title:ああああああああああああああああ
「結論から言いましょう。ローノスファイは居ます。ですがこれを説明するのは難しい。簡単に言うと実体無き怪物といいましょうか。ローノスファイはこの国に降る雨の集合体、雨に宿る思念の集合体と思って下さい」
「ハァ?」
首を傾げる二人に学長は笑みを浮かべる。
「この国に降る雨は全て文字である。時折、板が降ってくる。雨となって降り注いだ文字は溜まり池となり、湖となり、海になる。飲み水と同じように液体でありながらその一つ一つは文字である。空から降り注ぐ文字。一つ一つはただの文字だがここに降り注ぐ文字は「処女文字」と呼ばれるもの。ここではない世界の、初めて打たれた文字。処女文字の多くは消される運命にある。その文字たちの嘆きが、溜まり、凝り固まって生まれたのがローノスファイ。雨に宿る思念の集合体。ここまでは理解しましたか?」
ぽかんと口を開けて二人は顔を見合わせる。
「そ、れは。本当ですか? ローノスファイについての文献は少なく、というかほとんどありません。ローノスファイにたどり着いたのも軌跡のようなものです。膨大な電子の海で目の前を流れていたものをあわてて掴んだようなものですし。都市伝説のようなものではないのですね」
ユイナが学長に問えば彼は目を細めて頷く。
「そうですローノスファイは居る。というべきなのか、在る。というべきなのか。ローノスファイは生まれる。処女文字に含まれた、悲しみ、嘆きといった負の感情は海の底で積もっていく。その負の感情が凝り固まり、生まれるのがローノスファイ。海から生まれながらその姿はそのときによって違う、と言わておる。ビャクロ教授」
「はい」
学長の指示でビャクロはスクリーンを出すとそこに画像を投影していく。
「これは国の管理下におかれ、厳重に保管されている資料。この資料を閲覧するには王、宰相、気象庁長官、そして気象庁付きの教授、五名の署名捺印が居る。閲覧することはできてもそれを記録媒体に写し取ることはできない。無論、閲覧する際身体検をし、何も持っていない状態で監視付きで中に入る。閲覧のみを許可されたものだ。これには初代ローノスファイから現在に至るまでその姿や被害、退治などを記録したものだ。国の中でも限られたごく一部の者しか見る事が出来ない」
「ああ! これっ! これっ、見ました!」
カノが声をあげて指す。細長いクチバシに細長い胴体。蜻蛉の羽に似た形の羽を生やした全身黒一色の巨大なものが空を泳いでいる絵。それには目も口も無い様に見える。
「古すぎて、誰かが持っていた文献が流出したのでしょう」
「回収は?」
「現在行っています」
ざわざわと室内がうるさい。
「何故、公表されないのですか?」
「それは」
ユイナに視線を向けて、僅かに顔を歪める。そ痛みに堪える様な絶望を受け入れた様な表情であった。ビャクロは学長を見る。頷く学長にビャクロは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ天井を仰いでから頭を掻きむしり、二人を手招きする。隣の小会議室に入り、二人を座らせると古い書物を二人の前に広げた。
「君たちが電子の海で見たというこのローノスファイは海で生まれる。これが生まれたのは遥か昔。生まれて街を破壊した。損壊の規模は計り知れず、一週間ほどローノスファイは街を破壊しながら暴れた。しかしある日突然ローノスファイは活動を停止し、その体は崩れた。土砂降りの雨となり地上に多大な被害をもたらし、海へと帰った。一番最初に現れてから現在まで、おおよそ三十年周期で現れている。三度目の出現から討伐隊が組まれていたが討伐、撃退共に到っておらず、やはり一週間ほどで活動を停止、崩れ落ちるを繰り返す。このままでは国として財政破綻してしまう。このぐらいから本格的な調査と対策を講じるようになってきた。この国にある地下空洞を利用した施設の建設をはじめ、避難場所を山の上に設置するなど技術は進歩していった。それと共にローノスファイの研究も始まった。海に潜ったり、雨を調べたり。やっと現在までたどり着いた。今、ローノスファイを目撃するものはほとんど居ない」
地下街の整備、各家庭のシェルター化、技術の進歩によってもたらされたことは彼女たちも歴史を学ぶ上で聞いていた。ただし、国にとって都合の良いように並べたれたれた嘘の歴史であったが。今国中の人々が知っている歴史にローノスファイという怪物は存在しないことになっている。
「なぜ」
「なぜ。というならば、私たちが説明せねばなるまい」
ドアが開き、そこにたっていたのはユイナの祖父母。驚いた彼女は腰を浮かせるものの、教授の手によって肩を押され腰を下ろす。
「お呼びたてして申し訳ありません」
学長が腰を上げて祖父母に頭を下げた。ビャクロもまた頭を下げる。
「いえ。もうそろそろかと、私たちも話し合っていたところです」
「私の家に伝わる文献でも、そろそろだと。早くても今年。遅くても来年には」
「やはり! 今回の板といい、予兆がありますのでそうではないかと」
椅子に座る祖父母と学長の話に目を白黒させる。
「おばあちゃん、なんで」
「ユイナ、あなたが大人になってから言おうと思っていたのだけれど、私たちの一族はローノスファイを鎮めて来たの」
祖母の真剣な顔に笑い飛ばそうとしたユイナは口を開けたまま固まる。
「は、え?」
隣でカノも口を開いたままユイナに顔を向けた。
「カノちゃんには出ててもらいましょう。これは他人に聞かせるような話では無いから」
「カノちゃん」
「ユイナ、出てるね」
彼女を見送り、祖母に向き直る。自分たち一族の話を語り出した。
そもそもの始まりは海に魅せられた女が海に入ったことが原因である。その女は海から声がすると言ってた。赤金色の髪の毛の彼女は海に入り、姿を消す。そして二日後に海岸に打ち上げられていたところを助けられた。彼女の髪の毛は真っ黒に染まっていたという。両親は髪の毛の色こそ違えどそれが自分の娘であることがわかったという。彼女が無事戻ってきて良かったと泣いて喜んだ。彼女が回復し、海に入ってからの事をぽつぽつと告げた。海に入ったものの呼吸ができずに死ぬのだと思っていた彼女は意識が途絶える寸前に海の底から光る何かが来るのを見た。気付いたときにはどこか知らないところに居て、そこには真っ黒い髪の人が居た。呼吸は苦しくなかった。女性と男性と来てそのまま彼らから話を聞いた。海底の国だという。処女文字の嘆きが生み出し、映像の板を突き崩して出来た国。文字は映像の板を再現できる。空から降る処女文字の雨は一つ一つが小さく人間にはわからない程度の意思を持っている。それらはあまりにも微弱すぎて単体では何も出来ない。海の底に積もった処女文字の意思は共有されひとつの大きな思念となる。巨大な意思は己の住処を求めてさまよい、画像や映像の板を突きくずしそれを再現させてしまった。海底に国が出来た。そして思念はそこで力尽きた。力尽きた思念は最後に人の姿をとり、海底王国に住まうようになった。しかし思念体は思念体であり、人の形をとれど人ではない。なんとかこの生活に慣れた頃、外の思念体が凝り固まり巨あq大な化け物となった。海底王国に住んでいた者たちは化け物に呼びかけたがそれは無念と悲しみと恨みだけが凝縮されたようでいくら呼びかけても反応はなかった。向かう先は自分たちを捨てた人間への復讐である。地上に出て、人々を襲う気だとわかっていたが、すでにそれと自分たちは別の個体になってしまった。化け物を止めようとしたものはそれに取り込まれ、同化してしまった。同じものから産まれたのに全く異質のものになった化け物におぞましいとさえ思った。地上を破壊したもののその寿命はつきるのも早く、七日たてば死んでしまう。
その死骸はただの文字と成り果てて海底に降り積もり、何の力も思念も持たない文字として海を漂う。地上を見に行けば、破壊された街並みに心が痛む。たくさんの犠牲者が出てしまった。同じ思念体の自分たちは人と共存できれば、できなくとも人に対して危害を加えるような事はしない。
そうして、彼女は彼らの事を信じた。そこでしばらく暮らし、助けてくれた思念体の男と情を交わした。女は妊娠した状態で、地上へと戻ってきた。男は女に告げた。その子供がもしかしたら、あの化け物たちを静めてくれる鍵になるかもしれないと。人では太刀打ちできない。同じ思念体であるかれらは取り込まれてしまう。人と思念体の子であれば、あるいは。女は地上に戻った。長い年月を海底王国で過ごしたような気がするが、地上では二日の出来事であったという。
女は身ごもっていた。赤金の髪は真っ黒になり、子供は人と同じだけの時間をかけて生まれてきた。生まれたのは双子の女の子。その髪の毛は地上には無い真っ黒であった。それ以降、女の子孫は代々黒髪になっている。子供は双子だと決まっており、双子以外が生まれたことは無かった。
「だから、あなたが一人で生まれてきたときは心底驚いたの。私たちの時にしっかり封印して居ればよかったのかもしれない。私の姉が封印したのだけれど、予想以上に早く封印が解けてしまった。私の娘、つまりあなたのお母さんは双子の姉妹だったのだけれど、お母さんの妹が若くしてローノスファイを封印するために化け物と対峙したの。封印は上手くいったと思っていたのだけれど、あなたの母親があなたを一人だけ生んだときには驚いたわ。双子じゃない、という事実に。そして、予想よりも早くローノスファイが生まれた。なんで、と思った。そしたらあなたの母親が、あなたを守るために行く。と。私の制止を振り切って行ってしまった。幼いあなたを残して。ユイナ、あなたは唯一の後継者。だから、あなたに行かせるわけにはいかない。私が、行きます。ユイナ。あなたは好きな人と結婚して、幸せになるのよ」
「おばあちゃん!」
「大丈夫。あの子が、あなたのお母さんがきっと何かを掴んでくれている。私はそう信じているの」
「だめ、駄目だよっ!」
「いいえ。これはお役目だから。人ならざるものとの間に生まれた私たちの。この国に黒髪は私たちの一族しかいないのよ」
「おばあちゃん。だって、駄目だよ。戻ってこないのでしょう? 封印って何? 封印しにいった人たちがみんな戻ってこないから、私たちしか黒い髪は居ないのでしょう? 親戚にもいないもの」
「そうね。だからこそ、あなたには生き残ってもらわないと駄目なの。お願いよ。ユイナ。おばあちゃんの言う聞いて」
「いや! お母さんも居なくなったのに! いや!」
「あなたで終わらせるわけには行かないのよ。私たちの肩にはこの国の人たちの命がかかってるの」
「駄目! 駄目だもん! 絶対にいや! おばあちゃんまで居なくなったら、私、どうしたらいいのぉ。なんで、私なのよぉ」
叫ぶように駄々をこねていたユイナは両頬を祖母に両手で包まれて顔を固定される。穏やかに、優しく微笑む祖母にユイナは自分の中で受け止め切れない事実と、一度に明かされた秘密の大きさに泣き出した。母が居なくなってからずっと自分を育ててくれた大好きな祖母が居なくなる、死んでしまうかもしれないという事態を受け入れることができず、子供のようにわんわんと泣きじゃくる。
「ユイナ。許して頂戴」
祖母がユイナの頭を胸に抱く。震える手で優しくユイナの頭をなでるしかできない。その様子を痛ましい表情で学長もビャクロも見守ることしかできなかった。自分たちでは何もできないことが証明されてから長い。彼女たちの一族を犠牲にすることで、自分たちは街の防御に特化できたのだ。地下街も、各戸別シェルターも、ローノスファイの撃退を考えながらでは今日のような施設はまだできていなかっただろう。その分、彼女たちの一族に提出する資料は全力で集めた。微細なデータも何もかも提出してきた。彼女たちが何を行っているのか、何を持ってローノスファイを鎮めているのか。それも共有された。
「私たちの一族が、この国を、この国の民を守っているの。それはとても誇り高い事なのよ。昔よりも今のほうが被害が少ないの、わかるでしょう?」
「だって、そんな!」
「ユイナ。ローノスファイを封印し、鎮める事で七日続いていたローノスファイの破壊行為による被害がほとんどなくなったのよ。早ければ一日、遅くとも三日で終わる。終わらせることができる。私たちの背にこの国の未来を背負っているのであれば、私は行きます。ユイナ。あなたに、全ての儀式を教える。わからなくても、この国の国家機密になっているから資料を見せろ、と請求したら見れるわ。あなたはその権利がある。あなたの黒い髪がその権利の最たる証拠であるのだから」
「おばあちゃん」
「今日、明日。というわけではありません。しかし三回とも、鎮めてから復活までの期間が短くなっている。先生方、ここ数週間の気象データを。そして落ちてきた板の詳細をお願いします」
「おばあちゃん、おばあちゃん。だめ。絶対だめ。おばあちゃんが行くぐらいなら私が行く!」
泣きながら、ユイナは叫んだ。




