ミノアに行く前に、事が起きてしまったようだ
俺達がドラゴン亭から宿に戻ったのは明け方だった。勿論、ロンダもついてきた。アンとマリアが自分の部屋に戻って行き、ピヨールもそれについて行った。
薄情な犬だ。
俺の部屋には当然の様にロンダが入って来た。最早、俺に抵抗する気力は無かった。結局その日は昼過ぎまで俺は寝てしまった。ロンダの腕の中で……。
筋肉、筋肉、そして筋肉。
美しい野獣と言う言葉がぴったりのロンダの寝顔はずっとニヤニヤしている。俺はロンダの寝起き嵐を回避する為にそっとベッドから抜け出した。これをやるのも10年振りか。
力任せに抜け出そうとすると、直ぐにロンダの腕に絡み取られる。だから関節や筋肉の動きに逆らわない様に体勢を入れ替え、尚且つ、素早く、静かに行わないと成功しない。この技を身に付けたおかげで俺は関節を取るのと相手の攻撃を受け流すのが上手くなった様な気がする。相手の体に触れただけで次の動きを感じることが出来るのだ。
俺は部屋を出て、アンの部屋に向かう。ノックをすると中からピヨールの声が聞こえた。
「ワン!」
楽しそうな声だ。
足音が近づき扉が開く。装備を整えたアンが立っていた。
「行けるか?」
俺が一言聞くとアンは無言で頷いた。部屋の奥からピヨールが飛び出て俺の肩に乗る。マリアの上に朝までいたのだろう。毛並みがツヤツヤで、いつもよりモフモフしている。
「静かに、音を立てるよ」
俺がアンとマリアに注意すると、アンが小声で聞いてきた。
「姉上はどうされた」
「置いていく」
俺は即答した。俺たちはミノアまで静かに行動したい。だがロンダがいてはそれが出来ないのだ。ロンダは狩り以外でコソコソとするのを嫌がる。出来ないと言っていいだろう。
まあロンダならする必要もないが。
出来るだけ音を立てずに俺たちは宿を出る事に成功した。そこで予想もしない者と出会った。ルネの店の若い職人である。
「旦那! やっと見つけた!! この宿でしたか!?」
俺たちの所にやって来た職人はルネが呼んでいるから来て欲しいと言って俺たちを店に連れて行く。その道中、すでに昼過ぎなのに多くの賞金稼ぎとすれ違う。何だか町の様子がおかしい。ルネの店の職人に聞いてみたが、自分は何も聞いていないと言う。ルネに聞くしかない様だ。
早足の職人の後を俺達は黙ってついて行った。路地を曲がり店の入口が見えてくると店の前にルネが立っている。こちらに手を上げているから俺たちに気づいた様だ。
「いきなり呼び出して、どうした? 町で何かあったのか?」
俺がルネにそう質問しようとした時、俺の後方を見上げてルネが声にならない悲鳴を上げた。俺の後ろには、アンとマリアしかいない筈……だが、振り返るとそこにヤツが居た。
満面の笑顔のロンダだ。
アンとマリアは、ロンダが放つ異様な雰囲気に呑まれて怯えている。ピヨールは何だか嬉しそうだ。
「ロンぐぼっ!!」
俺は左の頬を真っ直ぐ殴られた。
「おはよう、ピヨール。おお、ルネもいるのか」
「お、おはようございます……ロンダさん」
ルネがビビっている姿を俺は初めて見た。相当ひどい目にあったのだろう。ロンダを加えた俺達はルネの店に入った。店の中で用意された椅子に腰掛けるとルネが呼び付けた理由を話してくれた。
ミノアが進軍を開始したらしい。既にセブンブリッジの内、最初のアラゴン川に掛かった3本の橋を占拠されたと言う。セブンブリッジはコリントスを南北に流れる3本の川を渡る為に掛けられた橋だ。最もミノアに近いのがアラゴン川、その次がオリア川、ミノアから最も遠いのが、コリントスで一番大きな川、タホ川だ。橋はアラゴン川に3本、オリア川に3本、タホ川に1本掛かっている。合計7本でセブンブリッジだ。
ミノア軍はアラゴン川にかかる3つの橋を同時に占領した事から、かなりの戦力が用意されている事が想像出来る。レヘオ街道を完全に手に入れる気でいる様だ。
俺がアンとマリアにどうしたいか確認しようと振り返ると、ロンダが椅子から立ち上がって言いきった。
「戦を止めるぞ! ミノア軍をミノア領まで押し戻す!!」




