魔王の最期と託された娘①
魔王城最上層、玉座の間はすでに崩壊の淵にあった。
天井の一部が大きく崩れ落ち、無数の瓦礫が床に散乱している。
かつて威厳に満ちていた玉座の間は、今や埃と破片に覆われ、死の匂いが濃く漂っていた。
その中央で、巨大な玉座にもたれかかるようにして魔王は静かに乱れた呼吸を繰り返していた。
胸の中心には、勇者が突き刺した聖剣が深々と埋まっており、黄金色の光がゆっくりと、
しかし確実に魔王の体を内側から蝕んでいる。
その前に立つのは、ただ一人の魔術師——ルーカス・クロウだった。
「……あんだよ。命乞いしたって流石に無駄だぞ?」
ルーカスは右手を軽くかざしたまま、荒い息を吐いていた。魔解析眼がまだ淡く光り
、魔王の残存魔力を監視し続けている。全身の魔力はほぼ底を尽きかけており、
額には冷たい汗が浮かんでいた。足が少し震えているのも、自分では自覚していた。
玉座の間には、もう誰もいなかった。
魔王の側近として最後まで戦っていたローブの魔導士は、すでにルーカスによって倒され、
壁際に倒れ伏している。
黒いローブに全身を包み、フードを深く被っていたため、表情も状態も一切わからない状態だった。
ルーカスは一応警戒を怠らず、視線を時折そちらへ向けていた。
『私とて魔族の王だ。この期に及んで、そんな女々しいことなど言わんよ』
魔王の声は低く、しかし不思議なほど落ち着いていた。致命傷を負いながらも、
その威圧感と重々しさは微塵も衰えていない。
300年近く人類を恐怖の底に突き落としてきた絶対的な支配者のオーラが、
まだこの空間を支配し続けていた。
ルーカスは内心で舌打ちをした。
(……マジでよくここまで来れたもんだ)
注意深く魔王を見る。
致命傷を与えたとて魔族の王。300年近く人類を脅かせてきた恐怖の象徴だ。
致命傷を負って尚、その威圧感と重々しさに陰りはない。
……いやホント、よくぞ倒せたものである。
もう一度やれって言われても絶対無理だしお断りだ。
一生どころか来世分までの運をすでに使い切った気分である。
……どこかで補充できないかなーー。
もう一度、同じ事をやれと言われたって絶対無理だ。そう、こんな理想的な状態なんて、恐らく最初で最後であろう。
ルーカスは自分の右手を見つめ、わずかに震える指先を握りしめた。魔力は限界を超え、頭の奥が重く痛む。魔解析眼を長時間使い続けた代償は、想像以上に大きかった。
魔王はゆっくりと目を細め、静かに言葉を紡いだ。
『最期に……一つ、お前を見込んで頼みがある』
「断る」




