雪が溶けるほど
本編後の二人です。
はあっと吐いた白い息が溶けていく。
ラパンは赤いマフラーを口元まで引き上げると、冷たい灰色の空を見上げた。雨雲とは違う雲に覆われた空は何処か不思議な雰囲気で、見上げていると吸い込まれそうな気がした。
「何してんだ?」
「あ、ケルトーさん」
不意に背後から掛けられた声に振り向けば、玄関から出てきたケルトーが此方に歩いて来るのが見えた。その首には濃灰色のマフラーが巻かれている。
「雪が降りそうだなって思って」
「あー……そうだな、降ってもおかしくねえな」
空を見上げるラパンを後ろから抱き締めたケルトーは、ごく自然にその小さな頭に顎を乗せる。
身も心も包み込む暖かさにラパンは頬を緩ませた。自分を抱き締める褐色の手にそっと手を添える。
重なる手に気付いたケルトーも口元を緩め、腕の中にいる愛しい子兎を更にぎゅっと抱き締めた。
「雪降ったら、もっと寒くなるな」
「そうですね」
「風邪引くなよ?」
「う……き、気を付けます……」
屋敷に慣れ始めた頃に寝込んだ経験があるラパンは、その時の事を思い出して苦笑いを浮かべる。
ケルトーはくつくつと喉で笑うと、冷えて赤くなっているラパンの柔頬に頬を擦り寄せた。
「わっ、ケ、ケルトーさん?」
急に寄せられた頬に戸惑うもそれ以上に嬉しくて、素直に受け入れた。触れ合う頬がゆっくりと暖かくなる。肌を擽る黒髪が擽ったい。
自然とラパンからも頬を寄せれば、それに気付いたケルトーは心底嬉しそうに笑った。
「お前が風邪引かないように、俺が暖めてやる」
「本当ですか?」
「おう、だから俺の事はお前が暖めてくれ」
「分かりました、任せて下さい」
何の迷いもなく笑顔で答えたラパンを、細められた灰色の瞳が愛しげに見つめる。胸の奥からこみ上げる強い想いに後押しされて、そのままそっと顔を近付けていく。
「ケルトーさん……?」
無防備な顔をしたラパンが不思議そうに名前を呼ぶ。
二人の白い吐息が混ざり合う。狼の牙を覗かせるケルトーの唇が、その吐息を丸ごと飲み込もうとした。
「あっ! 雪、雪ですよ、ケルトーさん!」
「……!」
視界の端に雪の結晶を捉えたラパンは、すかさず其方に顔を向けてはしゃぎ声を上げる。空を見上げれば、雪がちらちらと降り始めていた。
「これ、積もったら皆で遊びましょうね!」
ラパンは伸ばした手に雪を受けながら、無邪気な笑顔を浮かべる。
何か言いたげにしていたケルトーだったが、雪の結晶のように煌めく笑顔を向けられると軽く肩を竦め、ラパンを抱く腕に優しく力を込めた。
「……ああ、そうだな」
雪を見上げる二人を、屋敷の方から呼ぶ声がする。
その声に二人は顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく手を繋いで屋敷の中へと帰って行った。
END.