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青春アレルギー男、恋愛脳女を嘲笑う  作者: 十日兎月


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23/23

最終話 やっぱり青春なんてクソくらえ



 と。

 せっかく人が勝利の余韻に浸っていたというのに、佐伯先生のふとした発言に、俺ははてなと首を傾げた。



 んん? 新しく申請? 部活名が変わる???



「……それって、どういう意味ですか?」

 という俺の疑問に対し、佐伯先生は実にあっけらかんとした表情で、

「どうって、そのままの意味よ。文芸部から別の部活名に変わるの」

「いや、あの、全然話が見えないんですが……?」

「つまり、こういうことよ」

 言いながら、佐伯先生はおもむろにジャージのポケットから用紙のようなものを取り出し、それを俺たちに広げて見せた。



「はい。これからここは、文芸部改め文芸部兼恋愛研究部になりま~す!」



 ぽかーん、と。

 一瞬言葉の意味がわからず、口を開けて呆けてしまった。

 それは光守たちも同じだったようで、三人揃って面食らったような顔をしていた。

 時置いて、だんだんと現状を把握できるようになったあと、俺は目の前に広げられた用紙──部活名及び部活動変更届と銘打ってある紙をおそるおそる確認した。



《部活名  文芸部兼恋愛研究部

 部活内容 恋愛小説を中心に、創作や研究をする部活》



 は?

「はあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 矢も楯もたまらず猛然と立ち上がった俺に、佐伯先生は迷惑そうに目を眇めて、

「なによ、影山。急に大声なんて出して。びっくりするじゃない」

「それはこっちのセリフですよ! 俺がこいつらとの勝負に勝ったら、文芸部はそのまま残るって約束でしたよね!?」

「残っているじゃない。ほら、ここにちゃんと『文芸部』って書いてあるでしょ?」

「余計なものまで引っ付いているじゃないですか! なんですかこの『兼恋愛研究部』っていうのは!」

「別にいいじゃない。職員会議で存続の難しい部を減らす流れにはなったけれど、兼部にしたらダメなんて一切言われてないし。それに兼部扱いにすれば部員数の規定もクリアできる上に、部室だってそのまま使えるんだから、なにも問題ないでしょ?」

「いや、ありますよ! 要はこいつらと部室を共有しろってことですよね!? どうして最初から兼部にするって教えてくれなかったんですか!?」

「えー? 影山がなにを言っているのか、よくわかんない~」

「可愛い子ぶって誤魔化さないでくださいよ! あと年齢もよく考えてください!」

「影山、お前を殺す」

「すんませんした」

 秒で頭を下げた。やると言ったら必ずやる……そんな凄みがあった。

「ていうか、一体なにが気に入らないのよ? 確かに兼部にはしたけれど、そのおかげで文芸部として活動できるんだから、結果オーライでしょ。……あと、あたしも顧問として続けられるし」

 最後にぼそっと本音っぽいものを漏らす先生。ほんと、つくづく自分に正直な人だ。

「……それはそうですけれど、負けたらこいつらが文芸部の部員になるって話だったはずでは?」

「負けたら金髪ちゃんを文芸部に入れるぅ? あたし、そんなこと言ったかしら?」

「はあ? いや、ちゃんと言っていたましたよ。あの時だって──」



 ──だったら、あんたが勝利した場合、この三人に入部してもらえばいいのよ。それなら部活動も続けられるし、部室を追い出される心配も無くなるわよ?



 あ。

 よくよく思い返してみれば、確かに光守たちが負けたら「文芸部」に入部させるとは明言していないような……?

「ほーら。文芸部に入れるなんて一言も口にしていないでしょ?」

 まるで勝ち誇ったように強かな笑みを浮かべる佐伯先生に、俺はぐうの音も出ずに顔を背けた。

「……え? なに? どういうこと……?」

 と、それまで茫然とした面持ちで俺と佐伯先生の会話を聞いていた光守が、忘我から返ったように疑問を漏らした。

「なんか、恋愛研究部が兼部になるとか聞こえたような気がしたけれど……」

「そ、そうだよ麗華ちゃん! 私たち、恋愛研究部として活動できるんだよ!」

「そうよね!? そういうことよね!? やったー! 恋愛研究部の誕生よ~!!」

「おー。なにがなんだかよくわかんないっスけれども、ともかくよかったっスねー」

 ぴょんぴょんと手を合わせながら飛び跳ねる光守と水連寺に、まだあまり状況を把握していない様子で淡々と拍手を送る大空。どうしてこうなった。



「……………………嵌めましたね、先生。この詐欺師が」



 という俺の悪態に対し、佐伯先生は子憎たらしいほど大仰に肩を竦めた。

「嵌めたなんて人聞きが悪いわねー。あたしはみんながハッピーになれる道を模索しただけよ~」

「その道、俺のところだけホワイトアウトしていません? ハッピーなんて一筋の光すら見えないんですが……」

「最大多数の最大の幸福ってやつね。いつの世も幸せな人で溢れている一方で、その裏側に不幸な人間が一定数いるものなのよ。踏み台とも言うけれど」

「人を勝手に踏み台してんじゃねぇよ」

 しかも、仮にも教え子を。これで教師だというのだから、世の中おかしいと思う。

「それに、よく考えてもみなさい。仮に金髪ちゃんたちを文芸部に入れたとして、金髪ちゃんたちがそのまま部員として残ってくれる保証なんてどこにあるのよ? さすがのあたしも卒業までずっと文芸部に所属しろとまでは言えないし、退部したいと思っている子を無理やり止める権限なんて、あたしにはないわよ? ただの教師でしかないもの」

「う……」

「で、それから金髪ちゃんたちが辞めたとして、あんたしかいない文芸部がこのまま存続できると思ってんの? いくらなんでも今から部室明け渡しの期日までに部員を集めるなんて無茶な話だし、文芸部と部室を残すには、恋愛研究部と兼部扱いするしかなかったのよ。おわかり?」

「うぐぐ……!」

 こんちきしょうめ。こんな時ばかり正論を振りかざしおってからに……!

「で、でもそれじゃあ、俺が勝った意味は? 最初から兼部にするつもりでいたのなら、勝負なんてする必要なかったじゃないですか」

「そんなの、あんたたちの禍根を少しでも解消するために決まっているでしょ。勝負でもしないと、たとえ兼部になってもずっと同じ部室でいがみ合いそうな感じだったし、こうでもしなきゃ話が進みそうになかったから、あえて勝負させたのよ」

「だからって、いくらなんでもこれは……」

「いいじゃない別に。あんたが勝ったのは事実なわけだし、これで金髪ちゃんたちが不平不満を言うような真似はしなくなるはずよ。特に金髪ちゃんは、そういう筋の曲がったことは嫌いなタイプに見えるし」

「……まあ、それは確かに……」

 実際あいつ、負けは負けとしてちゃんと認めていたようだし。それにこれまでの勝負をなかったことにして当たり散らすほど、厚顔無恥な奴でもないだろう。

「だいたい、兼部にするって話したところで、あんたは初めから納得できたの?」

「それは……」

 つい言い淀む。できたかどうかで言えば、絶対にできなかっただろうな……。

「ほらね。これでわかったでしょ。いかにあたしがあんたたちのために心を砕いてあげたのか。もう国から感謝状を貰ってもいいくらいのレベルね、これは」

 さすがにそれは妄言も甚だしいが、言っていること自体はそれほど間違ってはいない。

 正直、癇に障るところではあるけども、上手く話の落としどころを見つけたとは思う。俺的には先生の計略にまんまと乗せられたみたいで釈然としないが。

「つまるところ、最初から最後まで先生の手のひらの上だったってわけですか……」 



「そういじけんじゃないわよ。そんなにあたしを出し抜きたいのなら、今よりもっと人生経験を詰むことね。まーちゃん☆」



 思わずギョッと目を剥いた。

「ちょ、先生! ここでその呼び方は……!」

 慌てて佐伯先生の口を塞ごうと腕を突き出すも、時すでに遅し──耳聡く佐伯先生の言葉を拾ってしまった光守が「え? なに『まーちゃん』って?」と当然のように疑問を呈してきた。

「なにって影山の愛称だけど? 下の名前が愛する人と書いて愛人まなひとだから『まーちゃん』って昔から呼んでいたのよ。まあ、今は本人が嫌がるからたまにしか使わないけどね~」

 などといけしゃあしゃあと宣う佐伯先生に対し、光守たちはポカンと口を空けて硬直した。

 それでもしばらくして意味を呑み込んできたのか、やがて肺の中の空気をすべて吐き出すように頬を膨らませて──



「ぷ……ぷははははははっ! ま、愛人って! 似合わなすぎ~!!」

「だ、ダメだよ、麗華ちゃん。人の名前で笑っちゃ……くふふっ」

「そういう水連寺先輩も思いっきり笑っちゃってるじゃないっスか。いや、気持ちはわかるっスけども。ぷふ~っ」



 ぐああああああ! 知られてしまったああああああ! よりにもよって、こんな奴らにいいいいいいい!

「あんたって人は! 人の隠したかった秘密をよくもこうべらべらと! せっかく勝負にも勝ったっていうのに、約束が全体違うじゃねぇか……!」

「え? なにあんた、ひょっとして今までずっと下の名前を秘密にしていたの? ダメじゃない。親からもらった大切な名前をぞんざいに扱ったら」

「下の名前が『愛人』なんて恥ずかしいやつじゃなかったら、そもそも隠してなんかねぇわっ!」

 これなら「光宙」と書いてピカチュウとか「聖闘士」と書いてセイントなんていうキラキラネームの方がまだマシだったくらいである。

 マジでなんだよ「愛人」って。親いわく、だれからも愛される人になってほしいという願いを込めて名付けたらしいが、なんだかまるで何人もの女をダシにして生活しているヒモ男みたいではないか。もうちょっと字面をどうにかできなかったのか。

 いや、親のことはもちろん尊敬しているし、ちゃんと金を稼げるようになったら親孝行しようとも考えているが、いかんせんネーミングセンスがひどすぎる。他は許せても、これに関してだけは一生受け入れられる気がしない。

 まあ、俺は俺で人から愛されてほしいという願いから完全に逆走した人生を送っているので、あまり文句は言える立場でもないが。

「まあまあ。ちょっと落ち着きなさいよ」

 と、それまで水連寺や大空と一緒に爆笑していやがった光守が、まだその名残を口許に残しながら、俺の肩に気安く手を置いてきた。

「名前なんていつ知られてもおかしくないようなものなんだし、それこそフルネームなんて、部活出席簿でも見たらすぐに発覚していたことでしょ。まあでも、人の名前で笑うのはよくないわよね。そこは素直に謝るわ。ごめんね、まーちゃん♪」

「頭かち割るぞ」

 こいつ、毛ほども悪いなんて思ってないだろ。

「冗談よ、冗談。そんなに嫌なら、これからはちゃんと名字で呼ぶわよ。これから同じ部室を使う者同士、仲良くしないとね」

「はっ。さんざん俺を毛嫌いしていた奴とは思えないセリフだな。お薬の時間か?」

「人を薬物中毒の危ない奴みたいに言わないでよ。それに毛嫌いしていたのはお互いさまでしょ?」

 だいたい仲良くしようと思っているのは本当のことだし、と囁くように呟きを漏らした光守に、俺は怪訝に眉をひそめた。

「仲良く? どういう腹積もりだ?」

「あんたって奴は、どうしてそう人を疑うことから始めたがるのよ。本当にそういう打算的なものはなにもないから。純粋な気持ちで言っただけよ」

 どうにも信じがたい。これまでがこれまでだったし、俺を言いくるめようとしていると考えた方がまだしっくり来る。

「なによ、そのいかにも胡散くさそうな顔は。本当に本当だってば」

「どうだかな……」

「疑い深い奴ねー。そういうあんただって、本心ではウチたちと仲良くしたいって思っているんじゃないの?」

「はあ? どうしてそうなる。適当なことを抜かす前に、ちゃんと論拠を示せ」

「論拠? そうね──」

 と、他の奴には聞かせたくないことなのか、光守が不意に俺の耳元へ口を寄せて言った。

「たとえば、この間の件とか?」

「この間の件……?」

「あの不良たちから逃げたあと、紗雪を助けに呼んでくれたでしょ? あれって本当はウチのためだったんじゃないの?」

 俺はなにも言わなかった。首を縦にも横にも振らなかった。

 そんな俺を見てなにか言いたそうに目を眇める光守ではあったが、やがて諦めたように吐息をつきながら言葉を続けた。

「あの時は素直にあんたの言うことを信じちゃったけれど、後々考えるとあれって、別に紗雪じゃなくてもよかったはずよね? 影山の両親や知り合いとか、それこそ佐伯先生でも十分だったはずだもの。というか、結婚式で来るかどうかもわからなかった紗雪よりも、先生を呼んだ方がまだ頼りになったはずじゃない?」

「…………」

 あの時の佐伯先生は泥酔状態だったのであまり頼りになりそうになかったから、という裏事情があったりもしたのだが、それを言ったところで水掛け論にしかならないだろう。別に佐伯先生でなければならない理由もないのだから。

 それに紗雪だけでなく、いざという時に自動メールで色々な人に助けを呼べるようにもしてあったのだが、まあこれもわざわざ口にするようなことでもないか。

「あくまでもウチの想像でしかないけれど、紗雪を選んだ理由って、ウチを慰めるためだったんじゃないの? 姫奈ちゃんに裏切られたと知ったら、すごく落ち込むだろうからって。違う?」

「さあ? 一体なんの話なのか、皆目見当も付かないな」

「あ、そうやってはぐらかすんだ? あんたも素直じゃないわねー」

「勝手に言ってろ」

 まあ、あながち間違いとも言えないが。



 あのままいつまでもめそめそされるよりは、さっさと泣き止んでもらった方がマシだとあらかじめ想定した上で、あえて紗雪を選んだのは確かなのだから。



 念のため言っておくが、決して仏心を出したわけじゃない。単につまらないことで帰宅時間が遅くなるのが嫌だっただけにすぎない。

 結局あのあと、紗雪への事情説明だったりお詫びを兼ねての反省会に無理やり参加させられたりで、帰宅そのものは遅くなってしまったけれどな。

「だからってわけじゃないけれど、なんていうか、うん」

「あん? 言いたいことがあるならはっきり言えよ。気持ち悪い」

「言うわよ! 言えばいいんでしょ! でも一度しか言わないからね!?」

「? だからなんなんだよ?」

 首を傾げる俺に、光守は依然として視線を右往左往させつつ、ややあって決心が付いたように「よし!」と口にしてこっちを振り向いた。



「た、助けてくれてありがとう!」



 その予想だにしなかった言葉に。

 俺は数秒の間、口をポカンと開けたまま固まってしまった。

「な、なによ。その反応は?」

「いや、お前にも礼を言えるだけの常識があったのかと、思わず面食らってしまってな」

「どういう意味よ!?」



「あらあら。二人でこそこそ内緒話なんてしちゃって~。もうすっかり仲良しね~」



 とニヤニヤ顔で揶揄ってきた佐伯先生に、俺は極限まで眉を寄せて「違います」と即座に一蹴した。

「そういうくだらない邪推はやめてください。吐き気がしそうです」

「なによ~。そこまで言うことないでしょ? そんなにウチと仲良くするのは嫌?」

「嫌だね。だれがお前みたいな恋愛脳ビッチなんかと……」

「だからビッチとか言うな! 別に恋愛脳でもないし! そういうことばっかり言っていると、女の子となんの縁もないまま人生を終えることになっちゃうわよ?」

「大いに結構。お前みたいな奴と関わるくらいなら一生女子と縁がないままあの世に逝った方がマシだね」

「ああもうムカつく~! やっぱり前言撤回! あんたは敵よ! 一生ウチの敵決定!!」

「……『一生ウチの敵決定』ね~。それって、一生影山と付き合うって言っているようなものなんだけど、金髪ちゃん、自分で口にして気が付いてないのかしら?」

「麗華ちゃん、なんだかんだ言っても面倒見は良い方だから……。たぶん影山くんのことも本心では認めているんじゃないかな……?」

「なんか、どこぞのネズミとネコみたいな関係っスねー。仲良くケンカしているだけのように見えてきたっス」

 ぎゃあぎゃあと未だに喚く光守と、なにやら勝手なことをほざく外野の声が、俺の唯一の居場所だったところで延々と響く。

 これまでずっと静穏としていた時間を過ごしていたのが、さも幻だったかのように。



 なんだか青春ラブコメにありそうな展開に、全身が無性に痒くなった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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