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お騒がせの女の子、惠登場!優とコントレイル&サリオスの大事件!?・皐月賞(3)

リビングでの騒動の後、落ち着いた惠は優を手招きして、誘う。

「あのさ、私の部屋で競馬の話をしない?」

『競馬の知識が豊富だと鞍さんから聞いたから、付き合って』と『男の子を部屋へ入れるのがホントはよくないけど、鞍さんから話すのを勧められた』ともいいながら、玄関脇の階段を登る。

目の前で左右に揺れるショートパンツを間近に見上げると、優の喉が鳴る。

シェアハウス二階に女性住民三人の部屋がある。

階段近くの惠の部屋に招かれると、白を基調として整頓されていた。

硝子の馬など可愛い小物が並ぶと、同じ六畳間でも女の子の部屋だと気付かされる。

部屋で彼女の頬が少し赤いのは、リビングでの余韻が残ったものなのか。

「モーリス・メーテルリンクの『青い鳥』って知っている?」

そう問う惠に優は『知ってはいるけど』の叩首をすると、安堵する。

『青い鳥』はチルチルとミチル、二人兄妹が幸せのシンボルである青い鳥を過去や未来へ探しに行くが、結局は自分たちの身近な鳥籠の中という有名な物語だ。

「冴さんてさ、あたしのこと心配してくれているんだよね…」

「…新潟から上京してさ、本来行くべき大学にも行けないでいてさ」

レースのカーテンからの外光、合間から零れる淡い輝きが惠の顔に囁く。

「馬鹿やって、気が紛れて。寂しくないようにってね」

『鞍さんも果凛さんも同じ、優しいね』と優も同意すると、『暴走しなければね』との微笑が返る。

「籠の中、か。今、まさにそうだよね」

『青い鳥』と現実を絡める。

『まあ、ね』と優は世界中が籠の中にいると示す。

「何時までも籠じゃないだろ、そのうち、大学はおろか、日本全国、世界中へ行けるようになるさ」

惠はふと二頭の馬名を挙げる。

「サリオスとコントレイル」


皐月賞の有力馬二頭を『どう思う?』って、惠は首を斜めにして訊く。

「コントレイルもサリオスも三戦三勝。共にG1馬で東京競馬場のレコードホルダーだし…」

『…甲乙付け難いなぁ』と比較は困難だと優は頭をかく。

「でもサリオスじゃなくて、コントレイルが最優秀2歳牡馬だったんでしょ、何で?」

惠が不満そうだ。

競馬初心者の惠が頑張って調べた二頭について披露する。

「コントレイルは同じ中山2000mのホープフルステークスを勝っているからかな?今、一番クラッシックに直結するレースと評価される場合もあるしね」

クラシック、『クラシックレース』の意だ。

3歳馬が一生に一度だけ出走できるレースで牡馬の場合、「皐月賞」「ダービー」「菊花賞」があり、競馬の根幹だと優は説明する。

『サリオスじゃあ厳しいのかな? 最優秀2歳牡馬じゃないから?』と納得いかない惠。

「サリオスも有力だよ。去年のサラブレッドランキングのレーティングは116でコントレイルの115を上回っている。勝っても不思議はないよ」

「そうだよね。よかった」

嬉しそうに一安心すると、優が同意とも反駁とも取れるように尋ねる。

『やっぱり、サリオスが好きなの?』に『うん、綺麗な栗毛と立派な体が好き』と即答。

惠は嬉しそうに自身の栗色した髪の毛先をいじる。

「コントレイルかサリオス、僕はこの二頭のどちらかが勝つと思うよ」

「サリオスとコントレイルのどちらかが勝つ、でしょ」

少年のような笑みを見せる。

「馬名を言う順番、拘るね」

「うん、拘る」

断言する惠をサリオスが大好きなのだと認識を新にし、『#くみれい』と『#れいくみ』の掛け合いを思い出す。

「馬名を言う順番に拘っていたら、冴さんにまた『寒い奴ら』って、冷やかされそうだね」

優は笑いを吹き出した。

「サリオスとコントレイルは何時まで一緒なのかな」

惠が寂しそうに呟く。

「ダービーまでは一緒かな。秋の菊花賞も一緒に走って欲しいのはファンである僕の望みだけどね」

サリオスの出走レースは現時点ではマイルのみで、長距離戦への心許なさが優の個人的見解として浮かぶが、押し黙っておく。

「いいライバル関係であって欲しいよ」

優は秋への希望も紡ぎながら、ファンとしての感を述べる。

「そうね、サリオスとコントレイルが切磋琢磨しながら、お互いを高め合えればいいわね」

『青い鳥』のチルチルとミチルのように二人の幸せを探しに行くが如くだ。

結果は別として、二頭一緒の競馬であって欲しいと惠は希求する。

皐月賞で邂逅して出会い、競り合うお互いを慮る結び付きになるのか。

そして、『皐月賞、ダービー、菊花賞』の『クラッシックロード』という鳥籠を飛び出て羽ばたいて欲しい。

香港、ドバイ、豪州、北米、そして欧州へと、その時は来年だろうか。

初めて激突する皐月賞、結果は分からないが二頭の新たな門出として迎えたい。

優はそう夢想していた。これから二頭の世界の幕開けだと。


「一緒に観たいレースがあるんだけど」

サリオスとコントレイルから優が誘うと、惠はどんなレースと質した。

「シンボリルドルフとビゼンニシキの皐月賞」

『初代にして昭和の無敗三冠馬シンボリルドルフとビゼンニシキのマッチレース』と言う優はスマホを手にしながら説明する。

『何で結末を言っちゃうのよ』と惠は吹き出しそうになるが、黙っていた。

シンボリルドルフはトライアルの弥生賞で、それまで四連勝のビゼンニシキに土を付けていた。

迎えた皐月賞、直線に入ると弥生賞に続き、再び一騎打ちが展開されたレースだという。

「じゃあ、行くよ」

それは、お伽噺へ誘いのようだった。


1984年4月15日、皐月賞が優のスマホに宿る。

ゲートが開くとスタート、全馬が横一斉に飛び出す。

アサカジャンボにルーミナスレイサーがハナを争う。

シンボリルドルフは先頭グループから1馬身半差の6番手集団の一角。

ビゼンニニシキは中段後方。

2コーナーでシンボリルドルフは3番手へ。

ビセンニシキはルドルフをマークするように中段前目へと押し上げる。

3コーナーでシンボリルドルフが3番手から外から先頭を伺うと、4コーナーでは早くも押し出されるようにトップに立つ。

ビセンニシキは直後の4番手、ルドルフのみを射程に入れる。

直線、内からニッポースワロー、中アサカジャンボ、外シンボリルドルフ、一瞬の横一線は激戦。

大外から美しい栗毛の馬、ビゼンニシキが影を踏みながらシンボリルドルフへ寄る。

恋する相手の如く、添おうとする。

流麗な鹿毛のシンボリルドルフが抜け出しを図ると、阻止せんと大外からビゼンニシキが襲いかかる。

恋人を絶対に逃すまいとする想い。

シンボリルドルフとビゼンニシキが他馬を置き去りし、二人だけの世界が拡がる。

ボクはキミになろうとする領域を迎える。

今度は、内のシンボリルドルフと外のビゼンニシキが決闘のようにぶつかり合う。

まるで火花が飛び散る肉弾戦が展開される。

愛するがゆえの殺し合いに近い。

プライドと意地の張り合い、これが一騎打ち。

その激しい競馬は優勝した騎手が騎乗停止になり、2着の調教師が激怒する程だ。

物語の結末は、1馬身差が詰まらない、永遠に走っても詰まらない。

想いは届かず、傾慕がするりと逃げていく。

レースを観終わって、沈黙が漂う。

「何とも言えないね…」

やっと惠は、口を開く。

シンボリルドルフとビゼンニシキのどちらに想いを馳せているか分からない。

ただ、マッチレースに酔いしれているのは分かる、優がそうだからだ。


「じゃあ、今日のお勧めの馬は何ですか?」

鞍さんが甲高い声音で、初めて五人揃い踏みの住民たちを誘う。

土曜日の4月18日正午過ぎ、重い雨空の嫌な雰囲気を払うように。

鞍さんの作る昼食、おにぎりを頬張る住民たちの咀嚼が止まる。

リビングでは、85インチ8K液晶テレビが壁に掛かり、競馬中継を静かに待っていた。

L字ソファーには窓側短辺にはセーラー服の果凛、テレビが正面の長辺にはグレーのパンツスーツの冴、サックスのシャツと白いスキニーパンツの惠。

ソファーの右、オットマンにはグレーのパーカー姿の優が座る。

果凛が高校の制服姿なのは、土曜が活動日のはずの軽音部への憶で、今の状況へ意地を張りたいという。


「プリンスチャームはどうよ」

果凛がスマホを見ながら中山6レース、2枠3番の馬名の口にする。

3歳1勝クラス、芝1200m、15頭立、雨降る中で馬場は不良だ。

住民たちは明日の皐月賞の馬場が気になるが、まずは目の前の予想を続ける。

果凛によると、プリンスチャームは芝7Fの英G2を三勝したIffraajの子で、英国産馬なら時計のかかる中山の1200mの不良馬場は適性があるではとのことだ。

実際、同じ中山の1200m特別戦を稍重で2着していて、渋めの馬場なら、ここ2走の不振から脱却が可能では?という。

『なるほど』とは優。

「そのレースならトロワマルスかな」

冴は6枠11番の馬名を披露する。

前走は今回と同じ中山平場の1200mで人気薄ながら2着に食い込んだ。

調教は美浦の南ウッドを馬なりで65.4-50.2-37.1-12.4なら、なかなかの出来だという。

先行馬が好きな果凛もご贔屓のイタリアン騎手騎手騎乗含めて承服する。

優も引き続きての好走に期待する。

『後、面白そうなのは…』という鞍さんのオーダーに優が6枠10番をピックする。

「穴っぽいですが、カップッチョですかね」

芝1600mの未勝利を10番人気で制し、ここ2走はダートで、前々走は8番人気で3着、逆に前走は3番人気で9着と人気を裏切るムラ馬で、芝ダート兼用の馬で今日の不良馬場なら面白いという。

調教は南ウッドを馬なりで66.0-51.6-38.4-12.9なら、まずまずではとのことだ。

「じゃあ、メンバーで唯一前走2着のトロワマルスを軸にして馬連ですかね。後はもう少し2着対象をチョイスしますかねぇ…」

鞍さんが連軸と馬券の種類を決めようとすると果凛が口を挟む。

「…枠連はどうよ?」

カップッチョとトロワマルスは6枠同士だ、買い目は『枠連2枠6枠1点でどうか』ということだ。

「まあ、そうい考えもあるわねぇ」

鞍さんは意外にも乗り気で、『枠連は代用品狙いがある』と果凛が付け足す。

「代用品って、狙うもんじゃないだろうに」

惠と一緒に苦笑し、忠告を加える冴は無視された。

鞍さんの結論は『枠連2枠6枠を3000円』で『様子を見る』とのことだ。

少し軽めの金額が、良からぬ勘が働いた鞍さんのファインプレーなのかは、すぐ分かることだが、あの結果は誰が予想していたのだろうか。


「じゃあ、テレビ点けるね」

果凛がリモコンをテレビに向け、『鞍さんの作るおにぎりは絶品だな』と堪能する。

住民たちも雨降りの中で毛艶も分からないような6レースのパドックの確認を諦め、鞍さんの包み飯を味わうのが優先する。

テレビが点灯すると、ゲート前、一頭の馬に注目が集まるのが映し出されていた。

『え、何なの?』と焦る果凛が食い入るように見る。

ゼッケンから、対象は2枠3番プリンスチャームだと分かる。

「馬体検査ですね」

優が事実を述べるとリビングに緊張が走る。

馬場入場後、騎手を振り落とそうとするほど、暴走したらしい。

『出走できるのかしら…』と鞍さんが不安がる。

乗馬の経験が深い鞍さんは、馬が傷つくのは見たくないという。

「まあ、無理して出走する必要はないですよね」

惠の心配を住民たちは容認するが、実際どうなるのか。

短い時間の二分の経過が、二時間のように長く感じられる。

「あ、発走除外だって」

冴の冷静さが無情だが、目の前で大事故に至らずで住民たちは胸を撫で下ろす。

「あの、発走除外って。馬券はどうなるの?」

競馬初心者の惠が優に伺いを立てる。

「基本的には返還されて、賭けたお金は戻って来るよ」

返事を受けると『なら、良かったですね。果凛さん』の惠は明るく果凛に向くが、ツインテールを小刻みに動かしている。

「枠連はダメなんだよなぁ」

果凛は大きな息を床にぶつけると、優が解説する。

枠連の発走除外は同枠に出走馬がいると、同枠のゾロ目以外は返還にならない。

2枠3番プリンスチャームは競争除外だけと、同じ2枠の2番にキラービーが出走するから枠連の返還は無理だ。

キラービーはプリンスチャームの除外後、14頭立の13番人気だ。

鞍さんが買おうとした馬連ならこの悲劇は避けられた。

「冴姉ぇ…」

果凛は珍しく涙目になる。

だが、冴は首をゆっくり左右に振り『先週の桜花賞、間違えて買ったスマイルカナが馬券になった』のと同じ期待はするなと残念がる。

そして一頭少ない十四頭のゲートインを迎えた。


ドラゴンズバックが好スタートもトロワマルスがダッシュを効かせて先頭に立つ。

3番手はグットマックス。

『どこにいるんだよ』と果凛が探す馬券絡みの二頭をやっとカメラが捉えると、カップッチョは後から3番手、キラービーは最後方だ。

不良馬場の芝1200m、3コーナーでこの状況、ほぼ、お手上げだ。

トロワマルスは悪い馬場をものともせず、先頭を突き進む。

直線を向いても持ったまま、少し行ったところで追い出しにかかると後方を突き放す。

水飛沫を上げて、独走態勢になると果凛が好きなデムーロ騎手を背に5馬身差の圧勝だ。

さすが、鞍さんが連軸と見立てただけのある強い競馬だ。

例の二頭は何処かへ行ってしまっていた。

結果は1着と12着、『代用品』は13着だ。

果凛が悔しそうに肩を落として震えている。

哀情を漂わす鞍さんと惠は『どうしよう?』と困ったように顔を見合わせる。

『まあ、こんなこともあるよ』と言う冴は果凛の肩を『気にするな』と小さく叩き、励ました。

「いやー、惜しかったですね」

優が果凛に近づくと軽口を叩く、本人は彼女を元気づけしているらしい。

「果凛さんが選んだ馬が除外にならなければ、馬券、取れてましたよ」

その瞬間、優はオットマン後方へ吹っ飛んだ。

『あっくすぼんばー』と雄叫びが後を追った。

右腕をくの字に曲げ、プロレス技を繰り出した果凛が鼻息荒く佇立する。

「タイムオーバーを喰らう馬を選ぶヤツに馬鹿にされたくないわ!」

今日の不良馬場では馬の馬場適性もあるだろうが、果凛はそんなの無視だ。

彼女の肩とツインテールが息を切らすように同時に上下する。

『タイムオーバーって?』惠の問いに冴が答える。

勝った馬から離され過ぎたりすると、ペナルティが科される。

今回の芝1200mの1勝クラス、新馬以外の競走で1400m以下の芝のレースだから、勝馬から3秒離されると制裁として、一ヶ月間出走できないとのことだ。

『優もしばらく『出走』出来ないのかねぇ』と床に倒れた男を冴は冷静に眺めていた。

まあ、それは早く元気になって欲しいと、姉から弟への思い遣りの気持ちなのだ。

次のレースが望む方向にいけば良いのだ、そう住民たちは願っていた。


1日1回は投稿を目指します。(時間は不定になるかもです)


この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。

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