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21.それでもあたしはやってない

 

「マオのこと心配じゃないの? 今頃牢屋の中で、心細くて泣いてるかもよ?」

「マオ様のことなので……牢屋の中でも静かにはしていないと思います」


 などなど。

 ヴェインとニコがオシャなカッフェで食事しながら会話しているのと、ほぼ同時刻。


 憲兵隊の詰め所、その地下牢では、仲間たちの予想通り……ひとりの少年が泣きながら騒いでいた。


「ギャアアアアア! 殺人犯!!!」


 ものすごいスピードで逃げ出す少年。つまり俺。

 しかしすぐにガッシャン! と鉄格子にぶつかり、退路が塞がれていることを思い出す。

 ……そう、ここは牢屋の中。

 最初から逃げ場などどこにもありはしないのだ!


「ち、違うんです! 違うんですよ!」


 震え声で弁解しているシスカの声が響く。何やら鉄格子を必死に掴んでいるのか、闇の中からはガシャガシャと大きな金属音もしてくる。

 しかし俺はといえばそれどころではない。そんな物音さえも恐怖を加速させてくる。


「た、助けて誰か! ヴェイン! お巡りさん! お巡りさーん!」

「あああ助けを求めないでください! もうちょっと正しく言うと、殺人を犯したわけではないですから!」

「じゃ、じゃあ何なんだ!?」

「殺人未遂です!」

「ほぼ同じじゃねーか!」


 一般市民にとってはその二つの意味はあんまり変わらないと思う。恐怖はますます膨れ上がった。


「ち、ち、ちち違くて! あたし、あの――誤解なんです! とにかくあたしはやってないんです!」

「犯人はみんなそう言うぞ!」

「う、うぅ……だって……だって、本当にやってないんですもの……!」


 そこでとうとう、シスカは泣き出してしまったようだった。

 何やらぐすぐすと、鼻を啜る音が無造作に響いている。


 いや、泣きたいのは俺の方なんだけど……と思いつつ、俺はそんな彼女におずおずと訊いてみた。


「やってない、っていうのは……もしかすると冤罪、って言いたいのか?」

「冤罪……。……そうです。あたし、誰かのことを殺すなんて大それたこと、できないですもん。考えたことだってありません」


 未だ、この闇の中ではシスカの顔も、表情も分からないのだが。

 しかし俺は何となく、そのシスカの言葉に嘘があるようには思えなかった。

 ぶっちゃけ勘だけど。


「…………シスカ。ちょっと詳しく話してみてくれないか?」

「え?」


 地下に、色濃く困惑の気配が漂う。俺は咳払いし、


「だから、お前が何で逮捕されるに至ったのか。どうして殺人未遂の容疑なんかを掛けられてしまったのか。話してくれれば、何か新しい発見があるかもしれないだろ?」

「……!? あ、あたしの言うこと、信じてくれるんですか?!」


 またもガシャガシャ! と鉄格子が揺れる音がする。

 この反応を鑑みるに、どうやらシスカは憲兵にも何度も申し開きを行っていたのだろう。しかし誰にも信じてもらえなかった。――そんな感じだった。


「いや、まだそれは決められない。だけど、お前の話を聞いてみたいんだ」

「なるほど……! いえ、それでも充分ですっ。お話させてください」

「お、おう」


 ものすごい気合いの入れようだった。

 いろんな意味でどぎまぎする俺に向かって、そしてシスカは話し出す。


「これは……つい一週間前の出来事です……」


 俺は目を閉じ、彼女の話に耳を傾ける――



 +     +     +



 その日あたしは、川に洗濯に行っていた。


 というのも、いま所属しているパーティでは、あたしは戦闘面で何の役にも立たないので、荷物持ちや家事など、雑用のみを担当していたからだ。

 しかしそれでも有り難かった。前のパーティでも、その前のパーティでも、あたしは役立たずの烙印を押され、放りだされるばかりで……ちゃんとした役割を与えてくれたのは、いまのパーティが初めてだったからだ。


 せっかく頼りにしてもらえてるんだから、がんばらなきゃ!

 そういう気持ちで、あたしは皆さんの衣服や下着などを預かると、森の近くにある川辺へと向かった。

 そこで朝から、せっせと一枚ずつ、丁寧に洗濯板で洗っていく。その繰り返しだった。

 量が多いので大変だったが、弱音など吐いてはいられない。他の皆さんは今日も魔物狩りに行っていて、あたしなんかよりずっと大変なんだから。


 それに春月はぽかぽかした日が多く、その日も朝から天候は穏やかだった。

 水の冷たさだって、ほとんど気にならない……。


 そしてあたしは気がつけば、地下牢に入っていた。

 悲しい。ひもじい。



 +     +     +



「……以上です! どうでしたでしょうかっ!?」


 何やら変な敬語で話しかけられつつ、俺は「そうだな」と腕組みする。

 …………うん。


「ワケ分からん。何の話?」

「ガーンッ!」


 効果音を自分の口で言うスタイルなんだな。


「そ、そんな! こんなに一所懸命お話したのに……っ!?」

「いや、俺も真面目に聞いてはいたんだけどさ……大事なところが端折られすぎだろ。ほぼ洗濯の話で終わってたぞ」


 水の冷たさの話をしてたかと思えば舞台が地下牢に移るとか、どんだけ話し下手なんだ。

 しかしシスカは俺の評価が気に食わないのか、またも「違うんですっ!」と必死に言い募っている。


「本当に、こんな感じだったんです。お洗濯をしていたら、気がつけば牢に入れられていて、「お前が殺人犯だ」って憲兵の方に言われてしまって……」

「――もしかして、お前も二重人格設定か? 太陽と月の者なのか?」

「に、二重人格? えええ、そんなことはないと思いますけど……」


 俺の脳裏にはニコヤミの顔が浮かんでいた。

 ……まあ、冗談はともかく。


「つまり話を整理すると、お前はパーティの雑用を押しつけられてた。一週間前も、川で洗濯をしていた。そして気がつくと、牢屋に入ってた。オーケーか?」

「は、はい。その通りです。……あの、押しつけられていたというか、頼まれていたのですが」


 ぼそぼそと控えめに訂正してくるシスカに、俺は思わず溜息を吐く。


「押しつけられてるだろ、間違いなく。そういう雑用はパーティ内で分担すべきものだ。誰かひとりにやらせるのは筋違いだ」

「で、でもあたし……本当に何にも出来なくて、戦闘では足手まといで……。それに、壊滅的にドジで……」

「壊滅的にドジぃ?」


 俺は鼻で笑う。女子の言う壊滅的にドジ。

 つまり天然。それは多くの場合、男の夢とロマンを詰め込んだ要素である。むしろステータスである。希少価値なのである!


「あれだろ、何も無いところで転んじゃってスカートの裾がめくれちゃうとか、そういうヤツだろ?」

「いえ、そういうのではなくて。……そ、そういうのもありますけど」


 だがシスカは、そこで初めて強く否定した。

 後半は小さな声でなにか言ったようだが、そこはほとんど聞き取れない。欠伸しつつ訊いてみた。


「例えばどんなドジだ?」

「魔物を巣ごと一網打尽にする作戦の最中、転んで巣の中にポーションばらまいちゃって、魔物がものすごく強化されちゃったりとか……」


 俺はそこで口を閉ざした。


「お料理に間違えて毒キノコ入れちゃって、よくそれでパーティが壊滅の危機に陥ったりとか……」


 ガチのヤツじゃん。

 ドジっていうかそれ自体が殺人未遂じゃん。


「そういうドジをいっぱい、いっぱいやってしまって――いろんなパーティを出禁になってるんですぅっ!」


 見えないけど、たぶん今、シスカは冷たい床に突っ伏してわんわん泣いているところだろう。

 ……何だろう。パーティを出禁になるタイプの冒険者と、俺は不思議と縁があるようなないような。


「そ、そうか。それで、雑用係みたいな役割を与えられたんだな」

「そうですぅ……あ、もちろん雑用も六十パーセントほどの確率で失敗します。以前に比べるとずっとマシですが」


 自信ありげに言うなよ。


「だから本当に、誰かを殺そうなんて思ってもないですし、あたしにそんなことできません……。でも憲兵の方たちには、相手の人がそう証言してるんだ、間違いないぞ、って言われてしまって。それにあたし自身、何も覚えてないから……うまく弁解できないんです」

「ちなみにその、お前が殺しかけちまったっつー相手は誰なんだ? 分かるか?」

「は、はい。名前を聞きましたから。この街の上級貴族の、ダイナンという名前の方です」

「ははぁ、なるほどなぁ……」


 実際、聞いた限り、シスカの状況はほとんど詰んでいる。


 ――まず相手が上級貴族である点。

 憲兵隊は一応国営組織ではあるが、王都から離れたエランでは、その第三者的な役割がうまく機能しているとは言い難いだろう。

 国というデカく曖昧な存在よりは、大体の場合、配置された街そのものと良好な関係を構築することが現場では求められているはずだ。

 つまり、上級貴族がシスカに殺されかけた、と証言している以上、憲兵はそれを信用するしかない……ということだ。


 ――次に、当の本人には記憶がない点。

 シスカの言い分に従えばこれは間違いなく事実なんだろうが、しかしそう聞いた憲兵や被害者の心証は露骨に下がってしまっただろう。

 そりゃそうだ。重要な記憶の一部だけ綺麗サッパリ無くなりました、なんて都合が良すぎる。

 犯人が、自分はやってないと言い張るために記憶喪失を演じている。

 シスカ自身に非は無いが、そういう風に思われてしまっても致し方ない。


 ――三つ目に、被害者以外の目撃者が居ない点。

 あるいは存在するのかもしれないが、その人物は既に、そのダイナンとかいう貴族によって口封じされているだろう。でなければ七日間もシスカが拘留されることはなかったんだから。


 この状況からシスカの無実を証明するのは、骨が折れる。

 骨が折れるが――


「……この牢屋内だけじゃ、情報が足りねぇな」

「え?」


 ぽつりと呟く。

 俺は顎に当てていた手を、シスカの蹲っているだろう方向に向けた。


「まず必要な情報を外で集める。それに伴って、俺からもシスカにいくつか追加で質問したい。いいか?」

「そ、それは構いませんけど……あの、外で、ってどうやって? あたしたちふたりとも、ここから出られないのに」

「そこは心配すんな」


 俺は歯を見せて笑った。

 こんな視界じゃ、シスカに表情は見えなかっただろうけど。


「外に頼れる仲間が居るんだ。銀髪のイケメンと……おまけに、中二病の大食い娘がさ」



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