十四話 やっとカラオケ地獄から解放されたと思ったら
それから終了時間を知らせる内線電話が鳴るまで、ずっと歌ったり食べたり駄弁ったりしたあと(俺は終始所在なく座っているだけだったが)。
身支度を済ませてカラオケ屋から出た俺たちは、すっかり日も沈んで辺りが暗くなってきたというのもあって、ここで解散しようという流れになった。
「は~。楽しかった~。サユの誘いに乗って本当によかったよ~。ウラランやモエモエと仲良くなれたし~☆」
「そうだね。私も姫奈ちゃんたちといっぱいお話できて、すごく楽しかった」
「ほんと~? ちょー嬉しい~♪」
そう言って、水連寺にぎゅっと抱き付く姫奈。対する水連寺も、まんざらでもないように少し頬を赤らめなから姫奈の背中に手を回していた。女子にしかできないスキンシップの取り方って感じだな。
「わたしは悲しい~! ここで鳴くんとお別れなんて~。まだ離れがたい的な~!」
一方、紗雪は鳴と別れるのがよほど耐えがたいらしく、まるで今生の別れのようなことを言いながら涙していた。
というより、人目を憚らず鳴の腕にしがみ付いて泣きじゃくるせいで、通行人の注目の的になっている。関係者と思われるのは大変迷惑なので、今すぐやめていただきたい。
これにはさすがの大空も戸惑っていることだろうと思いきや、当人はそれほど気にしていないらしく、
「でも自分、水連寺先輩と一緒にバスに乗って帰るんで、そっちみたいに電車は使わないっスよ?」
と、優しい嘘で誤魔化すでもなく、至って素で返していた。相も変わらず平淡な後輩である。
「いや~! だったらわたしも電車に乗る~! 鳴くんと一緒に帰る~っ!」
「はいはい。いつまでも鳴にくっ付かないの。そのままだと鳴が帰れないでしょ」
駄々っ子のように鳴から全然離れようとしない紗雪を、やれやれといった態で強引に引き剥がす光守。なんか、完全にやり取りが親子だな。
「うわ~ん。姫奈。麗華がわたしの鳴くんを奪おうとする~。略奪愛よ~!」
「人聞きの悪いことを言わないの。それじゃあ姫奈ちゃん、紗雪をよろしくね」
任せて~、と胸元に飛び込んできた紗雪を優しく抱きとめながら、姫奈は笑顔で応えた。
は~。これでやっと帰れるのか。罰ゲームみたいな時間だったな。
なにが一番堪えるかって、興味もない曲を延々と聞かされることほど苦痛な時間ってないよな。その上、女子たちのどうでもいい話(今日は学校に遅刻しそうになったとか、どこそこの道で変な格好の人がいたとか)にもリアクションを取らないといけないなんて、もはや罰ゲームを通り越して拷問と言ってもいいのではなかろうか。こんな苦行、二度とごめんである。
「影山くん、影山くん」
と。
数時間ぶりとなる外の空気を吸って解放感に浸っていた最中、水連寺がこっそりと俺に近寄って、後ろにいる光守たちを気にするようにちらほらと目線を送りつつ、囁き声で話しかけてきた。
「影山くん、確か麗華ちゃんと帰り道が同じだったよね?」
「……まあ、そうだな」
特に嘘をつく理由もないので正直に応える。
ちなみに、どうして水連寺がそんなことを知っているのかというと、この間行ったショッピングモールでの別れ際に、俺と光守が同じ道で帰るところを見かけて、のちに確認されたからである。
「それなら、麗華ちゃんを家まで送ってあげてほしいんだけど、いいかな?」
「はあ? なんで俺が?」
「だって、夜道を女の子一人で歩かせるのは危険でしょ? それにこれは、影山くんのためでもあるんだよ」
俺のため? どういう意味だ?
「よく考えてもみて。もしもこれで麗華ちゃんになにかあったら、世間からバッシングを受けるのは影山くんの方になるとは思わない? それに先生だって、麗華ちゃんが一人で暗い道を帰ったなんて知ったら、さすがに黙っていないんじゃないかな?」
「うっ……」
思わず言葉に詰まった。
確かに、否定はできない。いつも飄々とした人ではあるが、あれでも一応は教師──生徒が危険な目に遭っていたかもしれないと知ったら、いかな佐伯先生と言えど、柳眉を逆立てるかもしれない。
などと黙考する俺を見て勝手に了承したと判断した水連寺が、光守の方へ走り寄って、
「麗華ちゃん、影山くんが家まで送ってくれるって~!」
「おい待て! まだなにも言ってないぞ!」
慌てて呼び止めるも時すでに遅し。
水連寺の話を聞いた光守が、意外そうに眉を上げて「へえ」と俺に視線を向けてきた。
「最低クズ野郎と思っていたけれど、案外男としての甲斐性はあったのね。少しは見直してあげるわ。ほんの少しだけれどね。一ミクロンくらい」
それ、ほとんどないようなものじゃねぇか。
なんて突っ込む気力も湧かず、俺は嘆息しながらそばの電柱に背中を預けた。
ここで訂正するのは簡単だが、水連寺が忠告した通り、あとで佐伯先生がどんな反応を示すかわからない以上、ここは黙って言いなりになるしか道はない。
こいつらに俺の恥ずかしい過去を暴露されるなんて、死んでも嫌だからな。むしろ、死んでも死にきれない。
「じゃ、ヒメたちはそろそろ帰るね~。みんな、またね~☆」
そう言って、未だ泣き顔で抱き付く紗雪を伴いながら、元気よく手を振って去っていく姫奈。
そんな二人を笑顔で見送りつつ、水連寺と大空もバス停のある道へと足を向けて、
「私と鳴ちゃんもバスの時間が近付いてきたから、もう行くね」
「また明日っス~」
と揃って手を振りながら去っていった。
そうして、二人だけとなった俺と光守。街中は帰宅途中の社会人や俺たちのようにまだ外で遊び回っている学生などで雑然としているが、なんだか突然見知らぬ世界に放り込まれたような錯覚を感じてしまうのは、隣に他人同然である光守がいるからだろうか。
やがて、完全に水連寺と大空の姿が見えなくなったところで、
「……………………………………あんた、帰らないの?」
と、なぜかたっぷり間を溜めてから問いかけてきた。
「いや帰るけど。お前は帰らねぇの?」
「帰るわよ。帰るに決まっているじゃない。ただ、あんたがなにも言ってこないから、まだ帰る気がないのかしらって疑問に思っただけよ」
「なんだそりゃ? 言っている意味がさっぱりわからん」
「わからんって……。こういう場合、普通は男の方から『じゃあ一緒に帰ろうか。夜道は危ないから、なるべく俺から離れないように歩いてね』とかなんとか一声かけてから帰るものでしょ? まあ最初からそういう優しい言葉は期待していなかったけれど」
「アホくさ……」
「なによ、アホくさいって。ていうかあんた、一人で帰ろうとするんじゃないわよ! ウチを家まで送っていくんじゃなかったの!?」
後ろでぎゃあぎゃあ喚く光守を無視して、俺は一人ずかずかと帰路を歩く。
しばらくそうして文句を垂れ流す光守ではあったが、一切返事をしない俺になにか言うだけ無駄だと理解したのか、あれだけうるさかった声がいつしか聞こえなくなっていた。
それでも一人にされるのは嫌らしく、無言のまま俺のすぐ後ろを歩く光守。
周囲は雑踏で騒がしい中、俺と光守の間になんとも言えない沈黙が続く。顔を合わせても雑談らしい雑談もしないというか、むしろ口を開けば互いに悪口雑言しか吐いていないせいか、ろくに話題が浮かんでこない。
というより、こっちとしてはそもそも会話するつもりがないので、無言が続いたところで別段不満はないが、さりとて、このまま沈黙が続くと気付かない内にはぐれてしまう恐れがあるため、現状維持というわけにもいかず。
仕方なく、俺は溜め息を吐きながら後ろを振り返った。
「お前って、ほんと諦めが悪いよな」
まさか俺の方から声をかけてくるとは思わなかったのか、光守は一瞬目を見開いて、
「……なによ、藪から棒に」
諦めが悪いってどういう意味よ、と半眼になりながら俺の隣へと並ぶ光守。後ろにいたままでは話しづらいと思ったのかもしれない。
「実際、諦め悪いだろ。この間のショッピングモールの時もそうだが、今回の件で俺がどういう人間なのか、さすがによくわかっただろ?」
「そうね。どうしようもない人格破綻者だってことは」
だれが人格破綻者か、この常時ハイビームギャルが。いちいち眩しいんだよ。
という喉まで出かかった罵倒をギリギリで呑み込む。ここで悪罵を叩いたところで無駄な言い争いになるだけだ。ここは冷静に話を進めた方がいい。
「だったら、俺に好きな奴を作らせるなんて土台無理だってこともわかるだろ。それとも、その無理を通してまで恋愛研究部とやらを作らなきゃいけない理由でもあるのか?」
「あるわよ。ていうか前にも言ったでしょ。萌の男に対する苦手意識を消すためだって」
「だとしても、普通ここまでするか? 少し異常だぞ」
「それくらい、ウチは本気だってことよ。悪い?」
「そりゃ悪いに決まっているだろ。こっちは部室を取られそうになっているんだぞ」
「先生──あんたの顧問にはちゃんと了解は得ているんだから、別にいいじゃない。文句を言われる筋合いはないわ」
勝手なことを。そもそもお前らが断りもなく文芸部を奪おうとしてきたせいで、こんな厄介な事態になってしまったというのに。
「俺だって、これまでなにも見てこなかったわけじゃない。お前は吐き気を催すゴミにも等しい奴だが、それでも友情には熱い方だというのはわかる」
「あんたなんかにゴミなんて言われる筋合いなんてないわよ」
無視して話を進める。
「友情に熱い方だとは思うが、お前、本当に水連寺のためだけに恋愛研究部を作ろうとしているのか?」
「……なにそれ。なんの根拠があってそんなことを言うのよ?」
「根拠があるわけじゃない。が、俺は根っからの人間不信者でな。いくら友人のためとはいえ、こうまでして他人の世話を焼くなんて信じられないんだよ。まして、こんなくだらない勝負に乗っかるなんて、正気の沙汰とは思えん」
「……………………」
俺の言葉に、光守は黙り込んだ。
てっきり一笑に付すか、威勢よく反論してくるかと思っていたが、なにも言わないということは、やはり別の理由があるということか。
そうこうしている内に、大通りを出て住宅街に入った。街灯こそ減ったが、それでも通行人や車が絶えない道だからか、足元に困らない程度には明るく照らされている。夜空を仰いでも星が見えないくらいに。
「……ウチだって、やりたくてこんな勝負をしているわけじゃないわよ」




