十話 こいつら、だんだんと本性を現してきやがって
ブックカフェを出て、しばらくしたのち。
俺たちは今、再び四人でモール内をあてどなく闊歩していた。
「ほんとごめん萌! 本当はウチが鳴の分を払うつもりだったのに……」
「気にしないで麗華ちゃん。私も麗華ちゃんばかりに頼るのはどうなのかなって思っていたから。だからせめて、これくらいのことはさせてほしいかな」
「ん~! 萌ってばありえないほど天使!」
言って、水連寺に嬉々と抱き付く光守。これが萌アニメだったら「あら~」と言っているところなのだろうが、悲しいかな、現実は「はあ~」である。
そういう友情ごっこは俺の視界に入らないところでやってほしい。眼球が痒くなる。
「なによ。嫌味ったらしく溜め息なんて吐いて」
「別に他意はない。はあああああああ~っ」
「めちゃくちゃ他意あるじゃない! ほんと、いちいちムカつく奴ね!」
「麗華ちゃん、あんまりカッカしないで」
と、がなる光守の肩に手を置いて、水連寺が子供を諭すような口調で声を発する。
「こういう人はなにを言っても無駄なんだから、わざわざ怒る必要なんてないよ。ね?」
「そ、そうね。ウチったらつい……」
水連寺に諭され、苦笑する光守。なんかすっかり腫れ物扱いだな、俺。
特に水連寺は顕著なもので、ブックカフェでのやり取り以降、完全に俺を軽蔑対象として見ているようだった。
「それにしても萌、いつの間にか影山が相手でも強気で出られるようになったわね。うんうん。良い傾向だわ。これなら近い内に知らない男が相手でも普通に話せるようになれるんじゃない?」
「そんな……。強気でいられるのは、あくまでもゴミみたいなどうでもいい人だけだよ。まだ知らない男の人と話す自信なんて……」
今さっき、遠回しに俺をゴミとか言わなかったか?
ついこの間までは、おっかなびっくりといった態で俺と接していたのに、ずいぶんとまあ様変わりしたものだ。身内を順位付けする犬(諸説あるらしいが)のごとく、俺を下に見ているってことなのだろうが。
「で、これからどうするんだ? 俺としてはそろそろ帰りたいんだが」
「さっき合流したばかりでしょうが! ほんとにあんたはもう、そうやってすぐなんでも帰ろうとするんだから!」
「だったら早く決めてくれ。こっちはやることをやって、一分一秒でも早くさっさと帰りたいんだよ」
「じゃあ自分、ドーナツ屋に行きたいっス。もうそろそろ開店時間だと思うので」
「さっきあれだけでかいパンケーキを食べたばかりなのに!? どうなっているのよ、鳴の胃袋は!?」
「甘い物は別腹っスからね~。ドーナツくらいならまだまだ余裕で入るっスよ」
別腹って、そんなブラックホールみたいなものだったっけ?
「う~ん。本当は色々と回りたいところがあるんだけど、でも、鳴との約束を破るわけにもいかないし……」
などとぶつくさ呟いたあと、光守は横目で「萌はどう?」と問いかけた。
「私? 私は別にドーナツ屋でも大丈夫だよ。他に行きたいところがあるわけでもないし、それに鳴ちゃんとの約束の方が大事だと思うから」
「……そう? まあ萌がそう言うなら、鳴の希望通り、ドーナツ屋に行きましょうか」
「やったっ! こっち! ドーナツ屋はこっちっス!」
「ちょっと鳴!? もう、一人で先走っちゃって……」
「ふふ。おもちゃ屋に駆け込む小さい子みたいだよね」
苦笑する光守につられるように水連寺も笑声をこぼしつつ、大空のあとを追う二人。
そんな三人の後ろ姿を目で追いながら、俺はやれやれと盛大に溜め息を吐いた。
大空のお目当てであるドーナツ屋とやらは、ショッピングモールの一階──俺たちが入ってきた北口とは逆の南口付近にあった。
「あったっス! ドーナツドーナツ~!」
そのドーナツ屋が見えるや否や、我先にと言わんばかりに突っ走る大空。
「あ、こらっ。危ないから店内で走るんじゃないの! ほんとにもう、子供みたいにはしゃいじゃって……」
「あそこのドーナツ屋さん、この辺りでもすごく美味しいって評判だから。きっと鳴ちゃん、ここに来た時から楽しみで仕方なかったんじゃないかな?」
へー。そんな有名な店なのか、あのドーナツ屋。確かに改めてよく見てみるとけっこうな行列(ほとんど女性客だが)も出来ているし、人気は確かなようだ。
「それじゃあ、ウチたちも並んで──んっ!?」
と。
ドーナツ屋の列に並ぼうとした途端、光守がとある一点を凝視したまま固まってしまった。
「どうしたの麗華ちゃん? 急に立ち止まったりして」
「あ、あそこにあるのって、ルナルナじゃない!?」
「!? ほ、ほんとだ! ルナルナちゃんだ!」
なんじゃそりゃ? と首を傾げつつ、光守と水連寺が見ている方向──ドーナツ屋のちょうど対面にある店へと視線を向ける。
そこはなにかのグッズ屋のようで、マグカップやアクリルスタンドなどといった様々な物が陳列されていた。よく見ると、それらには変なギャルの写真が貼ってあって、奥にある看板にもカラフルかつでかでかと『ルナルナ』と表記されている。どうやらこの写真のギャルがルナルナと見て間違いないらしい。
しかもけっこうな有名人のようで、ドーナツ屋と同じくらいの行列ができていた。まるで地下アイドルのサイン会みたいな状態だな。アイドルのサイン会なんて行ったことすらないので、あくまでも比喩でしかないが。
「ど、どうしよう!? まさかルナルナのショップがこんな近くにあったなんて! 普段は東京の専門店か通販でしか売っていないはずなのに、どうしてこんな田舎に!?」
「もしかして、この地方にも出店したのかな? そんな話、全然聞いたこともないけれど……」
ルナルナとかいう謎の人物のショップを前に、なにやら色めき立つ光守と水連寺。よくは知らんが、関東地区限定のアイドルなのだろうか。至極どうでもいいが。
「おい。ドーナツ屋の方は並ばないのか? 大空一人で最後尾に並んでしまったぞ」
「ちょっと待ちなさい! 今考え中なの! ルナルナのショップなんて、この辺だとめったに見られないのよ!? もしも今日限定グッズがあったりしたらどうするつもりよ!?」
「んなもん知らねぇよ。こっちはさっさと帰りたいって何度も言っているだろうが」
「もう! 急かさないでよ! こっちだって突然の事態に動揺しているの! ルナルナを優先するか、鳴を優先するかで揺れているのよ!」
「ねえ麗華ちゃん。二手に分かれるのはどう? 私が鳴ちゃんに付き添うから、麗華ちゃんがルナルナちゃんのショップに行くっていう感じで」
「そんなのダメよ! それじゃあ萌だけルナルナのグッズが選べないじゃない! 萌を差し置いて、ウチだけルナルナのショップに行くことなんてできないわ!」
「じゃあ、鳴ちゃんの用事を済ませてから行ってみる? たくさんお客さんがいるから、私たちがお店の中に入れた時には色々と売り切れているかもしれないけど……」
「それはちょっと……。でも一体どうしたら──」
と。
その時、光守がふと俺の方を見た──まるで光明を得たと言わんばかりの表情で。
「なんだよ。不躾にこっちをじろじろ見やがって」
「そうだわ……こいつに行ってもらえばいいんじゃない! なにもウチか萌のどちらかが鳴に付いて行く必要なんてなかったんだわ!」
「! そっか! それなら麗華ちゃんと一緒にルナルナのショップにも行けるね!」
「おいこら。勝手に話を進めるな。俺は一言もお前らの案に乗るとは言ってないぞ」
「別にいいじゃない。四人全員で行かなきゃいけないわけじゃないんだから。お金なら今の内に渡しておくし」
言いながらデニムのポケットから財布を取り出し、五千円札を強引に渡してくる光守。
「はい。これだけあったら十分でしょ?」
お釣りだけあとでちゃんと返してよねとだけ言って、水連寺を連れて行こうとする光守を「いや待て」と慌てて引き止める。
「まだ了承していないだろうが。俺に後輩の面倒を押し付けるな」
「融通の利かない男ね~。どうせウチらに付いて来るだけなら、あんた一人で鳴のところに行ったところでなにも変わらないはずでしょ?」
「そういう問題じゃない。元はお前が驕るって言い始めたことだろ。だったら最後まであいつに付き添ってやれよ」
「だーかーらー、今だけはどうしても無理なの! 萌と一緒にルナルナのショップに行きたいの! ちょっとはウチたちの気持ちを察しなさいよ!」
「だったら少しは俺の心情も汲めよ。こっちは好きでお前らと行動しているわけじゃないんだぞ。ただでさえ貴重な休日をお前らのために潰してやっているというのに」
「けど影山くん。それならなおのこと、麗華ちゃんの提案を呑んだ方が無駄な時間を使わずに済むんじゃないかな?」
「うっ……」
「それにこうしている間にも、鳴ちゃんの後ろにだれかが並ぶかもしれないよ? いくら厚顔無恥な影山くんでも、人に迷惑をかけるようなことだけはしたくないでしょ?」
「いや、一言多いわ」
こいつ、だんだんと俺に対して容赦がなくなってきているような気がする。もしかして、こっちが地か?
でもまあ確かに、ここであれこれ押し問答をしているより、さっさと光守の案に従った方が無難ではあるか。大空の後ろにだれか並ばれて、途中で割り込むような真似だけはしたくないし。
「……はあ。わかった。行けばいいんだろ、行けば」
「わかればいいのよ! よし、萌。ルナルナちゃんのショップに突撃するわよ!」
「うん! 麗華ちゃん!」
言うや否や、嬉々としてルナルナとやらのショップの列へと駆け込む光守と水連寺。さながらエサを前にした犬みたいだ。
そんな尻尾を振る幻影でも見えそうな二人に嘆息しつつ、俺は渋々大空の元へと向かった。




