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9.スパイ

 朝の早い時間。ライドがまたグライダーで滑空している。彼女は朝の冷たい空気の中を進むのも好きだった。つい最近、ランカにきつく叱られたばかりだったのだが、まるで懲りていない。ただそれはいつもの理由とは少し違っていて、彼女はナセと一緒に二人乗りでグライダーに乗ろうとして叱られたのだ。彼女にしてみれば、安全な場所と天気を選んだつもりではあったのだが。

 “ま、仕方ないか。でも、あの子にも、この風の世界を体験させてあげたかったなぁ”

 彼女はそう思っている。

 因みに、フレイを乗せるのは、彼が成長し過ぎていて重かったので、初めから彼女は諦めていた。二人乗りは無理。彼の事も、彼女は気に入っていたのだけど。

 しばらく空を泳ぐと、ライドは川のほとりに誰かが倒れているのを見つけた。まだ小さい。子供のようだ。一瞬、ナセかフレイだと思ったが、どうにも違う気がする。彼女はグライダーの向きを変えると、他の皆を呼びに行く為に下降し始めた。

 

 ライドが発見した川のほとりに倒れていた子供は、アジトの居間に運ばれた。そこに寝かされている。かなり汚れていたが、着ている服は上等で、山で行き倒れるような身分の子供には思えない。明らかに何か普通ではない事情がありそうだった。

 「大丈夫だね。意識がないだけで、別に衰弱している訳でもないようだ」

 報せを聞いて飛んで来たランカは、その子供の様子を確認するとそう言った。額に手を当てて熱をはかり、平気そうだと思うと、そのままその手でその子の頭を撫でてやる。すると、その子は意識を取り戻したらしく、「う……、うん」とそう声を上げた。

 「気が付いたかい? 坊や。

 一体、どうしてあんな場所で倒れていたんだい?」

 ランカは水を入れたコップをその子に差し出しながらそう言った。その子はそれを受け取ると不思議そうに声を上げる。

 「倒れていた? ボク、倒れていたのですか?」

 「ああ、川の近くでね。坊やは覚えていないのかい?」

 その子はそれには答えず、「ここは何処ですか?」とそう不安そうに言った。ランカはそれにこう返す。

 「インヒレイン山岳地帯、警護隊のアジトだよ。わたしはここのボスのランカ・ライカだ。心配しなくて良い。ここでは、しょっちゅうお前みたいな子供を保護しているんだ。坊やの名前は? 親はどうしたんだい? 何処に住んでいたとか」

 そう言われてその子は、戸惑った表情を浮かべた。それから、たどたどしくこうその問いに答える。

 「名前はシーです。親は…… よく覚えていない。住んでいたのは……」

 それからシーと名乗ったその子は、頭を抱えた。

 「どうしたんだい?」

 ランカが心配そうに声を上げる。それにシーはこう返す。

 「すいません。頭が痛いんです。思い出そうとすると……」

 それにランカは「大丈夫だよ。無理して思い出さなくて良い」とそう返す。

 周囲には他の山賊団のメンバーも数人いて、その中にはナイアマンとナゼル・リメルの姿もあった。ナイアマンが言う。

 「君の服はセルティア共和国のものだね。しかも、それなりに高級そうだ。一応、そっち方面で少し当たってみるか」

 それにシーは「ありがとうございます。よろしくお願いします」とそう言った。そしてそれからこう続ける。

 「あの……、迷惑じゃなければ、ここにしばらく居させもらう訳にはいかないでしょうか? 行く当てがないんです」

 ランカは即座に反応する。

 「もちろん。初めからそのつもりだよ。帰る先がはっきりするまで、何日だってここにいていい」

 するとシーは、明るく笑顔を作って「ありがとうございます!」とそう礼を言った。それから顔を下に向けるとにやりと顔を歪ませる。彼は思う。

 “噂通り、かなり子供に甘い”

 その様子を見ながら、ナイアマンは小声でナゼルにこう訊いた。

 「どう思う?」

 「随分と確りした子ね」

 「ああ、確りし過ぎている」

 その言葉にナゼルは敏感に反応する。

 「スパイか何かだっての?」

 顔を曇らせ、ナイアマンは返す。

 「分からない。母さんも今のところはまったく変に思っていないようだし。だが、警戒しておく必要はあるだろう。念のため、ナセとフレイの事に関して箝口令だ。正体を言わないよう皆に伝えておこう」

 「名前はどうしようかしら? 偽名を使う?」

 「いや、名前はそのままにしよう。ボロが出るのが怖い。それに疑い深い相手なら、本名の方が、むしろ混乱させられるかもしれない」

 それにナゼルは「おっけ」と返す。

 ……もちろん、このシーという子は普通の子供ではない。正体はタンゲア帝国、暗黒街の裏の顔の一人のシロアキだ。

 シロアキは疑われ難いようにセルティア共和国の服を着て、睡眠薬を飲んだ上で川のほとりで自ら倒れたのだ。噂通りなら、ランカ山賊団が保護するだろうと考えて。そして狙い通りに彼は、その方法でランカ山賊団のアジトに潜入する事に成功したのだ。

 彼の目的は、フレイ王子とナセ王子の二人を誘拐する事だった。王子達を材料に、マカレトシア王国のグローへ取引を持ちかけ、王子達を引き渡すか、或いは殺すかして、見返りとして大金を貰おうという算段なのだ。

 「あの、さっき、ここでは子供を保護していると言っていましたが、他にも子供がいるのですか?」

 シロアキが探りを入れる目的でそう尋ねると、ランカはニコニコしながらこう答えた。

 「ああ、いるよ。フレイとナセっていう可愛い子供達が。お前と一緒にいる事になると思うから仲良くするんだよ」

 それにシロアキは「はい」とゆっくり頷く。そして、

 “よっし、いいぞ。やっぱり、二人の王子はここにいるんだ”

 と、心の中で呟く。

 もっとも、彼はまだこれだけはそう断定はできないと考えていた。慎重にいかなければ。これから更に調べて確証を得たなら、フレイとナセを騙して誘い出し、暗黒街の仲間達に連絡をして彼らを誘拐する。そんな計画をシロアキは立ていた。その為には、まず二人の王子に接触しなければならないが、ランカの言葉を聞く限りではそれも問題なさそうだった。放っておけば勝手に会える。

 シロアキはこの幸運に感謝していた。やはりボクはついている。山賊団が間抜けで助かったと。しかし、

 「よろしく。僕はフレイ。こっちは弟のナセだよ」

 そうその子供は言った。爽やかに汗を流して笑っている。しかも、野良着で。今まで彼らは野良仕事をしていたようで、これからも続けるつもりらしい。クワを持っている。

 「ほらナセ、ちゃんと挨拶をしないと」

 そうフレイから言われて、ナセははにかみながら「よろしく」と言った。ナセは人見知りが激しいのだ。

 そこは畑だった。彼らは畑を耕しながら、そこに肥料を撒いていた。そんなに大きな畑ではないが、山賊団で自給自足する分だけなら充分なのかもしれなかった。どうやらジャガイモを植えるつもりらしく、種芋が畑の傍らに山と積まれてある。

 ぼんやりとそれを眺めているシロアキに気が付いたフレイが説明する。

 「本当は早速、一緒にいたいところだけど、今日は夕方までにこれを終わらせなくちゃならないんだ。だから、まだ一緒にはいられない。君は倒れていたっていうから、この作業をさせる訳にもいかないし。種芋植えは、意外に重労働だからね」

 それを聞いて、シロアキは“いやいやいや……”と思う。

 “いくらなんでも、王子にこんな作業をさせるか?”

 それから彼はこう疑問に思った。

 “そういえば、ここに来てから誰も一度もフレイとナセを王子だと説明していない。王子と呼んでいる奴もいない……。ま、それは隠しているだけかもしれないが。しかし、だとしたら、本名なんて使わないだろう。偽名にするはずだ。こいつら、本当に王子なのか?”

 そのうちにフレイとナセは作業を再開し始めたようだった。肥料撒きはちょうど終わったところだったのか、フレイがクワで畑にうねを作り、ナセがそこに軽く凹みを掘ってから種芋を入れて埋めていく。他の山賊団のメンバーも同じ様に作業していた。

 シロアキは考える。

 王子に嫌がらせ、という雰囲気にも思えない。何やら山賊団のメンバーと楽しそうに話をしているし。無理に身分を隠そうとして、演技しているようにも見えない。なんだか、常日頃から野良仕事をやっていそうだ。手慣れている。

 「ヌーカ、そろそろ水の準備をした方が良いのじゃない?」

 とフレイが言うと、そのヌーカと呼ばれた少年は「まだ早いよ。全部埋めてから、一気にやっちまおう」とそう返した。とても自然なやり取り。

 それを見てシロアキは、“こりゃ、同名の別人かもしれないな”とそう思う。もう少し様子を見た方が良さそうだ。そしてシロアキは、暗黒街の仲間には、その後で連絡しようとそう考えたのだった。

 夕食。

 シロアキは、酒を飲んで酔っ払っている奴を見つけて、フレイとナセの二人が王子であるかどうかを聞き出そうと考えていたのだが、それはできなかった。

 夕食はこんな山の中にしては、栄養バランスも考えらており随分と確りしていたのだが(もちろん、食事に力を入れているのは、ランカの方針だ。確り食べなければ子供は健康的に育たない、というのが彼女の弁)、しかし酒は出ていなかったのだ。それを少し質問すると、ランカは何故か怒ったような口調でこう説明した。

 「酒は夕食時は禁止なんだよ。

 いいかい? 世の中には、酔っ払って子供を殴ったうえで“酒の所為だから仕方ない”なんて言う輩がいるんだよ? 子供を殴るような事をするのなら、そもそも酒なんて飲まなけりゃいいだろう! どうして、飲む必要があるんだい!?

 だから、わたしゃ、酒が大嫌いなんだ!」

 どうもランカ・ライカには酒に嫌な思い出があるようだった。ただし、ランカ山賊団で酒が全面的に禁止されている訳ではない。仕事に支障さえなければ、自由時間に個人的に飲む分には構わない。もっとも、それでも泥酔するような事になったら、罰が下るのだが。

 ただ、そもそも、酒の味を覚える前に山に入った人間が大半のランカ山賊団では、酒の需要はそれほど高くはなかった。これは、いつ襲撃があるか分からない山賊稼業を考えても、実は好ましい事なのかもしれない。もっとも彼らは山賊を名乗ってはいないが。

 「シー君は、酒に興味があるのかな?」

 そこでシロアキはそうナイアマンから話しかけられた。“シー”というのが、ここでの偽名である事を忘れかけていた彼は、一瞬焦ったが、それからこう言って誤魔化した。

 「いえ、こういう席では、大人はお酒を飲むものだとばかり思っていたので」

 「ふーん」とナイアマンはそう返す。少し離れた場所にはナゼルもいて、そのシロアキの様子を窺っていた。

 

 夕食の後、ナイアマンとナゼル・リメルは、台所の裏にランカを呼び出した。ナゼルが訊く。

 「あのシーって子、母さんはどう思う?」

 それにランカは不思議そうな顔をして「どう思うってなんだい?」とそう返す。するとナイアマンが口を開いた。

 「僕とナゼルは、何か妙だと思っているんだ。なんか子供って気がしない。確りし過ぎているし、こっちを探るような目で見ている事もある」

 ランカはそれを聞くと腕組みをし、それからこう言った。

 「確かに。一見、素直に見えて、実は相当にひねくれている気はするね。無理もしているようだし。ただ、フレイとは違った無理の仕方だね。態度や表情も作っている」

 それを聞いてナイアマンは“流石、母さん”とそう思う。ただ、根本の部分でランカはシーを疑ってはいないようだった。ナゼルがそれを聞いてこう言う。

 「わたしはとても心配しているの。ほら、フレイやナセの事もあるでしょう? だから、あの子達とは別々の部屋にした方が良いのじゃないかと思って」

 ところが、それを聞くとランカは首を大きく横に振るのだった。

 「必要ないよ。そういう隔離するような事が、一番子供には良くないんだ。心を傷つけちまう」

 「でも」とナゼルは言う。ランカがナゼルの心配を大きく勘違いしている事にナゼルは気付いていたが、ランカが手でそれを止めるので思わず大人しく従ってしまった。ランカはそれからこう言う。

 「確かにあの子は、ひねくれて育っているようだ。だけどね、そういう子こそ、愛情をたくさん注いで温かく包んでやる必要があるんだよ。

 わたしはもう何人も子供を大きくして来たんだ。そういうやり方だってよく分かっている。心配しなくていいよ、ナゼル」

 それを聞いて、ナゼルはランカの勘違いを正そうかと迷ったが、結局は諦めてしまった。ナイアマンもそれは同じだった。ランカにとって子供は常に“善”なのだ。

 「じゃ、わたしはもう行くよ。あの子達をお風呂に入れてやらないとね」

 そう言うと、ランカは機嫌良く自室に向かっていった。なんだかんだで、彼女は子供が一人増えて喜んでいるようだった。ランカが去るとナイアマンはため息を漏らした。

 「初めから、僕は母さんに子供を疑えるとは思っていなかったけどね。変に思いこそすれ」

 ナゼルはそれにこう返す。

 「それはわたしも同じだけど。ただ、母さんのあの感想は気になるな。あのシーって子が実はひねくれているっていう」

 「ああ、僕もだ。やっぱりスパイかもしれない」

 その二人の会話を、台所の隅でネズミが聴いていた。二人が去ると、そのネズミは走って行き、ランカの部屋に入って、そこにいるシロアキの所にまで行った。そして、鼻をピクピクと動かす。まるで、何かを伝えているかのように。それを終えると、ネズミは何処かへと消え去る。

 シロアキはその後で、手を組んで枕にしゴロンと横になった。そして、“チッ もう、疑われ始めているか。こりゃ、そんなに時間はかけられないぞ。無理にでも聞き出さないと”と、そう思う。続けて、

 “しかし、ボクを風呂に入れるってマジか? あの女、ボクと一緒に風呂に入る気でいるのか?”

 と、それからそう思った。しかし、それはマジだった。シロアキは大いに抵抗したが、結局ランカ・ライカは彼を風呂に入れてしまった。もちろん、フレイとナセも一緒だ。彼はその時は、珍しく本当の子供のように照れていた。ランカは彼のものを見て“随分と早熟な子だねぇ”とそう思った。

 

 夜。

 ランカ・ライカと一緒のベッドに寝る事を知って、シロアキはやはり抵抗を見せた。「ボクは別の布団で寝ます」と言ったが、ランカはそれを認めない。

 「これはね、お前達がこの山賊団にいる唯一の条件みたいなもんなんだよ。子供はちゃんと子供らしく大人に甘えなくちゃ駄目なんだ」

 それを聞いてシロアキは、“ボクは子供じゃない”と心の中で呟いたし、実際、声に出しそうになったが、なんとか堪えた。そして疑われる危険を考え、ランカと一緒に寝る事を認めてしまった。プライドを犠牲にする事は覚悟の上でこの計画を決行した彼だったが、それでもやはり辛かった。

 しかも。

 「フレイ。今日は、わたしの隣は、シーに譲ってやっちゃくれないかい?」

 ランカはそう言って彼を、隣に寝かせようとするのだった。

 フレイはそう言われて「はい。いいですよ」とそう答えたが、強がっているのは明らかだった。ランカはそんな彼を撫で、「お前は本当に良い子だ。悪いね、ありがとう」とそう言った。もちろん、

 “無理すんなよ”

 と、シロアキはそう思っていたが。

 やがて横になると、直ぐにナセとフレイは寝息をたて始めた。ランカはそれを見て仕合せそうに「今日も、たくさん働いて、疲れていたみたいだからね」とそう言う。まるで、本物の幼い我が子を見るような眼差しだ。シロアキはそれを見て思う。

 “やっぱり、王子を相手にしているって感じじゃないな”

 しかし、それから直ぐ後で、ランカはそれと同じ眼差しでシロアキのことも見るのだった。そしてシロアキを抱き寄せ、ランカとの間にシロアキが作っていたわずかな隙間を埋めてしまう。肌が密着する。柔らかい胸の感触を感じる。シロアキは既に成人しているが、それでもランカのその行為から異性のそれを感じはしなかった。それは、計画の事で頭がいっぱいで、いかに怪しまれないようにするかにばかりシロアキが意識を集中させていた所為でもあったが、何よりもランカのその態度が、子供に接するようなものであった事が大きい。

 “クソッ ボクは子供じゃないぞ……”

 プライドを刺激されたシロアキは、抱き寄せられてそう思う。それで、少しばかりの抵抗を試みたが、ランカは放してくれない。疑われる危険を冒してでも「放してください」と、そう言おうかと思ったが、次のランカの言葉でそれが止まった。

 「大丈夫だよ。今は誰も見ていやしない。そんなに怖がる必要はないんだ。シー」

 そして、その後、硬くなっていた自分の身体が脱力するのをシロアキは感じた。ランカは抱き寄せていたシロアキの身体から緊張が解けるの確認すると、それから彼の頭をゆっくりと撫でた。シロアキは自分のその反応に戸惑う。

 “どうしてだ? ボクは子供扱いされるのが嫌いなはずだ”

 或いは、自分が子供扱いされる事に怒りを覚えていたのは、単に周囲の目を気にしていただけだったのだろうか? シロアキはそう考える。馬鹿にされなければ、競争する相手がいなければ、それを拒絶したりはせず……

 戸惑いと共にシロアキは激しく自省していたが、そのうちにランカがこう言った。

 「お前、とても苦労して来ただろう?」

 その言葉にシロアキは軽い衝撃のようなものを感じてしまった。その彼の様子を敏感に察したランカはこう言う。

 「そういうのはね、親には分かっちまうもんなんだよ。辛かったろうね。でも、ここでは気張る必要はないよ、シー。そんなに気張らなくても、誰もお前を傷つけたりはしないから。安心してお休み」

 そう言い終えると、ランカは更に優しくシロアキの事を抱きしめた。温かい体温が、彼の事を包み込む。

 ランカの体温に包み込まれながら、シロアキは思っていた。

 “この女、ボクが記憶喪失だって設定を忘れているんじゃないだろうな?”

 しかし、そう疑問に思っても、彼に芽生えた安心感は消えなかった。仮にここでシロアキの正体が明るみになってしまったとしても、誰も自分を傷つけない。何故か、シロアキはそんな錯覚を覚えていたのだ。だから安心をしてもいい。

 やがてシロアキは、その心地よい温かさと重たさに誘われるように、夢の中に落ちていった。

 

 ……子供の頃。

 シロアキは孤児院にいた。子供達の世話をしていた女性は優しかったが、矮躯童人という人種であるシロアキの事を差別してもいた。否、それはシロアキの勘違いであったのかもしれない。彼女は平等に子供達に接していた可能性もある。ただ、少なくともシロアキ自身はそうは思っていなかったのだ。もちろんそれは、彼がその時既に自分の生まれにコンプレックスを抱いていたからなのだが。

 シロアキ達が成長をし、同年代の子供達が徐々に大人になる兆候を見せ始めても、シロアキの姿はずっと子供のままだった。そしてそんな頃に、その女性はシロアキに優しく声をかけてきたのだった。

 シロアキは成長しない自分の姿に落ち込んでいたから、恐らく彼女は心配して声をかけたのだろうが、“子供のままである事”にコンプレックスを抱く彼にとって、むしろその優しい言葉は侮蔑の意味となってしまった。

 傷ついたシロアキは彼女を拒絶した。シロアキには彼女が身勝手に思えたのだ。子供の頃は自分を差別しておいて、自分だけが子供のままである今になって、優しく声をかける。馬鹿にしているのか。

 本当は彼も、それが自身の被害妄想である事に、心の何処かでは気付いていたのかもしれない。しかし、その頃の彼の幼い未熟な精神では、それを明確に自覚する事も上手く消化する事もできはしなかったのだ。

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