【1章】カゴの中のトリ
悲しいかな、ここまできてまさか霖が隣にいないときに遭遇してしまうとはあたしの悪運も底をついたのかもしれない。
今まさに目の前に佇んでいる渦中の人・レスターブラックフォードは、何も言わず鬼の形相で距離を縮めてきていて、早くも身に迫る危険度はマックスになろうとしていた。
「よくもまぁ、五体満足でいられたな」
第一声といい、今のセリフといい、かなりアブナイ感じがするのは気のせいじゃないらしい。
禍々しいオーラを放ちながらあと数歩で手が届く、という距離で足を止め見下すように軽く顔をのけぞらせた彼はなかなかの迫力だ。
「さぁて……ノコノコ俺のテリトリーに戻ってきたってことぁ、」
キリ、と整った眉が器用にも片方だけつり上がる。
「大人し」
「わおナイスタイミング!!おーいカモが来たよカモがー!!」
「「マジか!!」」
彼の格言を盛大にスルーし、ついでと言わんばかりにバン!!と扉が吹っ飛ぶ勢いで開け放たれ中から手が伸びたかと思えば、それは迷うことなくレスターブラックフォードのシャツをひっつかんだ。
『カ〜モさーんこーちらー手ぇ〜のなーるほーうへー』
幸い開かれた扉はあたしの方とは反対側で事なきを得たものの、あの今にも犯罪を犯しそうなほど憤慨していたレスターブラックフォードは見事な流れ作業で部屋の中に連れ込まれてしまっていた。
『っしゃー今日はカモのカネでスシパけってーい!!』
いやっほーい!!と叫ぶ声にというか余りにも恐れ多い行動に床のどこか一点を見つめたまま唖然としていると、今度は照明で明るい筈のそこになぜか影が差した。
「(?)」
ハテナ、と若干脱力しつつ顔を上げた瞬間、早急にここから逃げた方がいいかもとかこの際裏の世界の謎なんてどうでもいいとか云々、あたしの思考回路は驚きの回転を見せた。
「……あ?」
確実に数秒前、麻雀ができないだのなんだのと愚痴を言っていたその声が、目の前のやたらイカツイいかにもその道の人っぽい男の人から発せられている。
「(ああそうだここは敵のテリトリー……だった)」
そう思ったのも束の間。
「お前か?紅姫組の末裔ってのは」
「……はい?」
あたしの腕をがっしりと掴んで離さない、というか離してくれなさそうなその人は、あろうことかそのまま踵を返した。
――そう、つまり。
「(待ってあたしこのまま連れ込まれるパターン!?)」
そういうことなのだ。