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ダービー・惠と優、執事とメイドの物語(5)

「ダノンスプレンダーッッツ!!」

果凛の大声が最後の直線、大詰めで響く。

内ダンツキャッスルと外シャンパンクーペの間へ、隙を伺う。

少し後のダノンスプレンダーが果凛の応援に応えるように二頭の隙間に猛然と突っ込み、割ろうとする。

大外からはヴォカツィオーネが追い込んでくる。

「ダンツキャッスル負けるなっ!!」

惠も四頭競り合いの後押しをする。

狭いところを何とかこじ開け、真ん中からダノンスプレンダーが顔を突き、覗く。

「うぎゃーっ」

果凛の本日三度目の美爆音が突き刺さると、ゴールだ。

ダノンスプレンダーがアタマを突き出していた。

2着はシャンパンクーペ。

『よし!』と惠の力こぶは3着ダンツキャッスルだ。

結果を見届けた鞍さんがテレビを消す。

シェアハウスのリビングに静寂が漂う。

ダノンスプレンダーとダンツキャッスルのワイド一点は的中だ。

L字ソファー長辺の三人、無言で鞍さんが左の惠と、右の優へと握手を交す、惠と優もだ。

L字ソファー短辺の二人、冴が果凛を自らの豊満な胸へと誘い、抱く。

ダノンスプレンダーとシャンパンクーペの馬連も的中であった。

『果凛、良くやった』と冴は妹の頭を手で慈しむ。

『うん…』という返事を果凛は姉の胸に埋めた。

ダノンスプレンダーとシャンパンクーペの馬連は3,020円、ダノンスプレンダーとダンツキャッスルのワイドは190円だ。

惠と果凛の的中にリビングの住民たちに喜色が漂う。

「さぁ、ダービーです」

鞍さんの宣言で住民たちの気持ちがコントレイルとサリオスに向いた。

リビングのテレビが復活するのはダービーのパドック中継の時となるが、あと少しだ。


85インチの8K液晶テレビから人気のないパドックを映し終わると画面が切り替わる。

リビングのソファーでは住人たちが一瞬緊張を解くと、ソファーで微睡んでいるようだ。

ダービー出走各馬のパドックを観終わって誰も無口だ。

中継を観てもコントレイルもサリオスもどの馬も順調そうだった。

『鞍さん、結局馬券は馬連?』の果凛の問いも『ええ』で終わりだ。

何となく皆が再び肩に力を入れ始める。

冴はコントレイル単勝1万円のみ。

鞍さんはコントレイルとサリオスの馬連一点、1万円だ。

冴と鞍さんが静かにスマホを操作していた。


無観客の東京競馬場にG1ファンファーレが響く。

管楽器の音に刺激されたソファーで観戦の住人たちが背伸びをして、姿勢を正す。

ゲートに吸い込まれていく馬たち。

住民たちは食い入るように画面へ集中する。

奇数のコントレイルの後、サリオスが偶数で後入れだ。

ゲートが開けば、ダービーのスタートだ。


大外からウインカーネリアンが元気よく飛び出し先頭へと行く。

10番が2番手、何とコントレイルが3番手、ヴェルトライゼンデは5番手。

外サリオスと内サトノインプレッサは中段の後方。

「嘘っ?嫌だ!」

「どうなんだろう…」

サリオスファンの果凛が素っ頓狂の声を上げ、競馬初心者の惠ですら疑問を呈する。

果たして、コントレイルの後でサリオスは躱せるのか。

二人は画面を見ながら、騎手の騎乗を信じるしかできない。

サトノフラッグとマイラプソディは後方だ。

1000m61.7秒。

騎手がスローと判断したのかマイラプソディが位置を押し上げ、一気に先頭に立つ。

サトノフラッグも前目へと意識を向ける。

ケヤキを過ぎてマイラプソディが先頭、ヴェルトライゼンテがコントレイルをマークして被せにかかるように見えるのが6、7番手の攻防。

マイラプソディが動いても動じないコントレイルを『よし』という感じで眺める冴と優。

サリオスは2頭飛ばして9番手の外で中段だ、切れる末脚を隠しているのか。

「何で?」

『前に行かないのか?』と言いたげな果凛が力なくソファーに沈む。

この競馬では諦観を決めるしかないという渋い顔だ。

『マイペースで競馬するのを優先で今の位置が仕方ないとするならば、ここまでかも』と覚悟すると惠の目頭が熱くなる。

直線、マイラプソディ先頭、コントレイルが馬場の真ん中外目から先頭を伺う。

サリオスはさらに外から追い込む、抜けるのか。

『いけーっ!』

住人全員が大合唱だ。

果凛と惠はサリオス、冴と優はコントレイル、鞍さんは二頭に想いを馳せる。

コントレイルが抜け出そうと先頭を伺う。

コントレイルを唯一の目標としてサリオスが追い掛け、差を詰める。

ランデブーは再び演じられるのか。

だがコントレイルはサリオスやマイラプソディとは次元の違う脚を使うと、あっという間に3馬身差を開けた先頭だ。

サリオスも必死に2番手から前を追い縋るが、差は詰まらない。

コントレイルはそのままの体勢でゴールイン。

ダービー馬コントレイルの誕生だ。

「ヨッシャー」

優がガッツポーズを見せると、冴は『よし』と短く呟く。

鞍さんは無事にレースが終わったとの安堵の息を吐く。

「冴姉、優、オメデトウ」

「鞍さんも馬連的中おめでとうございます」

果凛と惠は2着だったサリオスファンは複雑な笑顔をみせる。

コントレイルは『無敗の二冠』を達成した、他に言葉はいらない。


「3着はヴェルトライゼンデだね」

ソファーに座る果凛は足をふらふらさせながら呟く。

「いい競馬したんじゃない」

冴がそう表すると優は内容を概評し始める。

「コントレイルをマークして3~4コーナーでは外から被せにかかるようでした。あの相手に真っ向勝負で厳しい競馬をしました」

「このしぶとさはG1でいつか花開きそうですねぇ」

鞍さんも馬券は買っていないがヴェルトライゼンデの懸命な走りにどことなく嬉しそうだ。

「サトノインプレッサは4着、健闘だよね」

惠が静かに微笑みを浮かべる。

「騎手が頑張りました」

とは鞍さんの評だ。

「最初のダービーで4着は立派だよ。最内枠から4コーナーまでインの後ろ目で我慢して、直線で馬群を捌きつつ再び内側から伸びて」

優もいいんじゃないですかという評だ。


「最後の直線さ、コントレイルに追いつくかもというサリオスの一瞬の見せ場があったじゃん…」

そういう果凛が珍しくしんみりとした調子だ。

「…あれ、かえって残酷だね」

一呼吸置いた惠が感を追加する。

果凛が下を向きながら『遊ばれての3馬身差はサリオスファンへの鞭打だよ』とまでいう。

惠も淡い涙目で2着が悔しいという雰囲気だ。

だが、一度だけ左右に髪を振ると、気持ちを切り替えるように前を向く。


「ねぇ、優…」

何かを振り切った感がある惠が優しくもしっかりと声掛けする。

「…今年の10月24日は宇治の大吉山に行こうか」

優も好きな吹部小説&アニメの『聖地巡礼』だよ、分かっているよね?と念を押す。

ソファーから立ち上がって、指さす惠に気圧されながら優は頷く。

「翌日は淀ですね」

そういう鞍さんが『菊花賞なんでしょ』と確認すると騒ぐように惠は両手を開く。

「そう、コントレイルが無敗の三冠馬への挑戦を観るわよ!」

「さて、善は急げだ」と惠はスマホを手にする。

少し経って「宇治の宿、ゲット!」と騒ぐ。

『JR宇治駅近く、和室のみ押さえました♡』とのことだ。

「冴姉ぇ、あたしらもどうしようか。サリオスにも会えれば、最高、だよね」

「あ、ヴェルトライゼンデも。淀の長距離は三頭の中では一番合っているんじゃない?」

果凛と冴がニヤリとしながら『お邪魔じゃなかったら、宇治の宿にご一緒させてください♡』と提案する。

宇治から京都競馬場のある淀までは京阪電車で約三十分程だ。

「サリオスが出走したら、当然、応援しますよ。コントレイルに負けるなって」

自分の立ち振る舞いに気づき、頬を紅潮させた惠は表情を誤魔化すように大声を張り上げる。

『懸命な走りをしてくれれば、いいんです』ともいうと、住民たちは頷いて同意する。

『オーソリティも会いたいですねぇ』と鞍さんは『サトノインプレッサにもですねぇ』と二頭の馬名を挙げて悩み始めた。

改修前の京都競馬場で最後となるG1に住民たちは気が早くも菊花賞へ想いを馳せる。

「コントレイルが三冠達成したら素直に『おめでとう』って言いましょうね」

「その時はダービーの際に飲み込んでしまった、その一言を素直に言おうぜ」

先程はサリオスの2着に複雑な思いをみせたファンの惠と果凛でさえ、コントレイルの無敗の三冠制覇を意識していた。

なんだかんだいって強い馬を素直に評価できるのがシェアハウスの面々だ。

果たして、何処までが現実で、何処までが夢のままなのであろうか。

今年という状況が本当に恨めしい。


「生涯一度だけでいいから、サリオスがコントレイルに勝たないかな」

そう惠が囁くとメーテルリンクの「L'Oiseau bleu」、『青い鳥』を思い浮かべた。

『青い鳥』はチルチルとミチル、2人兄妹は夢の中で過去や未来に幸せの象徴である青い鳥を探しに行くが、結局は自分達に最も手近なところ、鳥籠の中にあったという有名な童話だ。

「私にとってコントレイルとサリオスはチルチルとミチル」

そういう惠に果凛がもう一つの見解を示す。

「もう一方でコントレイルとデアリングタクトというコンビもあるんじゃない」とも。

無敗の牡牝二冠馬も永遠の相棒にして目標なのか。

鳥籠を脱し飛び立って、どんな結果になろうとも究極を求めて走り続けて欲しい。

「ヴェルトライゼンデ、馬名は世界旅行者の独語だよね」

冴が惠の『青い鳥』のイメージを繋げる。

「早く人々が世界旅行できるといいなぁ」

果凛のその願いに救われる。

「来年以降でしょうけど、香港、ドバイ、豪州、北米、そして欧州にチャレンジして欲しいですね、その四頭は」

優が果凛の願いをコントレイル、デアリングタクト、サリオス、ヴェルトライゼンデへと紡ぐ。

『いや、今年の世代なら牡牝合わせて上位十八頭はG1クラスだ』と冴が希う。

鞍さんが静かに口を開く。

「今の鳥籠のような日本での『クラッシック』から解き放たれた彼ら彼女らが世界中で暴れまくって欲しい…」

「…日本でフルゲートが全てG1馬というレースを観てみたいわね」

シェアハウスの女神もそう夢想していた。

来年以降かも知れない、住民たちも同じく、そう夢想する。


今年のクラッシックは牡牝とも『無敗の三冠馬』がテーマとなった。

それならば、秋は『秋華賞』と『菊花賞』だ。

果たして、シェアハウス住民たちは『秋華賞』と『菊花賞』の当日は何処で何をしているのか。

それはまだ誰にも分からない。

ただ、競馬が続くなら秋のG1シーズンでも予想大会を中心に仲良く『馬鹿な騒ぎ』を起こしているのだろうが。



第七話、了。


一旦、2020年春競馬はコレで終了です。


この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。




参考文献

ワインといっしょに! 81の美味しいレシピ

著者 植野 美枝子

池田書店


楽譜がすぐ読める 名曲から学べる音楽記号事典 CD付き

監修 齋藤 純一郎

ナツメ社


メイドと執事の文化誌 英国風家事使用人たちの日常

著者 シャーン・エヴァンズ

訳者 村上 リコ

原書房


新装版 図説 英国メイドの日常

著者 村上 リコ

河出書房新社




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