2.ランカ山賊団の成り立ち
常軌を逸した子供好きのランカ・ライカ。彼女が山賊紛いの事をやりながら山で暮らしているのには訳がある。そもそも、そんなに子供が好きならば、孤児院で働いたりベビーシッターになったり保母さんになったりすれば良かったはずだ。山賊などやる必要はない。いや、もちろん、彼女達自身は山賊を名乗ってはいないから、これは正確ではないのだが、とにかく、他に就くべき職業はいくらでもあったはずなのだ。
或いは、彼女が普通の子供好きだったなら、そんな普通の道を選んでいたかもしれない。しかし、彼女は過剰に子供が好き過ぎた。そして更に、異様な程、身体能力に優れ過ぎてもいた。その所為で、彼女は数奇な運命を歩み、山賊紛いの事をやり始めるまでに至ってしまったのだ。
ランカ・ライカ。
彼女はマカレトシア王国のとある貧乏な家で生まれ育った。ただし、彼女自身はそれを不幸だと思った事は一度もない。両親は優しく、清貧という言葉がよく似合う暮らしぶりだった。ただ一つ、彼女が両親に対して不満があったとすれば、それは彼女が一人っ子で、兄弟姉妹がいないという点だった。
大人しく物静かだった彼女は、あまり友達がおらず、自宅のアパートの一室で、いつも一人寂しい思いをしていたのだ。共働きだった両親は、夜にならないと帰って来なかった。彼女は独りで本を読んだり、ぬいぐるみや人形を作ったりして遊んでいた。
そんな彼女の暮らしに変化が起こったのは、彼女の住むアパートにある親子が引越して来てからだった。父と息子だけの二人暮らしで、その子はとても幼かった。
可愛いものが大好きだった彼女は、直ぐにその子と仲良くなると、まるで本当の姉か母親のようにその子の世話をし、そしてその子もよく彼女に懐いた。
ランカ・ライカはその子を溺愛した。そして彼女は以前よりもずっと明るくなり、やがては食事など、その子の身の回りの世話すらもするようになった。彼女の両親はそんな彼女の変化を歓迎した。大人し過ぎる彼女の性格を、両親は多少は不安に思っていたのだ。
ところが、そんなある日に事件が起こった。夜中にその子の泣き声を聞いて目を覚ましたランカは、心配になってその子の部屋にまで行ったのだ。すると、なんと、酔っ払った父親が、その子の事を殴っていたのだった。
足払いをくらわせ、転んだその子の顔面を拳で殴る。その子が立ち上がろうとすると、再び足払いで転ばせてまた殴る。そんな事を父親は繰り返していた。子供の顔は腫れ上がり、鼻血までも出ていた。
それはランカ・ライカにとっておよそ有り得ない光景だった。慈しみ、愛でるべき対象の子供に、守り育てるべき幼い子供に、圧倒的な力を持った大人が暴行を加えている。
実はこの父親は、この時、仕事で大きな失敗をし精神的に不安定な状態に陥っていたらしい。そもそもこのアパートに親子二人だけで暮らす事になったのもその所為で、この父親はその憂さを晴らす為に自分の息子に八つ当たりをしていたのだ。
もちろん、ランカ・ライカがそんな事を知るはずもない。だから…… 否、知っていたとしても同じだったかもしれないが、その時、生まれて初めてランカ・ライカは本気でぶち切れたのだった。
「なんだ? この醜いものは?」
このクズを。このおぞましいものを、どうにかしなくてはならない。そして彼女は、そう思ったらしい。それでその時、彼女はそのまま、その場でその父親を叩きのめしてしまったのだった。
それが切っ掛けだった。
彼女はその事件で覚醒してしまったのだ。或いは我慢していただけで、それまでもそうしたかったのかもしれないのだが、彼女は街で困っている孤児などを見つけると食べ物を与えるようになり、しかもその数はどんどんと増えて行ったのだ。
初めのうち、ランカ・ライカの両親はその彼女の行動を快く思っていた。本当に優しい子だ、と。当たり前かもしれない。それは常識的に捉えれば、間違いなく善行なのだ。ところが、それから彼女の両親は戸惑い、困惑をし、遂には危機感を抱くまでになってしまったのだった。
その原因は、まず何と言っても、子供達の数の多さだった。孤児院がほとんどなかったその頃のマカレトシア王国には、大量の孤児達がいたのだ。当然、それだけの数の子供達を養う為には資金が足らない。彼女の家も貧乏なのだ。だからランカは、子供達を組織し、相互補助する仕組みを作り上げた。その組織の名はランカ子供連合団といった。そしてこの組織こそが、ランカ山賊団の前身なのだ。この頃のメンバーの一部は、まだ山賊団に残っている。
その頃のマカレトシア王国は、今よりもずっと治安が悪く、泥棒や強盗だけではなく、人さらいや人買いなども多かった。当然、子供が狙われるケースも多く、ランカは正面切ってそういった犯罪者達とも戦っていた。
剣術などの武術を習得していない彼女が執った主な戦闘手段は、有無を言わさない腕力で強引に押し切ってしまうというもので(つまり、その頃既に彼女は高い身体能力を持っていたのだ)、最終的には、防御ごと相手を潰してしまう重量のある金棒を用いる方法に落ち着いた。
剣などで防ぐことはもちろん、甲冑も盾も無意味。子供達に遠くから石などで援護させ、隙を作った上で猛スピードで相手に突進をし、金棒で吹き飛ばす。攻撃が当たりさえすれば、それで勝利が決まる。
その過程で、そういった彼女の戦闘方法が確立していった。もっとも、今は援護がなくとも大体の相手には圧勝できる程に彼女は強くなっているのだが。
ここまでは、ランカの両親は戸惑っているだけで危機感までは覚えていなかった。愛娘の豹変ぶりを、どう捉えれば良いのかが分からない。叩きのめしている相手は、犯罪者なのだし。ところが、問題はこれだけではなかったのだった。
ランカ子供連合団。多数の子供達が集まれば、当然、あまり良くない事をやる子供達も混ざってくる。盗みをやったり、かつあげのような事をやったり。ところが、それで警察などから疑われても、ランカはまったく子供達を犯人だとは思わないのだった。信じてしまう。結果として、警察に歯向かう。しかも、動かない証拠が出た場合でも、ランカは子供を叱りつつも、全力で子供達を庇おうとしてしまう。
その所為で、ランカ子供連合団は、反社会的な色彩を帯びるようになってしまったのだ。当人達にそのつもりはなくても、世の中の扱いはそうなっていた。そして遂には、警察から取締りの対象と認定されるまでになってしまったのだった。ここまで来ると、完全にランカの両親の手には負えず、彼らは危機感を覚えてはいたが、暴走状態に入ったランカを止める事はもうできなかった。
ランカ達とオリバー・セルフリッジが接触し始めたのは、そんな頃である。
その頃からセルフリッジには、政府関係者とのコネがあり、どんな策を弄したのかは分からないが、幾つもの孤児院の建設を推進していた。そして犯罪者として捕まる前に、セルフリッジはランカ子供連合団の子供達をその孤児院に入れるように画策をしたのだ。
その計画の大凡は上手くいった。ランカ子供連合団は平和裏に解散をし、子供達は孤児院に入院。そしてランカには、子供達の世話役としての職がその孤児院で割り当てられた。これにランカの両親も一安心した。
ところが、しばらく経ってから問題が起こってしまったのだ。孤児院には規則が多く、ランカ子供連合団が街にいた頃に比べて自由があまりなかった。生活は保障されていたが、中には高圧的で嫌な大人もいる。それで一部の子供達は反発をしてしまったのだ。そして孤児院を逃げ出し、再び街で暮らし始めるような子供達まで現れ始めた。そういう子供には、一癖も二癖もあるような者が多く、ランカでなければ相手にはならなかった。
しかし。
そのランカはやはり子供達の味方に付いてしまう。結果的に、ランカ子供連合団が再結成される事になってしまったのだ。しかもそれまでとは違って、再結成されたランカ子供連合団は犯罪集団認定されてしまった。このままでは警察を相手に争う事になってしまう。流石にそうなれば破滅する。だからそれを避ける為、ランカ子供連合団は山に逃げ込んだのだ。そしてそれから彼女らは、インヒレイン山岳地帯で、自称警護団、世間的には山賊として暮らすようになったのだった。
実はそれが無事にできたのにも、オリバー・セルフリッジが一枚噛んでいる可能性があるのだが、真相は定かではない。
因みに、ランカ山賊団にとって、オリバー・セルフリッジは一方的な恩人のようにも思えるが、実は彼は彼でランカ達を何度か利用しており、その関係は複雑だった。
山で暮らすようになってからも、ランカが積極的に子供を保護する為、山賊団の数はしばらくは膨れ上がっていたが、それに危機感を覚えたナイアマンが彼女を説得し、それからは“新入り”を受け入れるのには慎重になっている。ランカがそれに納得をしたのは、子供達の人生を考えたからだった。世間的には山賊である自分達の仲間になれば、通常の社会では生き難くなる。子供達の為を思うのなら、仲間に加えない方が良い。結果、ランカは保護した子供を街に返すようにはなったのだが、理屈では理解できても、感情では理解し切れていない彼女は、いつも子供との別れを渋るのだった。最終的には、泣きながらその子供に別れを告げるのだが。
一応断っておくと、ランカ山賊団を出るのは当人たちの自由で、実際、素性を隠して街に戻って行った者達もいる。その者達は決してランカ山賊団を売ったりはしない。少なくとも、今まではそうだった。皆、ランカや山賊団に感謝しているからだ。そして、極稀にはランカ山賊団でしか受け入れられないような子供も現れる。そういったわずかな新入りと出て行く者、事故などで死んでしまう者、そのバランスで、ランカ山賊団の数は50人ほどに落ち着くようになっていた。




