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狼王と兎少女  作者: 亀吉
本編
20/58

静かに吠える


 冒険者や魔物ハンターが集う『依頼受付所』。

 其処では各地から寄せられた情報を提供してもらったり、様々な依頼を受ける為の手続き、依頼者との取引やトラブルの手伝いをしてくれたりと、旅や魔物に関わる者にとっては正に無くてはならない場所である。

 そして各地にある『依頼受付所』の中でもプレジールにあるのは最も歴史が長く、建物も大きいと有名だった。現に街の中心部である広場に建つ建築物の中で一番目立っている。


「よし、入るか」

「は、はい……」


 そんな建物の中へと、ケルトーに連れられて一歩足を踏み入れたラパンは思わず「う、わあ……」と小さく声を上げ、驚きに言葉を失ったまま周囲をぐるりと見回した。

 一番近い例えを挙げるなら、大きな酒場だろうか。

 数え切れない程の丸いテーブルを、これまた数え切れない程の人が囲んで各自で会話を交わしている。

 奥の方には幾つかに仕切られた長いカウンターがあって、其処に座る受付の者たちは自分の担当客の対応に追われていた。

 横を見れば壁一面ほどの大きな掲示板があり、広告やら依頼の宣伝やらがべたべたと貼り付けられていて、多種多様な外見の人達がそれを眺めていた。

 

「相変わらずごちゃごちゃしてんな……。さっさと適当な依頼受けに行くぞ」


 そう言ってケルトーは、初めての雰囲気に圧倒されているラパンが自分のマントを掴んでいる事を確認してから、足早に受付へ向かって歩き出す。

 そして空いている受付の元へ着くと、受付の者に促される前に椅子に腰を下ろして言った。


「そこそこの金が入る魔物討伐の依頼を寄越せ。あ、情報収集の必要が無いやつな。そんな滞在してらんねえから」

「え、ええと……」

「……あ、そうか。久々だから忘れてた。ほらよ」


 明らかに戸惑っている受付の男に何かを思い出したらしいケルトーは、ショルダーバッグをごそごそと漁って取り出した物をカウンターの上に差し出した。

 後ろに立つラパンからはよく見えなかったが、それは掌大ほどの四角い紙だった。

 実は依頼を受けるには初めて依頼を受けた際に発行される証明書が必要で、その紙は正にそれだったのだが、そんな物とは無縁なラパンは知る由もない。

 証明書に書かれた名前(と言ってもケルトーは偽名だが)の横には小さな魔法陣が描かれていて、ケルトーはその上に人差し指を置いた。


「では、身分確認させていただきます」


 落ち着きを取り戻した受付の男は事務的な声色でそう言うと、胸ポケットに付けていた菱形の金色に輝くバッジを外し、それをカウンター上に置かれたケルトーの手に翳した。

 するとバッジがぱあっと金色に発光し始め、それと同時に紙に描かれた魔法陣も同じように光を放ち始めた。


「!!」


 目の前で起こった光景にラパンは驚くも、ケルトーは平然とした様子でそれを眺めている。

 そうしてカウンター上が金色に光っていたのはほんの数秒で、光が収まると受付の男はバッジを胸ポケットに付け直した。


「……はい、照合終了しました。ガルー様ご本人でお間違いないですね。ご要望に合った依頼を探しますので、少々お待ちください」


 そう言うと受付の男はカウンターの裏からとんでもなく分厚い紙束を取り出し、どさりという重たい音を立ててカウンター上に置いた。

 そして素早い手付きで上から順に次々と目を通していき、何枚かの紙を傍らに分けていく。

 三分ほどで全てに目を通し終えた受付の男は、別に分けておいた方の何枚かをケルトーに差し出した。


「今ですと、この中からになります」

「おう。……あー、じゃあこの大量発生したっつう魔物退治。これ受けるわ」

「はい、……お一人ですか?」


 ケルトーが選んだ紙を受け取った受付の男はその紙に書かれた内容を確認すると、困惑気味に軽く目を見開いてケルトーを見た。

 その視線にケルトーは不機嫌そうに眉を寄せる。


「あ? 何か悪いかよ? ランクは足りてんだろ」

「い、いえ……。しかし依頼人によると、結構な数なので複数人での方が望ましいと……」

「他にいる方がやり難いから良いんだよ。良いからとっとと手続きしちまってくれ」

「わ、分かりました……」

 

 苛立った様子のケルトーに受付の男は顔色を変え、いそいそと紙に色々と記入していく。


「……はい、では手続きはこれで完了です。どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ」

「やっと終わったか……。じゃあ行くぞ」

「は、はい」


 出しっぱなしだった証明書をショルダーバッグの中に戻し、ケルトーは漸く終わったと言いたげに溜め息をついて席を立つ。

 ラパンは受付の男にぺこっと頭を下げると、ケルトーのマントを掴んで後に続いた。


「あの、ケ……ガルーさん」

「あ? 何だ?」


 うっかり本名で呼びそうになって、ラパンは慌てて偽名を呼び直す。

 ケルトーはそれを特に咎めもせずに肩越しに振り返った。


「大丈夫なんですか? 何か、複数人がどうとかって」

「ああ、それか……魔物化した蜂の討伐だって書いてあったからな。所詮数ばっかで大した事はねえよ」

「流石、ガルー様は余裕だな」

「!?」


 突然会話に割って入ってきた野太い声に、ラパンはびくっと肩を跳ねさせる。

 そして声が飛んできた方を見れば、如何にも魔物討伐を生業としているような格好をした数人の男たちが此方を見ていた。

 どの男もお世辞にも人相が良いとは言えず、マントを掴むラパンの手に無意識に力が入る。そうしてちらりと見上げれば、ケルトーも一瞬苦虫を噛み潰したような表情をちらつかせた。


「魔物化した蜂の毒は一発食らえば死んだって可笑しくねえってのによ。やっぱりお強いガルー様は違うねえ!」

「まあな。お前等みたいな雑魚とは違うんでね」

「っ、相変わらず調子に乗りやがって!」

「別に調子に乗っちゃいねえよ。実際にお前等と俺には力の差があるだろうが。馬鹿か?」

「んだと!?」


 男たちの血の気が多い挑発めいた言葉とは対照的に、ケルトーは平然とした様子で淡々と返す。

 そのうちに一人の男が大きく反応を見せ、眉をつり上がらせて大股で此方にやって来た。そしてケルトーの胸倉を掴もうとし、そこでラパンの存在に気付いた。

 ケルトーのマントを掴んで怯えた様子で自分を見上げているその小さな姿に、男はにやりと嫌な笑みを浮かべる。


「おいおい! ガルーがガキを連れてるぞ!!」


 わざとらしく大声で男がそう言うと、周囲が明らかにざわめいた。

 自分達に一斉に向けられる視線にケルトーは不機嫌そうに舌を鳴らし、ラパンはおろおろと辺りを見回しながら不安げな様子でケルトーに寄り添う。

 

「魔物討伐に子供連れだと?」

「少しばかり腕が立つからって舐めやがって……」

「馬鹿にするのも大概にしろよ!」

「っ、あ……」


 自分の所為でケルトーが非難を浴びてしまっている。そう思った途端にラパンの胸が一気に苦しくなった。

 周囲から口々に飛んでくる言葉が耳に届く度にラパンの深紅の瞳が潤んでいく。マントを握り締めた手は震え、目尻にたっぷりと溜まった涙が頬を伝いそうになった時、


「いい加減に黙りやがれ、雑魚共が」


 ーー狼が、静かに牙を剥いた。


「俺がどうしようと勝手だろうが。……ああ、それともお前等の誰かが、魔物を倒すよりも俺を満足させてくれるっていうのか?」


 一声、二声、狼が唸る。

 波紋が広がるように、徐々に喧騒が消えていく。


「そんくらい力に自信があんなら、俺に掛かってこい。言葉通り、頭から捻り潰してやるからよ」


 吐息を吐くことすら許さない、圧倒的な威圧感。

 最初に声を上げた男は既に顔から血の気を失っていて、今にも倒れそうになっている。あれだけ騒がしかった空間が、今では誰一人として口を開こうとしない。

 静まり返った周囲を見回したケルトーは、ふんとつまらそうに鼻を鳴らしてから、自分に寄り添ったまま震えているラパンの頭をぽんと撫でた。

 

「……!」


 ラパンがはっと見上げれば、そこには普段と何も変わらずに口角を上げて笑っているケルトーの顔があった。


「行くぞ。余計な時間を使っちまった」


 フード越しに感じる手も、自分に掛ける声も、全てがいつも通りのケルトーだった。

 恐怖と不安と悲しさに押し潰されそうだったラパンの心がふわっと軽くなる。


「……はい」


 ラパンは目尻に溜まっていた涙を拭い、微笑みと共に頷く。

 それを見たケルトーもふっと小さく笑い、二人は時間が止まったかのように静寂が流れる其処を後にしたのだった。



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