迫る刻限
あの女性が僕以外の人の前に現れたのは初めてだった。もしかしたら僕の知らない所で彼女は団員達に同じことを話しているのかもしれない。
そして彼女から告げられた衝撃の事実。7年後の災厄に向けて十分な戦力を整えなくてはならない。そしてこの街以外にも魔物が現れている可能性がある為、新たな拠点を構える事も含めて調査をし始めなくてはならないかもしれない。
1003年125日目
「副団長、調査隊が戻ってきました。」
団員が本部へ報告に来た。
「ここから北西の方角にこの街と同じくらいの街があることが分かりました。」
「そうか、大体どれくらいで到着出来るかな。」
「術者達の話じゃ最短でも30日は掛かるって話でさ。」
約1ヶ月か。団員達の体調管理や魔物に遭遇した時の対処を考えると、質素でも日持ちする食料を最低でも10日分は用意しなくてはならない。足りない場合は道中で食料を確保しよう。その為にもゴードンから得られる知識は全て教えて貰おう。いつか脱退してしまうその時まで...
1004年180日目
「ねえスカイ、ちょっと手伝って貰っていいかしら。」
ケーラが僕に自警団の洗濯の手伝いを頼んだ。自警団の食事や掃除等の家事は彼女が一番出来が良い。僕は勿論フィリンやガルド、ゴードン以外の団員は皆やっている。脱退した後、路頭に迷わせない為に僕が提案したものだ。
河原で洗濯をしているとケーラが僕に話しかけてきた。
「ねえスカイ、子供の名前の事で相談したいんだけど。」
僕は思わず吹き出してしまった。この世界は勿論、前世界でも僕は異性との交流は全く無かった。増して僕はまだ17歳だ。あれから既に5年は経過しているが、身長も顔つきも変わっていないので年齢はそのままにしている。
「ごっごめんなさい。いきなりの事でびっくりさせちゃったわね。」
「いや、いいんだ。それで子供の名前だっけ?いくつか候補はあるのかい?」
僕は気持ちを落ち着かせて彼女の質問に答えようとした。
「えっと。女の子はシーラって名前にしようと思うんだけど、男の子が決まらないの。候補としてはエイド・リーン・バートン・テックの4つがあるの。」
彼女のセンスは悪くないと思った。前世界では教師が出席を取れないくらいの無茶苦茶な名前を持った人が少なからずいた。僕は深く考えず直感で答えた。
「エイドがいいんじゃないかな。」
「そうよかった。中々相談できる人がいなかったのよ。フィリンは他の団員達と遠征中だし、リーフはゴードンと稽古してるし。」
「ガルドはどうしたの?今は体調が優れないから療養中だけど、相談くらいは良かったんじゃない?」
僕がこう尋ねるとケーラの顔が赤くなった。
「そっそうだよね。ごめんなさい、ガルドがいた事忘れてたわ。この事は内緒にしてね。あと子供の事もね。」
そう言い残すとケーラは慌てて洗い終えた洗濯物を抱えて街の方へと向かった。何か変な事でも言ったかな?
1005年210日目
「フィリン、スカイ、ちょっと良いかのう」
ゴードンが僕とフィリンを呼んだ。僕らはゴードンが何をしようとするのか分かっていたが、彼に気付かれないように平静を保った。町はずれの沼地にゴードンは僕らを連れてきた。
「リーフの奴め、遂に儂を十分に超えよった。それも利き手を使わずにな。」
リーフももう20歳になった。体つきや精神も入団した頃とは思えないくらいだった。
「今日奴に結晶石のお守りを渡してきた。これでもう儂の役目は無くなった。」
結晶石とはただ水晶の様に透き通った綺麗な石である。高価なものでもなく何らかの魔力が込められている訳でも無い。ゴードンはそれを先代の団長から受け取った形見だそうだ。
「待ってくれよ。まだあなたにはこの団にいて欲しいんだ。」
「儂の知識は既にスカイにある。何かあったらそ奴を頼ればいい。それにお主も儂がもう長くない事は知っておろう。」
フィリンは口を紡いでしまった。確かに彼はもう限界に近い、このままでは2年後の災厄に立ち向かえない。
「確かにスカイは優秀だ。でもゴードンにしか出来ない事があるじゃないか。僕らには、いや僕にはあなたが必要なんだ!」
フィリンが必死に引き留めようとする。けど僕は何も言わない。彼の事はフィリンに一任しているからだ。
「足が悪くなるぞ。」
「僕やガルドが背負うさ。」
「そのうち声が出なくなるやもしれんぞ。」
「スカイやリーフが代弁するさ。」
「お主や皆の事を忘れてしまうかもしれんぞ。」
「僕は絶対忘れないさ。団の皆も、決してあなたを忘れないよ。」
暫く沈黙が続いた。そしてゴードンが深く息を吐いて話し始めた。
「仕方がないのう。団長の命令ならば従うしかないのう。じゃがもうお主らと戦う事は出来ないやもしれんから、それだけは覚えておくれ。」
「分かったありがとう。スカイ、これからはゴードンに無理をさせないよう団員達を動かしてくれ。僕は皆にもこのことを伝えてくる。」
フィリンは本部へと走り出していった。フィリンの姿が見えなくなってから、ゴードンは僕に話しかけてきた。
「お主は既に知っておったな。儂が長くない事を。」
僕は何も言わなかった。フィリンとの約束を守りたかったからだ。
「そうか、あ奴に何か言われたか。あれは団長としてはまだまだ甘い所がある。お主があれを支えてやってくれ。いつかお主が皆を率いる時が来ても良い為にもな。」
そう言い残すとゴードンも街の方へと歩きだしていった。
僕にとって時間の流れは関係ない。ただ災厄から人々を守るだけだ。もしも僕に人間らしさが残っているのならば、今頬を伝っていった涙がその証拠だ。




