毒を盛らせた男
控え室を出る前に4枚の木の札を俺に賭ける様にメウロバルトに頼み俺は試合会場に向かった。俺の相手は背を向けて何やら係りの者と話をしていたが俺が入ってきた時の闘技場の騒めきで慌てて振り返る。目が合った瞬間の男の驚きとも苛立ちとも取れる表情から俺たちに毒を盛ったのがこの男だという事が分かった。
いろいろ聞かねばな。
1戦目と同じ様に光の剣を抜き構えると開始の鐘が鳴る。だが男の手には武器は無く棒立ちのままだ。しばらく様子を見ても全く動こうとしないので俺はつい剣を男の腹に刺してしまった。
「あ、すまんな」
「い、いてぇぇぇぇええぇ」
剣の先が腹に刺さっているのに男が暴れたせいで傷口がどんどん広がっていく。俺が剣を抜いた時には既に男は瀕死の状態だった。
聞きたい事があるから治してやるか。
俺は肩の上のピヨールを横たわる男の腹の上に置いてやった。ピヨールはいつも通り光り出し男の傷口は塞がっていく。その間もずっと男は悲鳴を上げ続けていたので周りから見ると俺は瀕死の男に拷問をしている様に見えているかも知れない。
「おい、もう傷は治ったぞ。それより、お前が使った毒は水溶性の粉末で、水とスープだけだったんだよな?」
俺がそう聞くと男は目を見開く。
「ど、どうしてそれを! あの薬は無味無臭で今まで一度だってばれた事が無いのに……」
「そうか、で、飲んでいたらどうなったんだ?」
ピヨールを肩に戻し、光の剣を首元に当てると男は泣きながら答えた。
「ひあぃ! す、少しの間、ほんの半時間程だけ……は、腹が痛くなる薬でですすす」
腹が痛くなるだけか。
「本当だな」
「本当ですすう」
しかし無味無臭の毒を臭いだけで気づくとはロンダの鼻は侮れん。
「これは毒のお礼だ」
俺は必要な情報が聞けたので、もう一度男の腹に剣を差し込んだ。
「ぐえぇぇええぇ!」
断末魔の様な呻きと共に男は地面を転げ回っている。試合終了の鐘と共に俺は木の札を1枚の受け取り控え室に戻った。アンやロンダから何をしていたのか聞かれたので、それを全て説明しているとそこにメウロバルトが駆け込んできた。
「だ、旦那!! さっきのは一体何ですかい!?」
俺と肩の上のピヨールを交互に見ながらメウロバルトは興奮している。
「あ、すみません。こちら預かっていた物です」
興奮しながらも俺に木の札をちゃんと渡すとは律儀な男だ。渡された木の札は8枚。倍率2倍ならまだマシだろう。
「で、旦那! さっきのは一体?」
メウロバルトが俺に詰め寄る。
「勇者の力だ」
「え?」
「あれが勇者の力だ」
「うそでしょ?」
「嘘ではない」
「うそでは無いのですか……いや、うそでしょ?」
「お前も斬られて見るか?」
「いえいえいえいえいえいえ! けけ結構です!」
「信じるか?」
「信じます」
メウロバルトは俺とピヨールの力を信じたようだ。
次回投稿は2/22(月)の予定です。




