8話
村上は病院を確認した翌日、上長に報告するために執務室に向かった。胸の奥には昨日見た現場の混乱が鮮明に残っている。制御不能の患者、拘束具不足で破いたシーツや毛布での応急固定、休む暇もなく走り回るスタッフ――数字では伝えられない光景が頭から離れなかった。
上長は書類に目を落としながら、村上の顔をちらりと見て言った。
「村上君、現場はどのような状況だ?」
村上は深く息をつき、言葉を選びながら報告した。
「現場はすでに限界です。鎮静をかけても効かない患者が増え、職員は全員走り回って対応しています。拘束具も足りず、破いたシーツや毛布で急ごしらえの固定をしている状態です。逃れた患者を再び押さえつける作業が連続しており、休む暇もありません」
上長は書類に目を落としたまま、短く返した。
「そうか……でも、現時点では特別な指示は不要だと思う。職員の努力で対応できているだろう」
村上は眉をひそめた。
「職員はもう限界です。負傷者も増え、制御不能の患者の行動は誰にも予測できません。このまま進めば医療体制が破綻します」
上長は肩をすくめ、言葉を濁した。
「なるほど、数字には反映されていないようだが……現場が大混乱とはいえ、官邸として動くのは慎重にせざるを得ない」
村上は胸の奥に焦燥感が広がる。昨日見た病院の混乱、逃げ出す患者、走り回るスタッフ、破いたシーツで拘束される患者――その現実を目の当たりにした自分だけが、現場の危機を深く理解している。官邸の判断が鈍く、上長もすぐには動こうとしないことを、村上は痛感した。
「現場の声は引き続き報告してくれ」上長が言い、村上は深く息をつき頷いた。胸の奥で焦燥が渦巻く。官邸の対応は遅く、現場は限界に近い。村上は、次の手を自分で考えなければならないことを強く感じた。




