジョン内であの錆びたスコップを拾ったシスカの判断は間違いじゃなかったということである。何それすごい。偶然にしては怖い。
しかもとんでもないことに、シスカはヤミや水魚精霊に群がっている子鬼の何体かを、めちゃくちゃにスコップをブン回しながら撃退していた。
しかも、先っぽがちょっと当たっただけとかに見えるのに、そのたび子鬼は壁際まで吹っ飛ばされ昏倒している。……もしかしてこの【雑用係】さん、腕力も最強レベルだったりします?
というわけで残党はシスカが一掃してくれた。ヤミはようやく、そこで一息吐く。
「た、助かった。……ありがと、シスカ」
「! え、えへへっ。そんな、お構いなくですよっ」
お構いなくはちょっとちがくない? と思ったけど、(外見だけなら)美少女ふたりが微笑みを交わし合う良い場面なので口出ししないでおこう。
鞄から取り出した布で剣についた血を拭っていると、
「マオ様、ヤミ。無事ですか」
シスカがこじ開けた大きな穴から、ヴェインも続けて顔を覗かせていた。
「おう。お互い、終わったみたいだな」
俺が笑いかけると、ヴェインも薄く微笑み、少ししゃがんで穴の中から通り抜けてくる。
「この惨状を見るに……マオ様たちもゴブリンに襲われていたんですね」
「エランダンジョンはゴブリンの巣窟だったんだな」
話していると、視界の端――倒れたゴブリンキングの奥の壁がほんの少し、光ったように見えた。
ん? と不思議に思い視線をやると、そこだけ鉱石が不自然に生えていなかった土壁に変化があった。
「出口か」
ダンジョン攻略を終えた、という証明のようなものなのか。
そこには、入ってくるときに使った鉄製の扉によく似た扉が配置されていた。
ただ、だとするとひとつ腑に落ちない点があった。
「そういえば結局、あのミカドってヤツはどこ行ったんだ?」
「ミカド?」
ヴェインが首を傾げる。
そうだった、と俺はヴェインとシスカに、別れてからの出来事を手短に説明した。
「魔神のコスプレをした謎の男、ですか。……気になりますがまぁ、今となってはどうしようもありませんね」
「だよなぁ」
ヴェインの言う通りだった。
逃げ足だけは速い、というべきか、あの不審者は既に姿をくらましている。
今からダンジョン内を探すというのもいささか無謀に思える。気にはなるが、放っておくしかないだろう。
俺たちはそれから手分けして、室内に生えている鉱石をいくらか採取した。
ギルドに持って帰れば換金してもらえるし、もっと有効な使い方としては、鉱石を使えば、より精霊の召喚は容易くなる。
まぁ、俺にとってはそんなに必要なものでもないが……今後はどんな敵と遭遇するものか分からない。精霊の召喚時間は、一秒でも長いに越したことは無いだろう。
取り終えた鉱石を魔法鞄に仕舞い込む。
これでミッション完了だ。
「よし。そんじゃ――帰るか!」
そう気合いを入れて宣言した俺だったが、
「いえ。まだスライム討伐が終わっていません。お家に帰るまでがクエストです」
とヴェイン。
「お、お腹鳴っちゃいました……すみません本当に。空気を読まなくてすみませんん」
としくしく泣き出すシスカ。
「じゃあスライム倒して宿でお風呂入って、それでごはん食べに行くわよ」
と、何か勝手に総括しているヤミ。
……じゃないな、この強気な口調は。
「いつの間にニコじゃん」
「いつの間にニコなのよ。ほら、さっさとスライム倒してごはんよ、ご・は・ん!」
大食い中二病娘はキラキラと瞳を輝かせつつ、さっさと出口に走って行く。
「ま、待ってくださぁい」
慌ててシスカもそれを追いかけていく。
……俺とヴェインは騒がしいパーティメンバーを見送りつつ、苦笑し合った。
「では我々も行きましょうか、マオ様」
「おう。どっちがたくさんスライム倒せるか、競争だからな」
「望むところです」
軽口で言い合いつつ、お互いの肩を叩く。
俺たちの初めてのダンジョン攻略は、そうして終わりの時を迎える。
旅はまだ始まったばかりだった。
「不要勇者の英雄譚 ~平和になった世の中で、元魔王の勇者は本日もダンジョンに潜る~」はこれにて完結です。
ここまでお付き合いくださった方々、本当にありがとうございました。




