夢で会えたら 1
「タタ!」
突然小さな男の子の声がして、ドレスの裾をくんっ!と引っ張られた私は思わずつんのめりそうになった。
「わ、えぇっ⁉︎」
「ユーリ様、大丈夫でして⁉︎」
転びかけた私をカティヤ様がしっかりと支えてくれる。さすが勇者様の子孫である直系王族、相変わらず細腕に見合わず力強くて頼もしい。
・・・今日の私は王都の大神殿へ新年の供え物を納めに来ていた。
豊穣や再生、治癒など生命力に関係するイリューディアさんの力と祝福の力は新年に最も強まるらしく、ルーシャ国ではそれを祝い新年を迎えてからの一週間は元の世界でいうところのいわゆるお正月休みにあたるものになるらしい。
そしてその間、人々は皆こぞって自分の住居の近くにあるイリューディア神様の神殿へ過日を無事過ごせたことのお礼と新たな年の無事を願って祈りを捧げに行く。
そんなわけで私も今日は大神殿へと赴いて、姫巫女で大神殿からは滅多に出ることの出来ないカティヤ様とも久しぶりのお喋りを楽しんだ帰りだった。
「ユーリ様はイリューディア神様へ何をお祈りされたんですの?」
「みんながいつまでも健康で怪我なく過ごせるように、ですよ!カティヤ様は?」
「わたくしは・・・ふふ、確実に叶って欲しいお願い事は口に出さない方が叶うといいますから内緒です」
「ええ⁉︎人に聞いておいてそれはないんじゃないですか?」
「叶った時に教えて差し上げますよ、さあ急ぎましょう。隣の領地へ視察に出ていたお兄様が迎えに来てくれるのでしょう?」
「あ、そうなんです。ちょうど夕方戻ってくるのでここで私と合流して帰る予定で」
なんて話をしながら歩いていたら、突然後ろからドレスを引かれたのだ。
「タタ!」
小さなその子はまたそう言って私のドレスにぎゅうとしがみついた。
「敵意はなさそうですが怪しいです、僕が全く気配に気付けませんでした。引き剥がしますかユーリ様」
小さな子にもエル君は容赦ない。いや、護衛だからこれが正しいのかな?
「一体どこから現れたんですかね?ていうか、タタってなんでしょう?」
しゃがんで目線を合わせて見つめれば、綺麗な金髪に愛嬌のある顔立ちのその子はうっすらと涙の滲んだ青い瞳で私を見るとにっこり笑ってまた「タタ!」と言うと今度はドレスではなく私の首に抱きついてきた。
「わっ!」
思わず後ろへ転びそうになって今度はエル君に支えられる。
「こんな小さい子供にも転ばされるとか非力過ぎませんかユーリ様」
「仕方ないでしょう、急だったんですから!」
するとそれまでエル君と会話している私や謎の子供をまじまじと見つめながら顎に手を当て観察していたカティヤ様が
「タタ・・・。もしかして前ルーシャ語?」
そう呟くと私を指差しながらその子に話しかけた。
「タタ?タヘティアーテ?」
するとその子はぱあっと顔を輝かせてこくこく頷く。
その反応にカティヤ様は少しだけ眉を寄せて困ったように微笑むと、私の聞き覚えのない言葉でその子と話し始めた。
その子も二言三言、何ごとかを返しているようだったけど急に
「ヤー!ディヒド・シャル・タタ!」
みたいな事を大きな声で言うとまた私にぎゅうっとしがみついた。全く話が見えない。そして苦しい。
「ぐぇ・・・っ、ちょ、ちょっとカティヤ様この子に何を言ったんです?興奮させないでもらえますか、く、首が絞まります・・・」
この世界に来た時から自動翻訳みたく言葉に違和感なく周りと会話が成り立っていた私が分からない言語は、確か昔のルーシャ国で使われていた古語の前ルーシャ語だけだけど。
神殿の巫女で前ルーシャ語も学んでいるカティヤ様ならともかく、なぜそれをこんな小さな子が使えるんだろう。それに何を話していたのか。
諸々説明して欲しい、とその子だけでなく首が絞まる苦しさから私も涙目になりながらカティヤ様を見上げれば、その表情は困惑している。
「ええと・・・タタ、と言うのは前ルーシャ語で母親を意味する単語「タヘティアーテ」の幼児語みたいなものでして・・・」
なるほど。てことはママ、って言ってたのかな?
「いや、私はお母さんじゃないですよ⁉︎」
リオン様達四人との新婚休暇は終えたけどまだ妊娠すらしていない。
「わたくしもそう話したんですが、この子はユーリ様のことを絶対に自分の母親だと言いまして・・・。あ、この子のお名前はシャルのようです。ユーリ様に抱きつく際に言っていたのは『違うもん、シャルのお母さんだもん』というようなことです。」
そういえばさっきシャルとかタタとか言ってたなあ。
「森へピクニックに出掛けた時に白い鹿を見つけてそれを追っていたら迷子になったというような事も言ってるんですが。」
「森?そんなのここにありましたっけ?」
「いいえ。白鹿ならイリューディア神様の象徴として何頭かは飼われておりますが。」
「じゃあどこかの森から魔法陣か何かで転移して来たとか?」
「うーん・・・」
カティヤ様はまだ困ったような、それでいて何故か嬉しげにも見える微苦笑をその美しい顔に浮かべている。
「あの、ユーリ様・・・。三、四歳ほどのこんなにも幼い歳で前ルーシャ語を違和感なく話せる者というのはですね、」
そろそろとなぜか私の顔色を伺うようにカティヤ様が話し出す。
「幼い時分から神殿に使える神官見習いや巫女見習い、姫巫女などでして」
「ああ、それじゃこの子も将来の神官さんですか?小さいのに偉いですね!」
言われてみれば神官見習いと言われても違和感のない、瞳の色に合わせた深い青色のリボンをベルト代わりに腰に結んだ、白が基調の上品な服を着ている。
「・・・それから王族もなんです。ルーシャ国の直系王族は小さい頃にまず前ルーシャ語を習い、それに慣れたら今のルーシャ語を習うので・・・」
「えっ、じゃあこの子は王族かもしれないんですか⁉︎リオン様やカティヤ様達のいとことか親戚⁉︎」
言われてみれば綺麗な金髪だしリオン様みたいに深い青色の瞳だ。
「いえ、こんなに幼い男の子の直系王族はおりません。それに、あの・・・この子のお顔立ち、誰かに似てると思いません・・・?」
そう言われてその子の顔を改めてまじまじと見つめる。小さいけど整っている綺麗な顔立ちだ。
私と目が合い嬉しそうににっこり微笑んでまた「タタ!」と言って、柔らかに三日月型を描いた目元はなんだかリオン様を思わせる。・・・ん?リオン様?
「まさかリオン様の子供・・・隠し子とか⁉︎えっ、認知とかしてるんですかね⁉︎」
いや、まさか。あの誠実な人に限って。だけど私の身に子供が出来た覚えはないし、王家の子どもが習うルーシャ語を話してリオン様に似てるとか一体何がどうなって・・・?
「ちょっとユーリ様、隠し子だなんてそれはさすがにお兄様が面白いことに・・・じゃなくてかわいそうですわ」
ぷふっ、と肩を震わせてカティヤ様が吹き出した。するとエル君がぽつんと
「僕には笑顔がユーリ様にも似ているように見えます」
と呟いた。
「え?」
ぽかんとしたら、まだクスクスと笑っていたカティヤ様が
「うっすらと私やお兄様に似たような魔力を感じますが確実ではありません。この手の魔力の解析はわたくしよりもシグウェル様が得意ですので。ただ・・・ちょっとお待ちくださいね。」
そう言うとまたシャルというらしいその子に話しかけている。
「森というのはどうやらノイエ領の選女の泉がある場所らしいですわ。ノイエ領での保養中に新年を迎え、ピクニックというか神殿への参拝代わりに選女の泉に向かう途中で両親とはぐれたようなことを言っております。」
「でもどうしてそれで私やリオン様に似てる子がノイエ領から突然王都の大神殿の中に現れることになるんですか?」
意味が分からないでいる私にふーむとカティヤ様は思案顔をした。そういう時の表情はすごくリオン様に似ている。
「・・・ユーリ様、以前レニと一緒に勇者様のいる時代へ精霊達によって運ばれたことがおありでしたね?」
その言葉にカティヤ様の言わんとしたことが分かった。
「まさか」
「それと同じようなことでは・・・?勇者様の直系血族であるお兄様にイリューディア神様のご加護の篤いユーリ様、そのお二人の血を引く子ども。イリューディア神様のお力が最も強まる時期の新年とその力の影響を受けやすい大神殿に選女の泉・・・。これだけの条件が揃えばユーリ様の前例もありますしあの時のようなことがまた起きても不思議ではない、のかしら・・・?」
自分で話しながらいまいち自信を持てないでいるようなカティヤ様だったけど・・・。
あり得ないことではない。一体小さなこの子が何を願ってここに現れたかは分からないけど、条件だけ見れば私とレニ様が過去の世界に迷い込んだ時に似ている。
「え、ちょ、まさか本当に私がママですか・・・?」
こんにちは赤ちゃんだ。赤ちゃんていうか幼児だけど。
目を丸くしてその子を見つめれば、その子はやっぱり嬉しそうに笑って「タタ!」と私に額を擦り付けてくる。
いや、可愛いけどちょっと待って。どうすればいいのこれ。
戸惑う私の隣ではカティヤ様が
「早くお兄様とユーリ様の子供をみれますようにというわたくしの願いがまさかこんな形で叶うなんて・・・。新年を迎えたイリューディア神様からの贈り物なのかしら・・・?」
と呟いていたけど、困惑している私の耳にそれは全然入ってきていなかった。
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