52話 幽闇に揺蕩う白の少女 ⑥
他には何もいらないのでお金と時間と地位と名声と快適に生活できる空間をください。
「ほら、こっちよ! 慌てず押さないで逃げなさいよー!」
妖怪率いる裏ギルド軍団が攻めてきたミツバ町は混乱に陥っていた。ある程度活気のある町なのは知っていたけど、避難誘導を任された私は人間のあまりの多さに悪戦苦闘中・・・。
まったく、妖精たる私がなんでこんなことを・・・まあ、戦闘よりは遥かにマシだけど。
「あーもう! なんで人間ってこんなにうじゃうじゃ群がってんの! 鬱陶しい! そもそもアデルに支持されたこと自体気に食わないのよね。まあ緊急事態だし別に良しとして・・・ほらそこ! デカいガイコツをもの珍しそうに見ない! 早く逃げる!」
中には危機感ゼロの奴もいて腹が立つ。私がわざわざ安全な場所に逃がしてやってるってのに。
神様の元に住んでいた頃は正直、人間は嫌いだった。今となってはただの偏見でしかないけど、子供の時から人間は野蛮で低能だと神様に教えられた。異世界転移した人間の世話係を任された時はちょっと憂鬱だった。とうとう人間と直接関わることになるのかって。
でもその人間は、地味子は聞かされていた人間の姿とは違っていた。ちょっと地味だけど清潔で大人しくて、知性もある心優しい女の子。普段はネガティブ思考なくせに・・・いや、だからこそ。覚悟を決めた時のその行動は周りに勇気を与え元気づける。
そして偶然か必然か、そんな地味子の周りには同じくらい魅力のある人間たちが集まってくる。
まあ、こんな奴らになら囲まれるのも悪くないかもね・・・なんて。
本人たちの前では死んでも言わないけど。
「なんでこういう時に関係ないこと考えちゃうかな・・・ん?」
妖怪大戦争真っ最中のギルドから離れるように逃げる群衆。それを掻き分けてこちらへ向かってくる人影が見えた。
「あ、あの・・・すみません!」
「へっ・・・? な、何?」
切羽詰まったような顔で私の元へ走ってきたのは、20代後半くらいの女の人。
「何してんのよ、ここは危ないからさっさと逃げなさいよ。」
「うちの子、知りませんか?! 5歳の男の子で・・・。」
「はあ? うちの子?」
「逃げようと思ったら私の子供がどこにもいないんです! この近くで遊んでいたはずなんですけど・・・!」
「はあ・・・わかったわ。私が捜すから先に逃げてなさい。子供が無事でも親のあんたが危険な目に遭ってたら意味ないでしょ?」
この状況下で迷子の子供・・・嫌な予感しかしないわ。
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「殲滅・・アデル、殲滅・・・!」
禍々しい姿をした四つん這いの巨大なガイコツ、レツドウがミツバの町で暴れまわる。やはり私が逃げてばかりじゃ被害が増える一方か。ちょっと怖いけど仕方ない・・・。
「・・・止マッタ。観念、シタカ・・・?」
「お前を倒す準備が整っただけだ。」
「ナラバ、殲滅スル・・・!」
骨でできた大きな手が私を押し潰そうと迫りくる。動きが遅い。
私は余裕をもってそれをかわし、体の下に潜り込んだ。
「ふっ!」
胴体部分を構成している湾曲した肋骨のうち1本を狙いティルウィングを振った。鋼鉄や魔法さえも両断する私の相棒は、骨に接触した瞬間火花を散らして弾き返された。
「硬いな・・・一体何でできてるんだ?」
「ソンナモノ、効カン・・・!」
巨大な拳が振り下ろされ地面に叩きつけられる。土煙が舞い上がり音を立てて亀裂が走る。
確かにとてつもないパワーだが相変わらず動きが遅い。ただ、奴の攻撃は私には当たらないが私の攻撃は奴には通じない。さて、どうしたものか・・・。
レツドウは体を起こすと、天を仰ぐように両手を高々と掲げた。邪悪な闇の魔力がその身体から滲み出る。
「アデル、消去、消去・・・!」
奴はついに魔力を解放した。
その直後、ただの空洞だった目の部分が突如光り出した。多くの魔力が両目に集まっていくのが目に見えてわかる。
「お、おい。まさか・・・。」
「・・・消エロ。」
私は咄嗟に体を反らした。目と鼻の先を黒い光線が通過する。頬を掠めて僅かに鮮血が飛んだ。いわゆる目からビームというやつだ。
あまりに古典的過ぎて反応が遅れてしまった。
「消エロ、消エロ!」
「くっ・・・!」
目線で軌道がわかる以上避けるのは難しくない。問題は町への被害だ。
黒の光線は私の横を真っ直ぐと突き抜け、建物へ当たると大爆発を起こす。瓦礫が崩れ落ちる度に人々がパニックに陥る光景は見ていられない。これ以上避け続けるのはまずいな・・・。
ふと、レツドウが私から視線を逸らした。
「戦いの最中に何を見て・・・っ?!」
視線の先には、道の真ん中で1人佇む5歳くらいの少年。こちらを不思議そうに見つめている。
まずい・・・!
「・・・人間、殲滅!」
「やめろ!」
目は怪しく光り、光線は少年へ向かって放たれる。いち早く危険を察知した私は、少年の元へ急行し、ティルウィングを構えた。
魔力の塊である光線に刃をぶつけ、両断する。真っ二つに割れたそれはそれぞれ別方向へ飛んでいき、町をまた一歩壊滅へと追いやっていく。
「今のうちに逃げろ!」
「あ・・・。」
少年は恐怖に怯え、動かない。
まずいな・・・。
私が攻撃すると少年が危険に晒される、少年を守ったとしても町に被害が出る。少年か町か、両者を天秤にかけることはできない。私が受けるしかないか・・・?
間髪入れず次の光線が放たれる。
ティルウィングの側面にぶつかると、凄まじい衝撃と熱気が私に降りかかる。両腕が痺れ呼吸ができない。
「ふぅ・・・まったく、こういう時は1人だとしんどいな。避難誘導係のアンジェは何をやっている?」
レツドウは肉弾戦よりこっちの方が有効だと考えたのか、狂ったように光線を撃ち続ける。私の相棒が砕かれる心配はしていないが、防ぐ度に私の体力と周囲の酸素を着実に奪っていく。
「くっ?!」
ティルウィングが弾かれた。手放しはしなかったが体のバランスが大きく崩れる。
このままでは・・・光線の威力を見る限り被害は私だけでは済まない。私はともかく、後ろにいる少年は確実に・・・!
「終ワリダ!」
私も同じことを考えた。だが・・・。
次弾は私たちへは届かず、レツドウの顔の目の前で爆発を起こした。火と煙がその大きな髑髏の頭部を覆い、放った本人を混乱させる。
一体何が起きた? 暴発か?
「ギルド最強の名を背負ってる割に案外頼りにならないわよね、あんたって。」
無愛想な性格に華奢で小さな体。私以上に頼りないその風貌は、なぜか私をこれまでにないくらい安心させた。
「遅いぞアンジェ、避難誘導は任せると言っただろう。」
「妖怪どもは任せるって言ったでしょ、バカアデル。」
いや、そんなことは聞いてないが・・・まあいい。
さっきの爆発はレツドウの目の前に防御スキルを展開したのか。自身の周りにしか展開できないシールドを、あのような好きな位置に出せるのは空を飛べるアンジェの特権だな。
「あいつは動揺してる、今がチャンスよ!」
「言われるまでもない。」
私はレツドウとの距離を一気に詰め、一直線に跳んだ。
「ムッ・・・貴様ノ攻撃ナド効カン!」
「そうとは限らない。」
私の全体重を乗せ、ティルウィングをレツドウの右肩へ向けて振り下ろした。金属音のような音が鳴り響く。
「ダカラ効カント・・・ッ?!」
巨大な髑髏は左右のバランスを崩し地面へと突っ伏した。
「何ガ起キタ・・・?!」
「そうなるのは当然だ。関節を外したからな。」
「関節・・・?」
私は即座に残りの手足の関節も外す。
四肢が綺麗に外れ、頭と胴体だけのいわゆるダルマ状態となる。完全脱臼というやつだ。
「ガイコツなのに関節も知らないのか? まあいい、町を壊した罰だ。」
「マダダ!」
両目が黒い光を放つ。動けないのに諦めの悪い奴だな。
仕方ない・・・。
私はティルウィングを持つ手に再び力を込めた。
髑髏の身体から黒い魔力は消え、もはやただの大きな骨が転がるだけだった。相棒の刃に付いた汚れをふき取り鞘にしまう。
「あんたが怪物の両目を潰す姿、さっきの男の子には見せられないわ・・・。」
「両手両足だけで許してやるつもりだったんだがな。」
「鬼ね。」
「心外だな。それに・・・。」
雪女ライムと戦っているジャンヌの方へと目を向ける。
「鬼とはああいうのを言うんだ。」
不思議な口調の車椅子の少女は、その恐怖に慄く雪女にゆっくりと迫っていた。
「なんや妖怪、もう終わりか?」
「くっ・・・何なんですのあなた!」
「何って、ただの怪我人やないか。」
あちらもそろそろ終わるようだな。
「このっ・・・氷雪乱舞!!」
辺り一帯を強烈な吹雪の竜巻が包み込む。近くにいるだけで凍りついてしまいそうなほど、急激に気温を低下させていく。
「しゃーないな。謝れば逃がしたろうと思っとったんやけど。」
ジャンヌが、ようやく魔力を解放した。ライムの上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「戦神鉄槌。」
魔法陣から現れたのは右腕。先ほどのレツドウの腕さえも比べものにならない程のサイズを誇る、神の鉄拳だった。
神の腕は吹雪の竜巻ごと力任せにライムごと押し潰した。地震のような大きな揺れが町全体に広がり、潰されたところはまるで隕石でも落ちたかのようなクレーターが刻まれた。
「両足を失い戦士を引退してなお、魔力も腕力も衰えていなかったか。」
「な、何よアレ・・・ジャンヌってあんなに強かったの・・・?」
「『鬼人聖女』ジャンヌ。私は彼女こそギルド最強の座に相応しいと思っている。」
ジャンヌは神の腕に潰され気を失ったライムを見下ろし、ポリポリと頭を掻く。
「うーん、やっぱ本調子には程遠いみたいやなあ・・・。」
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