不揃いの暖かさ
7話の後くらいです。
《明日は朝からちょっと出かけてくる。食事はちゃんと三食分作っておくからちゃんと食べるんだぞ?》
《僕も明日は朝一で森の方に行って来るよ。そろそろ新しい薬草や花が庭園に欲しいんだ》
パティとサーヌが揃ってそう言った翌日。
普段通りに起きたケルトーが簡単な朝食を済ませ、今日は何をしようかとぼんやり考えながら廊下を歩いていると、角を曲がった先で奇妙な物体を見つけた。
「……何だ、あれ」
もさもさと動いている銀の塊にケルトーは眉を顰める。
もしや魔物の類でも屋敷に侵入したのかと一瞬考えたが、ふと前方を歩く銀の塊がよく知る匂いだと気付き、半信半疑で声を掛けてみる事にした。
「……ラパン?」
「あ、ケルトーさん。おはようございます」
くるりと振り向いた銀の塊は魔物では無く、この屋敷に住まう少女だった。
普段は二つに分けて綺麗に結い上げている神秘的な銀髪が、今日は重力に流されるままに下ろされている。
下手をすれば踏んでしまいそうな長さの髪に覆われたラパンに、ケルトーは怪訝そうな顔のまま歩み寄って問いかけた。
「どうしたんだよ、その髪。邪魔だろ?」
「はい……でもパティさんがいないので、どうしても上手く結べなくて……」
何度もやってはみたんですけど、と落ち込んだように目を伏せるラパン。確かにこれほどの長さの髪は一人では手に負えないだろう。
困惑を表すようにもさもさと揺れる銀髪を、暫くの間じっと見下ろしていたケルトーだったが、
「……うざってえな」
「えっ」
「ちょっと来い」
「え、えっ?」
戸惑うラパンを無視して、ケルトーはその小さな体をひょいと肩に担ぎ上げる。そして、そのままラパンの部屋に向かって歩き始めた。
(あ、これってケルトーさんに拾ってもらえた時と同じだなあ……)
急な展開にろくな反応も出来ず、しかし最初から抵抗する気も無かったラパンは大人しく運ばれていく。
そうして目的地に着いたケルトーは、担いでいたラパンを肩から椅子の上に直接降ろすと、直ぐに鏡台の引き出しを開けて中を無遠慮に漁る。そして、木目の美しいヘアブラシと丸い手鏡、普段からラパンが使っているリボンを取り出してきた。
「よし、んじゃお前は鏡持ってろ」
「え、あ……は、はいっ」
差し出された手鏡をラパンが咄嗟に受け取ると、ケルトーはヘアブラシとリボンを持ったまま背後に回る。それから、さらさらと流れる銀髪を適当に左右二つに分けると、片方の束を持ち上げてヘアブラシをかけ始めた。
「ケ、ケルトーさん?」
「動くな。髪が引っこ抜けたらどうすんだ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
少し固い声色で返されて、今の状況が飲み込めないままラパンは思わず謝ってしまう。
手鏡越しに見えるケルトーの表情は真剣そのもので、時折戸惑うように眉間に皺が出来ている。
「くそ、上手く纏まらねえなー……」
ぶつぶつと不満そうに言葉を零すケルトーだったが、銀髪を扱う手付きは明らかに不慣れながらも優しい。
その優しさは髪を通してラパンにしっかりと伝わってきた。
(……何だか、くすぐったい)
直接肌を触られているわけでもないのに、胸の奥がもぞもぞして落ち着かない。けれど決して不快ではなく、寧ろ自然と頬がふにゃりと緩んでしまう。
(パティさんがやってくれてる時は、こんな気持ちにならないのに……何でだろう?)
ふと、ラパンは普段との違いに気付いて不思議に思う。別にパティの手際に不満があるわけでも無いが、それでも此処まで気持ちが浮つきはしない。
「……よし、こんなもんだろ。あとはもう片方だな。ちゃんと鏡持ってろよ」
「はい」
どうにか纏まった銀髪の一束を見て、ケルトーは満足そうに口角を上げて笑う。そして、直ぐにもう片方に取りかかり始めたが、結ぼうとしている位置が既に左右でズレてしまっていた。
しかし、ケルトーは束状に纏めるのとリボンを結ぶことに精一杯らしく、位置に気付く気配は見当たらない。
手鏡越しにそれを見ているラパンは勿論気付いていた。気付いてはいたが指摘はせず、ただ嬉しそうに微笑みを浮かべて、ケルトーが自分の髪を頑張って整えていく姿を眺めている。
「お前の髪ってさ」
不慣れな手付きでヘアブラシを銀髪に通しながら、ケルトーがふと口を開いた。
思わず顔を動かして後ろを振り向こうとしたラパンだったが、今の状態を思い出すと寸での所でその動きを止めて大人しくする。そして、前を向いたまま返事をした。
「はい」
「綺麗だよな。手触りも良いし」
「……!!」
ケルトーにとっては、きっと何気なく言った言葉だった。
しかし、今までずっとこの髪を、魔力の塊という『道具』として扱われてきたラパンには、その言葉は心が震える程に嬉しいものだった。
そうしてその日は一日中、ラパンの銀髪は不揃いな位置ながらも嬉しそうに左右に揺れて、皺の付いたリボンで飾られていた。
END.




