49話 幽闇に揺蕩う白の少女 ③
49話です。目指せ50話。
ミツバの町から遥か北東。リヴィア海に浮かぶ絶海の孤島、エリュシオン。総面積10万平方キロメートルを超えるその島は、海底から突き出る無数の鋭く尖った岩に囲まれて船では近づけなくなっており、常に黒雲がその上空を覆い太陽の光を遮っている。
大地は荒れ果て植物も水も完全に枯れ、大量の魔物とその上位種である魔獣が跋扈している。割れた地面からは禍々しい瘴気と濃い闇の魔力が溢れ、暗い空には邪竜が舞う。
通称、魔界。
シェブール王国の法で一部の人間を除き立ち入りが禁止されており、現在その島に棲むのは多くの魔物、魔獣、魔人族。そして、たった1人の人間である。
「・・・ここの空気の悪さには何度訪れても慣れませんね。」
「そうでしょうか、とっても澄んでいて綺麗だと思いますけど。」
「・・・この闇の瘴気、普通の人間なら10分ほどで死んでいますよ。」
巨大な魔獣が闊歩する隣を平然と歩く2人の少女。シャンメリとウェンディフラウ。魔界の住人達はその2人の姿を確認すると慌て驚き、膝をついて深々と頭を下げる。
「シャンメリ様も人間でしょう?」
「・・・“普通の”人間はとっくの昔に辞めましたが。」
近くの大地の割れ目から噴水の如く溶岩が溢れ出る。
「・・・それで、報告とはなんですか?」
「実はデュジョンさんのことでちょっと。」
「・・・また彼ですか。」
「はい、今回も作戦に参加せずサボり・・・もう常習犯ですよ。」
溜息をつき肩を落とすフラウ。
「・・・リーダーは私ではなくフラウです。デュジョン含め七魔戒将のことは貴女に全てお任せします。」
「いやいやいや、無理ですよぉ。あの人すっごく睨むんですよ! 力強いから肩パンとかも痛いし・・・。」
「・・・少しなめられ過ぎでは?」
2人にとってすっかり日常となった光景。シャンメリはフラウ以外の七魔戒将とはあまり話さず、この定期的な連絡によって状況を把握している。
「軽いものでいいので、シャンメリ様の方から罰とか与えてくださいませんか? そうすれば少しは真面目になってくれるかもしれませんし。」
「罰、ですか? そういうのはあまり・・・。」
シャンメリはふと何かに気付き、宙を見上げた。
視線の遥か先、規格外の魔力を放つ飛行生物がこちらへと近づいてくる。
「・・・あれは何ですか?」
その吐く息は呪い、その血肉は猛毒、その姿は黒竜。
「邪竜帝アルマドラ。十二竜帝の一角に数えられる大魔導です。こっちに来ますけどシャンメリ様のお知り合いですか?」
「・・・いえ、私は初対面です。」
吹き荒れる強風。あまりにも巨大すぎる体躯がゆっくりと地面へ舞い降りる。
背中全体に隙間なく敷き詰められた棘、ひどく湾曲した角、ところどころ破れた翼。無数の牙が生える口からは、魔界の地面から溢れるものとは比べ物にならないほど高濃度の瘴気が漏れる。
恐ろしい赤い光を放つ竜の眼がシャンメリを睨んだ。
「ここは魔界であり我の生まれ故郷のエリュシオン。魔族しか棲まうことのできぬ島のはずだが、なぜ人間がいる?」
「・・・竜はヒトよりも上位の種。つまりこの島の主ということですか。」
「この島に人間など不要。今ここで消してやってもいいが・・・。」
フラウがシャンメリの前に護るように立つ。
「ふん、我が同胞の魔人族ごと消すのは不本意だ。今回は見逃してやる。すぐに島から出て行くがいい。」
「シャンメリ様、ここは大人しく引き下がったほうが・・・ちょっと、シャンメリ様?」
シャンメリは前に立つフラウの肩に手を置き、力ずくでその場から退かせた。
「・・・竜帝ほどの存在が相手との実力差も認識できないなんて、なんと滑稽でしょうか。」
「なんだと?」
「・・・丁度良い機会です。普段使わない魔法のおさらいでもしておきましょう。」
「人間風情が我に歯向かうか、それこそ滑稽だな。」
アルマドラがその常識外れの魔力を解放する。邪悪な魔力が円状に広がり、魔界全体に多大な影響を及ぼしていく。
魔物たちは瞬時に死に至り魔獣でさえも口から泡を吹き失神してしまうほどの膨大な魔力が、シャンメリとフラウに至近距離で浴びせられる。
「ほう、これで倒れんとは・・・ただの人間ではないようだ。」
「・・・より一層空気が悪くなったといったところでしょうか。」
静かに火花を散らすシャンメリとアルマドラ。フラウはいても立ってもいられず仲裁に入る。
「シャンメリ様、ここで争いを起こすのはやめた方が・・・魔界にも影響が出てしまいますし。」
「・・・喧嘩を売ってきたのはあちらですよ? ちゃんと応えてあげないと。」
「もう・・・見た目に似合わず好戦的なんですから。どうなっても知りませんよ?」
「・・・フラウの了承も得たところで、始めましょうか。」
シャンメリも魔力を解放した。
「何だこれは・・・?」
アルマドラは固まった。
彼女の魔力解放はアルマドラのそれとは異なり、辺りに膨大な被害を出す派手な魔力ではなかった。
ただ透明で、静かで、落ち着いていて・・・だからこそ感じさせる、不気味で底知れない力。まるで直接心臓にナイフを突きつけられたかのような、死の予感。長き生涯を生きた百戦錬磨の邪竜帝は確かに感じ取っていた。
この娘、格が違う。
「・・・と言っても、これから始まるのは闘いではありません。」
「何なんだ貴様はぁぁぁ!!」
「・・・一方的な排除です。」
全ての竜の頂点に君臨する竜帝の一角は、その1人の小さな少女に戦慄した。
「・・・銀河十字。」
その言葉が、邪竜帝アルマドラの聞く最期の言葉となった。
全身を巨大な十字架によって串刺しにされたドラゴンの死骸に背を向け、少女2人は歩き出した。
「本当に竜帝を倒してしまうなんて・・・。」
「・・・あの程度ならフラウでも倒せたはずですよ?」
「そんなことは問題ではありません! 十二竜帝はシェブールの守護者でもあるんですよ? そのうちの1体がいなくなったとなると、ただでさえ魔物が増えてバランスが取れなくなっている世界だというのに・・・。」
「・・・構いません。この世界が壊れようが滅びようが、私にとっては好都合でしかない。」
まだあどけなさの残る綺麗な少女の顔は憎しみに満ちていた。
それが何に対する憎悪なのかは、フラウもまだ知らない。
「あ、壊れるで思い出しました。デュジョンさんのことなんですけど。」
「・・・何です?」
「昨日あの人、シャンメリ様のお気に入りのマグカップ割っちゃいました。」
「・・・やはり、多少の罰は検討すべきですね。」
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「待ちやがれコラぁぁぁ!!」
「テメェらただじゃ済まさねぇぞ!!」
「このクソ怪力女が!!」
ミツバの町のど真ん中。
私たちが走るすぐ後ろで罵声が飛び交う。
どこぞのクソ妖精の率先で幽霊探しに出掛けて1時間ほどが経った頃。私とクソ妖精、アデルの3人はガラの悪い男たちに追われていた。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。ていうかその前に・・・。
「なんであなたが私たちについて来てるの?!」
足の速いアデルの後を必死に走る私のすぐ後ろ。
長い黒髪を靡かせる半透明の女の子。生気の無い瞳、青白い肌、綺麗とかそういう意味じゃなくリアルに透き通った肌・・・。
その女の子はわかりやすく幽霊だった。
「なんで幽霊が裏ギルドに追われてるの?!」
「あ、私シャルナっていうの。よろしく~。」
「この状況で普通に自己紹介しないでよ!」
幽霊の女の子、シャルナがついて来るせいで私たちも裏ギルド軍団に追われる羽目に。
そんな事態だからまだはっきりと確証は無いけど、やっぱりシャルナって誰かに似てるような・・・?
「とにかくこの男どもをなんとかしないとな。」
「どうしてさっきの路地で全員ぶっ飛ばさなかったのよ? アデルなら楽勝でしょ?」
「すまん、思ったより道が狭くてティルウィングを振り回せなかった。」
「何その可愛くないドジっ娘。」
とは言ってもここは街中で人もいっぱいいる。そんな物騒な大剣は使えない。
「私、あの怖い人たちに追われてるの。助けてもらえない? 助けてくれたらシャルナちゃんプレゼンツの金縛り体験ツアー2泊3日にご招待するけど。」
「そんな恐ろしい旅行はしたくないが、裏ギルドのやることとなると見過ごすわけにはいかないな。ここは奴らを撒いてギルドに戻るぞ。」
えー・・・本当に匿うの? いつもなら私も迷わず賛成してたかもしれないけど、なんか追われてる本人が緊張感無いせいで助ける気起きないんだけど・・・。
「金縛りではご不満・・・? じゃあ呪殺とかいかが?」
「もしやったら道連れにするぞ。」
「やだなー、私はもうとっくに死んでるよぅ。」
「おっと、これは一本取られたな。」
アデルも何でさらっとミニコント繰り広げてるの・・・。
「というわけで、今日からギルドで匿うことになったシャルナよ。」
「どうも、幽霊で~す。」
ギルドにいたマスターユリウス、キトゥンとヒューゴ、そしてジャンヌは大きく口を開け唖然としていた。
「え・・・っと、アンちゃん? これ何の冗談?」
さすがのキトゥンも動揺を隠せない。
「これがね、マジなのよ。」
「マジなのー・・・?」
「マジなのか・・・?」
現実逃避中の幼馴染組2人を相手しているアンジェは置いといて、ギルド屈指のコミュ力を誇るジャンヌがまず話しかける。
「いやぁ、まさかほんまに幽霊がおるなんてな。裏ギルドに目ぇ付けられるなんて、よっぽどのことをしたんやな?」
「うーん、身に覚えないんだよね。どうやら彼らのリーダーさんに狙われてるみたいで~。」
裏ギルドのリーダーってことは・・・もしかして?
「元々成仏できずにそこらへんを彷徨ってたんだけどね、最近人の目に見えるようになっちゃったんだよ。裏ギルドの人の話を聞く限り、そのリーダーさんの魔力のせいらしくてさ。いや~参っちゃうよね、たはは・・・。」
「霊体を実体化させる魔力か・・・。」
シャルナの話にアデルが反応した。
「そのような芸当ができる特異な魔力を持つのはただ1人。予想はしていたが間違いない、七魔戒将『幽闇の死霊王』デュジョンだ。」
「や、やっぱりそいつらが絡んでくるんだね・・・。」
なんだろう、心臓痛くなってきた・・・。
「ねぇアデル。そのデュジョンって人にこの場所を嗅ぎつけられることとか・・・ないよね?」
「裏ギルド軍団はちゃんと撒いておいたから問題ない。仮にばれたとしても、いくら七魔戒将といえどギルド1つ相手に攻め込んでくるほどバカじゃないさ。」
「だよねー・・・・・・なんか、揺れてない?」
ギルド全体が微かに揺れている。
テーブルや椅子がカタカタと揺れ動き、棚の上の花瓶が倒れ中から水が零れ出る。
「にゃっ、何事?! 地震ー?!」
キトゥンは高速でテーブルの下へと潜り込んだ。動きがちょっと猫っぽい。
私も何が起こったのかわからず、窓の外を見た。
「・・・・・・へ?」
ミツバの町を堂々と闊歩していたのは、周りの住居の高さを軽々と超えた巨大なガイコツだった。それが一歩一歩を踏み出す度に地面が揺れている。何が起こったのかはわかった。だけど、私の脳フル回転させても理解が追いつかない。
「でっかい・・・ガイコツ?」
こっちに向かって来る。
ついさっきのアデルの言葉を思い出した。
ギルド1つ相手に攻め込んでくるほどバカじゃないさ。
「アデル・・・。」
「む、どうした?」
「フラグ回収早すぎ。」
「フラ・・・え、何?」
異世界感よりも日本感が増すばかりの異世界モノです。よろしくお願いします。




