ヴィクトリアマイル_合唱!内山田洋子と熱きクインテット(3)
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そして合唱練習から五日が過ぎた5月16日土曜。
合唱のおかげ?でナルハヤと奈々騎手への応援で馬券を的中させて住民たちだ。
5月16日土曜、夜のシェアハウスは競馬の住人、大人の王国だ。
リビングのL字ソファーには窓側の短辺には冴と果凛、その右手の長辺には惠、鞍さん、優、短辺の向こう正面になるオットマンは未だ、空席。
玄関のドアがチャイムもなしに開け閉めされる。
力強い足音が近づき、冴と果凛が頭を抱えると、リビングのドアが勢いよく開け放たれる。
「ヒロコだよーん」
いきなり抱きつかれた鞍さんが勢いで顔を上げると、ダイニングのシーリングを目にする。
眩しさと嬉しさでエプロン姿の鞍さんはTシャツとジーンズ姿のヒロコの背中を歓迎の意で叩く。
冴が着るベージュのパンツスーツと豊かな胸を包む白いブラウスの左脇にあるショルダーホルスターに抱えられた拳銃に『相変わらずだな』とヒロコは笑う。
不安げな優と惠を見つけると、今日は合唱なしと表明する。
「G1の前日だろ、競馬予想を楽しむさ」
ほっとする二人を横目にオットマンへ向かう。
センターテーブルに軽食と飲み物が準備万端を横にしてヒロコはオットマンへ落ち着く。
金髪ツインテールの果凛は半袖半ズボンピンクのパジャマ、優はいつものジャージで、スーツ姿の冴は仕事を一時間抜け出したという。
農茶のボブの惠はグレーのパーカーにトラック用ショートパンツ姿だ。
優は運動部バージョンだと思いながらで、チラを見せる。
恥ずかしさ逃れようと優が冴に仕事の内容を問う。
ヒロコが口を開こうとする瞬間、冴はダッシュを掛ける。
『冴さんの仕事は、ケ…』と言い掛けた口が手で塞がれ、ホルスターに入った拳銃が自然と後頭部に突きつけられた。
冴の手を払い除けて自由を得たヒロコは息を継ぎ、冴の『仕事はね』と続ける。
「ケツモチ!」
優が『何ですか?その仕事は?』と脱力する。
ヒロコが『往く道を極めようとする方のお仕事』と真顔で説明すると、優と惠が緊張の面持ちとなる。
冗談の中で三人の真剣さが可笑しく、『そんな訳ないじゃん』と果凛が手で膝を叩き、ツインテールを振って、大笑いする。
『何バカなコト、言ってるんだか』と冴は肩を微妙に上下させて息をしていた。
いつもの予想大会前の余興にヒロコは馴染みつつあった。
ラムチョップにタイムをふってオリーブオイルで焼いたラムの香草焼き。スピラーレとタコをオリーブオイルで炒めサルサとトマトケチャップソースを和えたパスタアラビアータ。チーズ独特の風味とコクの『青カビ』系はスティルトン、クセの強いウオッシュ系からタレッジョ、うまみやコクのある長期熟成のハード系からはパルミジャーノ・レッジャーノだ。
パスタアラビアータにマリアージュするワインはキアンティ・クラシコかサンジョベーゼかなと首を傾げる鞍さんは、今日はボルドーで許してねという。
月曜の夜にヒロコが面白そうなワインだと持ってきた2001年物をセラーから取り出す。
ボルドーはメドックのクリュブルジョア級、十九年の時を飲み込んだ赤ワインだ。
合唱練習を始めた頃からヒロコは予想大会に行く気満々だったようだ。
ヒロコは前掛けのポケットから黒いソムリエナイフを出す。
嬉しそうにプロ仕様のソムリエナイフをボトルネックに当て、鮮やかに回転させ抜栓を始めた。
「ほい、ホストテイスティング」
鞍さんに少量のワインを入れたグラスを出す。
少し薄いガーネット、グラスのエッジにはエンジが見え隠れするのは古酒だからだろうか。
難しかったらデキャンタージュとはヒロコだ。
「ちょっと、酸が強いかな」
それじゃあとヒロコはデキャンタにワインを注ぐと、幾筋の緋色が流れると花が開いたような艶やかさとなる。
「まろやかになったわね」
落ち着いた雰囲気で、飲み易くなった。
取り皿とフォークがある。赤ワインとクーラーにはお茶のペットボトルが冷やされていた。
鞍さんが促すと、鞍さんと果凛、ヒロコは赤ワイン、これから一晩中の仕事だという冴はお酒飲みたいと駄々を捏ねながら、優と同じ烏龍茶を手にしていた。
惠はインド・ダージリンのさる茶園から中国種のFTGFOPグレードのファーストフラッシュだ。
百五十年来の古木は芳醇で濃密なストレートティーは淡いオレンジ、香りはふくよかな甘み、味は心地いい渋みとフルーツの甘みを纏い、水出しクールティーにしたという。
『FTGFOPグレードって?』問う果凛に『じゃあ、まずはオレンジペコの説明から…』と惠が解説し始めると、鞍さんが苦笑しながら『また、今度お願い出来るかしら』と話を後へと持って行く。
惠ちゃん凄いなぁ、紅茶の知識ねぇ、ワインに興味を持ったら凄いことになるよ、とヒロコは素質があると語る。
「確かに惠ちゃん、競馬は初心者ですけど、熱心ですしね」
「この分なら競馬の知識や血統、過去レースなんて、すぐに覚えちゃいそうだねぇ」
近代競馬のレース体系も紅茶のグレードもイギリスが関わっている事項だ、惠は競馬の知識にハマる素質があるかも知れない。
「ほら、ぼやぼやしてっと、競馬の知識担当を外されっぞ」
果凛が腕を殴ると、優の顔を下から覗き込む。
金髪ツインテールの女の子が犬歯を見せながら微笑むのは反則だと優は腕をさする。
銘々が軽食を取り皿に盛る。
鞍さんが徐に立ち上がる。
「さて、予想大会始めますか」
鞍さんが予想大会の開催を宣言した。
『アーモンドアイ』は今年がラストランなんですよね。
珍しく惠が馬名を口にして、予想大会を切る。
「そうなんだよなぁ」
現役最後の年だと、グラス片手に優がしみじみ語る。
アーモンドアイはいわゆる『一口馬主』の『クラブ』に属する馬で、所属クラブの規定で牝馬は6歳3月末で引退するはずで、実質的に今年が最後の競走馬生活となる予定だ。
「残り少ないその凜々しさに逢えればいい、それだけかな」
しみじみ語る鞍さんに『無事に走ってナンボだよね』とヒロコもワイングラスを揺らして同意する。
「サウンドキアラは?人馬とも充実一途ですよ」
最近は連勝中で昇龍のような満々たる立ち振る舞いは胸が昂るとは果凛だ。
「阪神牝馬ステークスでは馬券のお世話になりましたしねぇ」
「優がちゃんとネット投票で買えていればね」
鞍さんと果凛の掛け合いに住民たちは大爆笑だ。
『何かあったの?』のヒロコに『的中馬券を買い間違えたんだよ』と冴。
優が渋い顔で皆から背を向けたのは、『青カビ』系スティルトンの味だけはないだろう。
「ダノンファンタジーは何とかならんものだろうか…」
「…2歳から3歳春の連戦連勝の印象が強すぎるのか、悪くはないと思うのだけどねぇ」
ヒロコはワインを一飲みすると、パスタアラビアータと結構合うねえと二飲み目となる。
冴に相変わらずウチヤマダヒロコの姓に似た厩舎が好きだねぇと腕をつつかれる。
「当たり前じゃん、名前が似てるんだから」
『そういう語呂合わせみたいな予想かよ、ヒロコ』とラムチョップを頬張る果凛はコミカルだ。
『それは言わないでよ』と身体をくねらせて反駁するヒロコがこの場に溶け込んでいた。
「まぁ、それなりに前目で競馬出来て、能力などを鑑みると、この3頭かなと思いますが…」
僕も忘れないで優がパスタアラビアータと共に口を挟む。
「個人的はアーモンドアイ対ダノンファンタジーかな」
ヒロコが楽しみながらラムチョップの骨をかじる。
「先週は、終わってみれば外人ジョッキーだよね」
ワインを口に含む果凛が外国人騎手は必要時には結果を出すと推奨した。
「アーモンドアイは、昨年、香港を回避して出走した有馬記念でねぇ…」
結果は芳しくなかったよねと不安を煽るようにツインテールを左右に振りながら皆の顔を見回した。
「それなら、ラヴズオンリーユーはどうよ」
馬名を挙げる果凛に冴が待ったと手を上げる。
「ラヴズオンリーユーも、久々の1600m戦に不安が残るんじゃない」
冴が引っ込めた手でカットされたタレッジョを掴むと口に放り込む。
品がない食べ方だねぇと果凛の目線が鋭くなる。
「どちらもドバイ帰りでさ…」
果凛がレースをせずに、ただ行って帰って来ただけの二頭の無念を残念がる。
「全幅の信頼を置けなくて、どちらも半信半疑なら、人気が薄い方でいいんじゃないの」
そういう考えもあるよと果凛もラムチョップとワインの組み合わせはイケると鞍さんにマリアージュを評した。
ワインは徐々にまろやかさを増し、心地良さを醸し出す。
「ノームコアは怖いですよね」
惠が口にすると、それはあるねと優も頷く。
「そうねぇ、先行馬有利の予想をした時に限って、去年の二の舞になってハイペースの差し馬だったよね、とかならないのかなぁ。まあ、このレースはリピーターさんが来るし」
悩める鞍さんがスティルトンを味わいながら悩ましい顔だ。
「鞍さんのいうリピーターなら、やっぱり昨年Vのノームコアじゃないですか」
再び力説しながらダージリンの甘みと渋みを惠は味わう。
「前走高松宮記念は距離不足で、マイル戦は三戦三勝だよね」
データ担当の優がパスタアラビアータを賞味する。
「なら、昨年2着のプリモシーンも怖い一頭じゃない。短期免許ジョッキーの神騎乗はあるかもよ」
グラスを掲げる冴が昨年の有馬記念をイメージし、お引き立てのレーンを薦める。
「で、鞍さんはどうするの?」
ラムチョップとワインの組み合わせを堪能していた鞍さんが問いかけをよく聞いていなかったと平謝りを見せる。
咀嚼の後、気を取り直す。
「アーモンドアイとサウンドキアラの馬連一点1万円」
食べることに気を回していた割には鋭い結論だ。
「ヒロちゃんやみんなが選んでくれた馬も気になるけど…」
「…3連単や3連複も面白そうだけど」
女神のような満面の笑みから出ずる台詞は『ここは1点勝負』というご神託だ。
「馬単は?」
ヒロコが念の為、訊く。
「果凛ちゃんの言う通り、有馬記念のようなことも頭の片隅に起きたいわね。1点勝負なら馬連でいいでしょう」
ヒロコと住民たちも鞍さんの台詞に叩首する。
皆が同意したのを見守ると、ワイングラスを傾けた。
『気持ち良くなっちゃった』という鞍さんはエプロンのポケットからヘアゴムを取り出す。
栗色の長い髪を高めの位置で『おたまじゃくし』を作る。
『私、手伝います』と惠がコームを手にして鞍さんへと寄る。
惠が協力しながら、左右両端の毛先を引っ張り、毛先をねじりながら巻き付け、後ろの結び目をシニヨンの毛束で隠すと『お団子ヘア』の完成だ。
鞍さんと一緒にお風呂に入った時以来、うなじに優は見惚れていた。
見過ぎるな、怒られるぞと優の背中を惠が叩くと、ラムチョップを噴き出しそうになる。
目線を惠に合わせようとすると、ふて腐れるように切られた。
「今年の新人さんは面白いねぇ」
ヒロコは前途を祝して乾杯するように新住民二人へグラスを向けると、大笑いを響かせた。
この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。




