61話 幽闇に揺蕩う白の少女 ⑮
引き続き、神降臨。
テレビも漫画も魔法レコードもない退屈な部屋。この一面真っ白な部屋に閉じこもってから何百年、何千年が経っただろう。私はあくまで世界を統括し傍観する。先代の神から授かった力はたったそれだけ。せいぜいちょっとの干渉だけで、世界を創造し改変する力なんてない。
「そうは言っても、お部屋の模様替えくらいさせてくれてもいいのにね。」
私にとって数少ない話し相手の、人間の少女は帰って行った。もうちょっとゆっくりしていっても良かったのに、どうやら親友である妖精のことが心配なようだ。
「そういえばあの子、今回は元の世界に帰してほしいって一言も言わなかったな。シェブールでの生活が馴染んだみたいだね。それとも、心から自分よりも仲間の方が大切だと思ってる? 人間ってほんと不思議・・・。」
ブツブツと独り言を呟きながら紅茶を淹れる。
天界で育てられている天使たちの特製ダージリン。神である私は物を食べたり飲んだりする必要は全くないわけだけど、美味しい物を口にすると心が落ち着いてリラックスできて、考え事も捗る。
これを飲みながら考えを巡らせるのが、これでもかと暇を持て余す私にとっての唯一の暇潰しだ。
「それなのに・・・邪魔するなんていい度胸だね、ルチア。」
「申し訳ありません。」
私の身の回りの世話を任せている神の使いの1人、妖精ルチア。小さな体の従者は、気付かないうちにお気に入りのティーポットの傍に立っていた。多くの妖精がいるけれど、一番優秀であることを理由に私の一番近くに配属されている彼女は、事務的なやりとりしかしてくれず会話もあまり弾まない。
表情の変化も乏しく可愛げがない。
「また人間を招き入れたのですか? お言葉ですが、神ともあろうお方がそのようなことを・・・。」
「いいじゃん別に。暇なんだもん。それに人間は独特な考え方を持ってて面白いよ?」
明らかに不満そうな顔をする。
ルチアは人間が嫌いだ。彼女に限ったことじゃない。妖精はみんな人間を忌み嫌っている。
「確かにシェブールは魔物の急増により危機に陥っています。このまま手を打たなければ確実に滅びの一途を辿るでしょう。かといってあのような娘を転移させるなど・・・一体あの平凡極まりない娘に何を期待しているのです? 神通の力を得たとはいえ、とても世界を変えるような人間に成長するとは思えませんが。」
うーん・・・。
この子は・・・何を言っているのかな?
いつもよりよく喋ることに関しては、上司として嬉しい限りだけど。
「ねぇ、ルチアさあ。」
「なんでしょう?」
「なんか勘違いしてない?」
「と、いいますと・・・?」
キョトンとした表情を浮かべ首を傾げるルチア。こういう顔はなかなか見られないからちょっと新鮮で面白い。
「私が地味子に期待してるとか、何の話? 確かにあの子は面白いけど、シェブールを変える存在にまでなるなんてこれっぽっちも思ってないよ?」
「・・・では、あの娘を転移させた理由はなんですか?」
転移させた理由ねえ・・・。
そういえば、以前アンジェには人口バランスの保持とか地味だから消えても大丈夫だとか、そんな感じに伝えたっけ?
まあ建前だよね・・・そんなの。
「ルチアは漫画って知ってる?」
「突然何の話です?」
「チキュウって世界の独特の文化でね、特異な状況に立たされた主人公が仲間たちとピンチを乗り越えて成長していくんだけど、読者はそれをイラスト付きの本として読むことができるの。私も一度読んでみたいんだけど、こんな退屈な部屋にそんなものあるわけがないでしょ?」
さっきまで饒舌だったルチアは途端に言葉を発しなくなった。まあ、多分察したんでしょ。この子賢いし。
「それでね、考えたんだよ。世界は108もあってそれぞれに数え切れないくらいの人間が住んでる。これってもしかして、ほとんど無制限に遊べる物語の宝庫なんじゃないかってね。絵とか描けないから本としては残せないけど、主人公だって選びたい放題だし。」
「まさか、あなたは・・・。」
「自分の選んだ主人公が特異な環境に苦悩しながらも、仲間たちと共に成長していく。好きなキャラが好きなシチュエーション下で日常を過ごしていく。そんな姿を私の好きなように観察できる。ねぇ、ルチア・・・。」
信じられないとでも言いたげな顔のルチアをよそに、私は自分の心がゾクゾクする気持ちを抑えられない。
「それって、最高の暇潰しだと思わない?」
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神様の部屋を後にしてから体感時間で数秒、私は現実世界で目を覚ました。
どれくらいの間眠っていたんだろう。妙に頭がすっきりしてるような・・・怪我をしてたはずなのに体も痛くない。アンジェはまだ無事なのかな。デュジョンとの戦いはどうなったんだろう。
いや、何より気になるのは・・・。
「あ、メガネっ子ちゃん起きたね。気分はどう?」
目の前には私の顔を覗き込んできた半透明幽霊少女シャルナ。これどういう状況?
私は床に寝転んでいて、頭の下に柔らかな感触。これってもしかして・・・。
「・・・膝枕?」
「大当たり。ご感想は?」
「腕枕の方が好きかも。」
「それはまたの機会にね~。」
シャルナに支えてもらいながら体を起こす。
埃を被った木箱や武器、古びた絵画のようなものも転がっている。ここは物置部屋かな。壁のボロボロ具合とか見る限り、まだ廃墟の中みたい。どうしてこんなところにいるんだろう?
アンジェの姿も見当たらない。
「ねぇ、アンジェは?」
「妖精っ子ちゃんには助けを呼びに行ってもらってるの。ほら、そこの窓から。」
シャルナが指差す先には小さな窓。天井に近いところに設置されていて私たちじゃ届きそうにない。そもそも人が通り抜けられる大きさでもない。
「ていうか、どうやってここまで来たの? デュジョンは?」
「えっと、どこから説明しよっかな。メガネっ子ちゃんが突き破った部屋あるでしょ? ほら、デュジョンに吹っ飛ばされて。」
あぁ、そういえばもう1つ奥に部屋があったんだっけ? あの時はもう意識もほぼ無かったし薄暗くてよくわからなかったけど。
「あそこが私の監禁部屋だったんだよ。でもメガネっ子ちゃんが無様に吹っ飛ばされちゃったお陰で脱出できたんだよね。」
「言い方考えよう? 私、傷つくから。」
「それでね、私が気絶したメガネっ子ちゃん担いでここに逃げ込んだってわけ。けっこう軽いんだね。ちゃんとご飯食べてる?」
いや、そういうのいいってば。
「それよりどうやってここまで逃げてきたの? あのデュジョンを撒くだなんて。」
「私は狙われてから何年も逃げて来たんだよ? こんくらい余裕余裕。私って生前はけっこう魔力が高い人だったみたいでね。死んでこの体になってからもいくつか魔法が使えるんだよ。」
そういえば何年も探し続けたって裏ギルドの男の人が言ってたような。
「私の体、怪我がどこにも見当たらないんだけど。」
「うん、治癒魔法で治しといたよ。すんごい怪我だったから焦ったけど、なんとかなってよかったよ~。」
「そっか・・・ありがとね、シャルナ。」
だいたいの状況は理解できた。
おそらくデュジョンは私たちのことを今も探しまわっている。何年もかけてようやく見つけたシャルナのことをそう簡単に諦めるはずがない。とはいえ勝ち目もないから、アンジェが助けを呼んできてくれるまでここで隠れながら待機ってところかな。
それにしても、ますますシャルナのことがわからなくなってきたなあ。元々謎だらけだったわけだけど。
死後幽体となってしまっても複数の魔法が使えるくらい、生前は高レベルの魔導士だったってこと。そして触手のようなもので部下の力を吸っていたところを見る限り、おそらくデュジョンはシャルナの力を取り込むことが目的らしいってこと。
どうせ今は隠れているだけで私にできることはない。ずっと気になってたこと、いくつか聞いてみようかな。少しはわかるかもしれない。
シャルナの正体とか、死因とか。
あと、最初会った時に感じた既視感。こうやって近くで顔を見て、改めて確信した。やっぱりこの子、誰かに似てる・・・!
でも誰なんだろう。この幼さの残る顔に楽観的な性格・・・顔はともかく、私が会った人たちの中でこの性格に当てはまる人物はいない。
「ねぇシャルナ、昔のシャルナってどんな子だったの?」
「死ぬ前のこと? あんまり覚えてないんだよねえ。何が聞きたいの?」
聞きたいことならたくさんある。でもいきなり死因とか核心突いちゃうのはまずいかな。ここは順を追って・・・。
「シャルナの・・・家族のこととか。」
「それもあんまり覚えてないなあ。お父さんやお母さんはいたと思うけど、記憶にあるのは妹だけかな。」
「妹?」
私が感じた既視感と関係あるかも。ただの他人の空似かもしれないけど、知っている限りヒントになりそうなものはこれしかないし・・・。
「どんな子だったの?」
「ん~? 名前は忘れちゃったんだけどね、良い子だったよう。私に似てお人形さんみたいで笑顔が超可愛くて、小さな頃はいつも私の後をついてくる甘えん坊さんだったんだよ。天使だよ、天使。」
胸の前で両手を組み、うっとりとした表情で体をくねくねさせる。ずいぶんなシスコンっぷりだなあ。
可愛くて甘えん坊・・・思い当たる節があるとすればキトゥンくらいなんだよね。でも、そもそも種族が違うしシャルナには猫耳ついてないし。
うーん、ここからシャルナの過去を掘り返すのは無理そう。だったら・・・。
「それじゃあさ、成仏できない理由は何なの?」
「へ? 成仏・・・?」
「幽霊ってこの世に未練とか、やり残したことがあって成仏できないんでしょ? 何か思い出せない?」
目からウロコ、とでも言うような顔をするシャルナ。いや、それ大事でしょうよ。忘れないでよ。
「そっか、未練・・・そういえば何かあったような気がするよ。ちょっと待っててね、思い出してみるから。」
私は読書好きだ。小説や伝記はもちろん、シェブールの歴史書なども好んで読んでいる。もしシャルナが過去起きた事故や事件に巻き込まれてそのせいで成仏できずにいるなら、読書家としての私の記憶の底から何か引っ張り出せるかもしれない。
まあでも、そう簡単にはいかないかなあ。
「未練・・・やり残したこと・・・?」
「シャルナ?」
妹のことを想いニヤついていた表情から一転、頭を抱えたまま真面目な顔で考え込んでいる。
普段は楽天家のように振る舞っているから気付かなかったけど、この目を伏せた落ち着いた表情はやっぱり誰かに似ている。
「私の未練・・・そうだ、妹。」
「妹さんがどうかしたの?」
「確か・・私は死んだとき、成仏しちゃう前に顔を一目見ようと思って・・・幽体のまま妹の元へ向かったんだ。そしたら様子が変で・・・。」
変とは言っても、自分の姉が亡くなったんだから仕方ないとは思うけど。
「悲しんでるだとか、そういう雰囲気じゃなかった。まるで何かを憎んでいるような、何かに対して憤っているかのような・・・そんな様子だったの。今までそんな表情を見せたことなかったから不安で、危なっかしいと思った私は成仏するのをやめてこの世に残ることにした・・・そんな感じだったと思う。」
「気がかりで成仏しようにもできなくなっちゃったんだね?」
これを聞く限り、妹さんの怒りの理由とシャルナの死因は直接繋がっているような気がする。悲しみではなく、憎悪・・・。
私が何となく感じ取ったのは、嫌な予感。憎悪に取りつかれた妹さんは、今どこで何をしているんだろう。誰か知り合いにでも説得されて怒りを治めてくれていればいいとは思うけど、そんな簡単に物事が進んではいない気がする。
ていうかこの嫌な予感は、今もどこかでとんでもないことが起こっているような、そんな予感・・・。
「そうだ、思い出した!」
突然シャルナは立ち上がった。額や首筋を冷や汗が伝い、呼吸も乱れている。
「思い出したって、もしかして・・・?!」
「思い出したんだよ、全部じゃないけど。私の死因も成仏できない理由も、妹のことも・・・。」
シャルナはゆっくりと語り出す。
その口から飛び出した真実は私たちの運命を、シャルナの運命を、そして。
「妹の名前は・・・!」
シェブールが辿る運命を、大きく変えることになる。
次回から少し過去話が入ります。
物語全体の基盤となる重要な話なので、読んでいただけると幸いです。




