14.鳥と浮気調査と探偵
こんばんは! 吉沢探偵事務所所員の田中桃華です。
今日は探偵らしいお仕事をさせてもらっています。
ザ・浮気調査です。依頼者の奥様の尾行をしています。尾行は、初めは慣れなかったのですが、最近では地味な私にぴったりのお仕事、すなわち転職なのではないかと思うようになりました。たまに誰にも見えていないんじゃないかと不安になる程です。このメザール王国特注スーツ、迷彩柄とかじゃないんですけどね。
依頼人が出張の多い方だそうで、その日の奥様の行動を記録してほしいとのことでした。なので、ペン型のカメラなんかも用意しちゃっています。
夕方六時半ごろマルタイがマンションから出てきました。とてもお美しい方です。旦那様が心配になるのも無理はないでしょう。とてもおしゃれでお化粧もバッチリです。男性に会うからだとつい思ってしまいますが、元々いつでもこのような方かもしれませんし、先入観は捨てないといけません。探偵の掟です。どうせ仕事以外で服やメイクを変えることのない私にはわからない世界ですし。
普通、尾行って二人以上でやるものだとネットで見ましたが、私と吉沢所長は別行動のことが多いんです。現在所長は、頭に鳥の霊のようなものが巣を作っている人に接触しているところだと思います。
初めてその方をお見かけした時、何をしたらあんなことになるのかがわからなすぎて、ぜひご本人に話をお聞きしたいところだったのですが、やはり私では力不足。仕事に持っていくのは難しいだろうということで所長と交代しました。
あ、そんなことを考えているうちにマルタイさん、タクシーに乗り込んじゃいました。私は車の運転ができませんし、そう続いてタクシーが来るとは限らないわけで、前もって用意しておいた自転車で追いかけます! あ、免許は取るつもりで教習所に通い始めました。
吉沢さんに出会うまで「車に乗る」ということすらほとんどなかったものですから、人生何が起こるかわからないものですね。
この前工藤咲良さんと一緒に飲んだのですが、この話になった時に、
「トラックに跳ねられたことならあるんですけどね」
と、とびきりの自虐ネタをお見舞いしたところ、ちゃんと病院は行ったのか、慰謝料は請求したのかと、とても心配されてしまいました。そういえば、今のこの世界ではなかったことになっているので、言うべきではなかったな。それどころか両親が事故で亡くなっているんだと思い出し、ヤバいやつだと思われたらどうしようと不安になってしまいました。せっかく仲良くなれたのに。
でも咲良さんは私が酔っ払っているんだと解釈してくれたようです。両親を同時に亡くして混乱しているのだろうと。
そして、
「もうそろそろお水でも飲みな、えっ! どんだけ飲んでるの?」
私の前に置かれたジョッキの数を見て、びっくりしている咲良さん面白かったな。仲良くなれて良かったな。
なんてことを思い出しながら、一生懸命自転車漕いでます!
あまり遠いところへ行きませんようにと願いながら。
超高級ホテルにでも入るのかと思っていましたが、そのままそれらを通り過ぎて、小さいドッグランのあるペット同伴OKのカフェに入って行きました。ペットに関するグッズもたくさん売っています。マルタイさんはテラス席に座って、コーヒーを飲みながらよそのわんちゃんたちを楽しそうに眺めています。
私はすぐに出られるように首輪やオーガニックペットフードなどをひたすら眺めるふりしてターゲットを撮影していました。
「何かお探しですか?」
とうとう店員さんに声をかけられてしまいました。頭の中では「お友達のわんちゃんに素敵なプレゼントはないかしらと思いまして」とか言えばいいとわかってるんです。でも、コミュ障を克服途中の私には、
「えっと、たまたま通りかかって」
と言うのが精一杯です。
「そうなんですね、どんなわんちゃんを飼われているんですか?」
「えっと……」
わんわんわんわんわん!
急にお店が騒がしくなりました。そこにいるわんちゃんたちが一斉に吠え出したのです。その矛先は……
「鳥頭……」
以前見かけた人と同一人物と思われます。カラスのような黒っぽい大きな鳥が頭に止まり、巣を作って子供達に餌をやろうとしているように見えます。エサは……なんだろう?
あ、お店の前を吉沢所長が普通に通り過ぎました。犬たちうるさいなみたいな顔をして。完全なただの通行人Aです。さすがです。
その鳥頭はわんちゃんたちに威嚇されているのでお店に入れないようで、入り口から少し離れたところで立っていました。
気がつくと私のマルタイも会計を済まし、お店を出ようというところでした。
まさか、このお二人が?
私もさりげなく店を出て、所長の歩いて行った方へ向かいました。角を曲がると、
「こっちこっち」
と建物の隙間から手招きされました。
「お疲れ様です!」
「はいはいお疲れ。彼女は?」
「今お店を出て、鳥頭さんの方へ歩いていきました。あの人と話したんじゃないんですか?」
「今日は用事あるからまたにしてくれと言われた」
「それが不倫ですか?」
「さぁ。それどころじゃないだろうに。よし、そろそろ俺たちも出るぞ。二人連れの設定で追いかけよう」
久々のデートのふりで尾行作戦ですね。自転車乗るために黒スーツできちゃいましたよ。所長も一応スーツだから、オフィスラブ設定でしょうか。いつもは厳しい上司や同僚に溺愛されちゃうアレですね、漫画なら。
相変わらずオタク活動は続けているのですが、昔よりずっとお給料が良いので多方面に渡って楽しめています。知識も増えて一石二鳥です。
私も自伝を書いたらそのままライトノベルになるのでは? と考えたことがあります。しかし、地味に国を救って地味に現代に戻されて、地味に探偵している女の話にエンターテインメント性はないですよね。作文も苦手ですし。
「はい、集中」
私がくだらないことを考えていることにすぐに気づく所長、さすがです!
二人は仲良く大通りに向かって歩いていきます。途中にある高そうな時計屋さんに寄って時計をプレゼントしていました。彼女が、彼に。
鳥頭の彼は、あまりチャラくないのでホストではないと思っていたのですが、普通に嬉しそうに受け取っていました。
そして、ラブホではなくもう少し格式のあるタイプのホテルに入っていきました。フロントでカードを受け取っていたので、レストランで食事とかではなさそうです。別々に入るとかもせず、堂々としたものです。
「兄弟とかじゃないですよね?」
「奥さんのプロフィールはしっかり見たから違うと思う。女風かな……」
ジョ、フ、ウ! もちろん知っています! 漫画で読みました! イケメンが女性の心と体をほぐしてあげるんですよね。
「じゃあ、浮気には当たらないのでしょうか?」
「それは依頼人が決めることかな。泊まらないといいんだけどな」
私たちはロビーにある喫茶店でのんびりとコーヒーを飲んでいます。それはもうチビチビと。
女性の方が出てきたところを写真に収めたら、調査終了になりそうです。問題は男性の方ですね。ずっとニコニコしていましたが、調子は良くなさそうでした。また二つの事件が同時に起こっているようです。
二時間半後、お二人が一緒に出てきました。吉沢所長が写真を撮りまくっています。その写真、鳥は写っているのでしょうか? そういえば、私はずっと鳥に邪魔されて彼の本当の髪型を知らないかも。あとで見せてもらいましょう。どうでもいいことではありますが。
奥様はホテルからタクシーに乗り込みました。彼は見送りです。自転車はペットショップの近くに置いてきてしまいましたので、所長の指示を仰ぎます。
「さすがに家に帰るだろ。こっちに一緒に接触しよう」
「はいっ」
彼女を見送りとぼとぼと歩いている新マルタイの後をつけます。彼はどこかに電話で報告をしているようです。
「お疲れ様っしたっ」
そう言って電話を切ると、キョロキョロし始めました。意外な行動だったため、慌てて所長の腕に手を回しましたが間に合いませんでした。というか、所長はもうすでに顔を合わせているので仕方ありません。
「あんた、つけていたのか」
すこし嫌味な言い方をしてきました。
「あんたを、じゃない」
所長は少し含みのある言い方をしました。すぐに通じたようです。
「瑠美さんか、やめてくれよ上客なんだ」
「そんなことより、あんた自身は大丈夫なのか」
「さっきの鳥がどうのだろ。知らねーよ」
あんなにニコニコしていた彼が豹変しています。そんなに怖くないのが逆に可哀想です。
ギョエエエー
突然彼の頭の鳥が鳴き声のようなものをあげました。すると、あたりから鳥のようで鳥でないものたちが数羽集まってきて彼の頭の巣に入っていきました。それはそれは、ゾッとする光景でした。
「うわっ」
彼は頭を抱えました。彼の手から血が出てきています。巣に手を突っ込んでいるので攻撃されているのです。
「なんなんだよこれは。あんた達がやったのか」
「そんなわけないでしょ。だから話を聞かせてって言ってるの。鳥に恨みを買った記憶は?」
「鳥……?」
彼は少し考えていましたが、まだ認めたくないようでした。
「頭が重い。仕事をするたびに重くなって首が折れそうになるんだ」
「とりあえず手を貸してください」
私は彼の両手を包み込むようにして祈りました。彼の手の傷はとりあえずなくなりました。
キラキラと輝く自分の両手を眺め、私のことを恐ろしいものを見るような目で見ていました。せっかく治してあげたのに。でも仕方がありませんね。
「事情がわからないと解決できない。早めに観念して除霊しないと命に関わるぞ」
所長はそう言うと、先ほど撮った写真をスワイプして見ていました。その中に一枚だけありました。うっすらと彼の頭に何かが乗っかっている写真が。いわゆる心霊写真ですね。
それを見た途端、彼は、
「なんじゃこりゃあ」
と間抜けな声を出しました。
「鳥に何かしたか、鳥を飼ってる女にひどいことをした記憶は? 霊感体質じゃないよな」
「ないないない! ……! あ……」
「なんでもいいから言ってみろ」
「前の常連客に鳥好きがいて、よく買っているインコなんかの写真や実物を見せられたことがある。だけど、本気になられちゃって、俺ホストじゃないのに」
「彼女生きてるのか?」
「わからないけど、店に頼んで出禁にしてもらったんだ」
その女性の名前など、わかっていることを聞き出してから、私たちは彼と別れることにしました。
「えっ、待って! 何もしてくれないの?」
「原因がわからないとせっかく除霊しても戻って来るかもしれないし、それで詐欺とか言われたら困る。あと、無料じゃないぞ。また連絡する」
と、所長は冷たく言って私の腕を掴んで歩き出しました。たぶん、私が勝手に可哀想に思って除霊したりしないようにだと思いますが、そんなことしませんし、無駄にドキドキさせるのはやめて欲しいです。私、元ミステリアス聖女ですし、クールに生きるつもりなんですから。
そして現在、私たちはいつもの中華屋さんで炒飯を食べています。その合間に吉沢所長はスマホで元常連さんの情報を調べています。
例えば念じたらその人を霊視できるとか、あっちの世界でもっともっといろんな修行をしていたら良かったなと思いながら、炒飯を食べることしかできない自分に思わずため息をついてしまいました。
「どうした? また自分の力が足りないとか考えているのか?」
「えっ、なんでわかるんですか」
「そういう顔をしてるし。いいか、桃華の能力は普通の霊能者が喉から手が出るほど欲しいものだ。それ以上はもう人間じゃなくなるぞ」
「でももっと役に立ちたいなと思うんですよ」
「どうして立っていないと思っているのかがわからない」
ため息混じりに吉沢さんが言った時、横から
「それはお前がちゃんと言ってやらないからだろ」
と声がしました。若林さんでした。
吉沢さんの隣に腰をかけ、ラーメンの注文をした若林さんは、
「さっき連絡もらった女性の話だが、ホストクラブや女性専用マッサージ店で何ヶ所も出禁になって、二ヶ月前にオーバードーズで死亡している」
「それぞれの店での彼女のお気に入りに異常は?」
「特に聞いていない」
「なぜ彼だけなんだろう?」
他の人は本当に大丈夫なのか、警察の調査でわかるものなんでしょうか。せめてもう一人見せてもらえれば……
「そもそも、どうして若林さんがその女性のことを知っているんですか?」
「元々鳥の鳴き声が夜中にうるさいという苦情の多い部屋で、ある晩いつも以上にうるさくなったと思ったらピタッと止んだらしく、近所の人が気味悪がって通報してきたという履歴があるんだ」
「で、鳥の死骸に囲まれた女性の変死体があったということか」
「そういうこと。自殺か事故かはわからないままだ」
うーん。私は考えてしまいました。それだけで一人だけがあんなことになるのかしら。仲間を増やしていく鳥の霊はとても恐ろしく感じられました。しかし、子供として受け入れ守ろうとしていたようにも見えたのを思い出しました。
「あの、その女性のお気に入りの人って、冷たい感じの人が多くありませんでしたか?」
私は若林さんに聞きました。
「直接会ってないからわからないけど、ほとんどがホストだったから可能性は高いかもな」
「女性専用のマッサージ屋さんってきっと優しいですよね」
「なんだ、優しくされたいのか」
「セクハラです!」
きゃー! 一度言ってみたい言葉トップテンに入る言葉をこんなところで使えるとは。吉沢さんは上司なので、上司に言ってやったことになります。ふふふ。言ってみたかっただけなのでご安心ください。所長への尊敬の念は少しも薄れていませんよ。
「優しい人だから、行き場のなくなった鳥達が集まるのかなって思ったんです」
「そこまで優しい人間には見えなかったけどな」
すると、若林さんが、
「なるほど。では彼女が日記や手帳にメモでもしていなかったか調べてやろう。会計は任せた」
そう言って出ていきました。いつの間にかラーメンがきて食べ終わっていました。さすが刑事さん。
その後、若林さんから連絡が来てやはり、鳥の巣男の彼が、彼女にとって一番優しかったようです。ホスト達に大金を貢ぎ、お金がなくなると風俗で働くようになり、それでも金額が他の女性より低いとなじられるような生活をしていたそうです。そして彼女は女性専用のひたすら優しくしてくれるところにハマっていったと。彼にとってはビジネスだったのでしょう。でも、彼女の部屋で一緒に鳥に餌をあげたりしてくれたそうです。それで鳥達も自分たちがどうなったのか分からないまま彼に縋ってしまったのかな、と私は推理しました。
「普通に除霊してあげましょう。なるべく優しく」
本人とも金額面での折り合いがついたので、私たちは彼を公園のベンチに座らせました。頭の上の一番大きな鳥はきっと彼女が一番大切にしていた子なのでしょう。自分の子供達を守るようにこちらを警戒しています。
「目は絶対開けないでくださいね」
私はドラゴン波のポーズをとり、癒しの力を手のひらに集めて、
「波ぁっ」
と、放ちました。そして、そのまま小さいドラゴン波を連続で撃ち一羽残らず昇天させました。
「うわぁ、頭がぽかぽかする」
と、キラキラした空気の中で、のんきなことを言っている彼は本当に優しい人だったのかもしれません。
「終わりました」
「ありがとう! 頭と首が一気に軽いよ。君も体と心が重い時には僕を指名して」
と、私に名刺を渡してきましたが、横から吉沢所長に奪われてしまいました。そして、
「仕事だから、慰謝料を請求されたりはしないんじゃないかと思うけど、この前の時計をプレゼントしてくれた女性とは、しばらく会わないほうがいい。あの人犬好きだろ? 今度何かあったら犬に憑かれるぞ」
と、変な脅しをかけて立ち去る所長の後を追いました。
所長は今回の浮気調査の結果は、見たそのままを報告すると思います。ただ、相手は仕事でどこまでの関係かは分からないという感じで。
今のワードで、女性の旦那さんから浮気相手と疑われていることに気づいてくれればトラブルも避けられるかもしれません。あとは彼次第ですね。
「お疲れ様でした! 二つの依頼がいっぺんに終わってラッキーでしたね」
「最近こういうラッキーが多い気がするんだよな」
「そうなんですか?」
「ローデス様とやらの加護を受けている奴がいるからな」
「なるほど! 後でお礼を言っておきますね」
「ああ。……とても役に立つ助手を寄越してくれて助かったとも言っておいてくれ」
「……」
「……」
私はちょっとだけ泣きながら吉沢さんの後をついて歩いています。「とても役に立つ」こちらの世界で生まれて初めて言われた言葉です。そして、「助手」です!
田中桃華、探偵事務所所員から探偵助手になりました。次は相棒目指して突っ走ろうと思います!




