62話 とある姉妹の話 ①
お久しぶりです、になってしまいました。申し訳ありません。
お待ちくださっていた皆さま、ありがとうございます!
またぼちぼちやっていくのでよろしくお願いします。
「ねぇシャルナ。今、なんて・・・?」
シャルナが口にしたのは、1人の少女の名前。
妹だというその名前を聞いた私は自分の耳を疑った。何故なら・・・。
「私、その子のこと知ってる・・・。」
聞き間違いじゃない。私はその名前を確かに知っていた。
でも、ありえない・・・そんなのありえないよ。シャルナは冗談を言っているの?
頭の中が真っ白になって混乱してきた。
ヘラヘラとした普段の彼女とは違う、真面目そうな顔を見るとそうとは思えない。そうは思えないんだけど・・・私はどうしても信じられなかった。
「あはは、全っ然信じられないって顔してるね。」
私の驚いた顔を見たシャルナは、少し表情を曇らせる。彼女がこんな顔を見せるのも初めてだった。
心に小さな針が刺さったような痛みが走る。
このシャルナの表情は、信じてもらえないことの悲しみだけを映しているわけじゃない。それはすぐにわかった。
何があったかはわからない。だから聞かないと。
今、シャルナの傍にいるのは私だけ。彼女の話を聞いてあげられるのは私だけだ。
「ねぇ、話してくれる?」
「え・・・?」
「過去に何があったのか。あなたに、あなたたちに何があったのか。」
それを聞いたシャルナは、少しばかりの笑みを零した。
出会った時からヘラヘラと笑ってばかりいたシャルナ。その緊張感の無さに苛立ちを感じ呆れたことは何度もあった。それでもやっぱり彼女には笑顔が一番似合うと思う。悲しむ顔なんて見たくない。
ただ私はそれ以上に、純粋に知りたかった。
本当にあの子が関係しているというのなら、話を聞かない理由は無い。
「面白い話じゃないし、長いよ? いいの?」
「いいの、聞かせて。」
「・・・ん、わかった。」
狭く静かな物置部屋で、私はシャルナの話に耳を傾けた。
ここが敵陣のド真ん中であることを忘れて。
「あれは今から100年くらい前だったかな。私と私の家族はほかの人たちから離れ、人里離れた森で暮らしていたの。」
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優しい風が吹いている。
草木をわずかに揺らす程度の風は、私の長い金髪を靡かせる。
背の高い木々が大きな影を落とし、少し暖かすぎるくらいの日差しが緑溢れる草原を照り付ける。風がやたらと気持ち良く思えるのはそのせいだろうか。
私の目の前を飛びじゃれ合う一対の蜻蛉。
声が聞こえてくる。
「ご飯できたって、お母さんが呼んでるよ。」
家の方から手を振って私を呼ぶのは、少しだけ歳の離れたシャルナお姉ちゃん。
少しお調子者なところが玉に瑕だけど、元気いっぱいで優しくて綺麗な自慢のお姉ちゃんだ。
そんなお姉ちゃんとは似ても似つかず、私はどちらかというと暗い方だ。初めて会う人とはまともな会話もできないし、目も合わせられない。生まれ持ったネガティブ思考も合わさると友達や親友を作ることなんてまずできなかった。
それでも私は幸せだった。シャルナお姉ちゃんとお父さんとお母さん、この3人がいれば十分すぎるくらいに幸せだった。
そう、家族さえいれば・・・私は他には何もいらなかった。
家族さえいれば・・・。
「そういえばお姉ちゃん、もうすぐ誕生日だったよね? 何か欲しいものとかある?」
夏も過ぎ少しずつ涼しくなってきた頃。一週間後はシャルナお姉ちゃんの誕生日。何か形に残るようなものをプレゼントしたい。
もうすぐ18歳か・・・歳を重ねるごとに綺麗になっていくお姉ちゃんに似合うものってなんだろう。髪飾り、ブレスレット・・・うーん、どれもいまいちピンとこないなあ。
「おぉ我が妹よ。お前は私に似ていい子だなあ。貰えるならそれだけで嬉しいから何でもいいけど・・・。」
「何でもいいって、それじゃあ困っちゃうよ?」
「そうだ、去年くれたお花の冠がいい! 庭のお花を結って作ったやつ! あの頃は可愛かったなぁ・・・今も可愛いけど。」
「ちょっ、そんなこと思い出さないでよ恥ずかしい! 私だってもう子供じゃないんだから!」
「いや、去年の話だよ・・・?」
お花の冠はいいとして、今年はお洒落なお店で買った可愛いアクセサリーとかがいいかな。そういうお店には一度も行ったことないしどういうものがあるかわからないけど、お姉ちゃんのことだから似合わないわけがない。
それに、このためにお小遣いを何カ月も溜めていたのだ。
そもそもお小遣いといっても、ごく稀に森の中を通る移動販売のおじさんからお菓子を買うくらいにしか使わないけど。
「好きなもの買ってあげる。何がいい?」
「買うって・・・もしかして町まで行くの?!」
「え、そうだけど。」
お姉ちゃんは表情を曇らせ私の両肩を掴んだ。
怒っているわけじゃないことはすぐにわかった。ただ私の肩を掴んだまま、心配そうに見つめてくる。
「ひ、人がたくさん住んでるから・・・危ないよ?」
「別に大丈夫だよ。」
私たちもれっきとした人間なんだけどなあ。ただ他の人たちと違って、ちょっと閑散とした場所に住んでるってだけで。
まあでも、お姉ちゃんが心配するのも無理はない。
「だって、まだ一人で町に行ったことないでしょ?」
「それは・・・まあ、うん。」
私は・・・私の家族は他人との関わりを断っている。食料は全て裏の畑で自給自足、日用品を買いに行く時もローブを羽織り正体を隠して町へと足を運ぶ。
私が物心ついたときには、既に私の家ではこの生活が日常となっていた。
買い出しに行くもほとんどお母さんで、私はまだ一度も町へ行ったことは無い。行かせてもらえないのだ。
「危険だよ、危険がいっぱいだよ? お姉ちゃん心配で心配で心臓が1個潰れちゃうよ?」
「いったい心臓何個あるの。それに、危険だとかよく言うよね。私知ってるよ? たまにお姉ちゃん、こっそり町の男の人と会ってるでしょ。仲良さそうに話しちゃってさあ・・・。」
「うわあああ! な、なんで知ってるの?!」
顔を赤らめて大慌てする。時々森の中まで会いに来てくれるカレシさんの顔が頭に浮かんでいるのだろう。
私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、自分だけ人と仲良くするのはズルい。一度だけ見かけたことあるけど、明るくて綺麗なお姉ちゃんにお似合いのかっこいい人だった。
その人が町にほとんど出ないお姉ちゃんとどうやって知り合ったのかは知らない。
「とっ、とにかく! 町に行くなんてお姉ちゃんは断固許しません!」
「あら、いいんじゃないかしら?」
「そうだな。そろそろ一人で町に行けるようになったほうがいいだろう。」
食後リビングでくつろいでいたお父さんとお母さんが顔を出す。
とても優しい私の両親。お姉ちゃんがイタズラしてお母さんに怒られたり泣いちゃうこともあるけど、その時はお父さんが慰めてくれる。
まあ、だいたい叱られて泣きつくのはお姉ちゃんなわけだけど・・・。
「ちょっ、それ本気ぃ? 一人で行かせるなんて危ないよ。町の人たちは私たちのこと・・・。」
「確かに危ないかもしれないが、僕たちだって人間だ。人と人は支え合って生きていく。それはどうやっても変えられない。」
「そうだけど・・・。」
「正直な話、僕たちだって大切な娘を一人で行かせるのは気が引けるよ。だけど、彼らだって決して悪い人間なわけじゃない。ただ僕たちのことを恐れているだけだ。こちらから何もしなければ危害を加えられることはないさ。ただ、これだけは約束してくれ。町では何があっても冷静でいないとダメだ。特に僕たちはな。」
お姉ちゃんは釈然としない顔だ。お姉ちゃんは過去に何度か一人で町に行ったことがあるらしい。その時に何かがあったのかな。お父さんとお母さんが背中を押してくれる中、最後まで反対していた。
僕たちのことを恐れているだけ・・・か。
そういえば私たちが他の人と違うところ、もう1つあったなあ。
「結局一人で来ちゃった、町・・・。」
私が初めて見た町というものは、大勢の人が行き交い子供たちが走りまわり、道の両側に一直線に並んだ露店から客を呼び込むための活気のある声が響き渡る。
「すごい、これが人の町・・・!」
今まで森から一度も出たことの無かった、お姉ちゃんのカレシさん以外の他人を見た事すらなかった私にとって、それはあまりにも衝撃的な光景だった。立ち尽くしている私のすぐ横を数え切れないくらいの人が通り過ぎていく。
ただ、この迫力にいつまでも呆気にとられているわけにはいかない。今日町まで来た目的はもちろんお姉ちゃんへのプレゼントだ。誕生日はもう少し先だから買うまではいかないまでも、いいお店の目星くらいはつけておきたい。
「それにしても、まさかこんなに人が多いだなんて・・・ちょっと怖いかも。念のためローブ着ておいてよかった。」
まるでお祭り騒ぎだ。お祭り行ったことないけど。
ローブのフードをより深く被り、私は人ごみを掻き分けて一人道を進む。
左右に展開された露店は、まるで町に来た目的を忘れさせるかのように魅力的な品々で私の気を引きつけた。
七色の貝でできた煌びやかなネックレス、棒の先にリンゴが付いた不思議な見た目のお菓子、香ばしい焼けたお肉の匂い・・・私は目に映り肌に感じたもの全てに誘惑された。
「い、一個くらい・・・いいよね?」
私たちは森の奥で自給自足生活。普段の食事も当然、野菜や木の実が主食だった。滅多に食べられないお肉の香りが私のハートを釘付けにする。
お小遣いは十分すぎるくらいに溜めてあるし、プレゼント代を除いても有り余る。私は勇気を出し、露店の串焼き屋さんのおじさんに話しかけた。
「あの、それ・・・1個・・・。」
「ん? この辺じゃ見かけない顔だね。金髪の可愛いお嬢ちゃん、一人で買い物かい?」
「え、あ、はい・・・お姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに・・・。」
「へえ、若いのに良い子だねえ! よっしゃ、そんな良い子にはこの肉安くしとくよ! さあ持って行きな!」
お金を渡し、串焼きを受け取った。いい香りが漂ってくる。
結局、元々の半分以下の値段で貰っちゃった。いいのかな・・・? 家族以外の人に話しかけたのは初めてですごく緊張したけど、いい人でよかった。
「わっ・・・!」
ぼーっとしていると、向かいからペットの大きな犬を連れて歩いてきた女の人と肩がぶつかってしまった。そのはずみに財布が地面に落ちる。
中にはたくさんのお金が入ってる。すぐ拾わないと・・・!
「ごめんね、お姉さん余所見しちゃってたわ。怪我してない?」
そう言うと女の人は私よりも先に財布を拾い、汚れを手で払って渡してくれた。
あれ、てっきり盗まれるかと思ったけど・・・。
「あ、ありがとうございます・・・。」
「この辺は人が多いから気をつけてね。」
思ってたより良い人ばかり、ここに来る前に抱いていた心配は不要だったかも。みんな友好的で笑顔で話しかけてくれる。こんなに親切にしてくれるなら、私たちでも町で暮らせそうなのに・・・。
「あら、カロンちゃんどうしたの?」
カロンちゃん・・・この女の人が連れてる犬の名前かな。どうしてだろう、さっき肩がぶつかってからずっと敵意剥き出しで、私を威嚇しているような・・・。
自分のご主人様とぶつかっちゃったことが気に食わないのかな? それとも私が持っているお肉の串焼きが食べたいのかな?
「変ねえ、いつも大人しくて誰にでも懐くカロンちゃんが・・・。」
いつもは大人しい?
まさか・・・。
「あの、もしかしてその犬は魔導犬ですか・・・?」
「えぇそうよ。兄が世界政府の役員でね、私の為に一匹だけ買い取ってきてくれたの。魔導犬は希少だから高かったみたいだし兄も仕事で滅多に家に帰らないから、一人の家族としてうんと大切に育ててるの。」
体内に魔力を宿す魔導犬。確か野生には存在せず世界政府による動物実験で生まれた、他者の魔力を感知することができる数少ない動物。そして、より大きな魔力を持つ者は危険と見なし敵意を向ける。
逃走した魔導士の罪人を追跡するときに使われてるらしいけど、まさかこんな町中で出会うなんて・・・!
「ちょっ、カロンちゃん?!」
大型犬の後ろ脚が地面を蹴り飛びかかってきた。
鋭く大きな牙が、爪が、私へと襲いかかる。
「いやあっ! 来ないで!」
完全に無意識だった。私が、私の意志でやったことじゃない。
身の危険を感じた私は、咄嗟にカロンちゃんへ右手を向けた。特に深い意味は無い、ただ怪我を最小限に抑えようと反射的に防衛本能が働いたんだと思う。
その瞬間、私の体は光に包まれた。目の前のカロンちゃんを、並んだ露店を、周りの人々を包み込んでしまうほどの大きな光。目を開けていられない程の眩い光に私は目を瞑った。
身体は痛くない。
その代わり、秋とは思えないほど全身が熱い。
恐る恐る目を開けた。
「え・・・?」
目の前に広がった光景に、私は息を飲んだ。
何も無かった。
性格には、何もかも無くなっていた。
ただ足元に、カロンちゃんの右前脚らしきものが転がっていただけ。目の前にいた何人もの人々と露店数件が一瞬で消えた。
「カロンちゃん? うそ、あれ・・・?」
頭の中が混乱して、真っ白になっていく。
けれど、何が起こったのかだけは理解していた。これが、私たち家族が他の人たちと違うところ。人里離れて森で暮らす理由。人から離れて・・・いや。
人から隔離されて暮らす理由。
私の体から発せられた光が形となり、私の目の前にあったもの全てを跡形もなく吹き飛ばしていた。
ええ、そうです。少しの間、主人公ズは出演しません。




