572 ハートブレイクマジショック
重い足取りで宿屋までやって来て、収納鞄から本店を取り出して地面におき、デカくした。
平衡を出したりライフラインを取りつけたりとあるが、今はこれで許してください。落ち着いたらやりますんで。
館へと入り、食堂へと向かうと、オカンと親父殿がなにやら深刻そうな顔で向かい合っていた。
なにやってんだ? と思いながらテーブルの方に座り、ドレミにブララジュースをお願いした。
昼までもうちょっとだが、食堂にはオレらと両親だけ。まあ、厨房にはサプルたちがいるが、今が佳境。もうしばらくはこないだろう。
テーブルに突っ伏しながら、なにかを言い合うオカンと親父殿を眺める。
小さい声で話し合っているのでなにを話してるかはわからんが、表情からは深刻なことを言ってるのはわかった。
……夫婦喧嘩か……?
なんて思ったが、どうもそんな感じじゃなかった。
「マスター。お持ちしました」
なにやらトロピカル風なブララジュースがテーブルに置かれたが、突っ込む気力もねーんで、ありがたくいただいた。あーうめー。
「ねぇ、ベー。あの二人、なにしてるの?」
できるドレミは、ちゃんとプリッつあんのも持ってきたようで、ブララジュースを片手にオカンと親父殿の方を指差した。
なにって……なにしてんだろうね?
二人に目を向けると、旦那様が行ってお前が行ってくれと押し合いしていた。
しばし夫婦漫才を眺めていると、じゃあ、二人でと決まったらしく、こちらへと向かって来た。なんだいいったい?
「ベ、ベー。ちょっと話がある。いいか?」
なにやら真剣な顔をする親父殿。別に構わんが?
ならと、囲炉裏間の方へと連れていかれた。なんなのさ?
囲炉裏間に連れて来られたが、二人とも口を開かない。お互い見詰め合い、また旦那様が言ってお前が言ってくれと押しつけあっている。
なんかよーわからんが、ブララジュースをお代わりして待つことにした。どーでもイイわ。
ゆっくりと飲み干した頃、やっと決着がついたのか、オカンがマジな顔をオレに向けた。
「ベー。あたしらがどうこう言える立場じゃないけど、止めておきなさい」
は? なんだい突然?
「止めろって、なにをだよ?」
主語とか述語とかド田舎に住むオカンに求めはしねーが、わかるように言ってくれや。まったくわかんねーよ。
「あの人だよ」
「あの人? ってどの人だよ?」
だからわかるように言ってくれや。
オカンでは埒が明かんと親父殿を見る。わかるように説明ぷりーずだ。
「あーなんだ。おれは、お前が決めたんなら、それでいいとは思うんだが、でもやっぱり不味い――いや、悪いとは言ってる訳じゃないからな? ただ、ちょっと離れてや過ぎないか?」
親父殿も埒が明きませんでした。通訳、召喚!
「もしかして、フィアラのことを言っているんじゃないの?」
通訳は召喚できなかったが、名探偵が現れてくれた。あ、プリッつあんのことね。
「婦人がなんだって言うんだい?」
「聞けばお前と同じくらいの娘がいるそうじゃないか。いくらなんでも子持ちはないだろう」
「あ? 別に子持ちでも構わんだろう。娘はコーリンに預けるんだしよ」
あっちにはサリバリやトアラがいるし、娘の方もやる気満々。なんも問題ねーだろうがよ。
「だからって、年上過ぎるよ!」
「年上だからイイんじゃねーか。若すぎもせず年寄りも過ぎない。まさに今が旬って感じだろうがよ」
まあ、旬を維持するのは婦人の努力次第だが、軽く十年は旬でいられるぞ、あの人は。
「……旦那様ぁ……」
と、今にも泣きそうな顔で親父殿にしがみつくマイマザー。ほんと、なんなのいったい?
「ベー。考え直せ」
「そうだよ。なんでサリバリちゃんやトアラちゃんではダメなんだい!?」
はぁ? なんでここでサリバリやトアラが出てくんだ? オレ、なんか聞き流したか?
「ねぇ、ベー。 もしかして、お互い、話が噛み合ってないんじゃない?」
名探偵が首を傾げながらそんなことを口にした。
「噛み合ってないって、なにがだよ?」
「んーとね。パパさんとママさんの口振りや感じからして、なんか結婚相手に不満があるって感じなのよね?」
パパさんママさんに激しく突っ込みたいが、空気が読める子はスルー拳、百倍を発動。そこを強制的に削除した。
「は? なんでそんな話になんだよ?」
「わたしもよくわからないんだけど、ママさん、ベーが結婚の相手としてフィアラを連れて来たと思ったんじゃない?」
なに、その迷推理? いくらなんでもそれは……あったりしました、マイマザーよ……?
オカンの迷思考は別として、これまでの話をてらしあわせたら……そんな感じになりますね。はぁ!?
「いやいやいや、なんでそうなんだよ! 親父殿! オレが商売始めるって言ったよな? 全権を任せる人を連れて来るとも言ったよな? それでなんでそーなんだよ!?」
「だからじゃない」
と、迷……じゃなくて名探偵が口を開く。
「全権を任せる。普通、他人には任せられないよね。任せるなら特別な人。特別な関係と思うんじゃない。まあ、ベーなら他人だろうが気に入った人なら任せそうだけど、母親の目からは違って見えたんじゃないかしら?」
ど、どんな風に見えたんですか、マイマザーよ。
「……あんた、昔から同年代や若い子には見向きもしないし、奥さん連中には妙に優しいし、だからあんたは、熟女――じゃなくて、年上好きなんだろうと……」
バタンと倒れてしまった。
……オレ、母親からそんな目で見られてたの……。
た、確かに同年代や若い娘に興味はねーし、恋愛対象にはならねーよ。前世の記憶があるから三十代でもイケる。だが、母親から熟女好きと思われてるとか、ハートブレイクマジショック。痛恨の一撃だぜ……。
「……プ、プリッつあん、頼む……」
ごめん。もう無理。しばらく死なせてください。そして、この誤解を解いてオレの名誉を回復させてください。ガク……。




