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第4話:始祖の手記

 翌朝、ルーカスは書斎の机に向かい、始祖の手記と格闘していた。


 光石の柔らかな明かりの下で、古い羊皮紙は金色に輝いて見える。インクの掠れ具合や羊皮紙の質感、そして独特な文字の筆跡から、これが確実に数百年前の本物であることが分かった。


 手記の持つ重みは、決して物理的なものだけではない。そこには、アイゼンヴァルト家の歴史と、先祖たちの想いが込められているのだ。


 「さあ、何が書かれているのか……」


 最初のページから、丁寧に読み進めていく。


 文章の大部分は、現在でも使われている古い形式の文字で書かれており、ルーカスには読むことができた。そこには、先祖が訪れたという異世界遺産の記録が、生き生きとした筆致で綴られていた。


 『第三の月、我らは精霊の森の賢者と語らい、世界樹の若木に触れる許しを得たり。その幹に宿りし古の記憶は、余の魂を深く震わせり』


 『雲上の修道院にて、星読みの僧と共に天の運行を学びぬ。彼らの語りし叡智は、我が一族の使命を改めて教えたり』


 どのページも、冒険と発見に満ちている。ルーカスの心は躍った。自分の先祖は、こんなにも素晴らしい旅をしていたのだ。


 ***


 しかし、読み進めるうちに、奇妙なことに気づいた。


 手記に記されている出来事の中に、公国の公式な歴史書と食い違う部分があるのだ。


 『森の民との盟約を結び、共に黄昏の刻を乗り越えたり。彼らの古き知恵なくば、我らが一族も、公国も、今はこの世にあらざりしならん』


 しかし、ルーカスが学んだ歴史では、「黄昏の刻」の際にアイゼンヴァルト公は「蛮族を退けて大陸を救った」ことになっている。「森の民との盟約」などという記録は、公式な歴史書には一切載っていなかった。


 「蛮族」ではなく「森の民」。「退けた」のではなく「共に乗り越えた」。


 これは一体、どういうことなのだろうか。


 手記の文章は続く。


 『真実を記録に残すこと、それこそが我らが一族の使命なり。されど、時として真実は権力者にとって都合の悪きものとなる。故に、この手記を後世の者に託し、いつか全てが明かされる日を待たん』


 ルーカスの背筋に、冷たいものが走った。


 公式な歴史書は、故意に書き換えられた偽の記録なのだろうか。そして、この手記こそが、隠された真実なのだろうか。


 ***


 さらに読み進めると、解読困難な古代文字の部分に出くわした。


 ルーカスは、幼い頃から古代語の研究に熱中してきた。大陸でも数少ない、古代文字を解読できる人間の一人だ。しかし、この文字は通常の古代語とは微妙に異なっている。


 「これは……超古代文字か?」


 超古代文字は、現在失われた超古代文明が使っていたとされる文字体系だ。解読できる人間は、大陸全体でも片手で数えるほどしかいない。


 時間をかけて、一文字ずつ丁寧に解読していく。頭の中で古代語の語法と照らし合わせ、文脈から意味を推測していく作業は、まるで古代人との対話のようだった。


 『世界の守護者よ。星々の涙が邪なる者の手に渡りし時、調停者の歌のみがその暴走を鎮めん。歌声は大地に響き、大地は星々に応えん』


 調停者の歌……星々の涙……


 ルーカスは、これらの言葉に覚えがあった。母方の血筋について、かつて父から聞いた断片的な話の中に、似たような言葉があったような気がする。


 ***


 そして、手記のあるページで、彼の手が止まった。


 そこには奇妙な合金のスケッチが描かれていた。軽そうでありながら、独特の模様を持つ金属。その横には、几帳面な文字でこう記されている。


 『星の涙。歌に弱し。邪なる者、これを悪用せんとす。されど、調停者の血筋のみが、その力を制御し得ん』


 星の涙—それがこの合金の名前なのだろうか。そして「歌に弱し」とは、何らかの音波に反応するということだろうか。


 最も気になるのは「調停者の血筋」という言葉だ。それは、アイゼンヴァルト家のことを指しているのだろうか。


 手記をめくる手が、微かに震えているのに気づく。これはただの冒険記録ではない。これは、世界の秘密に関わる重要な情報が記された、極秘の文書なのだ。


 ***


 馬車が小さく揺れて、ルーカスは我に返った。


 外を見ると、アメリアが千里眼の窓で周囲を警戒しているのが見える。ジルは御者台で手綱を握りながら、鼻をひくつかせて風の匂いを嗅いでいる。


 二人とも、常に警戒を怠らない。それは、この旅が決して安全なものではないことを示していた。


 そして、父の言葉が蘇る。「これは、書物を愛するお前にしか果たせぬ使命だ」


 父は、この手記の内容を知っているのだろうか。いや、知っているからこそ、古代語解読の専門家である自分に託したのだろう。


 手記の最後の方のページには、各地の異世界遺産の詳細な情報が記されていた。その中で、最も詳しく記されているのが……


 『鳴き龍の洞窟。大地の歌声を聴く者のみが、その秘密を解き明かさん。されど、邪なる者たちもまた、この地に目を向けたり』


 ルーカスは魔力投影式地図を取り出し、手記の記述と照らし合わせた。鳴き龍の洞窟は、アイゼンヴァルト公国から最も近い異世界遺産の一つだ。そして、WHGOに報告する最初の調査地としても適している。


 「最初の目的地は、鳴き龍の洞窟だな」


 ***


 夕食の時間、三人は馬車のリビングスペースに集まった。ジルが作った温かいシチューの香りが、狭い空間を満たしている。


 「ルーカス様、何かお考え事でしょうか?」


 アメリアが、いつもの無表情で尋ねた。


 「ああ、実は……」


 ルーカスは、手記で発見したことを二人に説明した。公式な歴史書との食い違い、古代文字の記述、そして「星の涙」の謎。


 ジルは興味深そうに耳を立てて聞いていたが、「星の涙」の話になると、その金色の瞳が鋭く光った。


 「星の涙、ですか……聞いたことがあるような、ないような」


 「ジル、何か知っているのか?」


 「いや、確証はねえんですが……昔、故郷で聞いた伝承に、似たような話があったような気がするんです」


 彼は頭を掻きながら続けた。


 「歌で制御できる特別な金属があるって話。でも、それは子供向けの昔話だと思ってましたけどね」


 アメリアは黙って聞いていたが、やがて口を開いた。


 「ルーカス様。この旅が、単なる視察ではないことは理解しております。我々にできることがあれば、何でもお申し付けください」


 その言葉には、静かだが揺るぎない決意が込められていた。


 「ありがとう、二人とも。きっと、この手記の謎を解くことが、僕たちの使命なのだと思う」


 ルーカスは、この旅が失われた歴史の真実を探す冒険であることを確信していた。そして、その冒険は、彼らが想像する以上に重要で、危険なものになるのかもしれない。


 夜が更け、馬車は星空の下を進み続ける。手記に記された謎が、少しずつルーカスの前に姿を現し始めていた。

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