閑話その⑤ 特訓
それはある晩秋の昼過ぎ。虎路の退院から数日が経過し、恵もちょうど日本に戻ってきたところ。大和は早川俊昭の一件で空けた穴を埋めるように、本業に付きっきりになっているらしく、誰も本部でその姿を確認することはなかった。
虎路に召集をかけられた他のメンバーは、本部フロアにある武器庫入口に各々集合していた。
「虎くん、今日の要件の特訓って・・・ここで一体何するの?」
「はい。既に剣は使用している、対『半獣落ち』用の武具をまだ玲一と恵さんに説明していなかったので、本日お時間を設けさせていただきました。」
虎路はそう話しながら、自身の持つカードを壁のリーダーにかざし扉を開ける。
「ちなみに武器庫につきましては技術面しかり、機密事項の関係上ぼくと大和しか入室出来ないように管理されています。ですので、特訓や武具の管理を行いたい場合はぼくに一声かけてください。」
勝手を知る剣の後で、恵は怪訝な顔を虎路に向ける。
「袴田さん、念のため確認しておきますけど。兄さんが銃刀法違反で捕まるとか、そんなふざけたことにはならないですよね?」
武器庫に全員入室したことを確認し、虎路は内側からロックをかけながら恵に微笑み返す。
「剣に使用していただいている日本刀は、大和家が所持しているきちんと登録されたものなので、公共の場で帯刀したり、振り回したりしなければ法に触れることはありません。『半獣落ち』との戦闘中に万が一にも人目に触れてしまうといけないので、こちらに保管している武具はプロテクターの“防壁強化”稼働時のみ、転送が可能になるよう設定してあります。また、“防壁強化”と“武器転送”を同時に起動することで、自動的に武器そのものに“錯覚変装”が同時起動するようにプログラムされています。
同じように“防壁強化”を使用しているガーディナーには、同じ空間を共有することで“錯覚変装”が効かないようになっているため武具は認識できますが、一般の方には見えないようになります。これは実際に試した方が解りやすいので、ご自身の武具でお互いにご確認ください。」
玲一と恵が初めて足を踏み入れる武器庫は、ゲームやSF映画などでよく目にする研究所のような内装になっていた。薄暗い室内に、見慣れぬ機械が並ぶ。円形で筒状のケースに様々な武具が浮かんでおり、そのケースは水槽のように見えるが、その水に見える空間は『華園』と同じ次元数に変換された特殊なものであった。
ケースは下からそれぞれ別々の色のライトが当てられており、剣の日本刀は赤色のライトに照らされていた。玲一はそれを確認すると、黄色のライトに照らされたケースの前に立つ。
「・・・うん。どーせ、オレ、黄色なんだろうけどさぁ。・・・いやさ、ねぇ、虎くん?この武器、何?」
玲一が指差す先、黄色に照らされたケースの中には二本の棒状のものが浮かんでいる。それぞれの長い棒に、垂直に短い棒が付いている。
「あぁ、それはトンファーです。」
「だよね!なんかゲームで見たことあるわ~・・・って、使ったことないわ!!」
ボケ率が高すぎるガーディナーにおいて、率先してツッコミに走る玲一であったが、今回は今までになく全身を使った全力でのツッコミであった。
「剣くんは剣道に慣れ親しんでいるから、真剣なんじゃないの!?いや、そりゃ、オレは善良な一般市民なんで、慣れ親しんだ武器なんてないよ?だからってなんで・・・このマイナーチョイス。」
玲一はがっくりとその場に項垂れる。
「玲一、確かに俺はずっと剣術を磨いていたが、そもそも竹刀と真剣では勝手が違う。それと、俺も一般市民なのだが・・・。」
虎路は玲一のケースに近づき、カードと指紋、網膜認証でロックを解除し、トンファーを取り出して玲一に手渡す。
「玲一、ネタではありませんよ。最初、あなたの高校時代の素行からナックルを検討したのですが、『半獣落ち』がどのような攻撃をするか全くわからないのに、リーチが無い武具では心許ないだろうと、攻防一体型のこちらを選んだのですよ。」
「うん、オレが悪かった。だから高校時代の話はなかったことにしてください。」
急に素直になった玲一は渡されたトンファーを手に取り、その特性を確認する。
「あと、玲一の運動神経と適応力の高さから、恐らく未知数の武具でも上手く扱えるだろうと大和が見立てました。」
「・・・うん。確かに、盾としても使えそう。逆手に持てば棍棒になるし・・・あとは、振り回すとするなら握力鍛えないとな、これ。」
「恵さん、お待たせしました。こちらがあなたに用意した武具です。」
虎路に促されるように、青色のライトに照らされたケースの前に立ち、恵はその中身を確認する。
「これは・・・クロスボウかな。」
「はい。高校時代に弓道部で活躍されて、現在もたまに顔出ししていると耳にしました。使い慣れているであろう和弓も考えたのですが、実戦での扱い易さを考慮した時にこちらがよいのでは、と用意いたしました。要望があれば和弓でもアーチェリーでも用意することが可能です。」
虎路の説明に恵はふぅ、とため息をつき、その姿を横目で見る。
「あんたたちは本人が話してもいない個人情報を、一体どうやって知り得ているんですか?・・・そういうことを不快に思う相手がいるとは、配慮できないものですかね。」
虎路はわかりやすい敵意に一度目を丸くするも、すぐににっこりと笑い答えるべく口を開こうとしたが、先に玲一が声を上げた。
「恵くん、そーゆー態度、よくないと思う。大体君ね・・・ブルーだよ?ブルー。戦隊モノのクールポジション!レッドと対極の花形!!兄弟でレッドとブルーとか、なにそれ、狙ってんの?しかも弓道部だから弓って、すっげぇ配慮してもらってんじゃんか!・・・なんと羨ましい。」
「玲一、お前・・・まだイエロー割り当てられたことを根に持っているのか?確かに恵の態度は俺も失礼だと思うが、お前も最初同じようなものだったぞ?しかも、今のは殆どただの愚痴じゃないか。」
冷静な剣のツッコミに、玲一はムキー!と反論しようとするも、今度は虎路が先に口を開いた。
「言われると確かに・・・。玲一、最初反抗心むき出して、大和とモメていましたね。」
「なに、なんでオレが糾弾されてんの?!・・・くっそー、いいもんね。オレ、誰よりすごいトンファー使いになってやるからね!!」
そう言うと、玲一はトンファーを手に、武器庫奥の特訓スペースへスタスタと移動していった。剣が虎路に手で任せろとジェスチャーを送り、その後を追う。一人置き去り状態の恵に向き直り、虎路は改めて深々と頭を下げる。
「ぼくたちのやり方が恵さんに不信感を与えたことを、ここに謝罪させてください。―――申し訳ございません。」
これまた、予想しなかった対応に恵は怯む。虎路はそのまま上体を起こし、何事もなかったかのようにケースから恵の武具一式を取り出し、その目の前に差し出す。
「詭弁に聴こえるかもしれませんが、このような武具を用意した目的は・・・戦うため、ではありません。これは、敵対する相手の素性がわからない以上、防衛の手立てとして、みなさんの危険を回避するためなの防具でもあるのです。だから、馴染みのあるものを用意させていただくために情報を集めていました。それと・・・お兄さんを危険に巻き込んで、すみません。」
思わぬ話題の転換に戸惑いつつ、恵は虎路の手からクロスボウの道具一式を受け取り、むすっとした表情を横に向け、拗ねたように呟く。
「・・・さっきのはボクが悪かったです。兄さんが・・・あなたたちと楽しそうにしているのを見ると、なんかムカつくので八つ当たりしました。すいませんでした。」
虎路もまた、恵の斜め上の謝罪に一瞬面を食らうも、その素直さに思わず吹き出してしまった。せっかく謝ったのにその相手に笑われて、恵はますます不機嫌な表情になる。
「ご・・・ごめん!だって、君・・・素直すぎるだろ。」
「・・・今、さっきの玲一さんの気持ちがすごくわかりました。兄さんも袴田さんも、天然でグイグイえぐってくるところ、似ています。正直、居た堪れない・・・!
あと、袴田さんってあまりボクと歳変わらないですよね?恵さんって呼ばれるの、すごい違和感なので、あの二人と同じように呼んでもらえませんか?」
「うん、わかった。じゃあ、ぼくのことも呼び捨てでいいよ。」
「いえ。まだ入るとは言っていませんが・・・ガーディナーに入るなら、先輩であり上司でしょう?・・・虎路さん、と呼びます。」
「そう。うん、ありがとう。」
二人もそのまま訓練場に移動し、それぞれ与えられた武具が身体に馴染むまで、時間の限り特訓に励んだ。
三人の特訓の様子を見届けつつ、虎路は全身の意識を周囲に集中させていた。恵が話したジェミヤのように、『門番』が属する門の司るその力を、『地球』でどうにか使えないものかと考えながら。ただ、肝心な部分の記憶には施錠がかかったように、触れようとすると激しい痛みに襲われる。そもそも自身の守る門について、その司る象徴について、自分自身がもともと詳しく知っていたようにも思えなかった。
(環・・・原理の四素、空の対なる象徴。世界を構成する概念、だったか。こちら、『地球』に置き換えると・・・空が無なれば、環は有。在りしものの循環。廻る流れと考えると・・・世界に存在する殆どに置き換えられるから、どうにか利用することは出来そうだけど。
ジェミヤのエネルギー切れという表現からも、おそらく『地球』に置けるエネルギーは『華園』に比べ圧倒的に少ないものだと推測される。まずは、みんなの中に眠る『門番』たちが目覚めないことには・・・。)
「・・・最低でも一人、『半獣落ち』の手に落ちた『門番』がいる。だが、それがメーアだとは考えにくい。・・・彼女は一体何処にいる?・・・まずは、そこに辿り着かないと。」
「虎路、大丈夫か?」
壁側でひっそりと、視線は床に落とし思考の渦に嵌っていた虎路の目の前に、いつの間にか剣が立っていた。
「あ、はい。・・・少し考え事をしていました。」
「・・・その、大和さんは・・・やはり休みなく働いているのか?」
剣はそのまま虎路の横に並ぶ。虎路は大和を気遣う剣を見上げ、そのまま正面で仲良くじゃれているように見える玲一と恵に視線を移し、会話を続ける。
「ここ最近、仕事を急遽キャンセルしてこちらに関わっていたので・・・たぶん、立野さんから何かしらのペナルティを与えられているのではないかと。・・・あと、ぼくが余計なことを言ってしまったので、若干避けられているようにも感じます。」
「虎路が、余計なことを?・・・いや、それはきっと余計なことではないと思うぞ。あいつはやたらと人の世話を焼く癖に、自分自身は何でもかんでも抱え込み過ぎだ。」
虎路が驚いた顔で再び剣に視線を移すと、珍しくわかりやすくむすっと不機嫌な表情をしていた。その視線の先では言い争いの結果、足元に矢を放った恵に玲一が怒って、訓練場を追いかけ走り回る二人の姿があった。
「・・・剣、よかったら約束してくれませんか?この先、なにがあっても。大和の味方でいてくれると。」
「もとより、そのつもりだ。」
視線を動かすことなくそう言い放つと、剣はそのまま二人の元へ歩いて行った。口喧嘩から挑発した玲一と、挑発に乗って矢を放った恵にそれぞれ鉄拳制裁を食らわすために。




