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3.オリバー・セルフリッジという男

 昼。

 インヒレイン山岳地帯。

 ランカ山賊団の一人、まだ少女のライドはグライダーで山の谷間を滑空していた。首には双眼鏡をかけている。彼女は山への侵入者がいないかを監視しているのだ。もっとも、それは表向きの理由で、本当はただ単に空で風に乗りたいだけだったのだが。

 ライドはグライダーが好きだ。空から見下ろす景色は素晴らしいし、風を浴びるのは気持ちが良い。偶には鳶などの鳥が、横に並ぶ事もある。地上にいる時は、絶対に体験できない世界。風に乗っている間は、何もかもを忘れられる。

 他にもグライダーに乗れる者はいるが、誰もライド程には乗りこなせてはいない。彼女は様々な場所から離着陸できる上に、風の流れを掴んで長時間、滑空し続ける事もできる。だから監視役にも向いている。ただし、どこまでそれが本当に必要かは分からない。山を登れるポイントは限られているから実は監視は容易で、グライダーを使うまでもないかもしれないのだ。

 それに、グライダーには欠点もある。

 もし近い距離に敵が隠れていたなら、上空を滑空しているグライダーは、絶好の標的になってしまうだろう。

 実は監視の手段としては、グライダーはそれほど有効ではないのかもしれない。もっとも、遠距離にいる敵を早く察知できる点は評価すべきかもしれないが。

 「また、母さんは怒るかな?」

 滑空をし続けるライドは、そう独り言を言った。自分達のアジトが視界に入って、そこにいるだろうボスのランカを思い出したのだ。ランカはこの危険な空を滑る乗り物にライドが乗ることに普段から反対をしている。操作ミスも怖いし、突風で事故を起こすかもしれない。それに、グライダーが壊れてしまう可能性だってある。よく手入れやチェックをしていたって、それは完全ではない。

 ランカの心配は、ライドにもよく分かっていた。実際に、グライダーの事故で怪我を負った仲間もいるのだ。もっとも、それ以外の要因で怪我をした者や、死んだ者すらもいるから「どうしてグライダーだけ?」と彼女は多少は不満に思っていたが。

 ランカの心配を理解していながら、それでもライドがグライダーに頻繁に乗るのには訳があった。このまま自分が成長をし、身体が大きくなり続けたなら、いつかはグライダーに乗るのを諦めなくてはならなくなる。今の航空技術では、体重制限が厳しいのだ。ライドの身体はかなり小さい方で、成長も遅かったが、それでも徐々に大きくなっていた。彼女は飛べなくなる時までに、少しでも多くグライダーに乗りたかったのだ。

 「おや? あれは……」

 しばらくグライダーに乗り続けていたライドは、変わった人影が平野の方を歩いているのを見つけた。二人組。旅の途中にしては、随分と荷物が少ない。マカレトシア王国の方からやって来ている。双眼鏡で見てみると、それはお馴染みのオリバー・セルフリッジだった。しかし彼は見慣れない女性を一人連れている。

 「何かしらねぇ?」

 少なくともライドには、セルフリッジがやって来る心当たりがなかった。しかも、知らない人間を連れているとくれば、警戒をしない訳にはいかない。

 まだグライダーに乗りたかったので、少し悩んだが「仕方ないか」とそれからそう呟くと、ライドは皆にそれを知らせる為、グライダーを下降させ始めた。

 

 インヒレイン山岳地帯までの道。

 魔女、アンナ・アンリは“やっぱり”と、そう思っていた。荷馬車を降りる。ここからは歩きだとそう説明を受ける。すると、それから自称、彼女の対等なパートナーのオリバー・セルフリッジは、水筒以外の彼女の分の荷物を全部自分一人で持ってしまったのだ。

 “わたしに負担をかけさせるつもりは、一切ないみたい”

 確かにアンナは一見は分からない他の“荷物”を抱えてはいた。しかし、彼女への体力的な負荷は、それほどないのだ。

 「この魔法は、体力的な心配はないと、説明しましたよね?」

 それで彼女はそう言ってみた。すると、セルフリッジは「ですが、もしもあのお二人に何かがあっては大変ですから」と、そう返して来た。

 嘘だ。

 と、それを聞いてアンナはそう思う。

 セルフリッジは、そういった類の嘘をよくつくのだ。

 “仮にわたし一人だけだったとしても、同じ行動を執るくせに。本当にお人好しなんだから”

 それから彼女はそう思った。

 狡猾なお人好し。

 アンナ・アンリのオリバー・セルフリッジへの評価はそんなものだった。よく知る前までは、お人好しの振りをした狡猾な人間だと思っていたのだが、付き合えば付き合うほど、本当にお人好しである事を認めるしかなくなってしまったのだ。ただ、彼にはその自分の“お人好しさ”を、策の材料の一つに使ってしまうという特異な点があったのだが。それで相手を籠絡し取り込んでしまう。或いは、行動原理を読ませない。本心の中に、策を隠してしまう。そんな事をやる。だから“狡猾なお人好し”なのだが。

 実はアンナ・アンリはその彼の術中に見事に嵌ってしまった一人だった。今ではすっかり彼を信頼し、依存してすらもいた。

 「首輪を外しておいてはくれませんか?」

 荷馬車が見えなくなると、セルフリッジはアンナに向かってそう言った。彼女の首には首輪が嵌められてあったのだ。一応、女性らしく見えるよう装飾されてはいるが、あまり良い印象は与えない。それに、少々、センスも悪かった。

 「このダミーの首輪をですか? どうして? 他の人を怖がらせないようにする為に、これは付けておかなくてはならなかったのではないですか?」

 彼女が不思議に思ってそう尋ねると、彼はこう答えた。

 「はい。これから会いに行くランカ山賊団の皆さんには、あなたが首輪をしていない事を伝えておきたいのですよ。信頼の証として」

 そう説明されたが、アンナは実は単に自分の山登りの負担を少しでも軽減させる為ではないかと勘繰った。ただし、それと同時に他に何かの作戦があるのか、とも考えたが。何しろ彼は“狡猾なお人好し”だから。

 何にせよ、アンナはその彼に言葉に従った。そして大人しく従いながら、“やっぱり、対等なパートナーというのとはちょっと違うな”と、そう思っていた。

 初めてセルフリッジの許に彼女が行った時、彼は彼女に向かって言った。

 「僕は、あなたを対等なパートナーだと思っています」

 と。

 先にも述べた通り、アンナはそれまで彼の事をお人好しの振りをした狡猾な人間だと考えていたから、その言葉を信じなかった。よく優しそうな顔で笑っていて、その時もやはり優しそうに笑っていたが、その笑顔は本心を隠すための仮面だと思っていた。

 だから、その時、「後ろを向いてください」と言われ、それに従ったアンナの、その首に厳めしく嵌められた首輪を、まるで何でもない当たり前の事のように彼が外した時には、彼女はとても驚いたのだ。その首輪は、彼女のような魔女の魔力を抑え、奴隷として扱う為のものだったからだ。

 この社会では、魔力の存在とそれを扱える魔法使いの存在はとても恐れられていた。魔力を用いた技術は凄まじい威力を発揮するが、そもそも魔力の正体すらも分からず、一定の法則があるのかどうかも分からない。しかもそれを使える者はわずかしかいない上に、どんな者にその力が発現するのか、その特徴もないように思える。つまり、極めて管理が難しかったのだ。だから権力者側にとって、非常に厄介な代物だという事になる。

 しかし、その威力は確かで、だから活用しない訳にもいかなかった。使わなければ、他の国との競争に負ける。結果として考案されたのが、魔力を抑える“首輪”だった。権力者が首輪を管理する権限を握り、魔法使いをコントロールする仕組みを作り上げたのだ。そして、そうして管理下に置かれた魔法使いは、実質的には、奴隷と同じだった。

 どんな経緯かは分からないが、恐らくは計略を巡らせて、オリバー・セルフリッジは、それまで魔女としてアンナ・アンリが従っていた役人から彼女の事を譲り受けた。アンナはセルフリッジを嫌いだったが、それでも卑しい中年の役人よりはマシだと思っていた。そして、彼女を自宅に引き取り、まず彼がしたのが彼女に嵌められていた首輪を外すという事だったのだ。

 「あぁ、首輪が痕になっちゃってますね。少しかぶれてもいるかな? 薬を持って来るので、待っていてください」

 首輪を外した後、セルフリッジはそうアンナに向かって言った。薬を取りに行こうとする彼を、その行動に驚いていた彼女はこう呼び止めた。

 「ちょっと待ってください。どうして、わたしの首輪を外したのですか?」

 それを聞くと、セルフリッジは不思議そうな顔で振り返った。

 「そりゃ、対等なパートナーに対して首輪を嵌めていたら変でしょう?」

 それにアンナはこう返す。

 「わたしはまだその話を、了承していません。このまま首輪を外して魔力をフルに使える状態にしておいたら、逃げて行ってしまうかもしれませんよ?」

 すると、セルフリッジはそれに笑ってこう返すのだった。

 「それならそれで構いませんよ。それでも、僕の目的の一つは、果たせますから」

 その言葉を不思議に思い「どういう事ですか?」と質問した彼女に、それから彼はパートナーになってくれそうな頭の良い優秀な魔法使いを探していた事、それでアンナを見つけた事、アンナを詳しく調べる内、彼女の事を好きになってしまった事、だから、解放してあげたいと思い、その為の計画を立て実行した事などをつらつらと語った。アンナはそれを信じなかった。しかし、それでも逃げようとは思わなかった。罠かもしれないと考えたからだ。しばらくは様子を見ようと。この男には、何か裏があるはずだ。

 しかし、その時、既に彼女は彼の術中に嵌っていたのだ。何故なら、その時彼が述べた事は、どれも本当だったからだ。そして、その本当を利用して、彼は彼女を仲間に引き入れるつもりでもあったのだった。本当だから、嘘がばれる心配もない。本当だから、疑っている相手をずるずると引き込める。本当だから、策を見抜き難い。

 彼はそれから、アンナにダミーの首輪を渡した。

 「外に出る時は、それをしてください。魔女が首輪をしていない事で、皆を怖がらせてしまわないように」

 彼はその時、そう語った。

 「初めてのプレゼントにしては、少しばかり味気ないですけどね」

 とも。

 その首輪は、なんとか装飾品に見せようと努力してはあったが、それが却って変な印象を与えてしまっていた。それに、そもそも、少しセンスが悪い。

 アンナはそれからそのままオリバー・セルフリッジの自宅で彼と一緒に暮らす事になった。表向きは、彼女は彼の所有物という事になっていたからだ。そして、アンナは彼が彼女に献身的に尽くそうとする事に驚いたのだ。彼女の為に食事を作ろうとする。彼女の為に用意した部屋は、主人である彼の部屋と同じか、或いはそれ以上に上等だった。その他、掃除などの仕事も押し付けないし、服などもプレゼントする。しかしそれはアンナに気に入られようとしているのでもなければ、アンナに忠誠を示そうとしているのでもないようだった。アンナには、むしろ自分に尽くしている彼の方が優位であるようにすら思えていた。

 アンナはそんな事でいい気になるようなタイプではなく、むしろ彼のその態度に居心地の悪さすらも感じた。それで進んでアンナが家事を手伝うようになると、セルフリッジはそれにとても嬉しそうにした。アンナと一緒に料理を作ったりするのが、楽しくて仕方ないといった感じ。

 はじめ、アンナはそれに戸惑っていたが、やがては気が付いていった。この男は、自分を保護しようとしているのだと。少し違うが、まるで親が子供の世話をするように。ただし、そこに優劣という概念はない。だから対等というのも少し違っているような気がした。

 ただ、そのセルフリッジの自分を保護しようとする態度に彼女は悪い気はしなかった。だからそれを受け入れた。すると不思議なもので、アンナの方もそれに応えるように保護されている態に自然になってしまった。魔法が使える事を抜きにしても、彼女には自立できる能力が充分に備わっていて、保護される必要は全くないのだが。

 そして、そうして彼の態度を受け入れてから一週間程で彼女は彼にすっかり心を許し、ついでに体までも許してしまったのだった。

 それから何度かアンナはセルフリッジに協力をする事になったし、その時に騙されたと思う事すらも何度かあったのだが、それでも決して彼は彼女を傷つけるような事はしなかった。むしろ、良い事の方が多い。アンナを利用する為に彼が彼女に近付いたのはどうやら確実であるようなのだが、彼がお人好しである事も事実で、アンナを愛している事もまた事実だったのだ。つまり、最初にアンナが勘繰った通り、彼には裏の顔があったのだが、その裏の顔にもアンナへの愛情が確かにあったのだ。彼は本心から、アンナを護りたいと思っている。未だにアンナは彼が何を考えているのか分からない時もよくあるのだが、だからそれでも彼を信頼していた。

 アンナは思う。

 “――そういう意味でも、ずるい人なんだ、この人は”

 そして今日、彼女は彼から協力を求められ、ランカ山賊団へ同行しているのだった。

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